POSSIBLE DREAM   作:鈴河鳴

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プロローグ

 

【挿絵表示】

 

 

 ザッザッと連続した土を蹴る音が辺りに響く。

 男は来た道を引き返すため歩いていた。

 くるぶしまである黄色いロングコートに身を包み、表情はフードに殆ど隠れて見えないが、への字にひん曲がった口許だけでも機嫌がよくないことは明らかだ。

 男の名をユウキ=テルミという。彼は何かを探しに来ていた。

「あの野郎……レリウス。ねぇじゃねえか」

 舌打ちをして、憎々しげにテルミがそうこぼす。それも、彼がレリウスと呼んだ人物に教えられてこの場所に探しに来たのに、目的のそれが見つからないからである。

 もしかしたら嘘を吐いたのかもしれないと疑ったが、その男の性格を考えてまず有り得ない。彼は良くも悪くも嘘を吐かない人間だ。

 となれば、勘違いの線を疑うべきなのだろうか。

 否――まさか、彼に限ってそんなはずは。

 しかし、どんな姿かも分からないし、第一そんな存在が居れば真っ先に気付くはずではないだろうか。

 そう思いながら、何気なしに振り返る。だが、

「――居るわけねぇよなぁ」

 当然、そこに人影という人影もなくて、また前を向き直り――目を疑った。

 そこに、先ほどまで居なかった『誰か』が居たのだ。

「――オイ」

 思わず、呼んだ。

 名前も知らないその人物は、その幼い少女は俯けていた顔をゆっくりと上げる。

 蒼い、どこまでも蒼い瞳だった。

 にんまりとテルミの口角が持ち上がるのが分かった。

「なんでしょう」

 不思議そうに首を傾げる少女の元へテルミは歩み寄り、見下ろし――そして言う。

「……テメェ、『蒼』を知らねぇか」

 嘆きと拒絶のままに好き勝手に世界を繰り返すアマテラス。尽きぬ好奇心のまま神の領域にまで手を伸ばし創造を続けるレリウス=クローバー。

 かつて自身も守っていたその神を壊したとき、新しい世界を作るのは彼がいいとそう思っていたテルミだった。

 これは、そんなテルミの思考が少しずつ揺らぎ始めることとなった狂った世界の物語である。

 

 

 

 

 コンコンコン、と三つ扉を叩く音がして、顔の殆どを仮面に覆った男は一度顔を上げた。

 あまり人の寄り付かない彼の執務室であり研究室であるこの場所に、珍しくノック音がしたからだ。否、彼があまり人に興味を抱かないから覚えていないだけかもしれないが。

 思い当たる顔は一つ。先ほど調査を任せた鮮やかな緑髪の男、ユウキ=テルミくらいだろう。

 それか、彼の器として自身が作ったハザマかもしれないが。

「入れ」

 顔を目の前のモニターに向け直しつつ、短く彼――レリウスはそう告げる。

 扉がぎぎと音を立てながら開き、靴音が二つ。扉が閉まり、

「邪魔するぜ」

 と来訪者が言う。テルミであった。

 それをどうでもよいもののように、否、それよりもテルミとハザマ以外の『もう一人』の存在を感知しレリウスは戻していた顔を再び扉の方へ向ける。

 そこに居たのは少女だった。

「ほう……」

 レリウスの蝋で固めたような顔が、僅かに動く。

 それは、興味だった。

 普段人を連れること等ない彼が、人を――それもまだ幼い無知そうな少女を連れているのだ。一体どのような理由で彼女を連れているのか、それは十分彼の『興味』をそそった。

 しかしすぐに理解することとなる。

「ほら、レリウス。テメェが言ってた奴だぜ。蒼の反応があったっていう……」

 暫しの沈黙。やがて、レリウスは成程と頷く。

 そして、少女へ視線を再度投げる。少女はいつの間にかテルミのフードの端を掴み後ろに隠れていた。ふるふると小刻みに震えているのは、怯えだろうか。

 まさかこんな子供の形で存在しているとは。

 しかし別に年齢は関係ないものだと思えた。それが偶然か何となくかは知らないが、蒼の決めたことなのだろうから。

「名は?」

 きっとこれから何度か呼ぶことになるだろう。通称でもよかったが、それは『蒼』に失礼だとしてレリウスは問う。

 それに珍しいものを聞いたかのようにテルミは目を見開いた後、戸惑いこちらを見上げる少女に顎を出すことで名乗るよう促した。

「えっと……」

 が、彼女は言葉に詰まる。

 何度も二人の顔を見比べては俯いたり、視線を泳がせたりとしてテルミが舌を鳴らす。

 まさか名前がないわけでもあるまい。

 何故名乗らないのだと苛立ちを隠せずにいるテルミに、やがて鈴を転がしたような幼い声が答える。

「その、わからない……です」

「というと?」

 少女が言うと、レリウスが首を傾けてまた問う。

「もじどおり、その、なまえも、なにもかも。わからないんです」

 答えは単純明快。分からないのだ、全て。

 この少女が嘘を言うようには見えず、また嘘を吐く理由も考えられず納得する両者。

 しかしそれでは困った。

 レリウスならまだしも、テルミは何と呼べばいいのだろうか。名前くらいは知っておきたいものだから――。

 ふと、思い浮かべるのは百合の花だった。

 彼女を探しに行った時、至るところで咲いていたのは野生の百合だ。白く美しいその花になぞらえて。テルミがぽつり、と零す。

「ユリシア」

 少女とレリウスが首を傾げる。

 揺れる少女の蒼い眼。見つけた地域は確か――。

「ユリシア=オービニエ。名前なんてそれでいいだろ」

 反芻してみれば適当につけてみたにしては立派な名前ができたとテルミは思う。

「いいか、お前は今からユリシアだ」

 屈み込み、少女と目線の高さを合わせてテルミは言った。

 これから思う存分使ってやろうとテルミは内心でほくそ笑み、少女はそれを知らずただ純粋に笑って頷くのだった。

 

 


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