TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第七十七話 Instinct!

 襲い来るウルフの群れ。

 それに対し先行して敵の只中に飛び込んだクリフとアキ、そしてそれに続くラークとリョウカの四人が応戦する。

 背中越しにクリフはアキに問いかけた。

「アキちゃん、武器の再集束(リコレクト)どの位溜まってる?」

「『いけます』よ、火属性なら」

 アキの『(あけ)天傘(あまがさ)』が発熱し、赤く発光する。

 そこから光がクリフの手甲へと流れ、彼の武器にも火属性のディープスが集束(コレクト)される。

 

 ―本能共鳴技(インスティンクティブ・リンクアーツ)

 

「「炎穿陣(えんせんじん)!」」

 二人が同時に地に叩きつけた武器から、爆発が起きた。

 少なくとも他者の目からはそうとしか見えなかった。

 アキの武器から吹き上がり二人を半球状に包んだ炎が、クリフの武器から放たれた圧縮された気で拡散される。

 意識が繋がった二人の動きはその二つを一呼吸の内に終えた。

 高温のピークと同時に最大限に拡散された炎のドームは、二人に牙を突き立てようとしていたウルフ達を吹き飛ばす。

 初撃を二人が上手く決めたのを見ながら、後方のリョウカが地属性のディープスを集束し始める。

「敵の隊列が乱れたわね、詠技で一気に決めるわ」

「了解、発動時間の確保なら僕の役目だね」

 そう言うとリョウカに接近して来た一体に向かって、剣を展開したラークがひと飛びに距離を詰める。

「ふっ、はっ!」

 一太刀目の斬り下ろし、そこから二撃目の逆袈裟斬り。

 範囲は狭くとも素早いラークの斬撃は敵を確実に足止めする。

「はあっ!」

 そこから一度足を止めての一回転斬り。

 彼の手にした一対の刃が敵を切り裂きながらその勢いで押し出す。

「と、っこれもね」

 その回転の勢いのままパシリと音を立てて剣を構え直し溜めを作ったラークは、捻りを加えた跳躍で追撃する。

螺旋裂空斬(らせんれっくうざん)

 横の高速回転を伴いながらのその跳躍は、ダブルブレードを螺旋の凶器へと変える。

 真空の刃を離れた敵にも撒き散らしながら、弾丸の様に確実に一体を仕留める。

 と、

「あ」

 着地したラークに殺到したウルフ達の牙や爪が、ラークを捉える。

「ラークさん!」

 焦った声と共に、アキが赤いものをラークに投げた。

 彼はすぐさまそれに気付くと、回し蹴りで敵を振り払い「それ」をキャッチする。

「ありがとう、助かったよ」

 彼女から受け取った赤いものを口にしたラークの傷が瞬時に治り始める。

 アップルグミ、それは本来体力を回復する滋養強壮薬程度の補助的なものだったが、元々の傷の治りが異常に早いラークの場合はそれで十分だった。

「背後からの攻撃はガード出来ないんだ、ちゃんとステップで避けろよ」

 クリフが呆れたように注意する。

「ごめんごめん。でも……これで時間は十分稼げたよね?」

 ラークが振り返った先で、リョウカが身に纏った衣を巻きつける様な動きでその右手を天へと伸ばす。

 四つに別れた『(よい)地衣(ちごろも)』の先端が勢いよく捻じれ、リョウカの手の先で百合の蕾の様になる。

「そういう事、詠技――絶崖(ぜつがい)!」

 直前の動きを逆回しする様に、『宵の地衣』の蕾が回転しながら開く。

 その四つの先端と一体化する様に実体化した地属性のディープスの岩塊が、一回転ごとに遠心力で回転を加速させる。

 同時に岩塊は更にその大きさを増し連接棍(フレイル)の様にその軌道上にあるもの全てをなぎ払う。

「うわっ!」

「おっと」

「姉さん、ちょっと軌道低過ぎ――!」

 三人は姿勢を低くしながら回転が最高速に達する前に、慌ててリョウカの武器をくぐってやり過ごす。

 岩塊は一撃一撃で狼型のモンスターを葬っていき、ついでに巨木を一本根元からへし折った。

 二十体弱居たモンスター達は瞬く間に三体になる。

 その三体の足元で、木の葉が渦を巻く。

「まずい、その突進は防げない!」

「残念ね……私が術士ならそれで正解だったでしょうけど」

 四肢の先で発動させた風の深術に乗って、ウルフが三方向から一直線に6m近い間合いを無くす。

抱氷(ほうひょう)

 『宵の地衣』が冷気を纏いながら、リョウカの元へと戻っていく。

「っ、天昇(てんしょう)

 同時にアキが彼女の背後をフォローしようと『明の天傘』で飛び上がる。

「――蟲殺劇(ちゅうさつげき)!」

 リョウカの衣は突進してきたウルフ二体の突進を背後から絡め取る様に巻き込み、氷のディープスで硬質化した先端が冷気で身動きできなくなったモンスター達を刺し貫いた。

「――落散駆(らくざんく)!」

 その彼女の裏で、地面ごと抉る様にしてアキの急降下が残った一体に止めをさす。

「届かなかったわね。フフッ、あはははは」

 敵の返り血が付いた武器を手に高笑いするリョウカを、アキとクリフは冷めた目で見つめる。

「今まで会ったどんな敵より、姉が邪悪な笑みを浮かべているのですが」

「放っておこうぜ」

 

 と、

 一度落ち着いた彼らの周辺に狼の遠吠えが響く。

 距離は遠かったが、間違いなくそれは今しがた倒したものと同種の声だった。

 ラークが焦った様に四人で守っていた馬車を振り返る。

「くっ、背後からか!」

「まずい、隊列が」

 戦闘終了直後で青い気による疑似詠唱を解いていたクリフは走ってエッジ達の馬車の方へと引き返す。

 ラークも彼と一緒に戻り始めるが、既に馬車の背後側から続々とウルフ達は襲いかかってきていた。

 そのモンスターの群れの前にクロウが立ちはだかる。

「クロウ?俺達は戦うなって……」

「大丈夫だよ、エッジ。こっちは御者から死角だし、一瞬しか使わない」

 彼女の目の色が光を失い暗転(ブラックアウト)し、その右手の中で術の威力と範囲とが比例する彼女がほとんど使わない量――広範囲への攻撃が確定する量の闇のディープスが集束(コレクト)された。

 それを右肩の宝珠の欠片による力技でより小さく、より薄く、ただ一点へと彼女は圧縮していく。

雑魚(ざこ)散らすだけならこれで十分でしょ、(まわ)れ――秘奥義、サイスラウンドスライシズ!」

 クロウが手放した黒い弾は、今まで掛けられた圧力から解放されるや否や瞬く間に定形を失い反動で爆発しようとする。その無差別な破壊の種を彼女は更に深術で上下から極限まで圧迫し、前方と側面のみをなぎ払う無数の半月型の刃へと変えた。

 空間に黒い線が走る。

 一瞬でエッジとクロウの眼前から視界の彼方までを斬り裂いたそれらは二人の遠近感を狂わせ、ただその一撃の下に新たに表れた十体のウルフ達は全滅した。

「改めて見ると相変わらずとんでもないな、それ」

 敵を倒したクロウの肩をエッジが軽く叩く。

「……化け物だって思った?」

「え、クロウをか?」

 本気で何を問われたのか戸惑うエッジを見て、クロウは笑うと自分からその問いを取り下げた。

「いや、ごめん。やっぱり何でもない」

 

 ―――――――――――

 

 戦闘が一段落してショック状態だった馬と御者が落ち着くと、彼等は改めて北を目指した。

 丸一日移動しただけで空気は急激に冷え込み葉が広い木々が減って、数の少なかったつんつんとした葉の樹が目立つ様になる。

「カースメリアの北って前から多少冷える地域ではあったけど、こんなに寒かったか?」

 そう言いながらクリフが吐いた息はうっすら白くなる。

 馬車の中ではローブが配られ、一行はそれだけが頼りだった。

 エッジ達は世界中を短期間に回りその気候に合わせた食料や衣類等の備えはしてきたものの、レーシア大陸の様な暑い地域の経験はあってもこの様に寒い地域は無かったのだ。

「空気中の氷のディープスが増えたからだね。ここから一番近い水の宝珠の地脈の流れと、北西の光の宝珠の影響だと思うよ」

 ラークのその解説にアキが首を傾げる。

「サンクォーリストが司る光属性は熱の属性です。それなら間欠泉や、温泉等になりそうな気がしますが」

「多分、厳密にはここの地脈は光の宝珠と対になる闇の宝珠のものなんじゃないかな、イクスフェントから流入する闇のディープスの冷気がここを通ってるんだと思う」

 リアトリスの説明に、なるほどとアキは納得する。

「で、その話の続きなんだけど」

 ラークの言葉に全員の中で嫌な予感が膨らむ。

「この先のイクリスタ坑道にモンスターが出る」

「やっぱり出るんじゃない!あんた前回普通に知らないフリしたわよね!?」

「冷気の影響か氷を纏った大型の珍しいモンスターらしくて、そいつ一体でイクリスタ坑道はインペルメアブル鉱石が採れる状態だけど実質的に閉山状態なんだ」

「しかも結構凶悪な……!」

 飄々とクロウを無視するラークの話で一行の空気は一気に暗くなる。

 全員の溜息がもれ、その彼がエッジの隣にさり気無く移動するのを誰も気にとめなかった。

「エッジ、一つ話しておかなきゃいけない事がある」

 低いトーンで囁かれたラークの声に、エッジはこれこそが本題であるのを悟る。

「インペルメアブル鉱石はディープスの濃度が高ければ高い程それと強固に結びつく性質を持った鉱石だ、宝珠程の高濃度のディープスであればその結合は揺るぎ無いものになる」

 『鉱石を宝珠再生の核とする』、その話と符合する内容だった。

 エッジはそれをなぜ自分だけに語るのか疑問に思う。

「そう、この性質をグレイス夫妻――クロウの両親は利用した。もう気付いているんじゃないか?これから僕らが手にする石は、今彼女の意識を保護しているのと同じものだ」

「!」

 そこでエッジはようやく理解した。

 ラークが彼だけにこの事を知らせた理由を。

「インペルメアブル鉱石があれば理論上、クロウから宝珠の欠片の影響を取り除ける可能性がある。……でもそれはあくまで可能性、僕はそんなものの為にこの先確実に必要になる貴重な鉱石を消費するのは反対だ」

 エッジは黙って、ラークの視線を受け止めた。

 射る様な真っ直ぐなその目を、正面から。

「僕は世界の為にこの鉱石を使う。君がもしクロウの為に石を使いたいならその時は奪い合い、僕と君とは敵同士だ――その覚悟を持って剣を取れ」

 それだけ言うと、ラークは視線を外しエッジの側を離れる。

 エッジは最後まで答えなかった。

 どうしたいかなんて最初から決まっていた。

 ラークもそれを理解していたから、警告して来たのだとエッジは分かっていた。

(どうしたいかは決まってる……だから考えなきゃいけないのは)

 『どうやって』

 ラークに未だ一人で対抗する力を持たない自分がどうやって勝つのか。

 その問いに対して出せる答えも、エッジは一つしか持っていなかった。


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