「ほぅ。あの殺せんせーの他にも もう一人 触手を扱う奴がいたとはな」
神威はテーブルに座りながら夕食を作っている善吉へ今日の事を話した。
「そのシロとかいう保護者は少し怪しいやもしれぬな。お主も気をつけるのじゃよ?」
「……あぁ…」
夕食を済ませると神威は夜更かしをする事なくすぐに睡眠にはいった。
ーーーーーー
翌日
椚ヶ丘中学校の日当たりが悪く薄暗い理事長室では、現在 理事長の前に二人の男女がいた。
「この私が生徒の妨げになるような行いをする人に見えますか?」
「い〜え。でもこの堅物がどうしても信用できないと言っていますのよ」
窓を見ながら話す理事長の後ろの黒い影にはイリーナと烏間がいた。烏間は中間のような不正がないかどうかあらかじめ本校舎へ赴き確認を取りに来たのだ。
「学力を決めるのは生徒次第です。私は水を刺すような真似はしませんよ」
「……」
その言葉は真実か、それとも虚偽なのか。烏間は納得できないような表情をしながら理事長室を出て行った。
「失礼しました」
ガチャ
誰もいなくなった理事長室にて、浅野学峯はゆれる窓のカーテンを見ずに言葉を発した。
「さて、覗き見は感心しないよ?神威くん」
その言葉が室内に響いた瞬間 カーテンの下から黒い影が現れた。
「相変わらず 知能だけでなく 五感も鋭いな。浅野学峯」
「教師に対してその口ぶりは良くないよ?『矢田 桃矢』君」
『矢田 桃矢』それは神威に成る以前の姿の名前だった。理事長は知っていたのだ。神威の正体を。その名を聞いた神威は首の筋を湧き出たせる。
「その名前では呼ぶなと言っただろ…?」
その殺気は理事長室全体を震わせ、近くにあった花瓶は何の前触れもなく割れた。
「それは悪い事をしたね。謝罪しよう」
理事長の言葉に神威の雰囲気が大人しさを取り戻すと辺りの響は止んだ。
「さて、何故 ここに来たのかな?期末テストも近いというのに。あぁ、『お姉さん』の事かい?」
「…そうだ」
理事長は読心術で神威のここへ来た目的を読み取った。正解であり、神威は頷く。
「『矢田 桃花』を今すぐ 本校舎に復帰させろ。要件はそれだけだ」
「ほう?随分と率直な要求だね」
神威からの要求は言うなれば『けじめ』だ。自分が原因で落ちたならば、自分の力で本校舎へ復帰してもらわなければならない。それが神威の目的だった。
理事長は立ち上がり窓の外の景色を見ながら数秒間黙り込んだ。
「それはできない要求だね」
ピキ
「……なんだと…?」
理事長からの拒否の返事に神威は目を血走らせる。
「入学時に教えた筈だよ。『本校舎へ復帰するには定期考査で実力を示し、かつ、元のクラスの担任の了承を得る事ができれば復帰を許可する』と。忘れてはいないだろうね?」
理事長から向けられた鋭い目線。誰もがこの目線を向けられれば逆らう事は出来ず、すぐさま引いてしまう。だが、神威は臆する事なく、殺意を混ぜた血眼を向けた。
「そうだな。だが…あの時は俺の落ち度だ。違う日の放課後にやる事だってできただろ」
「それは本人が体調不良の場合のみだよ。彼女は万全の状態。故にそのルールは適応されない」
「…納得がいかねぇ。それになんだ?全校集会の時の姉に絡んでた奴。見てただろ?」
神威は怒りを表に出し始めると、全校集会の時に見た光景を思い出す。
「いくらE組相手とはいえ、あんな真似は許される筈がねぇ。なのになんで処罰されてねぇんだ?E組だから心身ともに汚されてもいいってのか?」
怒りの声に理事長は顎に手を当てると返した。
「うむ。その点は君の意見は間違ってはいない。E組といえど、生徒だ。強姦は許されない。だが…差別は終わらないよ」
そう言うと理事長は神威の目の前へ歩いてくるとまるで今にも殺しそうな程の鋭い目を上から向けてきた。
「彼らはそれを積む事によって成長するんだよ…。『弱者を踏みつけ強くなる強者』へとね…?その制度でこの中学を出たものは『付属高校』『難関 私立 公立高校』そして、合格率が格段に低いとされる『高等専門学校』へ進学しているんだよ。君にはこれが理解できるかな?」
「……」
神威は黙り込んだ。何も言い返せない。これ以上言い返すとこちらとしては不利だ。理事長は流石にもう言い返せまいと思いまた ソファへと座る。
神威は怒り狂った血眼を向けると歩き出し、理事長室の窓を開けると手を掛ける。
「ただし、強姦の件については注意しておこう。そして、お姉さんをどうしても復帰させたいなら、今回の期末考査で示してみせなさい。テストで結果を残せば許可も自然と降りるシステムになっているからね」
後ろから囁かれた理事長の言葉に神威は何も返す事はなく、その場から飛び降り姿を消した。
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神威は風のように誰にも直視できない速さで山道を駆け上がる。
『期末考査で示してみなさい』
その言葉に神威は顔から筋を隆起させると速度を上げた。
そして、旧校舎へと着くと神威は早い足取りで教室へ向かうと乱暴に開けた。そして そのまま 中へと入ると下校の準備をしている矢田の元へ歩いた。
「おい、この後 本校舎の図書館に行くぞ」
「ふぇ!?」
今にも帰ろうと準備をしていた矢田は突然の神威の誘いに腑抜けた声で驚いた。
「で…でも今から陽奈乃ちゃんの家で…」
「んなもんどうでもいい。来い」
「ちょ…え!?」
神威は訳も聞かずにカバンを手に持つ矢田の手を引くと無理矢理に連れて行った。いつもとは全く行わない行動に皆は呆然としていた。
「どうしたんだアイツ?」
「なんかいつもより様子が変だな」
ーーーーーーー
僕らは期末テストの勉強のため、本校舎の図書館に来ていた。旧校舎と違い冷房が効いていてとても快適だ。普段は使用できないが、前々から磯貝くんが予約してくれていたらしく、同伴させてもらっていたのだ。
「ここはどういう風に覚えればいい?」
「あぁ。ここはこうやって___という風に」
僕は社会が心配なので磯貝君にアドバイスしてもらいながら暗記していった。凄い分かりやすい…。奥田さんも茅野や神崎さんに化学と物理について説明していた。
この調子なら期末こそ50位以内に入れるかもしれない。そう期待を寄せ僕らは勉強を進めていった。
その時だった。
「おんや〜?E組の方々じゃないか〜」
横から集会の時に聞いた事がある声がしてきた。見ると学園でも各教科トップを取っている『五英傑』がいた。中村さんはバツが悪そうな顔をしている…。
「ここはキミらにはもったいないんじゃないか?」
「どけよ雑魚ども。そこは俺らの席だ」
そう言い席を奪おうとしてきた。迷惑にも程がある…前の一件といい…五英傑なら何でもしていいと思っているのか…?
そう思いながら僕らは譲らなかった。
「ここは俺たちが前々から予約してあった席だぞ!」
「そうそう。久々にクーラーの効いた図書館なんて快適〜♪」
「忘れたのか?この学校じゃ E組はA組には逆らえないんだぞ〜?」
そう言いメガネを掛けながら ワカメのような髪型の骨顔の人が言ってくる。すると、今まで黙っていた奥田さんが立ち上がった。
「さ…逆らいます!私たち今度の期末テストで各教科で一位を狙ってます!そうなったらもう大きな顔はさせませんから!」
「な…なんだと!?口答えしやがって!おまけに眼鏡なんか掛けやがって芋臭い!なぁ荒木?キシャシャシャシャシャ!」
「あ……うん…」
そうなると君達も芋臭いコトになるよ!?荒木君も戸惑ってるし!
「全てがそうではないよ。ごらん?どんなに酷い場所でも必ず咲き誇る美しい花がある」
突然後ろからそう声が聞こえ振り向いてみると 独特な髪型をした五英傑の1人が神崎さんに絡んでいた。髪に無断で触れ顔を近づけている。あんな接待の仕方…絶対中学生じゃやらないぞ…!?ていうか神崎さん男運ないなぁ…。
そう言っている合間にもその人はまるで詩を読み上げるように言葉巧みに神崎さんを誘惑していった。
「じゃあ、こういうのはどうかな?E組とA組で、どちらが5教科で多く最高点を取れるか。勝った方は負けた方に何でも一つ命令できる……というのは」
『…』
僕らはその提案に言葉が詰まる。
「何だ?所詮ザコは口だけか?俺たちなら……『命』掛けても構わんけどなぁ…?」
……フフ
何だか、一瞬笑みが出てしまった。僕らは殺意を纏いながらペンを持っている手をゆっくりと動かした。
「うるせぇんだよ。さっきから」
『!?』
突然聞こえた声に皆は手を止める。その声の重圧に僕らは恐れ、一瞬で湧き上がった殺意を引っ込めてしまった。
その声は後ろの壁際にある席から聞こえた。
「バカみてぇに騒ぎやがって。静かにっていう張り出しも読めねぇのかよ」
そこにいたのは、神威君だった。
一緒に同伴しているのは矢田さんだ。2人はここで勉強していたのか…。
そんな憶測をしていると、神威君は顔に筋を立てながら歩いてきた。
「テメェ…E組が俺達に説教を説くとはいい度胸だな?」
そう言いながら僕に絡んでいた瀬尾君が神威君の制服の胸ぐらを掴んだ。 小柄な神威君の身体が大柄な瀬尾君の巨大な手によって身体が浮くほどまで掴み上げられた。
「んな事知るか。社会的モラルも身についてないガキが」
「…ッ!!」
その言葉はE組から発せられた為、A組である瀬尾君のプライドを刺激した。
完全に頭にきた瀬尾君は神威君に向かって拳を握りしめ今にも殴りそうな雰囲気だった。
「やるのか?なら…『容赦しねぇぞ』…!!」
「…!」
その言葉と共に僕達の背筋が凍る程の寒気が襲ってきた。今の言葉は本当だ。瀬尾君が神威君に手を出せば…間違いなく瀬尾君はただじゃ済まされない。それに、この事が公になれば理事長は神威君だけを徹底的に処罰するだろう。
「ぐぅ……」
瀬尾君は汗を流しながら神威君から手を離した。一方で神威君は顔に筋を浮き上がらせていた。本気で殴るつもりだ。
それだけは絶対にダメだ。僕はすぐさま止めに入ろうとした時、矢田さんが立ち上がり神威君の手を握った。
「神威君…!他の図書館いこ!?ここだと皆 いるからさ…!」
「……お…」
そう言いながら矢田は神威の手を掴むと図書館から出て行った。
後に残ったのは気まずい空気だった。
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何故だろう。プールの件から、急に神威君が積極的に勉強を教えてくれるようになった。
苦手な理数系の科目が少しずつ理解できてきて私は嬉しいけど…何か違和感を感じた。
いつもとは違う…まるで何かを漁っているかのような感じだった。
「うにゅ?どうかしましたか?矢田さん」
「え?いや!何でもないよ殺せんせー!」
今日はテスト前の学習だ。殺せんせーは1人に数人ついて教えていた。私は数学や化学を中心に教えてもらっていた。
殺せんせーに心配されたが、私は誤魔化した。
「そうですか。ふむふむ。苦手な理数科目も心配いらなくなってきましたね。ここからは少し高度な解き方に入っていきましょう」
「うん」
妙な感じだった。神威君は何であそこまで私に気をかけてくれるんだろう。
そんな事を思いながらも私は期末テストに向けて勉強を進めた。
そして、遂にその日が来た。