時刻は早朝。もうじき、日が明ける時刻。
住宅街の真っ只中の、とある二階建ての一軒家。その屋根の上に人影があった。
赤髪の少年が立っている。
白を基調とした装束。地面にまで及ぶ腰布。右手には、身の丈ほどはある剣が握られていた。二十一世紀の日本においては、明らかに異様な姿をした人物だ。
見た目こそは少年だが、彼から感じられる威圧は年相応のものではない。まるで歴戦の戦士や偉大なる王のそれだ。あまりにも歪な光景だった。
彼は神経を研ぎ澄ませて周囲を警戒していた。
『敵』が来ていることを察知しているのだ。
それも、すぐ近くに。
「凄まじい圧力だ。一国の王と見える。それも歴戦の勇者だな? そうであろう?」
声量のある低い声を伴って、少年の前に巨躯の男が現われた。
屈強なその体躯は、少年の二回り以上は大きい。甲冑に身を包み、槍を携えていた。なによりも特徴的なのは、その赤い髭だ。彼もまた、常人ならば卒倒してしまうほどの鬼気を帯びていた。
少年は警戒をさらに強め、剣を構える。
それを見た巨漢は、口角を静かに持ち上げた。
「
彼はそう名乗り上げると槍を構えた。
少年は驚きを隠せない。
「まさか、真名を口にするとは。さすがの余も意表を突かれた」
「
数瞬の間のあと、少年は爽快なまでに笑った。
相手の潔さに感服したのだ。
奇襲や不意打ちなど、やろうと思えばやれたはずだ。しかしバルバロッサは、わざと少年に接近を気付かせた。それどころか、真名を自分から教える始末だ。そのことを考慮すれば、バルバロッサは武芸を楽しむ者だと推測できる。
それは少年とて同じだ。かつて、戦いを楽しんでいた日々が彼にはあった。サーヴァントとしての肉体は若き日の姿形。胸の奥底から、沸々と湧き出てくるものがあった。
「失礼した、赤髭の王よ。汝の矜持、気に入ったぞ。いいだろう、ならば余も名乗るとしよう! サーヴァント、セイバー! コサラの偉大なる王、ラーマだ!」
今度はバルバロッサが目を開いて驚く。
「ラーマだと……? コサラの王がセイバーを名乗るか。それは面白い組み合わせだ。如何ほどのものか、楽しみでもある」
「余も汝の槍術に興味が湧いた。異国の技術を体験させてもらうとしよう」
その言葉を最後に、二人は押し黙った。
睨みあったのは、ほんの一瞬。
先に動いたのはバルバロッサだ。直線的だが強烈な突きの一撃を繰り出す。岩など容易く貫いてしまうような鋭さだった。
対してラーマは、微動だにしない。決して、相手の動きに反応が出来なかったというわけではない。むしろ、バルバロッサの動きはしっかりと捉えている。槍の矛先と、自身の剣先に集中しているのだ。
剣の刀身が火花を散らした。バルバロッサの槍はラーマの横を通り過ぎ、空を切る。ラーマは剣先のみを動かして、槍の軌道を変えてしまったのだ。剣先を当てるタイミング、角度、動かし方。様々な要素のうち一つにでも誤差が生じれば、この結果は生まれない。美しいと言えるほどの絶技だ。
最小限の動きで相手から優位を奪ったラーマは、間髪入れずに斬りかかった。突きの振り終わりを狙った、相手の頭を両断できる絶妙な瞬間だった。
しかし、それをバルバロッサは柄で防いだ。いや、正確には柄尻の部分で弾いたのだ。振り切った直後、柄尻の方を持ち上げて剣の平に叩きつけるようにして打ち込んた。そのまま槍を振り上げた形となったバルバロッサは、振り降ろしの一撃をラーマに加えた。
強引ではあるが、流れるような技の一連だった。相手に合わせて反応した動きではない。いくつもの予測を立てた上で、それらを実行している動きだった。
ラーマは振り降ろしを剣で受け止めた。重い衝撃。屋根の瓦に亀裂が入る。が、ラーマに動揺は一切見られない。彼もまた、こうなることはわかっていたのかもしれない。ラーマが剣を押し出すと、自分よりも遥かに大柄な男がわずかに揺らいだ。その隙に距離を取った。
お互いに体勢を整える。
そして、両者は相手の力量を理解した。
時間にして一秒ほどだ。たったそれだけで強さを計った。
言葉を交わす必要はなかった。
踏み出す。タイミングは同時だった。
剣光が美しい曲線を描く。槍が雷のように走り抜ける。火花が散り、空を彩る。
剣と槍は幾合も重ねられた。その度に金属音が響く。足場の悪さなど意に介さず、二人は縦横無尽に駆け回る。技の限りを尽くして、相手に必殺の一撃を放ち続けた。
サーヴァントによる常識を超えた闘争は、永劫に続くかのように思えた。
だが、ラーマが相手の猛攻をかいくぐり、間合いを詰めたところで状況は一変した。
ラーマの持つ剣の刀身が輝きだす。
「
ラーマの狙いは相手の心臓部。下方から剣を振り上げる。輝きと共に膨大な熱量が一気に解き放たれた。
バルバロッサは槍の柄で刃を防いだ。しかしながら、光の一撃は防ぎようがない。光の奔流に飲み込まれ、その力の勢いのまま上空へと放り出されてしまった。
光が消え去ると、バルバロッサのみが上空に取り残された。所々に火傷の痕が見られるものの、戦いに支障はないように見える。傷は浅い。
「小癪な!」
バルバロッサが吠える。声には、怒りと喜びの色が入り混じっていた。
屋根までの距離は、およそ二十メートル。バルバロッサはいつでも槍を放てるように空中で体勢を整えた。
狙うべく先は当然、決まっている――はずだった。
その対象が、ラーマが視界に存在していないのだ。
「今のは、回転がなかった。故に、威力が落ちた」
その声は背後からだ。バルバロッサは即座に視線を後ろへと向ける。
ラーマがバルバロッサよりもさらに上空にいた。距離は十数メートルほどあるだろう。
彼は手にしていた剣を掲げる。手を離すと、剣は浮遊してラーマの頭上で回転を始めた。
回転は加速し続け、やがて巨大な光輪となった。
バルバロッサが息をのむ。
「これこそは、羅刹王すら屈した不滅の刃! くらえ!」
ラーマは大きく振りかぶり、バルバロッサに向けて光輪を投擲した。
「
全てを塵に帰すほどの力がバルバロッサに迫る。
だが、かの皇帝は動じない。
彼は対抗して、槍を投擲する。
稲妻の如き一撃が、光輪に迫る。