――――中国の山奥に建てられた複数の寺院で形成された巨大な施設
その中でも一際大きな寺院の境内で、太陽に照らされる中で多くの者達に見つめられながら対峙する二つの影があった。
一人は足元にまで届きそうな黒い長髪を後ろ手に結った170センチ程の小柄な背丈の美少年。
下半身は格闘家が穿くようなゆったりとしたズボンで肌を一切見せず、逆に上半身は肘まで覆う手甲と肩まで隠すアームカバーのみ。そしてその剥き出しの胴体は鋼のように鍛えられ、その肌には見事な牡丹の花、そして背には龍と義の文字の入れ墨が彫りこまれている。
もう一人は装飾が施されたチャイナ服を着た彼と同じくらいの背丈と長い黒髪を持つ可憐な美少女。女優であると言われても違和感を感じない程の美しさを醸し出しているが、その手に持つ身の丈を超える槍を構える姿から彼女が美しいだけの女ではないとわかるだろう。
身体を半歩引き、左右の腕を掲げて掌底を前面に向ける所謂基本的な中国武術の構えを取りながら楽しげな笑みを浮かべる男と、基本的な構えでありながら一切の隙も無く真剣な表情で槍を構える女。
表情だけで見れば男が本気でないように見えるが、纏う闘志は女の物と変わりなく、決して気を抜いている訳ではないと周囲へと物語っていた。
「はっ!」
しばし見つめ合っていた二人であったが、男が裂帛の声と共にその場から掻き消える。周囲が男が目にも止まらぬ速さで加速したのだと気が付いた時には強烈な掌底が女の背後から迫っていた。
「ふっ……!」
「おっと……!」
だがその光速の一撃を女は前に飛ぶ事で容易く回避し、逆に男の左首横に向けて強烈な打撃を叩き込もうと槍と振るう。
それをしゃがむ事であっさり回避した男が一気に加速して再度女の懐に入り込もうとするが、男がそこに来る事がわかっていたのかと思うほど完璧なタイミングで放たれた槍の一撃が喉元に迫っていた為、男は手甲で切っ先を弾く事で攻撃を逸らし、同時に距離を取る。
「だいぶその眼を使いこなしてきたな林冲! 今のは危なかったわ!」
「嘘を吐くな。お前があの程度の一撃で焦るはずがないだろう」
男の賞賛に林冲と呼ばれた女は悔しそうな顔で応じる。男にその眼と呼ばれた林冲の紫色の瞳は対峙している際とは違い通常ならあり得ない光彩を放っており、何らかの特異な力が宿っているのが見て取れた。
林冲はその眼の力を持って攻撃を回避し、反撃したのだが男は純粋な身体能力のみで対処したのである。その事実は林冲の武人としての誇りに傷を付けるに充分な物であった。
「そうでもねぇさ。それなりに本気で打ったのにあっさり対処されて結構驚いたぜ。だがまぁ……」
そこで言葉を区切り、軽く首を鳴らして構え直すと再度音もなくその場から掻き消える。林冲は再び迎撃しようと槍と振るおうとし―――
「っ?!」
何かに気が付いた林冲は咄嗟に動きを変えて槍を楯にするように右に構える。その直後男の拳が槍の柄を捉え、鉄の槍が僅かに曲がるほどの衝撃が発生し、踏ん張りきれずにその身体が空中へと弾かれる。
「せいっ!」
「っ?! はや―――がはっ?!」
林冲は即座に体制を立て直そうとするが、吹き飛ばされた先には既に男の姿があり、彼女が地面に足が付くよりも早く放たれた二度目の攻撃が脇腹を捉える。その瞬間、ただの打撃ではあり得ない凄まじい炸裂音が響き、林冲の身体が吹き飛ばされて地面を転がった。
「
男はそう言いながら立ち上がろうとする林冲の前に瞬時に接近し、顔を上げた彼女の顔にめがけて拳を放ち―――
「ほい俺の勝ち。これで50戦50勝0敗だ」
「うぅ……また負けてしまった……」
コツンと優しく額に当てて笑顔でそう言うとすぐに林冲へと手を差し伸べる。そして涙目になりながら林冲がその手を取って立ち上がると周囲からは歓声と悲鳴が響き渡った。
「相変わらず無茶苦茶な速さだな歩兵軍頭領様は。次はわっちとやるか?」
「嫌だよ。史進の異能とか俺の天敵だし。お前無駄に頑丈だからやり始めたら二時間は終わらねぇだろ」
集団の中から好戦的な笑みを浮かべながら寄ってくる史進と呼ばれた左右に髪を束ねた小柄な女に対し、手で追い払う動作をしながら男は先程の戦いの最中とは違って嫌そうな顔を浮かべながら拒否する。
「ならば頭領、私と戦わないか」
すると今度は赤い髪の女が寄ってきて男へ戦いを挑んでくる。無表情に見えるが今の戦いに触発されたのかその眼には闘志が宿っており、今すぐに戦いたいと雄弁に語っていた。
「夏に武松とやり合うとかきついから嫌だ」
「……そうか」
「……いや冗談だって。そんなに凹まれるとこっちが居たたまれなくなるから。この後に公とゲームする約束してるんだよ。明日なら付き合ってやるから許してくれ」
「・・・…わかった。楽しみにしている」
男が拒否すると武松呼ばれた女は表情は変わっていないのにとても悲しんでいるのが雰囲気から伝わり、罪悪感に耐えきれなくなった男が折れると武松は一転して嬉しそうに眼を輝かせる。
「おい待て。なんで武松にはそんなに優しくてわっちは邪険に扱うんだ!」
「あぁもうめんどくせぇ! わかったよ今度戦ってやるから今日は楊志とでも組手しとけ!」
「楊志の奴はいつもの禁断症状でダウンしてんよ」
冷たくあしらわれた事に怒る史進を手で制しながら彼女の相方に押し付けようとするが、史進はそう言って集団の中の一か所を指さす。男がその指の先に視線を向けると顔を真っ青にして地面に座り込む蒼い髪の女、楊志の姿があった。
「あーあれかー……あれは放置してると後がめんどくせぇんだよなぁ……仕方ねぇ。林冲」
「? どうかしたか?」
頭を掻きながら近くに立って史進と武松とのやり取りを聞いていた林冲へと男が向き直ると声を掛ける。
「いつものアレだ。勝った方が負けた奴の言う通りにするってアレ」
「あぁ。わかっている。今日は肩揉みか? それとも耳かきだろうか?」
「え? お前そんなくだらない事に何でも言う事を聞く権利使ってたのか? てっきりもっとエロい事要求してるのかと思ってたわ」
「うるさいわ戦闘馬鹿。模擬戦の勝敗程度でんな事頼む訳ねぇだろ……まぁあれだ。今日の命令は――」
史進の突っ込みをばっさりと切り捨て、男は命令をしようとして数秒程迷うがやがて意を決して口を開く。
「楊志の命令を一個聞け」
「パンツを寄越せぇぇぇぇっ!!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ?!」
男がそう宣言した直後、青い顔で座り込んでいた楊志がとんでもない事を口にしながら林冲に突っ込み、男の攻撃のダメージが残っていた林冲は回避できずに楊志に押し倒される。
「おし解決。じゃあ公のとこ行ってくるから後はよろしく」
「あいよー程々で引き剥がしとくわ」
せめて生贄に捧げた相手の姿は見ないでおくのが情けだと言わんばかりに男は林冲と楊志に背を向けて歩き出す。
―――――その瞬間、世界が暗転した
男が振り返ると視界に入ってきたのは明るい境内ではなく破壊された森。そして周囲を埋め尽くしていた梁山泊の者達の姿はなく、降りしきる雨の中で傷だらけで意識を失って倒れている史進、楊志、武松の姿。
「終わりだ。俺は行く」
そして切っ先が破壊された槍を杖のようにして辛うじて立っている林冲へそう告げる男の顔は氷のように冷たく、声には悲しみと絶望が満ちていた。
「何故……どうして我々を裏切るんだ……!」
「我が主である盧俊義が死し、その指針を否定した此処は既に俺の居場所ではない」
そう語る男の声には林冲以上に裏切られたという悲しみが籠っており、それを聞いた林冲は掛ける言葉を失ってしまう。
「じゃあな林冲。史進達には代わりに謝っていてくれ。皆強くて手が抜けなかった」
「待ってくれ! 私を――――――――
置いて行かないでくれ。そう叫ぶ林冲の声を最後に、男の意識は光に飲まれた。
――――――
「あ~……」
窓から差し込んできた陽射しの眩しさで眼を覚ました男が何とも言えない声を上げる。
「三年前の夢を見るとか……我ながら未練たらたらで嫌になるねぇ……しかも最後に一年前の出来事と混ざるとか最悪だわ」
夢ならせめて楽しいままで終わらせろと理不尽な突っ込みを一人で入れながら豪華な作りのベッドから起き上がり、ボロボロのポンチョを羽織って部屋にある唯一のドアから外に出る。
部屋を出る前に見た時計は既に十二時を指しており、昼食の時間が近いせいか廊下を歩いているとフォーマルな格好をした多くの男女とすれ違う。
そんな中をボロボロのポンチョを羽織った男が歩いているのを見れば普通は奇異の眼を向けられるはずなのだが、まるで男の姿が見えていないように誰一人として彼に視線を向ける者はいなかった。
廊下を歩く人の中を音もなく軽やかに躱しながら歩いていた男は廊下の先にあるドアを開く。すると潮風の匂いとカモメの鳴き声や波を切る音が男の五感に伝わってきた。
「ようやく着いたかぁ。船ってのは時間がかかるもんだな」
そういった物を感じ、船の上にいるのだという実感を改めて感じた男は背伸びしながら視線の先に映る港を眺める。
「八年ぶりか。いい思い出なんざ殆どないが……帰ってきたぜ日本」
喜怒哀楽。様々な思いがあるのか男は万感の思いを込めてそう呟いたのであった。
シナリオ読み直したり、マイルームつついたり何度か確認しましたが、彼のキャラが再現で来てるか不安です。
批判、感想待っていますが、彼の真名は感想では書かないでいただけると助かります。