TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第七十三話 兄の正義、弟の理想

「――よし、もう動いても大丈夫だね!」

「あの、治療してくれたのは本当に感謝してるんだけど、いくら何でもここまでしなくても良かったんじゃないか……」

 無事に海を越えてからエッジはクロウ、アキ、リアトリス(そしてクロウに言われた通りに協力したルオン)達の常時監視体制の下で傷が完全に治るまで部屋に閉じ込められた。

 その為、彼はリアトリスが明るく治療の終わりを宣言した時も苦笑いせざるを得なかった。

 早速部屋を出ようとしたエッジに、腕組みをして壁に寄りかかったリョウカが面白がる様な笑いを浮かべて話しかける。

「前にも似た様な事があったわね」

「ああ……あの時はただの風邪で暴れ出す事にされたっけ」

「そうだったかしら?でも、前回も今回も動けない状態で大暴れしたせいで悪化したのは事実よ。これからはもう少し自分の身体の事も考えなさい」

「心配してくれるんだ」

「ええそうよ、貴方が自分で出来ないからね」

 でも、と付け足す。

「一番心配してたのはあの子よ、あんまり心配かけ過ぎない様にしなさい」

「え……アキが?」

 意外そうな声をあげたエッジに、リョウカはため息をつく。

「灯台もと暗し、かしら。お互い距離が近い様でこれなんだから苦労するわね」

 何を言われているのか分からない様子で困惑するエッジに対して、リョウカがやや厳しい表情で忠告する。

「良いからクロウにもう一回ちゃんとお礼言っておきなさい」

「あ、ああ」

 ほとんど勢いに押される様に返事をして、エッジは今しがた自分が後にした部屋の中を振り返る。

 そこには徹夜続きでうつらうつらと頭を揺らして椅子に座るクロウの姿があった。

 リョウカはそれだけ言うと去っていった。

 エッジは一瞬躊躇したものの、半分寝ている様子の彼女に声をかける。

「クロウ」

「ん……ああ、結構元気そうじゃん……顔色だいぶ良くなったし」

 声を掛けられてようやく気付いた様子で、クロウはいつもよりゆっくりとした話し方で喋る。

 少し嬉しそうな彼女に対してエッジは声をかけておきながら何と言ったものかと考える。

「その……ありがとう、ずっと看病してくれて」

 は?とクロウは笑う。

「何それ、治したのはほとんどリアだよ、お礼なら向こうに言っておきなって。私はただ見てただけ」

 クロウは言いながらようやく休む事が出来、ベッドで早々に眠りについた彼女の方を示す。

 そこでようやくエッジも、リョウカが言った事を少し理解する。

「うん、だから……感謝してる」

「……聞いてた?」

 クロウは呆れた様な表情でエッジを睨む。

「ああ、寝ても良かったのにずっとリアトリスの手伝いをして、俺の面倒見てくれてたんだろ?」

 エッジは心からの感謝を込めて、笑顔でもう一度言った。

「心配してくれてありがとう」

 クロウは言葉に詰まって目を丸くすると、そのままベッドに顔を伏せた。

「えっと、クロウ?」

「寝る」

「え、でもどうせならちゃんとベッドに行った方が」

「徹夜続きでとにかく眠いの、良いから出てって」

「でも、耳赤いぞ。もしかして熱あるんじゃないか?無理して体調崩したならちゃんと休んで――」

「良いから出てけ!」

 顔も上げないままクロウにスローイングダガーを投げつけられて、エッジは仕方なく退散した。

 

 ーーーーーーーーーーー

 

「ここ隣町だったんだ、てっきりもうマーミンに着いてるのかと」

「一応ね。向こうが正気を失ってたとはいえ私やクリフやあんたで賞金稼ぎ達に怪我させてる訳だから、報復とか有り得ないとは言えないし」

 最後の宝珠、水のフラッディルージュを目指してエッジ達一行は徒歩で馬の町マーミンに向かっていた。

 普通に人の行き来がある街道なのでエッジとクロウはフードを被って歩いている。

「そういや、その宝珠があるのってあいつらが根城にしてた洞窟なんだろ?あの時賞金稼ぎの奴らの様子がおかしかったのって」

「うん、多分クリフさんの考えてる通りだよ。宝珠を通して二つの世界は繋がってるから、その周辺は特に大気中のディープスのバランスの崩れが著しいの。そんな場所にずっと居たら人間の精神はおかしくなる」

 なるほど、とリアトリスの説明に納得するクリフ。

「きちんと目を向ければ世界がおかしくなり始めてる予兆はあったんですね、ここまで悪化する前から」

「これからもっとひどくなるよ、十五年の時間とシーブレイムスの暴走でアエスラングはとっくに限界だ。遠からずその正気を失った人間は世界中に現れる事になる」

 アキの言葉にそう返したラークの表情は険しい。

「スプラウツ……だったわよね。既にジェイン・リュウゲンも居ない今、彼らは王都を壊した上で別な宝珠まで探して何を考えているのかしら」

「分からない、ただ破壊に使うつもりにしろ、他の事に使うにしろ、あんな事二度と起こさせる訳にはいかない」

 そのリョウカとラークの真剣な表情はどこか似ていた。

 ふと、二人の様子を見ていて思ったのかアキが零す。

「姉さんとラークさん、初めの頃はお互い信用していないみたいで少し心配でしたけど、上手くやれているみたいで良かったです」

「ん、気が楽なのよ。お互い利害の一致だけで繋がっている相手だから、裏切るにしたって簡単で」

「そうだね、必要な時だけ手を組めるのは有難いかな」

 二人がにこやかに返したのを見て、他の仲間達の顔が引きつる。

「裏切らない方向で考えないのか……?」

「そうだよ、折角一緒に旅してるのにいつも相手に裏切られる事考えてるなんて……」

 通行する傭兵らしき旅人とぶつかりかけて、それを避けながらエッジとリアトリスは呆れる。

「今彼が裏切る事は無いわよ、私を宝珠に近づけたくないならもう少し早い段階で切ってる筈だし、他に私が居る事で邪魔になる様な相手と手を組む様子も今の所無い。シンの一族の仲間というのも私達がこの戦いに加わる事に肯定的だったしね」

「そうだね、敵の陣営の残りの戦力がはっきりしない今限られた戦力の僕達が仲間割れするのはリスクが高すぎる。もし彼女が裏切る事を考えているなら少なくとも妹のアキを巻き込まない様にする筈だし、スプラウツや『ジード』と戦う事を考えているなら一番適している味方は現状僕達だ。彼女は今裏切らないよ」

 即座にお互いの裏切りを否定する二人に、クロウがため息をつく。

「信頼してるんだか、して無いんだか分からないわね、あんた達」

「そういういい加減なものに頼るのが一番良くないのよ、特にエッジ」

 名指しでリョウカに言われたエッジは曖昧に笑う。

 ふとその言葉が気になったのかルオンがこっそりクロウに尋ねる。

 戦闘時には必要最低限の会話はするものの、それ以外では彼は人見知りの様でほとんどクロウとだけ話していた。

「……人を信頼するのは良くないの?クロウ」

「あれは悪い大人の見本だから」

「そうだよ、ルオンはあんな風にならなくて良いからね」

 会話が耳に入ったリアトリスもラークの方を見ながらその意見に賛同する。

 ルオンは彼女に話しかけられてびっくりした様だったが、リアトリスはそれに気付かない。

「『あんな風に』ってどういう意味?」

「あ……いや、今のは主にラークに対してでリョウカさんの事じゃ」

「うん、主にって事は君も入ってるね」

「へえー?」

「うう、ラークぅ……私が悪かったから冷たい目で睨まないで下さいリョウカさん」

 姉の悪乗りにアキは溜息をついた。

「そういう意地悪するから悪い大人だって言われるんですよ……姉さん」

 

 歩きながら会話を続ける仲間達の中でエッジはふと足を止め、それを訝しく思ったクロウが尋ねる。

「どうしたの?エッジ」

「……ごめん、傷がまだ少し痛むみたいで。ちょっと休んでいいかな」

 仲間達は誰も反対せず、すぐに全員で街道を外れて座れそうな所を探す。

 

 ―――――――――――

 

《崩壊遺跡群》

 

 

「来たか」

 エッジは仲間達に嘘を言って一人離れ、先程すれ違った旅人と二人で向き合っていた。

 街道を少し逸れた森の中で、以前は何か建造物があったのか石造りの崩れた壁が二人の立つ開けた空間を囲っていた。

「どうして、俺達が居る場所が分かったんだ?ブレイド」

 エッジの言葉で傭兵らしき旅人はフードを外す。

 騎士の変装の下から現れたのは、エッジの兄ブレイドだった。

 変わらずに『刻印術式』は禍々しい赤い光を放っていたものの、その表情に敵意は無い。

「いや、分からなかった。父からお前達が宝珠の事を調べている事は聞いたが、追えたのはせいぜい王都までだ」

 そう言いながら、ブレイドは周りの景色を眺めた。

 エッジとブレイド兄弟二人が育ったカースメリア大陸の景色を。

「今の俺にはお前の考えてる事は分からない、ただ俺達の育った村が懐かしくなって自然とこっちに足が向いた」

「俺を呼びだしたのはどうしてだ?」

 ブレイドは弟に視線を戻す。

「以前俺に言った事を覚えているか、『自分が彼女の側にいて、誰も殺させない』。それは実現できたか?」

 セオニアでの事を思い出しながら、エッジは返答を躊躇う。

 彼が追いつく前の事とはいえ、重傷を負いながらクロウは子供達と殺し合いの末その何人かを殺していた。

 自分がもう少し早く助けに入って居れば――と、エッジは思わずには居られなかった。

「七人……襲ってきた敵だけど、それだけ死んだ」

「そうか」

 ブレイドもその犠牲を悲しむ様に目を伏せる。

「王都での火災の時は何をしていた?お前とクロウという少女が上空を飛んでいたのを見た者が居る」

「二人で火事の中心に居た術者を止めようとしてた。その時は、誰も殺して無い」

 必死で主張するエッジの言葉を、ブレイドは静かに聞いた。

「あの規模の火だ、お前達二人の行動が無ければ今頃王都は跡形も無かっただろう。犠牲者ももっと増えていた筈だ。礼を言う」

 エッジはその感謝を素直に受け取れなかった。

 それを自分の行動の「成果」として考えて良いのか、彼には分からなかった。

 今度は兄の方が話し出す。

「お前の行動は間違いなく多くの人を救っている。しかし、お前達は王都で一度黒い鳥を出現させ、混乱を招いた指名手配犯だ。大半の者達は、お前達が王都を破壊した元凶だと考えている」

 クロウが疑われているのはエッジも悔しかったが、同時にそれが現実である事も理解していた。

 ブレイドは尋ねる。

「この先も恐らくこの状況は変わらない。お前がどれだけ努力しても、犠牲を減らしても、人を救っても人々は誰もお前達に感謝しない。それでもお前は、戦い続けるのか?」

「ああ」

 エッジは自信を持って顔を上げ、答える。

 彼はその答えだけは迷わなかった。

「世界全てに憎まれても、この先どんな敵が目の前に立ち塞がっても?」

「ああ」

「……そうか」

 そう言って、ブレイドは剣を抜いた。

「ならその前に『刻印術式(これ)』を持った俺が立ちはだかる事もまた必然だ。剣を抜けエッジ」

 兄の右肩の赤い模様をエッジは観察した。

(半径2cmの中心点……あれだけを破壊すれば、ブレイドは自由になる。でも、ほんの少しでも外したら)

 エッジも背負った剣を鞘から抜き、手にする。

「ブレイド、本当に戦うしかないのか?」

「お前があの少女を守りたいと思う様に、俺にも守らなければならないものがある。俺は退かない、お前が退かない様に」

 ブレイドは地面と水平に、剣を大きく後ろに引く。

 エッジも同じ構えで剣を引く。

 ラークから剣を習った二人の流派は同じだった。

「一の太刀(たち)烈火(れっか)!」

真空破斬(しんくうはざん)!」

 赤い斬撃と真空の刃が、二人の間で激突した。


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