神威は渚と鷹岡の一騎打ちを見た後ゆっくりと山を降り施設へと戻った。
「おや?今日は早いのう」
「あぁ。E組は日課が違うからな」
因みに赫夜はまだ本校で授業中だ。神威は部屋へ入ると上着を脱ぎ捨て上裸となり、サラシを取った。
「……」
目の前にある鏡の前に写ったのは大量の切り傷や焼け肌そしてもう一つは胸の真ん中にある刻印だった。その刻印は縦に5列横に4列の直線が交わったものだった。神威はそれをゆっくりと手でなぞる。この刻印は自分の元の姿『桃矢』から今の自分『神威』へと変化した原因だった。
「バケモノ……か…。そうかもしれんな…」
神威は鷹岡に言われた言葉を思い出し同意しようとしていた。
その時
ガチャ
「ただいま〜っと。って…!?」
突然部屋へと入ってきた赫夜に神威は少し驚くとすぐさま胸にサラシを巻く。赫夜も目をパチクリさせていた。
「ちょっと今の何!?」
「見るな…!」
神威は見ようと迫る赫夜を目で威嚇した。赫夜は一瞬止まるもすぐに動き出し神威に迫るとサラシを取った。
その瞬間 赫夜は絶句した。
「こ…この傷…」
「…」
隠された背中には無数の切り傷や火傷 がついていた。
「見るな…見られたくないんだ…この傷は…」
「ごめん…」
赫夜はすぐさまサラシを巻いた。巻く中 赫夜は初めて神威の悲しみを浮かべた表情を見た。
「もしかして…アイツに…」
「あの時のことは話したくねぇ。少し外に出てくる」
そう言い神威は部屋から出て行った。後に残った赫夜は悲しみを浮かべた瞳で神威を見つめていた。
そして数時間が経った夜中に神威は帰ってきた。
次の日
季節は夏 木製の旧校舎は猛暑に見舞われており蝉が元気に鳴く中 生徒の皆は屍と化していた。
「あっち〜……」
「夏真っ盛り……全く授業に集中できねえ〜…」
杉野と前原がそう垂れ流しながら机に顔を沈めていた。
「でももうすぐプール開きだよね〜!待ち遠しいな〜」
「確かにそうだけどプールは本校舎にしか無いんだぜ…炎天下の山道を歩きながら本校舎に行きそして帰る。人呼んで『E組 死のプール行軍』特に疲れた帰り道は干からびてカラスの餌になりかねねぇよ…」
倉橋は顔を浮かばせキラキラとした表情を浮かべたが木村の言葉にまたもや机に顔を突っ伏してしまう。
一方で神威は汗が流れている顔をどこからか取り出したうちわであおぎ暑さを凌いでいた。
「殺せんせ〜本校舎まで送ってってくれよ〜…」
菅谷のねだりに殺せんせーは猫型ロボットのように「しょうがないな〜」と言うと皆に着替えて裏山の沢に来るよう言い渡した。
ーーーーーーー
僕らは水着の上にジャージを着る形で着替えると本校舎とは反対側の山道を進んでいた。
『プールは本校舎にあるんですよね?場所が違うようですが』
水着姿の律の質問に僕は頷く。あまりの暑さに皆の顔から笑顔が消えていた。いや、暑さもあるがもう一つは前の件だ。
ーーーーーー
ーーーー
ーー
時は鷹岡先生が去った直後に遡る。烏間先生が皆にスイーツをご馳走してくれた時だった。
「烏間先生…突然ですが 鷹岡が神威に言っていた『人体実験』とはどういうことなんでしょうか?」
スイーツを食べ終えた磯貝くんが唐突に質問した。烏間先生は一瞬動揺するもすぐに正常となりお茶を飲み干すと真剣な目を浮かべた。
僕らも気になっていた。その言葉…そしてその言葉で神威君は初めて僕らの前で怒った。普段は絶対に感情を見せない神威君。その神威君があれ程怒るなんて…彼の過去に一体何があったのか…。
僕らは気になって仕方がなかった。
すると烏間先生は口を開いた。
「悪いがそれは話せない」
その言葉に磯貝君はなぜか聞いた。
「その口止めこそが彼への依頼条件だからだ。万が一話してしまえば彼は俺を殺し旧校舎…いや、椚ヶ丘中学校から去ってしまうだろう……」
その言葉に皆は息を飲んだ。話した者を殺す。それ程までに神威君は自分の過去を知られたくないのか…。
皆はこれ以上 の詮索はやめようと思いそれ以上は聞かなかった。
その後 烏間先生は報告書の作成の為に席を立った。立つ際に『久々に楽しい時を過ごせた。感謝する』と、満面とはいかないが僕らの前で初めて笑ってくれた。
ーーーーー
ーーー
ー
だけども僕らはやはり気になって仕方がなかった。後ろを向くといつもと変わらぬ無表情 昨日の怒った時の顔が嘘のように消え去っていた。
「さぁて…着きましたよ」
殺せんせーの言葉に皆は前を向いた。見るとそこには昨日までただの沢だった場所が本校舎よりも広いプールへと変貌していたからだ…!
「水を溜めるのに1日、旧校舎から数分!あとは1秒あれば飛び込めます!」
それと同時に皆は体操着を脱ぎ捨て飛び込んでいった。
これだからウチの先生は殺しづらい!
ーーーーーーー
皆が気持ちよさそうに遊ぶ中 神威は近くにある岩に座りながら涼んでいた。
すると
「神威君!一緒にバレーしよ〜!」
矢田が手を振りながら神威を誘った。その誘いを神威は手で振る形で断るとそのまま立ち上がろうとした。その時、うっかり脚を滑らせてしまい神威の体は岩肌に打たれながらプールへと沈んでいった。
水の中に入った瞬間 神威は無言かつ無表情で子供のように手足をばたつかせた。水面からやっと顔を出すもまたもや沈んでしまう。すると何かが神威の体を抱き上げ水面に顔を出したお陰で神威はようやく息を吸うことが出来た。
「大丈夫?」
「プハッ…ッ!?」
その声と共に神威の背中にやわらかいものが押しつけられた。神威を抱き上げたのは矢田であった。
実は神威の落ちた場所の近くには矢田がいたので距離的に矢田が真っ先に救出したのである。
だが、そんなのは神威にとってはどうでもいいことだ。神威は急いで離れようと手足をまたバタつかせた。
「ちょ…!?また溺れるよ!?」
自分の胸で神威を追い詰めているとは知らない矢田はさっきの事もあるためなのか神威を離そうとはしなかった。
「いいから離せ…」
「だめ!」
そう言うと矢田は腕の力を更に強くした。それと同時に神威の背中には矢田の胸が一層強く押し付けられた。
すると、
ピピー!!!
「こら木村君!プールサイドを走ったりしちゃいけません!怪我でもしたらどうするんですか!」
「あ…すいません」
「原さんに中村さんも潜水遊びは程々に!長いと溺れているか心配です!」
「え〜!?」
「岡島君のキャメラも没収!」
「そんな殺生な!?」
「狭間さんも本ばかり読んでないで泳ぎなさい!」
「?」
「矢田さんに神威君もイチャイチャしないで!ここはナイトプールじゃないんですよ!」
「別にイチャついてないよ!?」
「殺すぞタコ…」
ピーピピピピピピッピー!
((((う…うるせぇ…))))
「いるよね…自分の作った空間のなかで王様気取りのやつ……」
「あぁ…ありがたみがまったく感じれねぇっての…」
そう言い中村と三村はリズムを取りながらうるさく笛を吹く殺せんせーを見た。
「ヌルフフフ!環境や間取りを地道に設計したプール…皆様には整然と遊んでもらわなくてわ…」
殺せんせーの特徴『プールマナーに厳しい』
「固いこと言わないでよ殺せんせー。水かけちゃえ!」
「キャン!」
倉橋から水をかけられた殺せんせーは女のような悲鳴をあげた。その声に皆はゾッと引いた。
「「「「え……なに…いまの声……?」」」」
皆がその悲鳴に引く中、カルマは妖しい笑みを浮かべながらゆっくりと殺せんせーの座るデッキに近づくとユラユラ揺らした。
「ぎゃぁ!?カルマ君!揺らさないで!落ちる!落ちる!」
その様子を皆は凝視していた。
「ま……まさか殺せんせー……泳げないんじゃ…」
「い…いや〜…泳げないとかじゃないし〜…鼻から泳ぐつもりないし〜……」
中村が恐る恐る聞くと殺せんせーは笛を吹きながら誤魔化した。でもまぁ先程のあの声や慌て様からしてもう手遅れであるが。
殺せんせーの弱点『泳げない』
「手にビート板持ってるからてっきり泳ぐ気満々かと…」
「これはビート板じゃありませんよ三村君!麩菓子です!」
「おやつかよ!」
「あははは…殺せんせーも泳ぎ苦手なんだ…」
「……」
ーーーーー
ーーー
ー
数日後、皆がプールへ行こうと山道を歩いている時 一足先に見に行った岡島が大声で叫んでいた。
「おい皆!プールが大変な事になってるぞ!?」
その声に皆は駆け足でその場へ向かった。見ると前まで透き通る程の輝きを見せていた水の中に缶やプラスチック類のゴミが捨てられており缶の中に微かに残っていた飲み物が漏れ出しプールの水を濁そうと少しずつ侵食していた。
「ひどい…」
「一体誰がこんなことを…」
「ビッチ先生がセクシーな水着をお披露目できなくて目を点にしちまってる!」
「それはどうでもいい…」
皆が犯人を探していると渚は後ろでニヤニヤしている寺坂 吉田 村松を見た。
「あ〜あ。こりゃ大変だ」
「ま、いいんじゃね?別にプールの授業ってなくてもいいし♪」
他人事のように話す3人に皆はすぐ犯人だという事を悟った。渚は視線を向け続けていると寺坂が気づき渚を睨む。
「んだ渚?まさか俺たちが犯人だと疑ってんのか?」
「い…いやそういう訳じゃ…」
「だったら何で俺たちを見てんだよ?くだらねぇことしてんじゃねぇぞ」
「…」
寺坂の鋭い目線や体格に渚は何も言えなくなってしまう。すると
「寺坂君の言う通りです。犯人探しなんてくだらない事はやめましょう」
そう言い突然現れた殺せんせーの手にはバケツ等が握られており殺せんせーは表情を変える事なく触手をプールへ伸ばした。
数秒後
「はい元通り!いつも通りに遊んでください!」
『イヤッホー!!!』
殺せんせーの自慢のマッハによってプールに散らかっているゴミかつ浸食されている汚染水が全て取り除かれ元の鮮明な景色へと戻った。
皆は一斉に水着になると飛び込み遊び始めた。
そんな中 その光景を目にした寺坂 吉田 村松は目を点にしていた。
「どんなに汚れても先生が手入れして綺麗にしますので安心して君達も泳いでください♪(笑)」
と、顔を緑のシマシマ模様に変化させた殺せんせーが3人へドヤ顔で言う。すると3人は立腹し悔しがりながらこの場を去った。
「ぬるふふふ。おや?君は泳がなくていいのですか?」
殺せんせーは隣に体操服を着たままの神威に目を向ける。
「…別にいい。そんな気分じゃない…教室に戻らせてもらう」
それだけ言うと神威はその場を去った。
「にゅう…神威君も寺坂君と同じく…少々乗りが悪いですね〜…」
ーーーーーーーー
プールから離れた神威は1人で気を休めようと思い森の奥へと進んでいた。葉の間から日光が指す道を歩いていた。
「…」
その時 近くの木々が揺れそこから黒い影が飛び出してきた。
「ん…?」
それは体長が5メートルをも超える超巨大なクマだった。その熊は神威を見つけると牙を剥き出しにして襲い掛かってきた。
「グゥォォォオ」
「…」
突進してきた熊に神威はゆっくりと蹴りを横から放った。まるで包丁を入れるかの様に
そして、その蹴りは熊の顔へと直撃し頭蓋骨を砕き絶命させた。
「…」
神威は倒れた熊の腹へ手を伸ばすとそこへ手を突き刺した。内臓の感触が手に伝わり不快な感じを伝わせてきた。普通の人ならば耐えきれない感触を物ともせずに、神威は熊の腹の中を弄った。
「…」
そして熊の血がこびり付いた肉を剥ぎ取ると口を開け中へと運んだ。
決して美味ではない味とそれに付着している生臭い匂いそして噛みちぎらない程弾力がある歯応え。 それらが咀嚼する度に口の中を駆け巡った。
ゴクン
噛み砕いた肉を飲み込むと神威はさらにまた熊の肉へとかぶりついた。
数分後
「ペッ」
小骨を吹き捨てながら歩く神威の後ろには皮や肉がほぼ裂かれた内臓と骨だけが残っていた。
「気分が晴れねぇ…早く見つけて殺さねぇと…」
口の周りに付着した血を舐め取りながら神威は拳を握りしめた。
“お前を分かってやれる奴なんて1人もいないんだよ。紛い物め”
「ッ…!ヴゥァァァアアア!!!!!!!!」
その瞬間 神威は腹の底から叫びながら近くの巨木へと脚を振り回した。その脚は木に減り込むと同時に鈍器で殴ったかのように歪みそこからゆっくりと倒れた。
「はぁ…はぁ…」
倒れ伏す巨木を前に神威は汗を流しながら息を切らしていた。
その時
「おやおや、教室に戻ったかと思ってましたが…随分と悩んでいらっしゃいますねぇ…」
「…」
その声に神威は振り返る
「…お前か…」
そこにはいつも変わらぬ表情を浮かべた殺せんせーが立っていた。