Fate/ture L   作:麻婆ピザ

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キャスター 召喚2

 ※

 

 

 ローブを羽織った青年――キャスターは夜の住宅街を駆けていた。

 両手で澪を抱え、音もなく走る。パウラの家から、既に数キロは離れた地点だ。

「うん、そろそろ撒けたかな? いつまでもこの格好のままでは、マスターに失礼だからね」

 徐々に速度を落としいき、止まると澪を地面に立たせた。

 澪はフラフラと、おぼつかない足取りだ。キャスターはそっと肩を支えてあげる。

「あの、えっと、ありがとうございます……」

 動揺したまま澪はお礼を言った。

  キャスターはフードを取った。浅黒い肌と黒髪が外気に触れる。彼は澪に向けて、優しく微笑んだ。

「さてと、マスター。いくつか聞きたいことがあるんだ。とりあえず、あの場から逃げ出してしまったけれど、良かったのかな? あそこは君にとって、どういう場所だったんだい?」

「えと、友達の家です……」

「ほう。友人の住まいか。いかにして、あのように奇妙で珍奇で危機的な状況に陥ったのか。友に留守番を頼まれていた最中に襲われたのかい?それとも、たまたま用事があったんだけど留守だったから勝手に部屋へと上がったところを襲われた、かな? これは興味深いね。もっと詳しい話を知りたいな。特に、君の友人とやらについて詳しくね」

「詳しい話って言われてもなぁ……って、あぁっ!」

 澪はパウラの部屋にあった服を抱きしめたままだったことに気付いた。力強く抱きしめていたので、皺だらけだ。彼女の顔は見る見るうちに青くなっていく。

「どうしよう! 勝手に持ってきちゃった! 返さなきゃ!」

「うーん、今すぐ戻るのは得策ではないね。後日、安全を確保した上で、理由を添えて返すのがいいだろう。まぁ、物が物だから、理由も考えないとね」

「えー……でもぉ……」

「まぁまぁ、落ち着いて。とりあえず、ゆっくりできる場所へ行こう。君の拠点に案内して貰えないかな?」

「きょてん……?」

「君の帰る所。安心できる場所さ」

「え、え、私の家に来るってことですか?」

「そうだよ。もちろんだとも。私は君のサーヴァントだからね。四六時中、君の傍にいるよ」

 妙な空白が生まれた。

 澪が少し困惑気味に首を傾げると、キャスターもつられて首を傾げた。

「あの、さーばんとって、なんですか?」

「ふむ…………? ああ、もしかして、そうか。なるほど。そういうこともあるのかな?」

 キャスターだけが納得したように独りごつ。

「君、一般人だね? 魔術って知ってるかな?」

「魔術って、あの……ハンドパワーというか、手品というか、マジックみたいな?」

「うんうん、なるほど。まず、そこから説明していくべきだね。例えば、そうだ。視覚的に分かり易い例だと、こんな感じだよ」

 すると瞬く間に、キャスターが二人になった。

 澪はポカンと口を開けながら、ペタペタと二人のキャスターに触れる。どちらも実体があるため、幻ではない。たしかに二人のキャスターが存在しているのだ。

「私なりの理想分身(ザバーニーヤ)さ。完全かつ理想的な分身を生み出すんだ。ちなみに、先ほどはこれで逃げ延びたんだよ」

 二人のキャスターは同時に喋った。どちらに視線を合わせたらいいのか分からない澪は、キョロキョロと交互に見ている。

「ざ、ざばー?」

「これは厳密には魔術じゃないんだけど、まぁ、こういう奇跡と呼べるようなことを人為的に引き起こす手段のことを魔術って呼ぶのさ」

 キャスターが指を鳴らすと、分身は消滅した。

「あ、消えた」

「さてさて、細かなことは歩きながら説明しようか? 一旦、君の家へ戻ろう」

「え、いやー、その、助けてくれた人にこういうのもアレですけど……どうしても私の家に行くつもりですか……?」

「それについても歩きながら事情を説明しよう。その様子だと、右の手の甲にある令呪もわかってないんだろう?」

「手の甲?」

 澪は手の甲を見る。そこには炎を象ったような文様が描かれていた。

「なにこれ!? 入れ墨!? え? いつのまに!?」

「ほらね? 話すことは山ほどありそうだ。だけど、その前にすべきことがあるね。私としたことが一番大事なことを忘れていたよ」

「大事なこと?」

「自己紹介さ」

 優しさに満ちた笑顔とともに、キャスターが右手を差し伸べる。

 澪はぼんやりと、その顔を眺めながら握手をした。

「マスター。君の名前は?」

「七次澪です」

「ナナツギ、ミオ。良い響きだね。特にミオという言葉を口にすると、軽やかな気分になる。素敵な名前だ。ミオと呼んでいいかい? いや、呼びたい。そう呼ぶとしよう。決まりだね。それでは、私のことはキャスターとでも呼んでくれたまえ」

「……キャスター?」

「もし呼びにくいのであれば、そうだな……スルタン、と呼んでもらおうかな?」

「スルタン? え? どっちが名前でどっちが名字?」

「どっちも名前とかではないよ? 両方とも、肩書きや称号といった代物だ」

「へ? 本名は?」

「うーん……まだ教えられないかな」

「どうして?」

「だって君に真名を伝えたら、うっかり言ってしまうかもしれないからね。用心深さ云々を語る以前に、君は開けっ広げというか、開放的な性格をしていそうだからね。よって、真名は然るべき時に教えるさ」

「しんめー? ってか、なんか馬鹿にされたような気がするんですけど?」

 ムッとした表情を澪は作った。キャスターは落ち着き払った笑みを向ける。

「なに、軽口を叩いただけさ。もし、私が君の気分を悪くするようなことを言ってしまったのであれば、素直に謝るよ。でもそれは、おそらく気のせいだよ、気のせい。だってほら、この短い時間で君は非常識な事象を浴びるように体験したのだから。頭の中の整理が追いつかなくて混乱しているのさ。感情が乱れてしまっても、それは仕方のないことだよ」

「んー……? なるほど? そうなのかなぁ……?」

「そうそう。そんなことよりも、私は君のことをもっと知りたい。マスターである君をよく理解し、互いに信頼し合えるような間柄になりたいんだ。なにせ、今の私はこの世界に一人ぼっちだと言っても過言ではない。ゆえに私は、そう。私は――友達が欲しいんだ」

 キャスターの瞳はとても澄んでいた。澪は彼の瞳の奥を覗き込むように、ジッと見つめる。

 この瞳を、どこかで見たような気がする。懐かしい気がする。私はこの瞳を信じられる気がする。信じていた、気がする。

 全てが憶測だ。ただの勘だ。彼の言葉が全て信用できるという保証などない。

 しかし、それでも澪は――

「まだまだ全然、まったくもって、これっぽっちも、状況をよく分かってないけど……とりあえず、あなたとは気の合う友達になれる予感がする! 私なんかで良ければ友達になるよ。改めて、よろしくね、キャスター」

 澪はニカリと歯を見せて笑う。

 その瞬間、ほんの一瞬だけ。視認するのも難しいほどの一刹那。キャスターは動揺の色を瞳に宿した。キャスターにとって、それはあまり見られたくない虹彩だった。どんな理由であれ、ほんのわずかでも不安を与えるような要素をマスターに見せたくなかったのだ。

 しかしながら。キャスターのそんな思いとは裏腹に、澪はまるで気付いていない。あどけない笑顔を向けたままだ。

 キャスターは左手で頭を掻きながら、クスリと笑う。

「不思議な子だね、君は」

「それ、よく言われる! なんでだろう?」

 二人は手を離すと、会話をしながら歩き出していた。

 すでに打ち解けている雰囲気が生まれていた。

「うーん……神秘的、というような意味合いで言われているわけではないだろうね。君の場合は、そうだな……『気が付いたら友達になっていて、どうして友達になったのか。そのキッカケがサッパリわからない不思議な子』とか、『時々、理解を超える言動がある不思議な子』という評価だろうね。私の場合は、『勘の鋭さと本人の認識にズレが生まれている不思議な子』という意味合いかな?」

「ねぇ、なんかやっぱりバカにしてない? してるよね? 絶対、してるでしょ?」

「してないさ。この短い時間に私は本気で、真剣に、真面目に君の人となりを分析したからね。たしかに、サンプルが足りないという点は否めない。不正確な部分が多いかもしれない。私の見当ちがいもあるかもしれない。だが私は、君の想像をはるかに超える多くの人々を、この目で見た。耳で聞いた。肌で感じてきた。それらの経験の元、より正確な分析結果を生み出しているんだ。どうだい? 納得できたかな?」

「……いや、あやしい。なんか言葉をいっぱい並べて誤魔化してる気がしてきた」

「ほら、やっぱり勘が鋭い。素晴らしい才能だ」

「え、そ、そうかな……? そんなことは……ん? ちょっと待って。ということは、やっぱり――」

「さて、それではまず、『聖杯戦争』について語るとしようか」

「待って待って、その前に決着を付けるべき話題があるでしょ?」

「いいかい? 聖杯戦争を簡単に説明すると、七組の陣営によるバトルロワイヤルなんだ。勝利できるのはたったの一組だけ。そして勝利した暁には、なんと――」

「ちょっと、聞いてよー! こんなモヤモヤした状態で話なんてできないよ!」

 澪は心の底から怒っているわけではない。多少の憤りはあるが、キャスターの言葉の半分は冗談として受け取っている。キャスターに関しても同じだ。少しからかっているだけで、澪を見下しているわけではない。

 キャスターと澪のやりとりはまさに、『対等な立場の友人同士』が行うソレだ。二人はこの聖杯戦争において、早くも信頼関係を勝ち取ったのだ。

 澪の家へと向かって二人は歩く。

 いずれ訪れる別れ。それに伴う悲しみ。それを知っていながら、微塵も感じさせない。軽やかで楽しげな足取りだった。


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