第二十三話 再会
「パチュリー。進捗状況はどうかしら?」
レミリアは、魔法陣の中でブツブツと詠唱している友人に声をかける。
ちょうど、一段落したのか、パチュリーも詠唱を一時中断し、レミリアに面と向かった。
「いい感じよ。咲夜の能力も借りて、紅魔館の一部を異界化させる事にも成功したし……。通常の方法では、まず紅魔館内に侵入する事は不可能になったわ」
パチュリーの報告に満足するレミリア。思い返す様に、遠くを見つめ、小さくため息を吐く。
「一カ月……か。長かったわね」
「そうね。私たちからすれば一カ月なんて一瞬の時間的感覚でしかなかったのに、こんなにも長く感じるなんて」
パチュリーがブタオの魅了されてから一か月程度が経過した。
この一が月の間で、紅魔館は外見こそ変わってはいないが、その中身は恐るべき要塞と化していた。
何重にも重ねたパチュリー手製の結界とトラップ。番犬代わりの使い魔たち。咲夜の能力も使用し、紅魔館の一部を異界化させており、もはや通常の手段で紅魔館内に侵入する事は不可能な状態となっていた。
この一カ月間、彼女達とブタオとの間柄は、なんの進展も見せていなかった。
紅魔館の強化が済み、ブタオの身の安全が確証されるまで、抜け駆けは禁止であると、紅魔館内で条約の様なものが結ばれていたからだ。
ブタオともっと触れ合いたい彼女達にとっては、中々に苦しい話ではあったが、何も焦る事はないのだと皆が納得していた。
もはや、ブタオを知る者は、この幻想郷にはいないのだから。
ゆっくりでいい。
こうして、未来に想いをはせて、ドキドキとしているのも中々乙なものでもある。
そして、とうとう今日を持って、紅魔館の強化は完成する。
レミリアが、長かったと言ったのはこの事であった。
「みんな、一カ月もの間待ち続け、フラストレーションも随分溜まったわね。フランなんて、ブタオの姿を見たら、襲わずにはいられないとか言って、ここ数日自室で自粛している始末だし。ふふ……」
かくいうレミリアも、ブタオと接する時は、理性を保つのに内心必死であった。
ブタオの仕草。ブタオの匂い。ブタオの白い肌。どれもこれも愛おしい。ブタオの全てが愛おしかった。身ぐるみを剥いでその場で強姦してやろうかと何度思った事か。
パチュリーもレミリアと同じ気持ちであったのか、自虐的に小さく笑う。
「でも、それも今日でお終いね。今夜には術式の全てが終わるわ。今夜で全て……ふふ」
今夜で、全てが終わる。
そうなったら、もう我慢する必要なんてない。ブタオの身も心も思う存分に味わいつくす事が出来る。
ああ、楽しみだ。
酷く口元が歪んでいるレミリアに、パチュリーは横から口出しをする。
「ちょっと。私にもきちんとお零れを寄こしなさいよ? 他の子たちだって、今日という日をずっと心待ちにしていたんだから」
「分かってるわよ。――そうね、何だったら今夜みんなでブタオと交わらない? 紅魔館主催の酒池肉林! メインディッシュは当然ブタオッ! ドレッシングに互いの血や汗、精液や膣液を混ぜ合わせ、お互いの肉が溶けあうほどに絡み合わせて――とっても気持ちいと思うわよ? くふふ……」
レミリアの言葉に、ゴクリと生唾を飲むパチュリー。
さすがは吸血鬼だ。愉悦と快楽を言わせたら右に出る存在はいない。
そんなレミリアがプロデュースする酒池肉林。楽しくないはずがない。
「ブタオと一緒に快楽の底へと堕ちていく……。楽しそうね、他の子もきっと喜ぶと思うわよ。うふふ」
◆
本日ブタオは休日であった。
「ぶひ……ちょっと退屈でござるな」
ふと呟く。
普段、ブタオは休日は図書館へと行き、パチュリーとラノベやマンガ談義、また創作活動等をしたりして過ごしている。
しかし、数日の間、パチュリーも他のみんなも随分と忙しそうにしている。
フランと一緒に過ごそうかと思っても、最近体調が悪いのか、部屋から中々出てこない様子。
何もやる事のないブタオは、無駄に惰眠を貪るくらいしかなかった。
横になりながら、時計の秒針を聞きながら、これまでの紅魔館での日常を思い返す。
ブタオは、今こそが人生で最も充実かつ幸せな期間であると思っていた。
可愛いご主人様たちに仕え、美人の先輩たちと一緒に仕事をこなし、休日には図書館にいって漫画談義をして――。
まるでラノベの主人公そのものではないか。
(ぶひぃ……これで顔がイケメンだったら、この中の誰かと恋仲になってたりしたかもしれぬでござるな)
この一カ月の間に、ブタオはそれなりに信頼を得ているという自覚を持っていた。また、決して嫌われているわけでもなく、もしかしたら好意を持たれているのではないかとも思っていた。
しかし――自分は醜い“ブタ”だ。
己の醜い容姿。この事がブタオの積極性を損なわせていた。
こんな醜い自分が、誰かと恋仲になれるはずもない。あんなにも可愛らしく美しい少女達と自分とでは釣り合うはずもないではないか。
嫌悪感を抱かれないだけでも十分すぎるというのに、なんと強欲な事か――
「ぶひひ。やっぱ世の中、そうは甘くはないでござるな」
諦めの籠った渇いた笑い。
そうだとも。自分はこんなにも醜い存在なのだ。そんな自分を一体、誰が愛してくれると言うのか。嫌悪されないだけで充分過ぎるではないか。
(ブタの吾輩が一丁前に“恋”なんて……)
嫌な事を思うと気分がすぐに鬱になるのは、ブタオの悪い癖である。
今の幸せに満足出来ず、さらに大きな幸せを願う事に罪悪感を感じてしまっている。
達観とも諦めとも言える様な心境に達していたブタオではあったが、ここでふと、“ある人物”が脳裏に浮かんだ。
境界のはっきりしない世界で出会った女性。
ブタオが幻想郷へ来るきっかけを作った人物――八雲 紫である。
(なぜか、急に紫殿の御尊顔が頭に浮かんだでござる)
思えば、彼女も自分を嫌悪せず、それどころか優しく接してくれた。
幻想郷の糧となって欲しかったと言う思惑はあったのかもしれないが、それでも自分に気を遣い、同情もしてくれて、心を救ってくれて――。
紫の顔が脳裏に浮かんだ時、ブタオは切ない気持ちになっていた。
(紫殿……紫殿ッ あ、会いたいでござる)
会いたい。会って話がしたい。口を聞いてもらいたい
枕に顔を埋めて、ブタオは悶々と紫を想っていた。彼女を想うだけで、心臓の鼓動が大きくなり、とても落ち着かない。
想うだけでは満たされなかったのか、ブタオは口に出して彼女の名を呼ぶ。
「紫殿……。会いたいでござる」
その瞬間――
「――ぶひッ!?」
突如として、ブタオの横たわっていたベッドが、生き物の口の様にグパァッと開き、ブタオはその“隙間”へ真っ逆さまに落ちていった。
「ぶひいいいぃいいぃぃぃッッッ!!? お、落ち……落ちるでござるううぅッ!」
実際にはもう落ちているわけだが、ブタオが奈落の底へと激突する事はなかった。
落下の感覚は次第に弱くなり、今度は奇妙な浮遊感がブタオの体を支配する。
地に足が付いているのか、それとも浮いているのか。ハッキリしない。
「こ、これは……ここは?」
ブタオにはその感覚と、“この場所”に覚えがあった。
忘れるはずがない。
この明るいのか暗いのか分からない“境界のハッキリとしない世界”は――
「――こんにちは。ブタオさん」
ふと背後から声をかけられる。
透き通る様な美しい女性の声。
紅魔館と慧音以外に女気のないブタオには、その声の主がハッキリと分かった。
切なくなるほど会いたいと願った女性――。
夢でないかと半信半疑のままに振り向くと、そこには確かに“彼女”がいた。
「――ゆ、ゆか、り……殿?」
「お久しぶりですわね。ブタオさん♪」
白玉楼編スタートです(ゲス顔)