SAOの2次創作です。アリシゼーションの微ネタバレ注意
もうすっかり暗くなった空を見ながらアスナは客である友人にお茶を入れていた。
アインクラッド22層。
キリトとアスナ、そしてユイの家で今日もまたいつものメンバーが集まっては…いなかった。
そこにいたのはアスナとアリスの二人のみだ。
アスナは紅茶を入れるとアリスに渡した。
「ありがとう」
アリスはそれを受け取ると一口飲んでテーブルの上に置いた。
そして時計を見てアスナに言った。
「もう六時ですがアスナは大丈夫ですか?」
「うん。全然大丈夫だよ……それはそうと、明後日はバレンタインデーだね」
バレンタインデーという聞き慣れない言葉にアリスは首を傾げた。
「バレンタインデー?それは何ですか?」
「そっか、アンダーワールドには無かったもんね。バレンタインデーっていうのはそうだなぁ…女の子が好きな男の子にチョコをあげて想いを伝える日、かな」
するとアリスはキラッと目を輝かせた。
「好きな男の子にチョコを…」
アスナはあっ、と思って苦笑した。
アリスの好きな人…それはキリトであり。
自分はキリトと恋人同士である。
まぁそんなことはずっと前からアリスもわかっているし、それを知ったところで諦めるような人ではないのだが。
「アリスは、お菓子作ったりするの?」
「料理は…していなくはなかったのですが」
と言って目線をずらしていくのでアスナは深くは追求せず、にこやかに流した。
するとドアをノックする音が聞こえた。
ガチャリと開く音が聞こえ、飛び込んで来たのはシルフとケットシーの少女だった。
「アスナさん、アリスさん!こんばんは!」
シルフの少女ーーリーファは輝く笑顔と共にアスナたちに向かって手を振った。
「こんばんは、リーファちゃん」
「リーファ、こんばんは」
そのリーファの後ろから出てきた青い髪のケットシーの少女はシノン。
こちらも口元を綻ばし、二人を見た。
「アスナ、アリス、こんばんは」
「こんばんは」
リーファはアリスの隣、シノンはアスナの隣に向き合うように座った。
「何の話をしていたの?」
「バレンタインデーのこと」
アスナが答えるとリーファがあ、と声を上げた。
「明後日ですもんね…みなさんは自分で作るんですか?」
「私は自分で作るわよ」
「え、シノのんが!?…意外」
「ちょっとアスナ!?」
そんな三人の会話を無言で聞いていたアリスがぷっと吹き出した。
シノンを驚いた顔で見つめるアスナ。
むくれるシノン。
そしてそれを見て笑うリーファ。
この三人がアンダーワールドの危機を救った三人の神…だなんてね。
アリスはそう心の中で思って笑った。
すると突然リーファが口を開いた。
「そういえば…アリスさんはどうするんですか?まさか、オーシャンタートルで作るわけにもいきませんよね?」
そっか、とアスナもそのことを思い出した。
アリスは普段はオーシャンタートルにいるようだがおや、まて…たまに桐ヶ谷家に遊びに行っている…らしい、ということは。
アスナが思ったことを口にしたのはリーファだった。
「あの、もしよかったらうちで一緒に作りませんか?私もお兄ちゃんに作りたいし…」
「リーファ…で、ですが私がいることによってキリトにチョコを作っていることがバレたりしたら…」
「大丈夫よ」
シノンが呆れたように笑った。
「どっちにしたってリーファは家で作るしかないんだから。オーシャンタートルでシェフと作るよりはいいんじゃない?」
確かに…いや、シェフと作るということより菊岡さんに全て食べられてしまいそうだ、とアスナは思った。
「そうよ、折角なんだからリーファちゃんと作るといいわ」
アリスは少し迷っていたが小さく頷くといきなり立ち上がりリーファに向かって頭を下げた。
「ではよろしくお願いします、リーファ!」
「はいっ、頑張りましょうね」
「決断が早い…さすが剣士ね…」
さも感心したようにシノンがアリスを見て呟いた。
2月13日。
バレンタイン前日。
アリスは桐ヶ谷家に来ていた。
リーファもとい直葉とチョコを作るためだ。
「よろしくお願いします、リー…直葉」
「こちらこそ、よろしくお願いします…まず今回作るのは…」
直葉はそう言いながら携帯を手に取り、ネットを開いてアリスに見せた。
「これは…?」
「トリュフ、っていうチョコを作ったお菓子ですよ。生チョコに近い食感で初めてでも美味しく出来るんです!」
美味しそうですね…とアリスがレシピの写真を見て呟いた。
そして腕まくりをすると手を洗い、直葉と共にキッチンに並んだ。
「アリスさんは材料と道具をお願いします。それが終わったらチョコを刻んでください。チョコを溶かす作業は難しいので私がやります」
「わかりました」
そしてアリスは冷蔵庫からチョコを取り出し、キリトの部屋がある二階を見つめた。
今は外出中らしい。
美味しいチョコが出来たら一番にあげますよ。
そっと心の中で呟いた。
「出来ましたね!」
直葉が嬉しそうに手を叩いた。
アリスも一口食べて声を上げた。
「こ、これは…とっても美味しいです!」
笑顔を浮かべるアリスを見て直葉もトリュフを一つとって口の中に入れた。
まろやかに溶ける中のガナッシュと周りにコーティングされたチョコが口の中いっぱいに広がる。
「初めてでこれほど出来るなんてすごいです!さすがアリスさん」
「直葉のお陰です。ありがとう」
では、ラッピングしましょうか、と直葉はラッピング用の袋を取り出した。
ラッピングは重要ですからね、と。
お兄ちゃん、受け取ってくれるといいな。
そう思って少し笑った。
2月14日。
バレンタイン当日。
直葉とアリスは学校が終わるとすぐに家に帰ってきてチョコを持ち、キリトこと桐ヶ谷和人の帰宅を待っていた。
家に帰ってきたら言おう、おかえり、いつもありがとうお兄ちゃん、と。
直葉は心の中で練習した。
すると玄関のドアが開く音が聞こえ、直葉とアリスは玄関に飛んでいった(もちろんALOのようには飛べないが)。
もちろんドアが開いて現れたのは和人だった。
「ただいま、スグ。アリスも来てたのか」
直葉は用意していた言葉を言いかけて口を閉じた。
和人は右手に大きな紙袋を持っていた。
見た目から考えるとその紙袋はアスナのものだと思う。
その中にはびっしりと敷き詰められるようにして入ったチョコがあった。
お兄ちゃんは、新しい学校で上手くやっているんだな。
そのことが嬉しくもあり同時に悲しかった。
和人のことを好きな人がたくさんいると思うと少し嫌だった。
そして嫌に思ってしまう自分のことも。
直葉は反射的に持っていた綺麗にラッピングされたチョコを背中に隠した。
しかし隣のアリスは口元に微笑を浮かべ何も気にしていない様子で和人にチョコを差し出した。
「キリト。今日はバレンタインデーと聞きました。直葉と作ったので食べてください」
すると和人は笑顔を浮かべてアリス、そして直葉を見た。
「ありがとな、アリス、スグ」
直葉はこみ上げてきた想いを抑えて笑った。
いいのだ。アリスが渡したチョコは自分とアリスが作ったもので今背中に隠しているチョコも同じものなのだから。
「ホワイトデー期待してるからね。おかえり、お兄ちゃん」
その日の夕方。
アリスは近くを散歩してくると言って作った時に和人へのチョコとは別にラッピングしたチョコを持って桐ヶ谷家を飛び出した。
翠が「夕食食べて行きなさい」というので7時には戻らなければならない。
アリスは広場のある公園に着くとそこのベンチに腰掛けた。
ここに来るとルーリッドの村を思い出す。半年間の、キリトと過ごした思い出。
そしてアリス・ツーベルクが過去に暮らしていたという村であるルーリッドにもう一度行きたい。
セルカに会いたい。
しかし、今はそれより別のことがアリスの頭の中にはあった。
突然、目から涙が出てきた。
なぜだか、彼のことを思い出していた。
最初は敵としか見ていなかったが本当は強い心の持ち主であり、キリトの大切な相棒。
「アリス」
振り返らなくても後ろから聞こえてきたその声が誰のものかはわかった。
アリスは涙を拭うとその声の主の名前を呟いた。
「キリト」
あの時、アスナにバレンタインデーの説明を聞いた時真っ先に浮かんだのはセルカとキリトの唯一無二の相棒である親友、ユージオのことだった。
セルカはずっとユージオが好きだったそうだ。そしてあのユージオとキリトの後輩だったというティーゼという少女も。
しかしもうユージオはいない、どこにも。
アンダーワールドにもこのリアルワールドにもいない…アリス・ツーベルクと共に消えてしまった。
「キリト…私、時々思うのです。私はユージオのことをよく知りません。あの時、アドミニストレータと戦った時…あれが彼と私の唯一仲間であった瞬間でした。しかし、アリス・ツーベルクはユージオと幼馴染で…仲が良かったのですよね。
今の私は、偽物です。アリス・シンセシス・サーティは仮のアリス……そんな私がここにいていいのかと。作られた私が、こんなに幸せに…なって、いいの、ですか……?」
アリスの目からまたもや涙が零れ落ちた。
止まることなく流れ続ける。
嗚咽。
キリトはいつしかアリスの横に座り彼女の肩を安心させるように軽く抱いた。
「アリス…君はあの時自分だけがリアルワールドに来たことを後悔しているかもしれないが、君は正しかった。あの時は俺とアスナをずっと心配してくれて、ありがとう。
君がここにいることは単なる偶然じゃない。アリスは仮想世界と現実世界を繋げるたった一つの希望なんだ。みんな君のことが大好きなんだよ」
アリスは顔を上げてキリトを見た。
そしてキリトの左手をぎゅっと握った。
「キリトも…好きですか?…私の、こと…」
「あぁ、好きだよ。幼馴染なんだしな」
アリスはそこで自分が涙を流していなかったことに気がついた。自分が涙を流せないことを思い出した。
なら今のこみ上げてきた気持ちと先程の涙はきっと、心の中で___。
これは、偽物の私の本物の感情なんだと思えた。
「ユージオにも、届けたいです。私の…幼い頃の気持ち。届きますか、ね…」
「あぁ、届くよ。あいつがどこにいたって」
「心は一つだものね。思い出は…」
そう言ってアリスは自分の胸に手を当てた。
いつからか話し方も幼い頃…アリス・ツーベルクのものとなっている。
「思い出は永遠に残る。君が言ったんだろ」
「そうね」
そう言ってアリスはチョコをもうすっかり暗くなった夜空に向かって差し出した。
その日の夜。
直葉は結局渡せなかったチョコを持って和人の部屋の前に立っていた。
今晩はうちに泊まることになったアリスにチョコを渡していないことを言うと「今すぐ渡しに行きなさい!」と言われてしまい、かれこれ何分もドアの前にいる。
遠慮がちにドアをノックすると「はーい?」という和人の声が聞こえた。
「お、お兄ちゃん、入るよ」
直葉は意を決して部屋の中に入ると和人はいつものようにパソコンをいじっていた。
「スグ?どうした?」
「あ、あのね…お兄ちゃん」
この想いは、伝えてはいけない。
そう思っていた日々。
しかし言ってしまったあの時の、記憶。
…自分の気持ちをもう裏切りたくない。
「チョコ…アリスさんと同じものだけど、ちゃんと渡したくて」
和人は少し驚いたような顔をしたがすぐにいつものように優しく笑ってありがとう、と言った。
そしてすぐにチョコを取り出すと一口食べた。
「美味しいな…」
「ほ、ほんと!?」
直葉が聞き返すとああ、と嬉しそうに笑った。
「アリスからもらった方と少し味が違うような気がするよ。まろやかっていうのかな、スグらしい味がする」
直葉は胸の中のモヤモヤが全て消えたような感じがした。
渡して、よかった。
勢いよく和人に抱きつくと和人は直葉を軽く抱きしめた。
あの時の…ことを思い出すな。
空の上で剣を捨てて…でもあの時とは違う。
もっと、温かい。
現実世界だからかな。
大好きだよ…お兄ちゃん。
そして和人と直葉、そしてアリスはそれぞれの思いを抱きながら優しく自分らを包み込む夜空を見つめた。