TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第七十八話 鉱石砕きの氷獣

 《イクリスタ坑道》

 

 坑道内部は薄暗くそして、寒かった。

 足を踏み入れるとき一行は寒々とした景色の中に坑道があるのではなく、その暗い入口が冷気の中心である様に錯覚する程に。

「みんな、竪穴に気を付けろよ。踏み外すとどこまで落ちるか分からねえ」

 クリフが注意深く足元を確かめながら全員に警告する。

「大丈夫、アキ?私と手繋いで」

「こ、子供扱いしないで下さいクロウさん!」

 耳を赤くしながら嫌がるアキの手をクロウが掴む。

「してないよ、でも命に関わるでしょ」

 そこへ横からリョウカが割って入り、クロウの手を払いのけた。

「その対策はどうかと思うわよ、苔なんかで足を踏み外したらもう一人も道連れで犠牲が増えるって可能性もあるし」

 言いながら彼女はアキの手をがしりと掴む。

「この子と地獄まで生死を共にするのは私だけで十分よ」

(……それどう反応すれば)

 反応に困ったアキはとりあえず黙って姉のするに任せた。

「一応私が明かり付けてるし、そうそう落ちないとは思うけど。足もと見辛い人いたら言ってね」

 リアトリスが杖の先端に極小の光の深術を発動させ続け、周囲を照らしていた。

 壁面には使い古された明かりが点いて全く見えない程暗くはなく、道幅は大人五人が横に並べる位には広かったので実際の所そこまで歩きにくくはなかった。

 皆が足元に注意を払いながらゆっくり進む中で、ラークが足を止めた。

 クロウがそれを訝しむ。

「ラーク?」

「あった、この石だ」

 そう言って彼は薄い碧色の石を拾い上げる。

 しかし、鋭角的な断面を晒すそれはかなり小さく砕けてしまっており、ラークの手の中のそれも大半が砂状になっていた。

「それが例の鉱石なの?」

「ああ、これじゃ使い物にならないけどね。それにしてもこの状態……みんな気を付けて、敵は遠くないかもしれない」

 ラークは薄暗い道の先を睨んだ。

 彼の警告に一向の進みもいよいよ慎重になる。

 全員が周囲に警戒を向ける中でエッジはさり気なく、明かりを掲げるリアトリスに近付いた。

「リア、聞いて欲しい事がある」

「ん?どうしたの――」

 彼女の返事は大きな音で遮られた。

 爆薬で壁が吹き飛ばされる様な瓦解音と共に、一行の目の前の壁が巨大なものの荒々しい突進で突き破られる。

 人の背丈の倍程の高さで洞穴内を圧迫するそれがきちんと視認出来るより前に、ルオンが真っ先に反応し矢を射る。

扇氷閃(せんひょうせん)

 三本の矢が足止めに放たれる。

 普段なら着地地点を凍りつかせるそれらは敵影に触れると、ただ水色の飛沫を飛ばしただけで弾かれた。

「無効化……!?」

 姿を現したのは長い尾と青白い体毛を持った蜥蜴じみた見た目のモンスターだった。

 高さだけでも人の倍、薄暗い洞穴の奥まで伸びる体長はどこまで続いているか分からない。

鉱脈齧り(ナーリーフ)!よりによってこいつなの」

 リョウカの首筋を冷や汗が伝う。

 明らかに興奮状態にあるそのモンスターは身をうねらせながら、触れるものを即座に押し潰す質量で全員にのしかかった。

 粉塵が上がる。

「くっ……岩砕閃(がんさいせん)!」

 自分の身の丈を遥かに上回るその突進をアキが受け止め、地面に轍を残しながら横へと受け流す。

 敵は明らかに敵意を持った興奮状態にあり、蛇の様な敏捷さで前肢が振り下ろされる。

「はあああっ!」

 アキは『明の天傘』の炎を解放し、何とかそれを同じ様に防ぎ続ける。

 炎を見たそのモンスターは微かに攻撃を弱めた。

(やはり、炎には弱い……これなら戦える!)

 彼女がそう確信した瞬間、その獣の背が空気中のディープスを集束して変形した。

 洞穴内の温度が一気に下がる。

 短時間でその背に形成された無数の氷の棘がそのシルエットを大きく変えていた。

「ここは私に任せて下がりなさい、トウカ!」

 警告を飛ばしながら、リョウカがアキの前に出る。

 直後、敵の背の棘一つ一つが自律しているかの様に狙いを定めながら撃ち出される。

 下がったアキが直前まで立っていた位置に突き刺さったそれらは一瞬にして対象の温度を奪い、転がっていた鉱石がそれを受けて砕け散った。

 他の生物であれば即死する程の温度低下だった。

「――!」

 その針が、リョウカを直撃し彼女の身体が厚い氷に呑み込まれる。

「姉さん!」

 アキが反射的に姉を飲み込んだ氷塊に手を伸ばす。

 その手の先で氷が発光する。

「大丈夫よ、私は」

 氷を内部から粉々に砕いて、リョウカが無事な姿を現す。

「『同じ力』が効く訳ないでしょう」

 言いながら彼女は『宵の地衣』で再び全身を覆う。

「この材料の氷鼠の衣は、そもそも鉱脈を次々に食い荒らすこいつの皮なんだから――氷装華(ひょうそうか)桔梗(ききょう)!」

 そう言いながら、彼女は氷のディープスを高速で集束し味方全員の前に壁を張る。

 それと同等の効率で氷獣もまた氷の棘を撃ち出す。

 両者の力は拮抗し攻撃は防がれるが、氷の盾もまたみるみる削られていく。

「防御ばかりじゃ埒が明かない、僕が気を逸らす」

 そう言うとラークが大きく跳躍した。

 氷獣の巨体の更に上、ごく僅かな天井との隙間へと彼はその身を翻す。

裂空落斬(れっくうらくざん)

 縦に高速回転しながらの彼の斬撃は天井と獣との僅かな空間を利用して、一点を集中的に攻撃する。

 ラークの武器から火花が散り、氷獣は尻尾を振り回して彼を振り払う。

 ダブルブレードに込めた腕力だけでラークはそこから敵の側面へと飛び去り、着地してその尾をかわす。

刹那(せつな)(かがや)き、()を瞳に映すものを貫かん――レイ!」

風樂一閃(ふうがくいっせん)――ガスティーネイル!」

 皆が時間を稼いでいる間に詠唱を完了したリアトリスの光の雨が再び放たれた氷の棘を撃ち落としながらモンスターへと突きささり、エッジの放った見えない風の刃が敵の硬質な皮膚と接触し鈍い音を響かせる。

 ラークは顔をしかめた。

「傷一つ付かないか」

 何ら決定打を与えられない状況を見て、クロウが前に出る。

「任せて、こんなやつ私が……」

 深術を詠唱破棄しようとした彼女の瞳が紫から黒へと変わる。

 が、何度も繰り返してきたその行動は唐突に彼女の目眩を引き起こし、ほんの僅かに術の発動が遅れる。

「馬鹿、危ねえ!」

「なっ――!?」

 そこへ敵の尾によるなぎ払いが迫りクリフが彼女の前に出てその攻撃を青い『気』で引き受けようとし、クロウは彼に攻撃を当てない為に慌てて術の制御をし直し暴発させてしまう。

 結果的に二人は共にバランスを崩すと重なり合う様に倒れた。

 モンスターの尻尾はその頭上すれすれを飛んでいく。

 

(このままじゃまずい、何とか状況を好転させないと)

 ラークは必死に考えを巡らせて辺りを観察し、敵の胴体の真下に碧い輝きを見付ける

(こいつを倒す必要は無い、あれさえ手に入れれば離脱できる。何とかして鉱石を)

 素早く飛び出すと、再び振るわれた尻尾をかいくぐってラークは巨体の下へとその身を滑り込ませる。

 無防備な胴体の下へ飛んできた異物に対して、氷獣はその脚で応えた。

「がはっ!」

 ラークの腹部へと深々と食い込んだ巨木の様なそれは、彼を壁面へと叩きつける。

 更に反動で浮きあがった彼の身体に氷の棘の追撃が降り注いだ。

「くっ……」

 ラークは背後の壁に剣を突き立て、壁面を転がる様にその攻撃から逃れる。

 その棘を浴びた壁面は瞬く間に白い氷壁へと変化した。

 

「痛った、何考えてんの?術の発動前に割り込むとか!」

「何言ってんだ、間に合わなかったらあと少しで死んでたぞ!」

 自分の上に倒れてきたクリフに更に怒りをぶつけようとして、クロウは思いとどまった。

 それではいつもと同じだと。

「……あんたが子供が戦うの嫌ってるのは知ってる。あんたから見たら私も子供なんだって事も」

 クリフも黙って彼女の言う事を聞く。

「でも、元はどうあれ今の私は自分の意思で戦いに立ってるの。あんたが私の境遇に言いたい事はあるのかもしれないけど、対等に思ってくれなきゃちゃんと連携が取れない」

 クロウは少しためらって、大きく息を吸い込んだ。

「私を信じてよ、そうしないと私もあんたを信じられない」

 クリフは目を丸くして、それからバツの悪そうな顔で謝った。

「悪い、別にお前を信じて無い訳じゃねえんだ……ただ少し下がれ」

「ちょっと話聞いて――」

 クリフがその言葉を制する。

「お前いつも敵を倒そうとして前に出過ぎなんだよ、お前が詠唱破棄で接近戦も戦えるのは知ってる。でも、術士である事には変わりねえんだ、物理的な攻撃を受けたら俺らより対応し辛いしリスクがでかい」

 そう言って、氷獣から彼女を守る様にクリフが立った。

「戦うのと死に急ぐのは別だ、だから直に相手するのはこっちに任せて安全な間合いから攻撃しろよ……その代わり俺の視界外からの攻撃とかは任せて良いか?」

 今度はクロウが目を丸くし、それから不敵に笑った。

「誰に言ってんの?尻尾だろうが氷柱だろうが深術で全部叩き落としてやるわよ」

「分かった、じゃあそっちは任せたぜ!」

 言うが早いか、クリフは青い気を纏って敵の足元へと突っ込んだ。

轟裂破(ごうれっぱ)

 クリフの両掌が氷獣の左前脚を直撃する。

 相変わらず傷は付かなかったが、衝撃は確かに伝わったらしくその一撃でラークに向かいかけていた敵はクリフに狙いを変更した。

 再びモンスターの背に生成された氷の棘が彼を目がけて雨と降り注ぐ。

「させるか、イレイズブリリアンス!」

 百弱の棘に対して、クロウは数千の黒い線の術を詠唱破棄して迎え撃つ。

 一つ一つが鋭いナイフの様な貫通力を持った彼女の術は、氷柱を殺傷力の無い細氷(ダイヤモンドダスト)に変える。

 砕かれたそれらは溶けて水滴になり、氷のディープスへと戻っていく。

 それをクリフは自分の手甲に、クロウはスローイングダガーに再集束した。

「行くぞ」

「良いよ」

 水色の光がクロウの武器から、クリフの武器へと走った。

 クロウが四本のダガーを広がる様に投げる、それらはカーブを描きながらただ一点へと集束していく。

 

 ―本能共鳴技(インスティンクティブ・リンクアーツ)

 

「「絶破列氷撃(ぜっぱれっひょうげき)!」」

 クリフの突き出した拳と集まったダガーとが同時にただ一点に叩きつけられ、氷獣がやったのと同じ様に視界を覆う程の氷晶が発生する。

 自身の邪魔をするそれに苛立つ様に巨大なトカゲは咆哮する。

「氷だから効かねえよ、な!」

 氷塊を隠れ蓑にして、敵の顎をクリフがアッパーでかち上げる。

「ブラッディランス!」

 それによって晒された柔らかい首の皮をクロウの放った黒い槍が切り裂く。

 氷獣はその痛みにのたうった。

「これでお前も攻撃通るんじゃねえか?ラーク」

 先程やられた腹部を押さえて蹲っていた彼は剣を地面に突き刺し、それを支えにしながら身体を奮い立たせる。

 その目には強い意思の炎が宿っていた。

「……言われるまでも、無い!」

 口の端から血を零しながらラークが振るった剣は、斬撃を宙に飛ばし正確に堅い皮膚に出来た僅かな傷を攻撃する。

 更なるダメージを負った氷獣は怒りの声を上げ、氷の棘を無差別に飛ばして激しく暴れ、仲間達は一時的に退いた。

 少しずつではあるが、確実に戦況は傾き始めていた。

(やっぱり今の俺のままじゃ力が足りない……今のままじゃ)

 必死になるラークの姿を見て、エッジは先程言いかけた言葉を再びリアトリスに告げた。

「リア、頼みがある」

「エッジ?」

 何故戦闘中に再びそれを口にするのかと尋ねかけたリアトリスは、エッジの目を見てその疑問を飲み込む。

 彼の目はラークと同じ様に強い意志を宿し、今で無ければ駄目なのだと告げていた。

「あの剣を、深海の剣を貸してくれ」


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