IS~女の子になった幼馴染   作:ハルナガレ

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専用機タッグマッチトーナメント ヒーロー

「はあ、はあ、はあ……」

 荒い息をつきながら、俺はたまらず床にへたり込んだ。周りを見渡し、学園長室から飛び出した俺はいつの間にかIS学園の屋上まで走っていたようだ。俺はどうせならともう少し歩き、てすりに寄りかかることにした。屋上は風がよく吹いており、火照った体を冷ましてくれるが、

 

「はあ、はあ……はあああああああああああああああああ!!!」

 俺の心は……あまりの悔しさに全く冷めることがなかった。

 

「くそ、くそ!! ~~~~ッ!」

 感情の赴くまま、俺は床を何度も殴りつけた。右手から最初は激痛が走ったが、次第に鈍い痛みしか感じなくなってきたが、俺は構わず殴りつけた! 

 

「~~~~~~~~~~!!!」

 いきなり部屋を飛び出した俺を、皆さぞ驚いてるだろう。でも我慢できなかった。あの場に俺は一刻も早く出ていきたかった! 気付いてしまったから! 気付いてしまったから!!

 

「く、くそ~~~~~!」

 あの部屋での話し合いを、そして最後見た葵の顔を思い出した俺は叫びながら拳を大きく振り上げて床に叩こうとして―――

 

「はい、ストップ。いい加減にしなさい」

 いつの間にか俺の背後にいた簪が俺の右手を掴んで止めた。

 

「ッ! 離せ!」

 突然の簪の登場に驚いたが、気が立っている俺は強引に簪の手を振りほどこうとした。が、

 

「どうどう、落ち着きなさい」

 どんなに力を入れようとビクともせず、簪は涼しい顔をしながら俺の手を掴み上げている。そして俺の手を簪の顔の前まで持ち上げ、俺の手を見た簪は顔を顰めた。

 

「……呆れた。何こんなになるまで床殴ってんの? 馬鹿なの? マゾなの?」

 

「うっさいな! 関係ないだろ!」

 

「関係なくはないわよ。一夏は私のパートナーなんだから。パートナーのメディカル面はちゃんとケアしてあげないといけないし」

 俺が喚いても、簪は涼しい顔をしながら聞き流した。

 

「パートナー……」

 

「そうでしょ。来月のタッグトーナメント限定だけど、一夏はそれまで私のパートナーだよ」

 

「……」

 パートナー。タッグトーナメント。

 簪からその言葉を聞いた俺は、

 

「はははは、はは……」

 口から乾いた笑いが勝手に漏れ出ていき、それとさっきまで体を突き動かしていた衝動が消えていきそれと同時に体から力もなくなっていった。無気力となった俺はかんざしがいる前で力なく横たわった。

 

「……なんなの、さっきまでは暴れてたくせに今度は急におとなしくなって」

 簪は床に横になった俺を見下ろしながらため息をついた。そこに強風が一瞬ふいてきて簪のスカートがめくれ

 

「ぐああ!!」

 ……めくれたと思った瞬間、俺の視界は黒一色となり、それと同時に俺は顔面に衝撃が走り後頭部は床に叩き付けられた。

 

「……言っておくけど、ラッキースケベは容赦なくフラグ潰すからね」

 一瞬にして俺の顔面を足蹴した簪はとてつもなく冷たい声でそう言った後足をどけ、俺の視界は元に戻った。しっかりとスカートを抑えながら俺から距離を少しとっている。

 普段ならこんなに無下に足蹴されたら怒り狂うもんなんだろうけど、なんかもうそんな気力が今はない

 俺は簪に背を向けるように俺は寝返りを打った。

 

「……顔を足蹴されえたのに無反応。そして床に寝そべったまま立ち上がろうともしない。ねえ一夏、はっきり言っていい? いや言っちゃうけどさ、今の貴方物凄く見苦しくてかっこ悪いわよ」

 

「……」

 背を向けているため簪の顔は見えない。だけど声ではっきりとわかるほど簪の声から俺に対する軽蔑と失望を感じる。

 

「突然学園長室を飛び出したから後を追ってみたら、狂ったみたいに喚きながら床に手を叩き付けていて、止めたら今度は打って変わって動かなくなって床にふて寝。貴方のファンが見たらさぞ幻滅する光景ね」

 

「……」

 うるさいな、情けないのはわかっている。俺にファンとかいるのか知らないけどさっきからの俺の行動は、自分でもとてつもなく馬鹿でみっともなく、見苦しいのはわかっているよ。

 でも駄目なんだよ! そんな見苦しいことやって感情を吐露でもしてないと気が狂いそうになるほど―――

 

「悔しかった?」

 

「――!!」

 俺は簪のその一言を聞いた瞬間、体を跳ね起きて簪を凝視した。

 

「ん~、その顔見るとやっぱり図星みたいね」

 簪は何が面白いのか、俺の反応を見て嬉しそうに笑っている。

 

「~~ッグ!!!」

 簪のその様子に、俺は思わず掴みがかろうとする衝動にかられたが歯を必死で食いしばり抑えた。しかしそれは男が女に暴力するなんて最低だという理性で踏みとどまったのではなく……俺の本能が素手で簪に喧嘩を挑んでもボロ負けにされると教えてくるからだ。

 夏休みからずっと千冬姉と楯無さんから、部活でも葵や箒や部長から鍛えられ続けられた為俺は以前よりずっと強くなった。

 だからわかる。目の前の簪が俺よりもずっと強い存在なんだと。

 そしてそれは、あの場にいたあの二人も同様で―――

 俺は再び簪から目をそらし後ろを向くと、

 

「……いいよな簪は強くて」

 

 

 ―――どうしようもなく、本当に情けない泣き言を俺はぶちまけていった。、

 

「葵と同じ現日本代表候補性で葵よりも早くその地位についていて、専用機も与えられている。専用機自体はつい最近完成したようだが、それはお前が自分だけの専用機を作りたいからと言って、武器から何まで自作した為。楯無さんが呆れてたぞ。せっかく私のデータ参考になると思って用意したのに、全く必要無かったって」

 そんなこと言ってた楯無さんも専用機を自分好みに作ってるんだよな。マジこの姉妹チートすぎんだろ。

「……」

 後ろの簪は何も言ってこない。だから俺の愚痴はまだ続いていく。

 

「そしてその実力はここ数日毎日戦った俺がよくわかっている。近接特化型の俺が一太刀浴びせるのも難しい程の長刀の達人。しかも本当の戦闘スタイルは銃と特殊兵装を使った飛び道具主体なんだってな。近接でもボロ負けなのにそっちがメインとか俺の勝ち目なんて本当に皆無だよ。マジでお前強いよ。そりゃあ前の日本代表がお前を次の日本代表に指名するわけだよ」

 

「……」

 

「葵も言ってたよなあ、簪は私と互角だって。専用機同士の戦いじゃ今は勝てないかもしれないとか。葵もお前の実力を認めていた」

 

 

 

「…………そうだよなあ。葵がライバルと思っている相手って、現ロシア代表の楯無さんと同じ代表候補性の簪の二人が妥当で当然だよな。俺なんかが葵のライバルとか……身の程知らずすぎだよな」

 俺は顔を下に向けながら、悔しさをぶちまけた。

 

 さっき行われた話し合の場で、葵は一人で出場するというのにはっきりと自分に対する脅威と思っていたのは楯無さんと簪の二人のみだった。

 あの場にいた俺と箒は全く眼中になかった。当然だろう、俺と箒がタッグを組み葵に挑んでも……100%負ける未来しか見えない。

 もしかしたらあの場で楯無さんと簪の二人が挑発したから葵はそれを返しただけなのかもしれない。

 でも……俺はそれをせず逃げてしまった。

 俺の実力が3人に比べて大きく劣っているから身の程知らずと思われるからではなく……挑発し葵から全く相手にされてないという反応されるのが怖かった.

そうだよ、俺は葵からライバルと思われてなくて、それを言葉や表情で言われたくなかったから逃げ出した。

 世間から身の程知らずとか思われようとも、葵は俺にとって最初の喧嘩ライバルなんだ。でもそれは俺がそう思っているだけなのかもしれない……。

 

 ああ、俺って簪が言ってたように本当に情けない。

 しかもさっき俺が簪に言った愚痴なんて、完全に簪に対する八つ当たりでしかない。出会った時から簪には情けない姿ばかり見せてきたが、今度こそ愛想尽かされるかもな。タッグ解消されるかもしれない。

 それも仕方ないと思いながら、俺は簪に背を向けたまま立ち尽くした。もう話すことは、いや話せることが無い。簪が立ち去るまで、俺はここで立っているつもりだ。

 しかし俺の思いとは裏腹に、簪は立ち去らずずっと俺の後ろで無言で立っている。いつまでいるつもりだ? と俺が思い始めたら、

 

「昔々、あるところに二人の女の子がおりました」

 

 俺の背中越しに、簪は何か語り始めた。

 

 

 

 

 

「その二人の女の子は姉妹であり、姉は妹を、妹は姉が大好きでした。二人は本当に仲が良く、関係が良好でしたが、周りの大人達は違いました。姉は幼い頃から運動神経が良く頭も聡明でした。一方妹の方は同年代の子供に比べたら運動も頭もとても優秀と言える出来なのですが、一つ上の姉と比べたら数段取っておりました。二人の姉妹の家は少々特別な生業を代々しており、その生業に適した姉は両親や周囲の大人達から可愛がられ、妹は決して冷遇などされていませんでしたが、幼いながらも姉と自分では周りの温度差をしっかり感じていました」

 

「……」

 

「妹はそれが凄く悲しくて、親や周りの大人達が姉と同じ視線で見て欲しくて必死で努力をするようになりました。しかしどんなに頑張っても、妹は姉よりも上手く事をなすことができませんでした。妹が必死に頑張っても、姉が妹と同い年の頃には妹よりもずっと優秀で、かえって周りの大人達に姉の優秀さを見せつける結果となってしまったのです。姉の周りには大勢の大人がいるのに、妹の周りには誰も来ません。話しかけたりもされません、ただ一人を除いては。そのただ一人と言うのは……妹の姉だったのでした」

 簪が話している二人の姉妹。これってもしかしなくてもその姉妹って……

 

「周囲の大人達が見ていない妹の努力。それは大好きな姉だけはしっかりと見ててくれました。上手くいかず悩んでいる時には姉は妹に助言したりして、妹を常に見守り支えてくれていました。姉のせいで周りから比較され嫌な思いをしている妹ですが、誰よりも妹は姉が大好きなのです。親身になって見守ってくれる姉に妹は嬉しくて、もう周囲に認められなくてもいい、姉に認めてもらえればいい、妹はそう思いながら努力を続けていました。

 しかしそう頑張る妹にとても残酷な出来事が起きたのでした。両親がある日正式に姉を後継者に選んだのです。妹はそうなるのはわかっていましたので、悔しかったりはしませんでした。むしろ大好きな姉を手助けできるよう、もっと頑張ろうと決意したのです。しかしそんな妹に、姉は言ってしまったのです。それはとてもとても妹にとって酷く、心を壊す言葉でした。

 

 

『もう大変な事や辛い事は全部お姉ちゃんに任せていいんだよ』『もう無理して頑張らなくてもいいんだよ、お姉ちゃんが代わりにやってあげるんだから』

 

 周囲から否定され、それでも見守ってくれた姉に認めて欲しいと頑張ってきた妹にとって、姉の言葉は今までのすべての否定に等しかった。茫然自失となった妹は、その後引きこもりとなってしまったのです」

 話の後半、特に姉の言葉を言っている時の簪の言葉は酷く悲しげだった。まるでその妹が姉に言われた時のことを思い出しているかのように。

 

「妹が引きこもり、姉はたいそう心配して毎日ドア越しに妹に『どうして!』やら『何か辛いことがあったならお姉ちゃんだけでも話して!』と悲痛な声で話しかけてましたが、姉によって心が壊れた妹は毎日それを無視し小さい頃から好きな特撮ヒーローやアニメを一日中見続けていました。テレビの向こうの物語が現実と思うようになり、いつもヒロインや大勢の人々を助けるヒーローに憧れて、それを自分に当てはめて空想に浸る毎日を送り続けました。

 

 しかし、それはある日唐突に終わりを告げたのでした」

 俺は気が付いたら簪の話を真剣に聞いていた。簪の話す姉妹の物語、それが真実なら―――何がどうなったらああなるんだ?

 

「妹はそれなりに優秀な頭脳を持っていましたので、いつまでも引きこもり生活を親が許してくれるはずないとわかっておりました。だから……無理やり親や姉が部屋に押し入り、この生活が終わるくらいなら、と自ら死ぬことを決意しました。部屋にある布団シートを裂き、頑丈な照明器具にそれをくくりつけ、首つりをしようとしたのです。妹は椅子に上り、シーツを首にくくりつけ、後は椅子を蹴倒せば終わりです。死ぬ決意をした妹ですが、やはり最後の一歩で死の恐怖で足が震え、最後の一歩を踏み出せませんでした。どれだけ時間がたったでしょう、妹は恐怖に泣きながら『お姉ちゃん……』と助けを求めてしまったのです。そしてその一言で、妹は気づいてしまったのでした。

 

 ずっと特撮ヒーローやアニメを見ててヒーローに憧れていたが、自分は本当はヒーローになりたいのではない、ピンチな時いつも助けて貰えるヒロインになりたかったんだって。それに気付いた時妹は床に蹲りわんわんと泣きました。自分の小ささに、そしてそんな妹の心を見透かしてたかのように、辛いことを全部自分でやってあげるから言ってくれた姉に。

 小さい頃からずっと憧れてたヒーローが好きではなく、その助けられる側に憧れてたと理解した妹は、ドアに目を向けました。もう何もかも大好きな姉に任せて、自分は守って貰おうかなんて思いました。震える足でドアに向かい、外にいるであろう姉に会いにいこうとドアノブに手をかけた時―――ある事に気が付きました。

 

 自分は姉に守って貰えればいい。でも―――じゃあ姉は? 姉は誰に守って貰えるの?

 

 普通に考えれば姉妹の両親でしょう。しかしずっと両親に冷遇されていた妹には、両親の存在が希薄でした。そして当時妹が見ていた作品はどれもヒーローがピンチの時は隠された力を発揮してピンチを乗り越えたりする話ばかりで、ヒーローが助けて貰うシーンがあまり無かったのです。だから妹は恐怖しました。妹はそれなりに優秀な頭脳を持っているので、テレビであるようなご都合主義は現実では無いとわかっていました。ならヒーローが、大好きな姉がピンチの時は誰が助けてくれるの? と考え、ひたすら考え続けて……一つの答えを出したのです。

 ヒーローがピンチなら―――それを助けるのもまたヒーローじゃない!っと。

 そう、最初から答えはあったのです。今まで妹が必死で頑張ってきたのは大好きな姉に認めてもらうため。ならヒーローである姉に認められたら、私もヒーローで、姉を助ける存在になれるんだって。

 妹は再びドアノブに手をかけました。しかし先ほどまでとは全く違う決意をして。

 

 『お姉ちゃん、私頑張るから』

 

 妹はドアを開け、外に足を踏み入れました。

 それが妹がヒーローとなる最初の一歩なのでした。そして妹は努力に努力を重ね、ついに姉や大勢の人々を助けることが出来る力を手にし、ヒーローとなったのでした」

 長く、とても長く語った簪が話を言い終わった後大きくため息をついた。

 

「……」

 簪の話が終わったというのに、俺は何も言うことが出来なかった。ある姉妹の話。それは妹が強くなったきっかけと理由。ヒーローになるために掲げた決意を聞いて今の俺をそれと比較し……ああ、俺って駄目過ぎじゃないか。

 

「少~し話が長かったけど、一夏はこの話をどう思う?」

 

「……そうだな。その妹は姉が凄く好きなんだというのがよくわかるな」

 

「そうね、姉の為にヒーローを目指しちゃったんだから。で、一夏。この妹は今の一夏よりも幼い頃に色々な挫折や屈折と言った負の感情乗り越えたわけだけど…………あんたは何時までそのままなわけ?」

 

「……」

 わかっているよ、今の情けないままじゃ駄目なことは。お前の話を聞いて、辛い状況からでも乗り越えた人がいるのも。

 

 

 わかってるよ。

 

 

 発破かけられても背をむいて黙っている俺に、簪はまた大きくため息をついた。

 

「あ~もう、いい加減元気出してさあ、前見て進もうと決意してよ。一夏、貴方はヒーローなんだからさあ」

 

「はあ? 俺がヒーローだって?」

 苛立ち気味に言った簪の言葉に俺は思わず振り向き、簪に疑問を口にした。

 

「お、ようやくこっち見たわね」

 

「どうでもいい。それよりも俺がヒーローとか言ったのか?」

 

「ええ、一夏は私が認めるヒーローだよ」

 ちょっと待て、何をいってるんだこいつ?

 

「嫌味かそれって? 俺はお前を助けたことも無いし、力もお前よりもずっと劣っているのに」

 簪が話した妹のような立派な志も決意も無い俺がヒーローだって? 嫌味言っているのか?

 

「そんなのどうでもいいのよ。それに一夏、別に私と比較して基準決めてどうすんの?」

 簪は苦笑しながらそう言った後、一転して真面目な顔をして俺を見つめた。

 

「一夏、貴方は最初のクラス代表戦で何を言った? 一学期のタッグトーナメントでラウラさんを助けた後、何を言った? そして臨海学校の最終日、葵に向かって貴方は何を言った?」

 

「ちょっと待て! 前二つはともかく最後の! 何でお前が知ってるんだよ!」

 

「それはいいから答えなさい」

 俺の抗議を無視し、簪は真剣な顔で俺を見つめている。……葵め~何でよりにもよってこいつに話しちゃうんだよ。

 

「……わかったよ。クラス代表戦の時は~家族を守る、世界一になった千冬姉の名前を守るだよ。ラウラの時は自分の全てを使って誰かを守りたい、ただ誰かの為に戦いたいだったか。そして……葵の時は……」

 

 

 ―――俺は強くなる。強くなり、そして今回の葵みたいにただ守るだけでなく、自分の身も含めて俺が守りたい者を守れる程強くな―――

 

 あれ、これって……。俺が言っている話って……

 

 ―――今度は俺がお前を必ず守ってやる!絶対にな!―――

 

 凄く、誰かと……似ているような。

 

「ま、そういうこと」

 俺が茫然としていたら、まだ葵の時言った言葉を言う前に、簪は満足そうに頷いた。

 

「私が貴方をヒーローと認めているのは、そういう貴方の決意を知っているから。ただのうじうじ悩む一夏なら、私は即見捨ててるわよ。でもヒーローなら、挫折というのが付き物だしね」

 冗談めかして言う簪だが、その表情はとても柔らかかった。

 

 

「それに一夏の主張はとても私にとって好ましいのよね」

 

「どういうことだ?」

 

「ん~だってさあ。前二つもいいんだけど、最後の葵のやつは一夏、本人に向かってまっすぐ言ったんでしょ。『お前を守る』って」

 

「ちょ! そりゃ確かに言ったけど!」

 葵以外がそれ知っていると思うとすげえ恥ずかしい! 顔を赤くしながら狼狽える俺に、

 

「好きな女の子を守るために強くなって戦う。これ以上のヒーロー要素ってないじゃない」

 簪はとても誇らしげに俺に言った。

 

「だから言うわよ、一夏はヒーロー。もし貴方がそう思っていないのなら私が保証してあげる。

 

 一夏、貴方はヒーローになれるって。

 

 だから自信を持ちなさい。貴方が挫けそうになっても、私は貴方を信じている。挫けそうになったら支えてあげる。ヒーローを助けられるのは、同じヒーローなんだから。だから一夏、いつまでも挫けてないで、立ち上がり、前を向いて進みましょう」

 

 

 

 

 俺はこの時の出来事を、生涯忘れることはないだろう。

 放課後の屋上で、沈みかけの夕日を背に、簪はとても慈愛に満ちた顔をしながら俺に向かって手を差し出した。

 簪と二度目となる握手だが、前回の時とは全く違う。前回は簪がどういう人物なのかよくわかってないかった。でも、今は違う。簪の強さの秘密、俺をパートナーと認めてくれた理由、そして情けない姿を見せても見捨てず、ともに頑張ろうと言って差し出される手。

 絶望に沈んだ俺に力を与え、視線を前に進むようにしてくれた簪に言葉では言えないほどの感謝をしながら、俺はその手を握った。

 

 俺と簪が、本当の意味でお互いをタッグパートナーと認めたのだった。

 


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