POSSIBLE DREAM   作:鈴河鳴

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第十六章 銀光の朝

 

 

 扉を叩く硬質な音が三つ鳴る。音のした方向へ視線を遣って用件を尋ねれば、答える声は中性的なものだ。

「ココノエ博士。カグラ様がお戻りになりました」

 報告を受け、部屋の内に居た人物――ココノエは、ピンク色をした二本の尾を揺らめかせると静かに相槌を打ち、彼らが部屋へ入ることを促す。

 大きな木製の扉がゆっくりと押し開かれ、そして彼らはやってくる。

「悪いな、待たせちまったか?」

「我々も、二分ほど前に到着したところだ」

 入ってきたのは黒髪の男達。一人は大柄な男、カグラ=ムツキ。そしてもう一人はカグラの秘書である中性的な少年、ヒビキ=コハクだ。

 問いに短く答えるココノエへ、カグラは軽く頷く。

「そうか。到着して早々すまないが、早速確認を……ん?」

 確認しなければいけないことは沢山ある。現状のこと、これからのこと。それらを問おうとしたカグラではあったけれど、ココノエが傍らに置いていたディスプレイをじっと眺めているのを見て、首を傾ける。

 眠たげにも見える細められた目と、気怠く下げた口角は変わらないが、それでも、ディスプレイを映す黄金の瞳には複雑な色が滲んでいるのがカグラには見えていた。

「どうした、何かあったのか」

 ココノエの横顔に、カグラが問いかける。眉尻を少しばかり持ち上げた、いつにない真面目な表情で。

 ココノエは、それに一拍ほどの間を置いてから応える。

「……たった今、蒼の反応を複数、観測した。どうやら『死神』もあの少女も、イカルガに来たらしい」

 あの少女というのは勿論、以前ココノエが言っていた、ユウキ=テルミらと行動を共にする少女のことだ。その人物と会った記憶こそココノエはないが、反応の位置と、境界に保存されたデータベースに残されていた情報からして間違いはない。

「本当か、ココノエ」

 カグラが尋ねるのは主に死神の方だ。

 少女の方はよく分からないが彼女にとっては重要なことなのだろう程度には分かっていたからそちらの方も聞いておくのだけれど。

「あぁ。死神の場所は……第九階層都市『アキツ』か」

 カグラの問いに頷いて、キャンディを一舐めするとココノエはディスプレイを見つめながらキーボードを数回叩いて操作すると、そう口にする。

 妙だ、と口から漏れる声。

 アキツの窯は、既に死神本人が破壊しているはずだ。なのに何故、彼はそこに訪れているのか。何か裏でもあるのかと思わずにはいられず、ココノエのおよそ人間のものではない尾は声と共に再び揺らめいた。

「チッ、ようやくお前らを見つけたばかりだってのに、また忙しくなりそうだな。早いとこ、ツバキ達も見つけねぇと……ヒビキ、状況は?」

 カグツチに居たはずのツバキ達も見つからないことから考えれば、彼女らもこのイカルガに転移されたと考えるのが妥当だろう。

 イカルガは広く、見つけるのは容易ではないが……それでも、彼女らは一刻も早く見つけなければならない。焦燥に駆られながら、カグラは一歩後ろに控えていた秘書官を呼び、状況を問う。

 けれど彼は琥珀色の瞳を伏せると静かに首を横に振った。

「申し訳ありません、そちらはまだ連絡が付きません……死神の追跡にも、人手を使いますか?」

 それから顔を上げて、問う。逃げた死神が何をしでかすとも分からない故の問いだ。

 けれど、それにはカグラは頭を振って、

「いや、これ以上兵を分散させるのは避けたい。監視だけつけておけ。接触は絶対に避けるようにしろ」

「畏まりました。ではそのように」

 カグラが命じれば、ヒビキは首肯する。そして胸に手を当て軽くお辞儀をした後、そっと部屋を去って行く。カグラの命令を伝達しに行くためだ。

 その姿を見送り扉が閉まったのを確認すると、ココノエは視線をカグラへと移す。

「……お前の言う通り、今は現状の整理が最優先だ。カグツチの状況はどうなっている?」

 人の数はどうか、平常通り働いているのか。町はどうか。

 そんなココノエの問いに、カグラは窓の外を見遣ると唇を開いた。

「支部も町も、ほぼ平常通りといったところだな。どうも一部の者だけが『こっち』に飛ばされているらしい」

 それにより多少の混乱はあるが、それでも正常の範囲を出ない。

 今のところ、カグラ達や死神の他に、統制機構に認定された咎追いも数名、イカルガに転移していることが報告されている。転移させられた人数は、少なくとも十人は下らないだろう。

 おそらく転移された人物らが資格者なのだろう。ならば全員があの『声』を聞いているはずだとカグラは言って、ココノエに視線を投げた。

「それでココノエ、あの声の主が六英雄のナインだってのは本当か?」

 ココノエが言っていたと、ヒビキから聞いたことだった。

 カグラの言葉へ彼女は頷いて、視線を斜め下の床へ落とした。少しだけ間を置く。高めの小鼻をひくりと動かして、彼女は唇を動かす。

「……ああ。自分の母親の声を聞き間違えるものか。それに、これだけの大規模な転移魔法を使える者など後にも先にもナインただひとりだ」

 一体どうやってこの時代に来たのかは知らないが、あるいは何者かが境界から引き揚げたか。

 最後は呟きと変わりつつあるココノエの言葉。

 ナインが彼女の母親であると、さらりと告げられるがカグラは驚かない。

 思うのは、かつて世界を救った六英雄であるナインが、今度は何故世界を混乱させるような真似をするのか、ということばかり。

「願望を叶えるために、冥王イザナミを倒せ……か。イザナミってのは一体何者だ……?」

「現状では何とも言えんな。だが……胡散臭い話であることは確かだ」

 目を伏せ、眉間を揉みながらココノエが言う。信じるに足る何かがあると感じてはいるのだけれど、その何かが分からない。それが逆に怪しさを生み信じられずにいたし、何より、冥王イザナミという人物……その名の不穏さと、それを取り巻く謎が胡散臭さを増幅させていた。

 カグラもそれには同感だった。

 どうにも手の平の上で踊らされているような気がしてならない。

「……不用意な行動は避けた方が良さそうだな」

 あぁ、と頷いてココノエはキャンディに舌を這わせると、薄らと開けた目でカグラを見つめながら考えていた。

(だが、母様の真意は一体どこにある? 何のために我々をイカルガに……そして、蒼を手に入れさせようとする?)

 それに、他にも考えることはあった。

 蒼とはまた別の反応。『極端な魔素の低下』。何故、セリカ=A=マーキュリーが『ここ』にいるのか。更には、カグツチの窯へと侵入したスサノオユニット。

 この状況は、偶然で片付けるには上手く出来すぎている。

(私は、重大な何かを見落としているのか……?)

 眉根を寄せるココノエ達の耳にノック音が届くことで、考えは一度中断される。

 扉に視線を向け、入るように命じれば扉を開け彼はやって来る。先ほど出ていったばかりのヒビキだった。

 用件を話すよう促すと、彼は静かに報告する。

「カグラ様。カグツチに駐屯している部隊より連絡が入りました」

「どうした、まさか死神か?」

 わざわざ報告が入るということは、よほど重要なことなのだろう。死神の件であればそれも頷けると、カグラが問う。

 しかし答えは違った。

「いえ……カグツチ襲撃の件より行方不明となっていた、ノエル=ヴァーミリオン少尉を発見した……とのことです」

「何!? ノエルちゃんが!?」

 ヒビキの答えに、カグラが瞠目する。ノエルの話が出てきたことへの驚きだ。けれど、探すように伝えたのは自身であったと思い出し、次には彼女が無事だったことへの喜びと安堵に口許を緩ませ胸を撫で下ろす。

「……よし。ちょっくら迎えに行ってくるわ。ヒビキ、後のことは任せたぞ」

 そうして頷くと、彼はヒビキに心なしか早口で命じて、扉を開け、歩きだす。去って行く背中に気付き、ココノエが目を見開き呼び止める。

 不用意な行動は避けろと言ったのはカグラなのに、舌の根の乾かないうちにそんな行動をするなんて。止まらぬカグラの背と、彼女らを隔てるようにゆっくりと扉が閉まり――ヒビキとココノエの二人は、呆れに溜息を吐く。

 

 

 

   1

 

 街に出るや否や、がくんと上体を前に倒して膝に手をつき、大きく息を吐いた。

「はぁ~、やっと着いたぁ~……」

 そう言うと、彼女はゆっくりと身体を起こした。

 額の汗を拭って、辺りを見回す。

 美味しそうな料理の並ぶお店がいっぱい並んで、きらきら輝いていて。行き交う人達は皆笑顔。遠くには大きな湖が見えていた。

「カザモツかぁ~。濃厚チーズと厚切りベーコンのピザが名物なんだよね……確か」

 ふふ、と笑って頬を緩ませる彼女はノエル。けれど、すぐにハッと正気付く。

 ここには初めて来たはずなのに。何故、自身はそんなことを知っているのだろう。

 疑問はやがて不安を煽り、怖くなって彼女は首を振る。

「そういえば、皆はどうしてるんだろう……私が急にいなくなって、心配してるかな」

 別のことを考えようとして浮かぶのはそれだ。

 突然空間が歪んで、気が付けばイカルガに居た。急に姿を消せば心配されてもおかしくはない。それに、自身らは任務の真っ最中だ。もしこんなところに居るのがバレたら、怒られてしまうかもしれない。

「早くカグツチの支部に連絡しないと……」

「あー……きっとその必要は、もうないと思いますよ?」

「――ッ!?」

 ポケットの通信機に手を伸ばそうとしながら呟いた言葉に、かけられる言葉があった。勢いよくノエルは警戒に振り向いて、その声の正体に驚愕した。聞いたことがある声だと思ったけれど、それは。

「は、ハザマ大尉!? どうしてここへ……」

 緑の髪を目深に被った帽子の下から覗かせる、ひょろりとした長躯の男。柔和な笑みを携えて、そこに佇む人物――ハザマは、ノエルの問いを受けると首を僅かに傾ける。今日は、隣にあの少女の姿がない。

「何故? 何故ですって? クク……」

 愉快な冗談を聞いたとでもいうように、額に触れながら肩先を微かに震わせる。

 不審に思いながら見つめるノエルに、顔を上げたハザマは少しだけ破顔し答えた。

「決まっているじゃありませんか。勿論……貴女を拘束するためですよ。ノエル=ヴァーミリオン少尉」

 一瞬、言葉の意味を理解するのが遅れた。

 ノエルはハザマが放った言葉を反芻し、そして意味を理解した瞬間、目を見開く。

「こ……拘束? 私を……? な、何故ですか!?」

 どうして、自身が拘束されなければいけないのだろう。そんなことをしたつもりはなくて、いつも通り自分は任務を遂行しようとしていたのに。何か変なことをしただろうか。

 慌てて問えば、彼は両手を顔の横まで持ち上げると首を振った。

「やれやれ……また『何故』ですか。質問ばかりですねぇ、少尉は」

「す、すみません……ですが、本当に心当たりがなくて……私、何かしましたか……?」

 呆れた様子のハザマに何だか申し訳なくなって謝りながらも、本当に思い当たるところがない。ノエルは不安に声を震わせながら、再度問う。

 それに気怠げに深く溜息を吐いて、ハザマは仕方なく――と口を開いた。

「仕方有りませんね……では、説明しましょうか。貴女、ノエル=ヴァーミリオン少尉には現在、統制機構への反逆罪の容疑が掛けられています」

 そう説明するハザマに、再度彼女は目を見開く。

 だって、反逆罪だなんて。いつだって言われた通りに仕事をやってきたはずだし、反逆しようなんて思ったこともない。なのに、何故。

 けれどハザマは反論を許さず、寧ろノエルならば分かるはずだと告げる

「カグツチ支部において、機密区域へ無断侵入し……死神と共に支部の破壊を目論んだ少尉」

 何の話だ、とノエルは声を張り上げずにはいられなかった。

 機密区域というのは多分、窯のことなのだろう。けれどそれは床が抜けてしまったせいだったし、死神と特に深く関わった覚えもない。

 死神は統制機構の反逆者であり、どんな性格をしていようと倒すべき相手だと思っていたのに。

「おや、とぼけるんですかぁ? 貴女が死神と特別な関係にあった事実は、ちゃんと記録されているんですがねぇ」

 ――ねぇ、死神に二度も助けられたヴァーミリオン少尉。

 にこやかにまたハザマは微笑むけれど、薄く開かれた双眸から覗く金の瞳は、全く笑っていなかった。蛇のような鋭い瞳に見据えられて、思わず身体が強張ってしまう。

「貴女、一体死神とどういうご関係なんですか?」

「そんな、違います! 私と『ラグナさん』は別に、何の関係も――」

 首を横に振り、ハザマの問いに答えるノエル。しかし、ノエルが口にした名に、彼はにんまりと笑ってみせた。

「おやおや。死神……ラグナ=ザ=ブラッドエッジの名は統制機構の中でもトップシークレットですよ。それを何故、一介の衛士である貴女が知っているんでしょうね」

 言われてノエルはハッとする。

 ノエルは死神から名を聞いたことはないはずだった。よって、知っているはずがないのに、何故その名を知っているのか、口にしたのか、本人にも分からなかった。

「嘘……なんで、私。ち、違うんです、私は本当に、あの人のことなんか何も……!」

 知らな過ぎるほどに知らない。首を振って否定するけれど、上手く説明できる言葉が出てこなくて、出てくるはずもなくて、彼女はただ「違う」としか言えなかった。

「答えられないようですね。では、やはり……ご同行願えます?」

「――そいつはお断りだな」

 小首を傾げるハザマ。彼らの耳に届く声があって、ハザマは後ろを振り向いた。

 そこに居たのは、大柄な男。短く切り揃えた黒髪を揺らし、その人物は立っていた。腕を組み、紫の瞳でハザマを睨み付けるその人物。

「……おやおや、これはカグラ=ムツキ大佐ではありませんか」

「テメェがハザマか。俺の部下が随分と世話になったな。無事か、ノエル」

 目を細め、ひどく怒った様子で睨むカグラ。言葉の最後には、ノエルを心配しながら彼女の隣へと歩み寄る。それを見て、露骨に眉尻を下げハザマは困ったように口を動かした。これは困った、と。

「私はただ、統合本部からの命令に従ったまでで『イカルガの英雄』と事を構えるつもりはないのですが……」

「統合本部のだと? 適当言ってんじゃねぇぞ、テメェ。そんな話は聞いてねぇ」

 細められたハザマの目を見て、眉根を寄せカグラは疑いの眼差しを向けながら言う。

 統合本部からの話なら、真っ先にカグラにも伝わるはずだ。それがなかったということは彼の話は嘘だとカグラは主張する。けれど、それに首を横に振り、ハザマはカグラを見据えた。

「当然でしょう。貴方の部下に対する拘束命令ですよ。貴方、この命令を知っていたら前もって少尉を逃がそうとするでしょう?」

「当たり前だ。そんな不当な命令、納得できるか」

 カグラの答えにハザマは何度目かの溜息を吐く。表情が消える。そして二、三度ほど頷くハザマを睨み付けたままのカグラに臆することもなく、ハザマはただ答えた。

「ええ、だから……そういうところですよ。噂通り危うい方のようですね、カグラ=ムツキ大佐」

「テメェに言われたくねぇよ……裏じゃどんな汚い仕事にも手を染めてるって有名だぜ、ハザマ」

 煽るような一言に頬の筋肉を一瞬動かしながらも、あくまで冷静にカグラは煽り返す。

 ハザマはそれに表情を変えることもなく、無表情のまま、

「……そうですか。立場上、そういうこともあるかもしれませんねぇ」

 とだけ答え、ノエルを見遣る。庇うようにカグラが彼女の前に一歩、出る。

「おや、反逆者を庇うんですか?」

 その様子を見たハザマが首を傾ける。僅かに口角が上がって見えるのは気のせいではない。カグラの神経を逆撫ですると分かっていて、わざとハザマはそうしていた。

 胸の内でチリつく感覚を覚えながら、カグラは目を伏せ息を吐き出した。

「帰って上の馬鹿共に伝えろや。どうしてもノエルを反逆者に仕立て上げたいのなら、俺のところに直接来いってな……」

 こんな場所で下手な行動に出るのは良くないと判断し、カグラはそれだけを言う。

 ハザマの爬虫類を思わせる瞳が愉快げに見つめているのを見て、何が面白いのかと問おうとした自身を抑えこみ、カグラはノエルに視線を移す。

「……良いでしょう。仰せの通りに致します」

 頷くハザマ。一歩後ろに彼が下がるのを横目に、カグラはノエルの肩をぽん、と押すように軽く叩いた。行くぞ、といつになく強めの語調と険しい表情で言うカグラの気迫に圧され、ノエルは頷き歩き出す。

 何より、こんな居心地の悪い空気の中にいつまでも居たくなかったし、彼――ハザマとは距離を置きたかった。だから、カグラが来てくれたことにも、早めに切り上げてくれたことにも感謝しながら。

 去って行く彼らの背を見て、ニマニマと深く笑みを刻みながら――ハザマは、誰にも聞こえぬほど小さな声で呟く。

「カグラ=ムツキ。『イカルガの英雄』ですか……」

 悲しいものだ、とハザマは零す。

 ――偽りの英雄というものは。

 

 

 

   2

 

 世界虚空情報統制機構、第六階層都市『ヤビコ』支部。

「あの……ムツキ大佐、お伺いしてもよろしいですか?」

「ん? どうした」

 統制機構の近衛師団団長にして衛士最高司令官、黒騎士カグラ=ムツキ。その執務室へ向かう道の途中で、ノエルが噤んでいた口を開く。それに首を少し振り向かせ、視界の端に彼女を捉えると、カグラは用件を尋ねた。

「カグツチへ戻らなくて良いのでしょうか……私、見たんです。死神が牢の外に出て、機密区域に居たのを」

 不安に両手を胸で重ねるノエル。そんな彼女の言葉を受けてカグラはぴたりと立ち止まる。自身の身体を後ろへ向かせて、快活に笑った。

「それなら心配すんな。死神なら既にイカルガに居る」

「えっ……!?」

 彼の台詞に、ノエルがひどく驚いた様子で声を漏らす。

 カグツチからイカルガまでは相当な距離があるはずなのに、どうやって来たのか疑問に思ったのと、そんなところまで死神が来ているだなんて、という不安もあった。

「……おそらく俺やノエルちゃん達と一緒だ。ノエルちゃんも強制的に転移させられたんだろ?」

 少しだけ、驚いた。転移魔法によるものだという事実と、彼もまた転移したということに。黙り込んでしまうノエルに、カグラが「違うのか」と問うから、慌てて数度小さく頷いて答えるノエル。カグラもまた頷いて見せると、腕を組んだ。

 くるりと体を正面へ向けてまた歩き出す彼。一歩遅れてノエルも追いかけ始める。

「多分だが、さっきのハザマやツバキ、マコト達も同じだ」

「マコト達もイカルガに来てるんですか……!?」

 足音を響かせながらカグラが言い出す台詞に、ノエルの声が再び大きくなる。

 当たり前だった。二人はとても大切な親友だし、今回は同じ任務を与えられた仲間だ。最後に会ったのはカグツチの支部で、襲撃を受けてから会っていないために心配していた。

 食いつき具合にカグラは少しだけ眉尻を下げながらも笑う。

「ああ。まだ捜索中だが、カグツチに姿がない事は確認済みだ。まず間違いないだろう」

「そうですか……良かった。カグツチの支部があんな状況でしたから……」

 少しばかり俯き、安堵に胸を撫で下ろし微笑む。

 無事であるかもしれない事実が、純粋に嬉しかった。

「さ、着いたぜ」

「きゃ……っ」

 突然立ち止まるカグラに気付くのが遅れてぶつかりそうになりながらも、すんでのところで止まりノエルは顔を上げた。

 カグラの手によって押し開かれる扉。

 その向こうに居たのは、ピンク色の髪の中に丸い耳を覗かせた、白衣の女だった。見た目は小柄で若いが、鋭い黄金の瞳は聡明さを垣間見せる。

 腰から生えた二本の尾をゆらりと揺らし、少しばかり顎を持ち上げ二人を見た。

「む……戻ったか」

 ノエルの方へ視線を向けると、彼女は座っていた椅子を引いて立ち上がり、歩み寄ってくる。彼女の行動の意図が理解できず、ノエルが一歩退けた。

「お前がノエル=ヴァーミリオンだな」

 それでも近付く女は、やがて立ち止まると静かに問いかける。

 ノエルがコクコクと二度頷けば、彼女は「そうか」と相槌を打って、目を伏せた。

「あ、あの……?」

「……やはりか」

 ぽつり、彼女が零す。何が「やはり」なのかノエルには理解できなくてカグラを見る。見た先の彼も訳知り顔だから、自身だけが分からないみたいで少しだけ不安に思いながらも、ノエルが口を開こうとしたところで。

「微かだが、蒼の反応を感じる。お前『それ』をどうした?」

「やっぱ間違いないのか、ココノエ」

「ああ。カグツチから感じていた小さな反応は、こいつだ」

 ココノエと呼ばれた女は、首肯し答える。

 蒼。先ほども『声』が言っていた存在。蒼とは、一体何なのか。

 問えば、ココノエは溜息を吐く。

「やはり、予想はしていたが……自覚はない、か。しかしそうなると、ノエル=ヴァーミリオンに掛かっているという反逆罪も、きな臭いな」

 自覚というのは、蒼の反応のことだろう。けれど、分からないものは分からない。なのに彼女らはいつまで経っても教えてくれず、ノエルは少しだけ眉尻を下げた。

「ハザマがノエルを狙ったのもそれが原因って事かよ。だが、何故ノエル自身が知らない? お前の言ってた『記憶の食い違い』と関係があるのか?」

 ケッと吐き捨てるように言った後、首を捻る。蒼なんてものを持っていれば自覚しているはずだ。けれど彼女はそれについて全く知らないらしい。思い当たる原因を言ってみれば、ココノエはチラリと隣の部屋の扉を見遣った。

「その件についてだが、一度全員に説明しておいた方が良さそうだな。テイガー、上がって来い」

「ん? そういやテイガーはどこに……」

 改めて部屋を見てみれば、彼女が口にした名の人物――テイガーが居ない。

 二メートルはくだらないだろうあの巨体が見当たらないことを不審に思ってカグラが問えば、ココノエ曰く『充電中』だという。

「へぇ……便利そうで不便な身体だな」

 丈夫なうえに疲労も少なく、病気などの内的要因に調子が左右されることもない。一見、良いこと尽くしにも見えるが、定期的なメンテナンスや充電が必要なところは不便だと思える。

「慣れればどうということはない」

「ふぅん、そういうもんか……っておい待て、お前今どっから入ってきた!?」

 応える声はここ最近で聞き慣れた、男の声。なるほど、と納得しかけて、そしてカグラは声が聞こえた方向を凝視した。

「お前も見ていただろう、そこの部屋からだ」

「そこの……って、俺の部屋じゃねぇか!」

 この部屋への入り口は二つある。

 一つは廊下、もう一つはカグラの私室。そして、テイガーがやってきた方向は後者だ。当然のようにココノエは言うが、どうして充電中であったはずのテイガーが、カグラの部屋から出て来たのか。

 嫌な予感がして、思わず声を張り上げる。けれどココノエは表情を崩さぬまま、頷いた。

「うむ。丁度良い場所だったのでな、お前がノエルを迎えに行っている間に、エレベーターとして改造させてもらった」

 ココノエが言いきらぬうちに、目を見開いたままカグラが歩きだす。一歩ずつ進む度に速度は上がり、カツカツと靴音を立てて私室『だった』場所の前まで進むと、恐る恐る戸を開け――。

「マジかよ……洒落になんねぇだろこれ……原型留めてねぇし、しかも俺の荷物どこ行った?」

 部屋の中を首の可動範囲の限り動かして見回し、目を凝らして探し、それでも見つからない荷物の在り処を問う。置いてあった荷物はそれなりに大きいものもあるが、一切が見当たらないのだ。答えはない。肩を落とし、カグラはへたり込む。

「あ……赤鬼……」

「ほう、ノエル=ヴァーミリオンか」

 その後ろで、震える声。ノエルのものだ。

 それに驚くような様子こそないが少しだけ意外そうなテイガーの声が応える。

「やれやれ、騒がしくなってきたな。おいカグラ、いい加減こっちへ戻って来い。話を進めるぞ」

 怯えるノエルが事態をややこしくする前に、とココノエが首を振って口を開く。

 ずっと動かないまま部屋を呆然と見つめていたカグラにも声をかければ、彼はバッと勢いよく振り向く。その目尻には透明な涙が滲んでいるようにも見えた。

「テメェ、後で絶対元に戻せよ」

「時間が惜しい。さっさと始めるぞ」

 首を縦にも横にも振らず、ただ視線を逸らして早口に言う女へカグラは少しだけ怒りが湧いた。

 それでも仕方なく立ち上がり、彼女らのもとへと寄る。ノエルの隣に立って腕を組むと、話を促した。

「……現在ここに居る全員に起きている『記憶の不具合』についてだが……症状から見るに、同じ現象である事は間違いない」

 記憶の不具合。記憶にない記憶の存在。ここに居る全員が、それぞれ身に覚えがあった。

 皆が首肯する。あの『声』を聞いた瞬間に頭の中に飛び込んできたり、聞いたこともない人物の名を知っていたり。

 ココノエがやはりか、と顎を引いて目を伏せる。

「だが、起きているのは何も目に見える形だけではない。カグツチの統制機構を襲撃した六英雄ハクメン……あれを境界からサルベージしたのは、おそらく私だ」

「お前が? だが、境界に関わる研究は……」

 彼女の台詞に、テイガーが驚きの声をあげる。

 何故なら、彼女の元助手が境界へ堕ち異形と成り果てた時から境界に関する研究は凍結しているはずなのだから。

「だが……ならば何故、境界に残しておいた私のバックアップに『スサノオユニットをサルベージした結果』が残されている?」

 ココノエのデータのバックアップは、どんな干渉も受けないよう境界に残してある。そして、そこにはサルベージしたときの結果やログなども残っていたのだ。

「……ここから導き出される結論はいくつかあるが。最も有力なのは……『我々の記憶が、この世界ごと書き換えられてしまった』可能性だ」

 それならば、事象の影響を受けない境界に保存していたバックアップは干渉から免れたという風に説明がつく。記憶とバックアップの食い違いから導き出される答えはそれだった。

 そんなココノエの解説に、一度は納得するカグラ。けれど顎に指を添えて、彼はひどく困った様子で声を漏らした。

「待てよ……だとすると、厄介だな」

「気付いたか? この問題の恐ろしさが」

 伏せていた目を開けて、ココノエがカグラを見る。

 イカルガへの転移、あの『声』、見知らぬ記憶。

 これまでの現象から『記憶の不具合』はほぼ同時に起きたと考えられていた。声の主、六英雄ナインの手によって。

 しかし、ココノエの話はそれを覆す。

 つまり記憶の不具合は、おそらくナインによって起こされた今回の大規模な事象干渉より以前から起きていた問題ということになるのだ。

「だ、だったら……そんな事、一体誰がするんですか? それに、記憶を世界ごと書き換えるなんて、本当に可能なんでしょうか……」

 ノエルが腕を持ち上げ、滑らせるようにして自身を抱く。不安で表情が強張るのを感じながらも問う彼女に、ココノエは静かに首肯した。

「理論上はな……勿論、タカマガハラやマスターユニットに匹敵する干渉が可能なら、の話だが」

 それは、言外にナイン自体はそれほどの事象干渉ができないということを指していた。

 ならばナインの言っていた『イザナミ』はどうだろう、カグラが指を立てて問うが、それにはココノエは首を振った。

「……さあな。残念だが今のところ、イザナミが何者かは不明だ。それに、六英雄ナインが敵なのか味方なのかもな」

 だが、分かっていることが一つある……そう言ってココノエはノエルを一瞥すると、静かに溜息を吐く。くるりと身体を後ろへ向け、カグラの執務机へ歩み寄ると、椅子を引き腰かけた。

「ナインは、イザナミを倒せば『蒼』が手に入ると言った。だが、このイカルガには既にその蒼を持っている奴がいる」

 脚を気怠く組むココノエと、自身を抱いていた腕を解き、力なく横に垂らすノエル。

 カグラが俯き、静かにその名を紡いだ。

「死神……ラグナ=ザ=ブラッドエッジと、少女、ユリシア……か」

 蒼に接続しその力を引っ張り出す事のできる『蒼の魔道書』を宿す者と、蒼そのものの存在。

 カグラの紡ぐ言葉に、ココノエは首肯した。

「そうだ。奴の持つ『蒼の魔道書』と、その少女の存在がヒントに――」

「あ……あぁあ……」

 けれど、ココノエの言葉を遮るようにして、ノエルは言葉にならない声を漏らす。

 添えるように自身を抱いていた腕に力を込め、俯き、震える身体。異変に気付いたカグラがどうしたのか問えど、答えることもなく彼女は首を大きく横に振った。

「嫌……私に、見せないで……」

「おい、しっかりしろ!」

 ぎゅうと握る青のケープに皺が刻み込まれる。

 その小さな手にカグラの骨ばった手が添えられ、そのまま肩を優しく掴んでカグラが顔を覗きこむ。突然のことに、部屋に居た誰もが訳も分からないまま見ていることしかできなかった。

「駄目……駄目、駄目……っ」

 頭を何度も横に振り、背中までの金髪を振り乱す。

 駄目、と何度も紡ぐ少女はやがて身体を抱いたまま顔を上げ、声を張り上げた。

「『ラグナさん』とイザナミを会わせては駄目ですッ!!」

 

 

 

   3

 

「……くそ、迷った」

 不意に立ち止まって、ラグナはそう呟く。

 前に来たときと同じ道だったはずなのに、未だ目的地に辿り着けない。道すらまともに思い出せない自身に苛立ち、ラグナは眉間に皺を作った。

 もう随分と歩いた気がして、疲弊に溜息を吐いた後、首を横に振る。奥歯を噛み締めた。

 随分と記憶も戻ってきたけれど、未だ判然としない中、彼は己を叱咤する。

「あぁ畜生! こんな調子じゃ、サヤを助けることなんか出来ねぇぞ」

 頬を両の手で叩いて、前を見据える。早く行って、彼女を、救ってやらなければ。

 そんなラグナの耳へ、空間にはそぐわない甘やかな声が届く。それは高貴さを持ちながらも幼さを同様に兼ね備え、紡ぐ言葉は彼を貶すような意思が少しだけ感じ取れた。

「面白い事を言うわね。誰を助ける、ですって?」

「な……お前……」

 驚きに振り向いて、その人物の姿にますます驚愕した。

 レイチェル=アルカード。記憶が告げる彼女の名を呼ぼうとして、彼は止める。もっと違う呼び方で呼んでいたはずだ。

 彼女の髪を二つに括った黒のリボンを見る。『ウサギ』みたいだと思った。

「そうだ、ウサギか。牢屋から出られて良かったな。もう捕まるんじゃねえぞ」

「どこへ行くの? ……『ラグナ』」

 確か最後に会ったのは牢屋だったか。思い出しながら述べて、彼女に背を向け歩き出そうとするラグナ。それをやはり呼び止めて、レイチェルは静かな声で尋ねた。

 答えは決まっていた。妹――サヤのところだ。ラグナが答えれば、彼女は「何をしに行くのか」と尋ねる。それもやはり、決まっていた。ラグナ自身でケリをつけに行くのだと。

「そのためにも……誰よりも先に辿り着かねぇと」

 ラグナの背を見つめたまま彼の言葉を聞いたレイチェルの口から、吐息が漏れる。どこか呆れたような声音で、実際に呆れを覚えながら彼女は言葉を紡いだ。

「まったく……本当に馬鹿なのね、貴方」

「んだと?」

 馬鹿で、愚かで、この上なく下等で、そこまで行くと呆れを通り越して笑えてくる。

 レイチェルの言葉に、ラグナが露骨に反応して振り向く。

 何が馬鹿だと言うのか理解できなくて。馬鹿にされれば誰だって苛立つし、ラグナもそうだった。判然としない記憶、上手く行かないことの連続。それも相まって少しばかり声が低くなったのをラグナ自身も感じていた。

 けれど、嘲るような口ぶりに対してレイチェルの表情はひどく冷ややかで、そして悲しげだった。笑えてくる、と言いながら目も口許も一切笑っていない。ゾッとするほどに。

「……俺の何が馬鹿だって言うんだよ」

 その表情を見て少し驚いた後、少しだけ冷静になったのかラグナが間を開けて問う。

 レイチェルの瞳が、真っ直ぐに見つめていたラグナから、斜め下の地面へと落とされる。転がった小石を眺めながら、彼女は静かにピンク色の唇を動かした。

「多少は記憶が戻っているみたいだから言うけれど」

 前置き、彼女は顔を上げてラグナの瞳を見つめた。左右で色の違う瞳が、じっと見つめられて戸惑いに揺れる。肩にかかった横髪を優雅に払って、ゆっくりと瞬きを一つ。

「ラグナ……貴方『前回』のことを忘れたの?」

 首を微かに斜めへ傾けて、逆に問いかける。

 前回。その言葉が指すものを、ラグナもすぐに理解した。帝……否、冥王イザナミと前に会ったときのことだ。

 イザナミと戦い、そしてラグナがどうなったのか。ラグナ自身は理性が千切れかけていたからあまり覚えていないけれど、それでも感覚ではどうなったのかを記憶していた。

 もう少しで『黒き獣』になりかけたのだ。

「そのことを理解しているの? いえ、理解していないからこそイザナミを『助ける』なんてくだらない妄言が吐けるのよ。そうでしょう?」

 糾弾するような彼女の物言いを受け、ラグナは口を噤み俯いた。

「レリウス=クローバーに何を吹き込まれたか知らないけれど、今の貴方ではイザナミに、いいように利用されるだけね」

 言葉こそ高貴な人物のそれを崩さないまま吐き捨て、レイチェルは腕を組む。お人形のような整った白い顔の眉間には、皺が寄ってしまっていた。

 伏し目がちにラグナを見つめ、彼女は何も言わない彼に再び何か言おうと唇を僅かに開け息を吸う。

「……やっぱか。何かおかしいとは思ってたが……お前は『記憶がある』んだな、ウサギ」

 先に声を発したのはラグナだ。

 ずっと、おかしいと思っていた。誰もが様子が変で、あの時の記憶がなくて、まるで自身がカグツチを襲撃する前の状態に巻き戻ったみたいだったのに。彼女――レイチェルは他と違って全てを記憶しているみたいだったから。

「貴方、私の話を聞いているの?」

 けれど、それはレイチェルの話とは関係がなくて、彼女が顔を持ち上げる。金の睫毛に縁どられた紅の瞳は、依然ラグナを見据えたまま。どこか、苛立ちのようなものを滲ませて。

「ああ。前回駄目だったから諦めろって話だろ。テメェらしくねぇな」

 けれどラグナはそれに臆することなく、ただ頷きそう言った。

 最後まで諦めずに自身に力を貸してくれた彼女らしくない。いつでも強気で、傲慢で、高飛車で、でも強かな彼女らしく。

「――なぁ、ウサギ。俺に何か隠してるだろ?」

 今度はレイチェルが黙り込む。何も答えないけれど、それはつまり肯定だった。

 ラグナが溜息を吐く。あまりにも、彼女の肩が細く見えて。

「ダンマリかよ……じゃあ、代わりにいくつか教えて欲しいことがあるんだけどよ」

「……何かしら」

 レイチェルが少しだけ顔を持ち上げる。問いを促す彼女の声に、ラグナは少しだけ言いづらそうに言葉を選んで、意味のない音をいくつか漏らしてからレイチェルを改めて見つめる。

「ここは……サヤが作り出した『エンブリオ』とかいうやつの中なのか?」

「そうよ」

 いつになくあっさりと教えてくれるレイチェルが意外で、ラグナは目をぱちくりと瞬く。いつもは隠したり、分かりやすく教えてくれなかったりする彼女が、こうも素直に答えてくれるのは結構、意外だった。

「何だ、今日は随分と素直に教えてくれるんだな」

「……やっぱりやめておくわ」

 思ったことが、そのまま口から零れ落ちる。それに、レイチェルが眉根を寄せて背を向ける。組んでいた腕は面倒だと言うようにだらりと身体の横に垂らされた。慌て、ラグナが引き留めるように声をかける。こんなことで情報源を減らしたくない。

「待て待て、茶化して悪かったよ。本当に困ってるんだ……頼むよ」

 ラグナを振り向き、品定めするようにレイチェルが見つめる。

 暫しの静寂の後、彼女は仕方なく溜息を吐いた。

「……冥王イザナミが、巨人・タケミカヅチを使って作り出した黒球……それがこの、エンブリオと呼ばれる世界よ」

 ラグナは驚かなかった。こんなに色々なことが立て続けに起こって、今更何が起きても驚かない。けれど、疑問に思うのはこの『世界』の広さだ。

「にしては、さすがに広すぎじゃねぇか? タケミカヅチがいくらでかくても、この広さはねぇだろ」

 物理的に考えれば、前に居た世界はタケミカヅチだって収まる大きさだったのに、タケミカヅチからできたはずのこの世界もまた、それと全く同じ広さをしているのだ。

「イザナミが膨大な魔素で作り出した空間よ。物体の大きさと内部の構造は関係ないわ」

 ラグナにはよく分からなかったけれど、それにいつまでも執着しているだけの理由はなかったから、そういうものなのだなと頷き「じゃあ」と更に問いを続ける。

「この世界から、抜け出す方法はあるのか」

「無理ね」

 こんな何もかも書き換えられた居心地の悪い世界、さっさと抜け出して元の世界に戻りたい。それ故にかけられたラグナの問いに、レイチェルは首を振った。

「あん? なんでだよ」

「私達が元居た世界は、既に消滅してしまっているもの」

「……は?」

 間抜けた声が、ラグナの口からあがる。意味が理解できなかった。自身の知っている言葉であるはずなのに、どこか違う国の言葉のように聞こえてしまってならなかった。

 それほどに、彼女はあっさりと答えてしまっていた。

「おい待て、どういう意味だそりゃ」

「言葉通り、そのままの意味よ。外の世界の人々や構成要素は全て、このエンブリオに吸収されてしまったわ」

 この世界に吸収され、外の世界には何もない。つまり、エンブリオが発動した時点でイザナミの勝利は確定したのだ。言葉の意味を理解すればひどく驚き、ラグナの背には冷や汗が浮かぶ。

「この世界はね、マスターユニットであるアマテラスを捕えておくための、いわば『檻』と同じ」

 マスターユニットさえあればこの世界は観測され、維持し続けることが可能なのだ。マスターユニットの望む世界を映した、このエンブリオというイザナミの枷に縛られた世界が。

「でもね……これは、貴方には関係のない話」

「あ? 関係がないなら、なんで話したんだよ」

 囁くように紡ぐレイチェルをラグナが胡乱げな目で見つめる。関係がないなら、話す必要もなかったのではないだろうか。聞かせて、絶望させて、それで終わりなのであれば、どれだけ彼女は意地が悪いのだろう。

「……関係が『ない』からよ」

 問いに、彼女は短く小さな声で告げる。ますますラグナには訳が分からなかったけれど、レイチェルに向けて何か言おうとして、止める。彼女がまた、唇を僅かに動かす素振りを見せたからだ。よく聞きなさい、そう前置いて彼女は瞼を僅かに下ろした。

「一つだけ……この世界を、イザナミの枷から解放する方法があるわ」

「マジかよ。さっき、イザナミの勝ちが確定してるとか言ってなかったか?」

 彼女の言葉に、少しばかりラグナが目を見開く。確定していると言ったはずなのに、それと反対のことを言うのだから。彼女が矛盾したことを言うのは珍しく、少しだけ驚いた。それに、方法があるということは希望があるということだ。

 僅かな期待を込めてラグナが問えば、彼女は小さく頷く。

「ええ、だから……その確定事項を曲げることができる、唯一の方法よ」

 一筋の光を思わせるその台詞に、けれど発した側のレイチェルは一切笑みもせず、「だけど」という言葉を繋げる。否定するときに使うその言葉に、ラグナが表情を少し緊張させる。これ以上嫌なことは聞きたくなかったけれど、それでも好奇心には抗えなかった。

「だけどそれは、マスターユニット・アマテラスの認めた資格者がイザナミを倒さなければ何の意味もないわ」

 新しい世界を創ることのできる資格者だけが、イザナミを倒し、蒼を手にする『可能性』を持つ。資格者が蒼を手にすればエンブリオは解放され、新たな世界……『その資格者の望む』世界が生まれる。蒼という、可能性を可能にする力によって。

「もしその資格者とかいう奴らの誰もが、イザナミを……サヤを倒せなかったらどうなる?」

 できるならば自身が倒し、助けたい。その気持ちは今は隅に置いて、ラグナは尋ねる。誰も倒せず、蒼を手にできず、世界が生まれなければ。

「その時は、あらゆる『可能性』が消滅する。……世界の終わりよ」

 息が詰まるような感覚を、ラグナは覚えた。

 ラグナだってそこまで馬鹿ではない。薄々は察していた。そのうえで、彼女に――自身より色んなことを知る彼女に、否定してほしかったのかもしれない。肩が落ちるラグナに、彼女は追い討ちをかけるようにして紡ぐ。

「そうして、マスターユニットは永遠にこのエンブリオという檻に閉じ込められたまま。やがて世界は静かに、完全なる死を迎えるわ」

 おそらく、それこそがイザナミの狙いだと語られる言葉に、落ちていたラグナの肩が震えだす。目の前の小さな少女の唇が語る言葉に、湧いた感情は怒りのような悲しみのような釈然としない気持ちだった。信じたくない、というのもあったかもしれない。

「何だよ、それ……じゃあ何か? その『資格者』様とやらがサヤを倒して『新世界』を創るまで指を咥えて黙って見てろって言うのかよ?」

 少しだけ語調を強くしてしまうラグナに、レイチェルは黙り込む。自然と何か策はないのかと一人で考え込んで、そしてラグナはふと浮かんだ疑問に首を傾ける。

「けど待てよ、おかしくねぇか。ナインもレリウスも『俺』にイザナミを倒せって言ったんだぞ。今のウサギの話をあいつらが知らねぇってことはないだろうし……だったら何故だ?」

 そこに何の意味があるのか。資格者でない自身が倒せばどうなるのか、呟き、そして尋ねるようにレイチェルを見た。レイチェルもまた伏せた目を開け、視線に気付きラグナを見つめる。

「それは――」

「んな……ッ!?」

 言いかけるレイチェルの言葉を遮るように、ラグナが声をあげる。レイチェルも何事かと辺りを見て――目を見開いた。空間が歪み、揺らいでいる。それは見飽きるほどに、今まで繰り返し見てきた光景。事象干渉を発動するときのそれだった。まさか、とレイチェルの口から漏れる。

「――ラグナっ!!」

 何を言おうとしたのかはレイチェル自身も分かっていない。『それ』が彼女には止められないことであるなど、分かりきっていたから。けれど、辺りを見回す彼に思わず手を伸ばした。しかしその手が届くより早く、振り向いた彼は消える。

 向かった先の検討はついている。この感覚は『彼女』に呼ばれたのだ。

「『貴女』は『彼』に、どれだけの悪夢を見せるつもりなの? マスターユニット・アマテラス」

 

 

 

 そこは、綺麗な星空が広がっていた。明かりがないから、星たちの輝きはいっそう強く見える。気が付けばそこに佇んでいて、彼は思わず怒りに声をあげた。

「クソッ……また転移かよ」

 レイチェルの気配はない。あんなに近くに居たのに、彼女は一緒に来ていないのか。眉根を寄せ、辺りを見回して、彼は驚愕する。

 そこには、巨大な機械が『居た』。宙に鎮座するそれは神々しくも恐ろしさを感じさせる。前に一度見たような気がする。否、遠目にではあったけれど、ラグナは見たことがあった。

 それが、世界を観測する神。エンブリオという檻に閉じ込められた、マスターユニット。冷や汗を浮かべるラグナに、ふと――声が届く。

「資格者でもない其方(そなた)が、何故ここに居る? ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」

 その存在に気付き、ラグナはそちらへと視線を遣る。耳に馴染む、聞き慣れた声だった。何となく居るだろうとは思っていたから、ラグナはさして驚かない。

「……サヤか」

「さては、これも彼の『小娘』の意思ということか……だとすれば、戯れにも程があるな」

 サヤ。そう呼ばれた声の主である少女――イザナミは、静かに言葉を紡ぐ。ラグナがそれに首を傾けた。小娘だとか、意思だとか、イザナミの話しているものが何のか見えてこなかった。その様子を感じ取り、イザナミは暗い赤の瞳でラグナを見遣る。その目はまるで無機物のように、感情の一切が感じられない。

「なに、其方の気にする所ではない故、早々にこの場から立ち去るがよい」

 資格者でもないラグナとの関わりなど、時間の無駄で、この先に可能性は皆無で。即ち何も変わらないからと。以前会った時よりもその態度は冷たく感じて、ラグナとの関わりを避けるようなその台詞には、言葉以上の何かがあるような気がしてならなかった。

 そして、同時に――自身の願いは叶わないと言われている気がしたけれど、それでもラグナは言葉を返した。

 この先はない、と。何も変えられなくていい、変わらなくていい。ただ、ラグナがイザナミを終わらせる。自身はそのために来たのだと。その言葉を聞いて、イザナミはきょとりと目を丸くしたあと、失笑する。

「終わらせる、だと? クハハ! 面白いことを言う。其方が余を終わらせてくれるのか? それは愉快だ……是非に頼もう」

 かつて自身に甘えるばかりだった小さな少女とは、あまりにもかけ離れた態度だったけれど。やはり自身の妹の顔をしたその人物にラグナは少しだけ歯を噛み締めて、そして腰に携えた大剣を抜き、手に取った。

「頼まれなくても終わらせてやるよ、サヤ……今すぐにな!」

 叫び、ラグナは地を蹴る。それにくつくつと喉を鳴らして嗤い、イザナミはその幾重にも纏った着物を取り払う。するりと外された布は投げ捨てられ、風に吹かれ飛ぶ途中で粒子状の光となってほろほろと崩れ消えていく。

 残った服は、白と赤を基調とした丈の短いものだ。たっぷりとした暗い紫の袖も纏ったまま、彼女はそこに佇むと。背に光の輪が展開される。その輪の周りを、輪と同じ色をした刃が浮かぶ。

「サヤァァア!!」

 咆哮をあげ一直線に駆けるラグナに、イザナミが指を差せば刃が射出され、ラグナを取り囲む。すぐにラグナが剣を振り、刃を叩き落としていく。落ちる刃は地にからりと落ちると消えた。再び走り出すラグナ。

 笑う少女、袈裟懸(けさが)に斬りつけようとするラグナ。当たる直前、ふっと彼女が姿勢を低くして足払いをかける。すんでのところで気付き、重心を一気に後ろへずらして跳躍、後退し躱す。

「どうした『兄さま』? 其方の力はそんなものか?」

 それを見つめ、身を跳ね起こした少女は首を傾げる。背後には先ほどの刃をまた浮かべながら。どこか懐かしい響きで、からかうように『兄』と呼ばれる。彼の心臓が跳ねた。そして、声も顔も一緒だというのに妹とは全く別人となった目の前の少女へ、次に沸いた感情は微かな怒りだ。

「ッ……うるせぇ、その声でそれ以上、俺に話しかけるんじゃねぇ!」

「なるほど。何があったかは知らぬが、確かに以前の其方とは別人のようだ」

 彼女にこれ以上、何もさせないように。ラグナがまたも走る。突き出した刃を、くるりと身を翻して避けながら、静かに彼女はラグナを見たままそう呟く。

 確かに、ラグナは以前よりも強くなっていた。以前なら既に『蒼の魔道書』を展開させていて、それでもやっと相手になるか程度だったけれど。今の彼は蒼の魔道書を発動させないまま戦っている。確かに、強くなったのだろう。

 けれど……太刀筋に迷いが見えると言って、イザナミが歪な笑みを濃く刻む。

 図星だったのだろう、ラグナが目を見開き、そして眉尻を下げ顔を強張らせた。

「この身体を……『サヤ』を切り伏せることが、怖いか。余を『倒せ』と言ったナインやレリウスの言葉が気になるか……?」

 ラグナは黙り込む。事実だった。何故知っているのかという疑問は、彼女はきっと見ていたのだろうと察せて湧いてこなかったけれど。ただ、図星を突かれて言葉が出なくなっていた。それでも視線を泳がし、言葉を探して、訥々(とつとつ)と語り出す。

「俺は……お前を救いたい。救わなきゃならねぇ。そして終わらせる……俺がやるべき事は、それだけだ」

 どうしてそこまで使命感に駆られるのかは、ラグナにも分からなかった。けれど、どうしても自分がそうしなければいけない気がしてラグナは言う。単に妹を救いたいというだけの気持ちではないことなどラグナ自身、気付いていた。

 そして地を蹴り、ラグナは剣を振りかざす。

「救うだと? 今、余を救うと申したのか? クハハ、これは異なことを言う!」

 ラグナの言葉に、イザナミが吹き出す。手を叩いて笑い、浮かんだ涙を拭う。そして、細めた目を開いた次の瞬間、その赤の瞳は蔑みの色に濁っていた。持ち上げた口角とは、対照的に。ラグナの剣を跳んで躱し、距離を置く。淑やかに足を地につける。

「資格者でもない其方が何をしようと無駄だと申したはずだぞ。其方には『無駄』という言葉が理解できぬようだな?」

「生憎と頭が悪くてな。難しいことはよく分かんねぇよ」

 幼さの残る見た目に有り余る尊大さで、首を傾け煽るようにして言うイザナミの言葉。それに、今度は表情を歪めることもなくラグナは吐き捨てるように言った。

「……懲りない男だ」

 俯き、短くイザナミが呟く。顔を上げれば歪な微笑みを湛え、彼女は高らかに声をあげた。

 ――ならば教えてやろう。世界の真実を、真相を。

「それを知ったうえで尚、余を救いたいと申すのならば救ってみよ……『ラグナ=ザ=ブラッドエッジ』!!」

 走る、ラグナ。突き出された剣。叫ぶイザナミ――散る、赤の飛沫。

 彼女の細い身体は、ラグナの剣に貫かれた。息が詰まり、イザナミの肺から代わりに吐き出されたのは息でなく、どろりとした血液だ。

 ラグナが驚きに目を見開く。ラグナの攻撃は重いが大ぶりで、素早い彼女であれば今まで通り避けられたはずだった。つまり――彼女は。

「サヤ、テメェ……今わざと……」

 何故。胸に倒れ込んでくる少女をラグナが受け止め、その顔を見つめ必死に問いただす。彼女は笑うのみで答えず、服の白がじわじわと溢れ出る赤で染まっていく。

 空気が、揺れだす。否、この場にある空気だけでなく、宙に浮かぶ自身らの足場も、見える景色も、魔素も、全てが揺らめく。画面越しに見ているかのように景色が僅かな明滅を繰り返し、ノイズが流れる。

「クク、フフフフ……やはり『あの娘』にとって、この『結末』はお気に召さなかったようだ」

「娘……結末だと? 教えろサヤ。この世界は……エンブリオってのは一体何なんだ!」

 まるでそうなることを知っていたかのように、驚くことなく寧ろ愉快げに笑うイザナミ。その唇から漏れる言葉の意味が分からなく、ラグナは眉根を寄せ、そして彼女を揺さぶりながら疑問を叩き付けた。この世界は一体何なのだ、と。

「知りたいか? ならば、余の眼を見よ……」

 目を見開き、だらりと横に垂らしていた腕を伸ばしてラグナの髪を掴む。引っ張り、視線を無理矢理かち合わせて、イザナミは告げ、問う。闇の奥に、何が見えるかと。

 最初こそ突然何を言い出すのか分からなくてラグナは眉を寄せたが、言われるままにじっと瞳を見つめた。吸い込まれるような暗い紅玉の奥、渦巻く闇の中。瞠目するラグナ。

 そこに見えたのは――一人の、女だった。裸で磔(はりつけ)にされて、幾本ものコードが繋げられている。病的なほどに白い肌、身体のところどころにはツギハギしたような傷痕。長い金の髪。

「『観測(み)えた』ようだな……アマテラスが」

 喋るのすら辛いだろうに、それでも唇を動かし言う少女。アマテラスと呼ばれたのは、向こうに滞空している機械ではなく、彼女の眼の奥に見えた少女のことだろう。けれど、あれが……あの女が、アマテラスなのか、と。ラグナは信じられない様子で漏らす。

 だって、あの女は――。

「たとえ、其方が余を倒せたとしても、それは無駄な事だ」

 顔を強張らせるラグナに、イザナミが突き付ける事実。ラグナがイザナミを倒せたとしても、無駄だと言う理由。

 それは、彼女が単に『死』という消しようもない概念である以外に、アマテラスの『ドライブ』だからだ。ドライブとは魂から生まれ出でる能力のこと。つまりアマテラスが存在し続ける限り、彼女は何度だって蘇る。

「余はイザナミ。アマテラスの持つ創造の力『イザナギシステム』とは相反する存在……」

 彼女が紡ぐ一音毎に、頭の中のノイズはひどくなるばかりで、ラグナは呻きながらも何も言うことができなかった。

「世界は……『神』は、其方らの『願望』を拒絶する。この世界は、あの娘の願望を映した鏡だ。故に、その実像を消さぬ限り……世界はアマテラスの願望を映し続ける」

 覚めることのない『神の観る夢(セントラルフィクション)』を。

 空間の揺れが強くなる。今、身体を支えられている事が不思議なほどに。事象干渉が発動しようとしている。思わず、待てと叫ぶラグナを嘲笑うように、イザナミが笑いを零した。

「気付かぬか。この世界は……既に終わっているというのに。考えてもみよ。可能性の閉じた世界に、どんな道がある?」

 いくら力があったとしても、可能性が閉じていれば何も変えられないのだと言って、イザナミは尚も言葉を続ける。

「ラグナ=ザ=ブラッドエッジ。余を……冥王イザナミを救いたいなどと抜かすのならば、まずはこの娘の『夢』を終わらせてみよ。この娘、オリジナル・ノエル=ヴァーミリオンの夢を……」

 ノエル。その名を聞いたラグナはまた目を見開く。先ほどイザナミの眼の奥で見た女は、やはり。見間違いなどではなかった。見覚えのある風貌だと思ったが、本当に彼女は。

 ラグナの言葉に彼女は答えない。けれど、それはつまり肯定で。

「真なる蒼である『奴』を其方が手にする、その時を。余は楽しみに待っておるぞ。『蒼の魔道書(ブレイブルー)』を持つ者よ」

 ――事象の闇に落ちるが良い。ラグナ=ザ=ブラッドエッジ。

 その言葉を最後にラグナの視界は暗転し、意識が途切れた。

 

 

 

   4

 

(やれやれ……どこなんだよ、ここは。次から次へと、一体どうなってやがる)

 浮かぶような、沈むような。ただ、感覚からして逆さまになっているようだ。瞼を持ち上げれば、ラグナは知らない景色を認識し呆れの溜息を漏らした。

 淡い、蒼。

 蒼色の世界だった。眼球を動かして見たところ、壁も天井も見えない。落ちて行く先に、床はあるのだろうか。

 ただ、果てしなく不確かな蒼一色の景色に、自分だけがぽつりと浮かんでいる。

 どこだ、と呟こうとした声は溶けて吸い込まれるように音にならず、空気を震わせない。

(何だこれ……これも、サヤが俺に何かさせようとしてるのか? つか、下から何か見えて――)

 声が出ないことに疑問を覚えながらも、ふと、下の方から蒼以外の何か違う色が見えた気がして、ラグナは下……自身の頭上を見上げた。

「我々は発見したのだ……これは間違いなく有史以来、人類にとって偉大なる功績となるだろう」

 知らない人物の声だった。スクリーンのように、一部が四角く切り取られて映し出されるのは映像。台詞からして、どうやら何かの反応を発見したときのものなのだろう。

「『スサノオユニット』……何かに共鳴しているのか?」

 声が、画面に問いかけるように呟き――そして、声の調子を持ち上げる。歓喜するように、間違いないと続けて、彼は笑った。

 スサノオユニット。名はラグナも聞いたことがあった。あの白いお面の人物、ハクメンが纏う鎧こそがそれだと。つまり、その鎧を見つけたときかと自然とラグナは理解して、映像に再び意識を寄せた。

「より上位のユニットが存在している……! 素晴らしい、これこそが人類に新たな世界を齎(もたら)す存在!! そうだ、我々は……『神』と邂逅したのだ!!」

 そしてシーンは切り替わる。映るのは、見知った風貌の少女だった。磔にされた金髪のそれに、研究員らしき人間たちは両手を掲げ声をあげた。

「『君』なら接触できる、『君』こそが選ばれた存在! 『君』こそが可能性なのだ!!」

 笑い、歓喜し、踊り狂う人間達。窯に、境界に少女を沈めながら、彼らは酔いしれるように言葉を口にする。

「あぁ、遂に我々は憎しみも争いもない、悠久の安寧を、『完全世界』を手に入れることができる。さぁ……我々『人類』の『願望』を叶えてくれ」

 マスターユニット『アマテラス』。

 そこまでを見て、ラグナは理解する。これは、アマテラス――否、その中に居る少女、サヤの記憶だ。アマテラスの中の少女が、アマテラスと融合する前の。人類全ての期待をその身に押し付けられて、少女は一人沈んでいった。

 ふざけるな、とラグナは思う。何が我々で、何が平和で、何が可能性で……何が願望だ。そんな勝手でくだらないものを、少女一人に押し付けるなんて。

「……そうか。今のが、始まりなのか」

 人間が、マスターユニットを発見して。彼女――サヤが言っていたことを理解する。これで世界の『可能性』が閉じたのだと。何を願っても、誰の願望も叶うことなく絶望するだけの、全ての『可能性』が閉じた世界。

(……『誰』の願望も?)

 ラグナは、自身で考え、そして首を捻る。ならば、この世界は誰の願望で作られたのか。ラグナの考えに呼応するように、映る映像は切り替わる。それを見て、ラグナは思わず納得してしまった。そこに映るのは、疑いようもない黒に彩られた、巨大な獣。

(そうか。これが『願望』か……)

 全ての『希望(かのうせい)』を食い荒らす、獣(ばけもの)。憎しみも争いもない、完全なる『死』の世界。ならば、それを宿す自身の終わりは――。

 声が、聞こえた気がした。ラグナは、下に向けていた視線を何気なく上へ持ち上げる。

「――諦めないで」

 そこには、誰も居ないはずだった。だけれど、確かに声はあって、手が、伸ばされていた。その先、腕から繋がる身体は見えなかったのだけれど。

「私は、諦めない……絶対に……諦めない。だから、貴方にある『蒼の魔道書(かのうせい)』を『蒼(いのち)』を……お願い、諦めないで!」

 諦めないで、その言葉と共に、伸びた手の指先が、ラグナの手に触れる。瞬間、視界が真っ白に染まり、彼の意識はずるりと水底から引き揚げられるように――。

 

 

 

   5

 

 風がびゅうびゅうと吹きつけていた。少女――ユリシアはそっと瞼を持ち上げる。

 そこは、前に一度訪れたことのある場所。統制機構の屋上。高い山の上に築かれた、大きな建物の屋上は風が強くて、今にも吹き飛ばされてしまいそうだった。風に遊ばれる髪とスカートを押さえながら、彼女はふと隣を見上げた。

「……はざまさん」

 帽子を押さえる、緑髪の男。彼女よりも高い長躯。黒いジャケットが靡いて、ばたばたと音を立てた。その人物は、少女の声に名を呼ばれると反応し、見下ろす。

「えぇ、私ですよ」

 どうやら彼も、干渉により飛ばされた一人なのだろう。驚いた様子もなくただ細めた目で見つめてくるハザマに彼女は首肯して、そっと彼のスーツに手を伸ばす。捕まるとはとても言えないけれど、端を摘まめば、彼は特にそれについて何か言うこともなく寧ろ当たり前だというような態度で前を見据えた。けれど。

「それにしても……いやぁ、何なんですかねぇ」

 不意にハザマが呟き、彼女は目をぱちくりと瞬いて彼の顔を見上げる。彼は依然として前を向いたままだ。視線の先を追うようにして彼女も正面を見るけれど、そこには何も居ない。

「どうしまし……」

「記憶も、自分の本当の立場も、力も、ロクに思い出せないまま。ただの無害な少女を気取ってこの世界に居座り続ける」

 どうしました、と言いかける少女の声を遮って朗々と語られるハザマの言葉に、ユリシアが僅かに肩を跳ねさせる。聞き覚えのあるような言葉だとか、何となく思い当たる節がある気がして。それはまるで、自分のことじゃないかと、ユリシアは思う。

「……計画も捻じ曲げ、無理矢理にでも思い出させることもせず、もっと有効的な活用法もあると言って尚それすらされず。本当、何のために存在しているのやら」

 首を振って、ハザマが続ける。澄んだ声はよく通り、ユリシアの耳に自然と入り込む。歌うように紡がれる言葉へ、ユリシアが不安に眉尻を下げた。この人は、何を言いたいのだろう。

「ここだから言いますけれど……大きなお荷物だと、思いません?」

 問いに、何と答えればいいのかユリシアには分からなかった。ただ、彼がいつもの彼じゃない気がして。いや、いつも通りなのに、放つ言葉が前と全く違って、彼女は戸惑ってしまう。

 ここだから、と言うのは、ここが沢山の事象を集約したエンブリオの中の、事象の断片の中だからだろう。そしてお荷物、と言うのはやはり自分のことなのだろう。以前から彼はそう思っていたのか、考えれば少し悲しくなったけれど、彼の言うようにやはり自分のことも中途半端にしか思い出せていなくて。どうして、自分はここに居るんだろう。考え出せば痛む頭に目を伏せる。

「……おに、もつ……だと、おもいます、ですか」

「えぇ、だからそう言ってるじゃないですか。貴女は一体、どうして生まれたんでしょうね」

 ユリシアの問いへ、ハザマが少し眉を持ち上げながらも首肯する。彼だって、こう言えば人はこう反応する、程度の理解くらいしていた。諜報部という仕事上のものでもあったけれど、彼だって生きていれば学習の一つはするし予想もできた。けれど、ユリシアの反応は想定外なもので。

「『蒼』から生まれた貴女ですけれど、一体、何のために生まれ、生きているんでしょうね」

 首を傾げるハザマ。その言葉が、どこか遠く聞こえた。頭の中で大きな鐘を思い切り突かれたように頭が痛くて仕方がない。

「……わたし、は……なんで、うまれた、でしょうか」

 ぽつりと呟く言葉。生まれる前、この世界がどうなっていたのかは、はっきりと。自身が自身となる前のことも少し覚えていたけれど。思い出せないでモヤモヤとしていたのはそれだ。

 自身は今どうして生きているのか、と言われれば、自分なりの理由を導き出せたが、元々何が目的で生を与えられたのか、そして自身の片割れ――元になった『蒼』は、自身に何を求めていたのか、それはどうしても分からなくて。

「そんなこと、私が知るわけないでしょう」

 ユリシアの言葉を聞いて、自身に問われたのだと思ったのか。目を細めたままに眉根を寄せて告げるも、ユリシアはいつものような相槌を打つこともなく。不思議に思って、ハザマは少女を見下ろす。

「……わたしは、わたし、は」

 蒼。可能性を可能にする力。それ自体が可能性。全ての情報が回帰するところ。それは、どうして自身を作ったのか。自分は、何のために生まれたのか。誰かに教えて欲しくて、呟く。

 どうして、と。

「テルミさんに、蒼は『興味』を持った……です」

 口調こそ、そのままのはずだったけれど。舌足らずでたどたどしい、いつもの彼女らしさが抜けて聞こえた気がした。声音もどこか大人びて。ハザマは薄く目を見開いて、はてと首を傾げる。けれど、すぐにふっと口許を緩めて、にこやかに微笑んだ。

「……なんだ、思い出してるじゃないですか。で、どうやって思い出したんです?」

 こうもすんなり、思い出すとは思っていなかった。けれど、それに越したことはない。そんなハザマに、目を伏せたまま、彼女は再び唇を動かす。その口角は先ほどの不安の表情とは一変して、持ち上がっていた。

「思い出した、というより、『わたし』は、考えないように、覚えていないふりをしていた、です」

「それを、何故このタイミングで? 私に言われたから、なんてことは言いませんよね」

 ハザマが問い、それに彼女の笑みがますます濃くなる。胡乱げに眉根を寄せるハザマへ、彼女は小さく笑い声を零すと、静かに紡ぐ。

「……それが、あるんですよ」

 へぇ、とハザマが漏らす。彼女の突然の豹変には少しばかり疑問に思うところが多すぎるけれど、それよりも好奇心の方がくすぐられたようで、彼は更に問いを続ける。

「それで? 興味……と言っていましたが、一体、どこに興味を抱いたんです?」

 自身が創られた理由であるテルミに興味を持ったと彼女は語るが、一体、どこに『蒼』なんてご大層なものは惹かれたのか。問えば、彼女は垂らしていた手を胸元に置く。

「そう、ですね。強いて言うのであれば、その『執着心』と、一生懸命な所に……でしょうか」

 そこまでを紡ぐと歌うようにまた笑って、少女は両の瞼を持ち上げる。そこにある二つの瞳は澄んだ蒼。けれど、どこか色が違って見えた気がして、ハザマは目をぱちくりと一度瞬いた。こちらを見ているようで、どこか遠くを見ているような、不思議な色をしていた。

 そして、彼女はステップを踏むように軽い足取りでハザマの前に出た。少しだけ、頭の位置が持ち上がる。それは、彼女が踵を地面から離したせいだ。そのまま細く白い腕をするすると蔦のように伸ばして、掴む先は彼のネクタイ。

「おっと」

 強く引っ張られ、抵抗をしないハザマの腰が曲がり、自然と上体が低くなる。そっと彼女が顔を、彼の頬に寄せるのを黙って彼は興味深そうに受け入れていた。

「……でも、――――」

 幼く甘い声が、囁く言葉。紡ぐと、彼女は握っていたネクタイを放した。

 言われた言葉にハザマがどこか嬉しそうに、ニィと口角を持ち上げ、口許に三日月を生む。

 ――貴方にも、『わたし』は興味を持ったらしいですよ。

 まるで他人事のようだったけれど、『蒼』に興味を持たれたのはある意味で嬉しさを覚えた。

「それはそれは、光栄な限りで」

 ハザマがそう答え、前に倒していた上体を起こす。少し歪んでしまったネクタイを直しながら少女を見つめると、途端、彼女の笑みが消えた。やがて普段の色を取り戻した瞳は戸惑いを滲ませ揺らめき、眉尻が下がる。どこか遠くを見ていた目は近くを見据え、自然と視線がかち合う。彼女が突然そんな表情をしたから、ハザマがどうしたのかと問いかけた。

 少女は答えず、意味を成さぬ音を暫く漏らした後、呟く。下ろしていた手を震わせ、胸の前を彷徨(さまよ)わせる。

「いま、わたし、なにを……」

 少女には、今、何が起こっていたのか分からなかった。だって、彼女『ユリシア』は、自身の意思で話していなかったのだから。

「どうしたんですか。突然流暢に話したと思ったら、またいつもの少女を演じるんですか?」

「あ……ぇっと、や、その……ちが、ちがくて、その」

 確かに自身の口が放った言葉は聞いていた。聞けば、確かにすんなりと『そういえば』と馴染んだけれど。でも、違う、違うのだ。彼女はまるで、違う者に口を奪われたかのように。内側に精神を閉じ込められ、代わりに別の誰かが喋っていたような。

「わ、わたし……『わたし』じゃ、なくて、いまのは、えっと、あの」

 でも、別の誰かと言うにはあまりにも自分と同じ過ぎている。何と言えばいいのだろう。誰だったのだろう。自分じゃないのなら、これは、つまり。

「あ、お……?」

 蒼。自身が蒼から生まれた、蒼の片割れだというのならば。口にしてみれば、思ったよりもすんなり納得できたからきっとそうなのだろう。何故、それが自身の身体を通して出てきたのかは分からないけれど。否、存外にハッキリしていた。

 彼に飽きられてしまっては困るからだ。だから、興味を持たせるように出てきた。それだけのことだった。でも、確かに『ユリシア』はハザマのことを一人の人物として好いていたけれど、蒼自体はテルミに興味を抱いていたはずなのに、何故。

「蒼が、どうかしたんですか?」

 ユリシアの呟きを耳にし、ハザマが首を傾げ問いかければ、彼女はゆっくりと、ぎこちなく首を縦に動かす。溜息がハザマの口から漏れた。それだけで、彼もまた彼女の考えを察したのだろう。どこか疲れたように、けれど納得したように二、三度頷いて彼は「そうですか」と口にする。

「まぁ、それはそれとして……そろそろ行きましょうか」

 そう言って、ハザマは帽子から手を離すと、両手を胴体の横に垂らして歩き出す。ハザマの斜め後ろに続くように、ユリシアも早足に追いかけ始めた。

 風は先ほどよりも大人しくなって、生ぬるい風だけがゆるゆると幽かに頬を撫でる。

「……こんなところで寝ていては、風邪をひきますよ。ラグナ=ザ=ブラッドエッジ」

 やがて、不意にハザマが立ち止まる。ワンテンポ遅れてユリシアも止まれば、自然と隣に立ち並ぶ。足下に転がる何かが居た。赤いジャケットと白い髪。ハザマが呼んだ名は正しくその人物のものだ。転がっていた何か――もとい男、ラグナは声に呼応するようにして瞼を震わせる。双眸を開き、左右で色の違う瞳で辺りを窺う。

「ここは……」

「あぁ、良かった。お目覚めになりましたか」

 どこだ、と言いかけて。ラグナの言葉は聞き覚えのある声に遮られ、釣られるように首を横に向けた矢先、視界に黒の脚を捉え目を見開いた。見上げれば、やはり知っている人物の顔が、彼を見下ろしていた。

「テメェは……テルミ!!」

「ご期待に沿えず申し訳ありませんけれど、私はテルミさんではありません。世界虚空情報統制機構の諜報部に所属しております、ハザマと申します。あぁ、これは以前も言いましたっけ」

 身を跳ね起こすラグナに『テルミ』と呼ばれた彼は静かに首を振って、否定し名乗る。最初、ラグナはハザマの言葉を疑うように眉根を寄せ、胡乱げに彼を見た。けれど、ラグナもまた感じたのだろう。

 彼の憎しみを燃え上がらせるあの不快感がないことを。勿論、目の前に立つハザマもまた気に食わない何かを持っているけれど、それでもテルミでないというのは、ラグナを冷静にさせるには十分だった。

「確かに……あいつの気配はしないな」

「そうでしょう。私は今『半分』の状態ですから」

 半分。本来、テルミという精神体を受け入れるために、テルミを元にして創られたハザマという『器』。しかしそのテルミが欠けているということは、半分というに相応しい。

 しかし、そんなハザマの言葉を特に気に留めることもせず、ラグナは話を変えるようにして問いをかける。

「んで、ハザマ。ここは一体どこなんだよ。見たところ、統制機構カグツチ支部の屋上みてぇだが……本物じゃないだろ?」

 それに、少しだけハザマは驚いたように……しかし、何となく察しがついていたかのような表情で「おや」と声を漏らすと、にこやかに微笑んだ。曰く、以前に会ったときと違い記憶を随分とはっきり持っている、と。ハザマの台詞に、ラグナも吐き捨てるようにして返す。それはハザマもではないか、と。

「今になってみりゃ分かるが、その調子だと記憶を失ったり混乱してたり、他の連中に起きてたような現象がまるで起こってねぇみたいだな」

 腰に手を当て、問うラグナにハザマは目を細めたまま、はぐらかす。あくまで教える気はないというハザマの態度。それにふん、と鼻を鳴らしラグナは顔を逸らした。別にハザマのことなどどうでもよいのだ、と。視線をちらりと、ハザマの隣に立つ少女――ユリシアへ向けながらラグナは次なる問いをかける。

「つーか、ここはどこだって聞いてんだ。ここは『本物』のカグツチなのか?」

 それにハザマは微笑みを崩すことなく、ただ首を傾け両手を顔の横で皿にして掲げた。

「はてさて……一体、何を指して『本物』と言うのか、私にはさっぱり分かりかねますが……」

 そう言って、彼はくるりと背を向けると、どんよりと曇った空を仰ぎ見た。

 ここは、『見捨てられた事象』だとハザマは呟く。ラグナが確かめるように復唱して男の背を見つめると、緑髪が風に揺れて、ハザマは首だけを動かしラグナを振り返った。

 なんら救済は訪れず、疲弊と衰退を積み重ね、ついには一歩も前に進めなくなった時空の狭間。何の可能性も生まれない、全ての可能性が潰えた世界。それが、この場所。

 そう語るハザマに、ラグナは分かりきった疑問を投げかける。

「ここは……俺の知ってる『世界』とは違うのか?」

 自身らが元居た世界とは違う。けれど、先まで居たエンブリオの世界ともまた違った不安定さが、ここにはある気がして。とぼけるように首を傾けるハザマに、そしてラグナは首を振る。

(いや……ここがどこだったとしても。あのとき人間がマスターユニットを見つけた時点で、世界はやがてこうなる運命にあるってこと……か)

 人が、人のエゴで潰してしまった世界の可能性。可能性の潰えた世界。ここが、世界が辿り着く終わりの光景。冗談じゃない、とラグナは奥歯を噛み締める。そして、ハザマを見てラグナは更に問いかける。

「……おい。こんな場所に、何だってテメェが居やがるんだ?」

「それがですねぇ、私にも不思議なんですよ。だってそもそも私、あのとき……」

 ラグナの問いに、彼は苦笑して身体を向き直らせる。


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