翌日、神威と赫夜は椚ヶ丘から電車で何十分かの距離にある東京23区の一つである新宿へと来ていた。
「よ〜しついたついた」
今の赫夜の服装はぶかぶかなTシャツ、そして下は水色の少し長いスカートといったラフな格好をしていた。一方で後ろにいる神威に関してはなぜか椚ヶ丘の学生服である。なぜかというと、神威の服装は前まで来ていたボロボロの服と制服の2種類しかないためである。
「ほら、さっさと行くわよ。アンタの服がメインなんだから」
「別に服なんて…着れれば何でもいい…ぐえ…!?」
「文句言わない!」
ふてくされる神威を強引に引っ張りながら赫夜は服屋へと向かった。
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「ふむふむ…これはどうかな〜…?」
あるフロアのメンズエリアに着いた赫夜は手当たり次第に服をかき集めると神威に服を手渡して試着させる。身長がとてつもなく小さいため、何着か小学生用が混じっているのは言うまでもないだろう。
「う〜ん…南の島だからな〜。もうちょっと涼しくてその場にあった奴を…」
そう言い着せ替え人形のように服を着替えさせられる神威。彼にとってはどれもこれも不要な物だ。
「…」
そんな中、面倒になったのか、神威は山積みにされた服から2着の服を引っ張り出し赫夜へと押し付ける。
「これでいい」
「え?」
引っ張り出したのは黒くぶかぶかなtシャツと、黒くダボダボなジーパンといった簡易的な組み合わせであった。
「随分とシンプルね。着てみて」
赫夜は神威を試着室へ連れて行く。試着室へ入ると、カーテンを閉め、制服を脱いだ。そして、選んだ服を着ると、試着室のカーテンを開く。
「お〜。いいわね。まぁ身長が残念だけど」
「黙れ…」
身長について言われた事に腹を立てながらも神威は自身の服を決めたのであった。
すると、
「う〜ん」
赫夜は神威を目を細めながら見つめる。
「何か物足りないわね〜…あ!」
赫夜は何かを思いついたのか、ポケットからヘアゴムを取り出した。
「ちょ〜とイメチェンしてみようか!」
「!?」
神威を近くの椅子に強引に座らせると、腰まで伸びた長い髪に手を掛け、後ろに流れていた髪を一纏めにした。
ポニーテールにした姿はもはや完全に女子と見間違えてしまう程であり、あまりにもの出来栄えに赫夜自身ですらも興奮して頬擦りをし始めた。
「きゃ〜!!可愛い〜!!」
「鬱陶しい…」
それから服を買った二人は店から出る。神威は一銭も持っていないために赫夜に買ってもらう形となった。
「お金は心配しないで〜。博士から服代貰ってるから」
そう言い赫夜は財布の中身から1万円札を2枚見せる。今日誘われたのは善吉から頼まれたからだろう。
「言ってたよ〜?服が2着しかないのは勿体ないってさ」
「…余計な事を…」
「さ、次は私の買い物よ」
それから赫夜に手を引かれながら神威は別の階層へと向かっていった。
ーーーーーーー
「…」
待っているのが少しだが気まずい。その理由は簡単だ。今いる場所は水着専門のエリアであるからだ。しかもレディースであり、周りには女性が多く、自身の場違い感が溢れ出てしまう。
すると、カーテンがゆっくり開き、レディースの水着を着用した赫夜が現れた。
「じゃじゃーん!どう?」
彼女が着ている水着は黒で統一されていた。別に水着の形はそれ程ユニークなものではない。一般的な物だ。けれども、中学生にしては発育が矢田以上に進んでいる赫夜の身体によって、大人の色気という妖艶な雰囲気が醸し出された。
だが、それを見ても神威は興味を示さず淡々と答えた。
「どうだろうな…」
「も〜つまんないな〜」
赫夜はその態度に対して不満になるも、この水着を買うことに決めた。
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それから店を後にした2人は少し洒落ているカフェへと来ていた。赫夜は陽気にコーヒーとパフェを頼む。
しばらくして頼んでいた品が到着すると赫夜はスプーンで生クリーム部分を口に運ぶ。
「んん。美味しい!久しぶりのカフェは最高〜」
「…」
年相応の可愛らしい反応を見せる赫夜。対して神威は人間であった頃、よく飲んでいたココアを静かにすすっていた。
「…(おかしい…)」
そんな中、神威は目を目の前の赫夜へ向ける。
「(なぜコイツはここまで俺に引っ付いてくる…?なぜ、俺に構う…?)」
神威は赫夜がこれほどまで自身に擦り寄ってくる姿勢に疑問に思っていた。なぜ自分に?他にいる、彼女の性格ならば自身以外の人間と関係を築き上げるなど簡単なことだろう、なのに何故自身を…?
それが不思議で仕方が無かった。故に神威は聞いた。
「お前…なんで俺にそこまで構うんだ…?」
「…ん?」
パフェを頬張りながら赫夜はまるで聞こえていなかったかの様にこちらへと目を向けた。
「だから、何で俺にそこまで構う?」
「…」
神威が尋ねると、赫夜はパフェを頬張る手を止め、先程とは表情を一変させた。
「…」
その表情は、先程の楽しむ雰囲気が全く感じられず、何か辛い過去を思い出しているかの様なものであった。
「私も最初…実験室を脱走してから君と同じ途方に暮れてたの。何日も山の中で自暴自棄になって…こんな人からかけ離れた姿にされた事を酷く憎んだわ。博士に拾われた後も…何度も何度も…死にたいと思い続けてた。でも、そんな時に君の話を聞いて会えた時から、少しだけ楽になったの。言い方は悪いけど____
そう言い赫夜は満面の笑みを浮かべた。
____嬉しかったんだ!私と同じ人に会えたのが!」
その笑みはいつもの自身を揶揄うようなものではなく本当に純粋な笑顔であった。
「…そうなのか…」
その気持ちは神威も共感できるモノだった。赫夜にとっても神威にとっても互いは世界でたった1人の自身と同じ気持ちを共有できる貴重な存在だ。
「(…コイツも…俺と同じなんだな…)」
目の前の彼女の境遇を自身と重ねている中、神威の頬に何かが垂れた。
「…なんだ…これは…?」
神威は頬を手で拭う。それは何か分からない透明な液体だった。水のようにサラサラとしており、少し温もりがあった。
「どうしたの?」
「いや…何でもない」
神威は誤魔化すようにその液体が付いた手をティシュで拭き取る。
一方でパフェを食べ尽くした赫夜は立ち上がると、神威に差し出す。
「行こっか」
「…あぁ」
神威は静かにその手を取り、赫夜と共に帰路へと着いた。
「(たまには…悪くはないか…)」
夕日が輝く道を、彼女に手を引かれていく中、神威は心の中でそう呟いたのであった。
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そして 時が進み、いよいよリゾート地へと出発する日がやってきた。