TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第七十二話 止まれぬ魂

 エッジ達一行は海の上を黒い巨鳥、ラーヴァンの背に乗ってゆっくりと飛んでいた。

 普段のクロウの飛ばし方はスピード重視で乱暴だったが、今はエッジの左肩の大怪我に配慮している。

 穏やかな潮風と控えめな太陽の光は優しく、波の音と強い潮の香りの刺激を除いて空の上は至って平和だった。

「懐かしいな、マーミンか」

「はい、あの時の出会いがずいぶん前の事に感じます。私……こんな風にずっと皆さんと旅が出来ると思っていませんでした」

 クリフとアキが思い出を語ると、ふとクロウが気が付く。

「待って、よく考えたらあんた街を助けるのに一人で狂った賞金稼ぎ達倒そうとしてたわよね。私達すごい無駄足踏んだんじゃ……」

 頭を抱えるクロウに、エッジが横からフォローを入れる。

「そんな事無いだろ、四人で戦ったから無事に済んだ。何よりクリフが仲間になったくれただろ」

「その後、私そいつに攫われたんだけどね」

 クロウに非難の目を向けられ、クリフを冷や汗をかきながら顔をそらす。

 今となっては過去の事、とアキやリアトリス、ラーク達はその様子を微笑ましく見守っていたがその話を初めて聞いたリョウカがピクリと眉を動かす。

「待って、貴方女の子を攫ったの?」

「あぁ……まあ、結果だけいうとそういう事になるな。クロウに限らずアクシズ=ワンド王国の深術士(セキュアラー)の集団の事はセオニア王国でも噂になってたんだ。こいつの力を知ったらそれを敵国に放置しとく訳にいかねえだろ。何より、そんな武器として扱われる様な環境に――って、聞きながら無言でアキちゃんを俺から遠ざけるのやめろ!」

 リョウカは汚いものを見る様な目でクリフを睨みながら、妹をしっかり抱いて庇う様に彼から遠ざける。

 アキは腕の中で苦笑いする。

「姉さん、クリフさんにもセオニアでの立場があった訳ですし、クロウさんを傷付けようとした訳では」

「トウカ、甘やかしちゃダメよ、それが起こったのが私達のアクシズ=ワンド領内ならまだその罪は生きてる、法律通り牢屋に入れましょう」

「ねえ、その法律でいくと手配犯の私とエッジ死ぬんだけど」

 クロウの突っ込みにアキも冷静に補足する。

「加えて言うなら、姉さんが海上都市で行った手配犯の逃亡の手助けと、騎士団の最新鋭の船舶の強奪も重罪ですよ」

 リョウカは不敵な笑みを浮かべる。

「あらそんな事したかしら、証人がその手配犯のエッジしか居ないんじゃ立件出来ないわよ」

「リョウカさん……」

 どこまで本気か分からない彼女の言動に、リアトリスが苦笑いを浮かべる。

「さあ、離れなさい幼女趣味」

「誰がだ!クロウに興味ある訳ねえだろ!」

 クリフの言い方が気に入らなかったのか、当のクロウはスローイングダガーを握りしめる。

 が、ふと何かに気付いた様子でいきなりラーヴァンを急旋回させる。

 いきなり自分達の乗っている巨鳥が傾いて、バランスを崩した仲間達は当惑の声や悲鳴を上げる。

「どうしたんだ、クロウ」

 彼女の表情からいち早く異常を察したエッジが剣に手をかける。

 クロウは余程集中しているらしくすぐには返事をせず、再びラーヴァンが急降下する。

 そこで、肌を切るものが風だけで無い事に仲間達も気付く。

「これ……水?」

 上空で水滴が触れる事など珍しくも無い。

 しかし、明らかに今一行に降り注いでいるのは自然に空気中に生まれたものでは無かった。

 そこでふと上を横切っていく影を見上げたアキの顔から血の気が引く。

 

 直前まで一行が飛んでいた所を、いくつもの牙が通過していく。

 鱗を広げ、水の軌道を残しながら人を頭から飲み込めそうな飛魚型のモンスター達が飛んでいく。

 その様は気味の悪い生きた銀色の虹のようだった。

 ラークが見覚えのあるその姿に気付く。

「スオールと海上都市の間に居たモンスターか、南のこっちにも居たか」

「でも、前戦ったのはこんなに高くまで飛べなかった。水を噴射する深術が使えるようになってる」

 リアトリスがディープスの使い方を分析する。

 クロウが今回避したモンスターの群れを一瞥して黒い槍を何本か撃ち出すが外し、次の群れが下の海上から迫ってきて顔をしかめる。

「ごめんルオン、全員乗せて飛びながらじゃ攻撃出来ない。迎撃お願い」

 頷き、焦りも見せずに無表情のままルオンは矢を番える。

「直線で向かってくるなら、ただの的――氷屑の破者(ブレイクシュート)

 青い輝きが襲い来る虹の中心を貫き、一つに纏まっていた魚の群れを一気に散らす。

 その一撃は敵の勢いを大きく削いだが、一部は空中で水の深術を推進力にして立て直しバラバラの群れが襲ってくる。

「!」

 その反撃にルオンも少し慌てて弓を狙撃状態から通常状態へ戻して数体を撃ち落とす。

 ラークも剣を抜き、「真空破斬」で迎撃するが落としきれない。

「――盾華(じゅんか)紅葉(もみじ)!」

「――氷装華(ひょうそうか)桔梗(ききょう)!」

 炎を吹きだして範囲を広げたアキの『(あけ)天傘(あまがさ)』と、氷を纏って羽根の様に仲間達を覆ったリョウカの『(よい)地衣(ちごろも)』が、次々叩きつけるモンスターの牙を防ぐ。

 味方が作ってくれた時間を利用してリアトリスが光の盾をラーヴァンの周囲に張り巡らし、一行は束の間息をついた。

「もうこれ……完全に「捕食」とかいうものを度外視して人間襲ってきてるよな」

 遠距離攻撃の出来ないクリフは見守ることしか出来ず、危険が迫る度に身を縮めていたがようやく落ち着く事が出来て脱力する。

「人間はこの世界の生態系にお世辞にも馴染んでるとは言えないもの。私達が他の生き物の居場所を狭めていると言っても過言では無いし、人間が居なくなれば他の生き物にとって世界は平和になるでしょう。尤も今襲ってきてる理由はこの黒い鳥を「大きな獲物」と勘違いしたか、逆に「危険な敵影」と警戒されたか……いずれにしろそこまで考えていないでしょうけどね」

 リョウカがアキと共に詠技の準備をしながら彼の言葉に答える。

 エッジも次に攻撃が来た時に備えて剣を抜こうとするが、左肩の強烈な痛みにその手を止める。

 それを隣で見ていたクロウが釘を刺す。

「まだ治って無いでしょ、大人しくしてなよ」

「でも、皆戦ってるのに……」

「クリフだって戦って無いから、良いから今は休んでなって――」

 クロウの言葉の途中で、大きく障壁が揺れる。

「飛ぶだけじゃない、あのモンスター攻撃深術まで使って壁を壊そうとして来てる」

 リアトリスがそれに対して新しい対深術障壁を張ろうとする中、荒い呼吸のままにエッジが手を伸ばして雷属性のディープスを集束する。

(めぐ)らす雷網(らいもう)……」

 身体の中のディープスが活発に動いたことと、無理に動いたせいでエッジの左肩から服の外まで血が滲む。

 エッジは痛みに耐えて歯を食いしばる。

 クロウが厳しい声で怒った。

「何してるの止めて、本当に一生左腕が動かなくなるわよ!」

 と、空気の流れが変わりエッジの身体に虹色の粒子が吸い込まれるのを見てクロウは目を丸くした。

(コレクトバースト?何で、エッジは使えなかった筈じゃ……!?)

「ッ、()らえて、()が、す!――スパークウェブ!!」

 通常時の深術の使用では起こらない、エッジに周囲の空気が吸い込まれる様な感覚を仲間達は感じる。

 紫の光がエッジの右手から走った。

 雷がリアトリスの光の障壁を更に上回るサイズで細い網を形成していき、爆発する様に大きく広がって飛魚型のモンスター達を空から叩き落とす。

 その断末魔の悲鳴と、ジリジリと耳の奥に響く様な放電の音が全員を包んだ。

 それが終わるとモンスターの攻撃は止み、エッジの周囲の虹色の光も消えた。

 いきなり終わりを告げた戦闘と、突然の強力な深術に仲間達は一瞬言葉を失う。

 エッジが痛みからゆっくり前のめりになったのをクロウが慌てて支える。

 彼はほとんど意識が無い様だった。

「何で……誰かエッジにコレクトバースト教えたの?今まで一度も使って無かったのに」

 クロウは困惑するが、リアトリスはエッジに治癒術をかけながら首を横に振った。

「ううん、使ってたよ。雷属性だけを集める「轟雷装」っていう形だったけど、あれが出来るなら全属性を集束(コレクト)するコレクトバーストだって使える様になってもおかしくない」

「エッジはいつも剣を使って、その補助として深術を使ってたからね。剣が使えない状態になって今まで閉じていた能力の蓋が開いたんだ」

 ラークの補足に、エッジと同じ深術士(セキュアラー)であるクロウは信じられないという顔をした。

「そんな事有り得ない……誰にも習わずに、訓練もせずにいきなり使えるようになるなんて」

「それを言うなら、エッジはそもそも深術自体誰にも習わずに感覚だけで剣術の片手間に習得してる。本人の言葉通りなら三年くらいでね。例えハーフであってもエッジはやっぱり心の一族の一員なんだよ」

 ラークの言葉を聞きながら、クロウは自分にもたれかかるエッジの服を強く掴んだ。

「でも……今習得したって余計身体に負担かかるだけじゃない。何でこいつはそこまで」

 クリフが彼女のその質問に答える。

「お前が居なかった時言ってたぜエッジ、人を助けるのは『ただ自分のやりたい事』だ、って。だから絶対止まらねえんだよ」

(……それがどれだけ自分を傷付ける事でも?)

 クロウは自分の腕の中に居る筈のエッジが、少しずつ遠くへ向かっている気がした。

 

 ―――――――――――

 

 ブレイドを始めとした騎士達はレーシアから帰還して王都が焼失していた事で一時混乱状態に陥っていたが、隊長であるブレイドの指示で生存者の捜索と救助、そしてそれ以降は周囲の街で受け入れきれなかった難民の援助、誘導と寝る間も無く働き続けていた。

 そんな状況が続く中で一人の老練な騎士が部下からの報告書に目を通していたブレイドに進言する。

 カンデラス火山に赴いた時にも彼の傍に居た騎士であり、長く彼を支える理解者だった。

「師団長、シントリアがあの様な状態になってから今まで師団長はよくやってくれました。ある程度この活動にも慣れてきましたし、もう我々だけでも大丈夫です」

 思いもしなかった言葉にブレイドは、文字の列を追っていた目を止める。

 彼の目の下には隈が出来ており、ろくな睡眠も取らずに疲労を溜めているのは明らかだった。

「何を……やるべき事はまだ山の様だ。私一人離れる訳にはいかない」

「この国の王はもう居ません。議会も無ければ、貴方が仕えたジェイン・リュウゲンも居ない。その肩の重荷を下ろしても責める者は居ませんよ」

 言われてブレイドは、自身の剥き出しの右肩に刻まれた赤い刻印を撫でる。

 それは彼の主であるジェイン・リュウゲンが望んだ時、或いは彼自身が国に背いた時爆発によって彼の命を奪う様に出来ていた。

「……確かに、こんな危険なものを持った人間がずっと皆の側に居る訳にはいかないか」

 傍らで自分を見守る騎士に聞こえない様呟くと、ブレイドは報告書を彼に預けて言った。

「ありがとう、ケイン。私にはどうしても一つ、やらなければならない事があると思う」

「ご無事で」

 ブレイドは頷くと、剣を手に一人立ち上がった。


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