TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第六十八話 「クロウ」・グレイス

 クロウは何度か夢見たことがあった。

 自分の両親と、家族で暮らすことを。

 何処かからある日親がやって来て、自分を見つけてくれることを。

 大体のスプラウツの子供達が一度は見る夢。

 

 しかし、ハクの一件があってから彼女はもうそんなものはとっくに諦めていた。

 自身の右肩を見たら正常な人間がどんな反応をするかを知って、クロウは薄々答えを悟っていた。

 が、流石にその親こそが自身の身体を怪物に変えた張本人だとは彼女も考えたことが無かった。

(私が生まれる前から、もう決めてたのかな)

 だとしたら、自分は実験台にされる為に産まれたのではないかとクロウは思った。

 化け物になる事、人殺しの力を手に入れる事、その前提が無ければ自分という存在は生まれる事さえ無かったのかと。

(……戦いたくないなんて、やっぱり私が持つべき願いじゃなかった)

 

「クロウさん」

 自分の名前を呼ぶアキの声に、彼女は顔を上げた。

 相手の緊張した面持ちを見てクロウは首をかしげる。

「どうしたの?研究者の話で落ち込んでるんだったら気にする事無いよ。ああいう身勝手なヤツは何処にでもいるし、リュウゲンが関わってたからってアキには何の関係もーー」

「そんな事気にしてません、私が今心配してるのはクロウさんの方です」

 クロウはその言葉に笑って、仲間を待つ為に座り込んでいた街路から立ち上がる。

「私の心配なんて要らないよ、聞いてたでしょ?私は最低の研究者が作った実験の道具なんだよ、人間扱いする必要なんて無い」

 アキはショックを受けた様に息を飲む。

「違います、クロウさんは……そんな人じゃ」

「人じゃないよ、忘れたの?私があんたを殺そうとした事」

 エッジとクロウを裏切った後、サーカスで再会した時の事をアキは思い出す。

 その記憶も、今言われた言葉も振り払う様にアキは激しく首を横に振った。

「違います!クロウさんの怒りは人が抱いて当たり前のもの、クロウさんが大切にしている感情の証明です」

 その言葉に、戸惑った様子でクロウはアキを見つめる。

 彼女がクロウに対してここまで感情を顕にしたのは初めてだった。

「『ジェイン・アキ』、この名前が私は大嫌いでした。自分とあの男を親子として繋ぐだけだったこの名前が……でも、今は違います。クロウさんが私を認めてくれて、仲間として呼んでくれた名前だから。今は自分として受け入れられる、何度だって呼んで欲しい」

 アキは慣れない大声を出し続けた為に、落ち着くよう一度大きく息を吸った。

「どんな自分だって受け入れられるんです、クロウさんが自分をただの実験台だと諦めてしまうなら私が言えることは有りません。でも、私は……そんなの嫌です」

「アキ……」

 まるで自分の事の様に落ち込むアキに、一人で育ってきたクロウは何を言えば良いのかまるで分からなかった。

 

 二人が話し終える頃にちょうど仲間達が揃う、一番最後はエッジだった。

 父親と喧嘩した直後のその表情は怒ってこそいなかったが険しい。

 彼は仲間全員に提案する。

「みんな、ちょっと気になる事があるんだ。シントリアに行って調べたい事がある」

 クリフがその言葉に早々に疑問を呈した。

「シントリア、ってあそこほとんど全滅だろ?」

 リアトリスも街の惨状を思い出して顔を曇らせる。

「そうだよ、あの街で無事なところなんて……」

 そこまで聞いて、リョウカもエッジ同様以前耳にした情報に思い当たる。

「――研究者の住宅街と、貴族街。二つは隣接してる……なるほど、ジェイン・リュウゲンがわざとそこを火の宝珠の攻撃対象から外したと考えたわけね、何か重要な研究データがあるから」

 エッジは頷く。

「『共生体(シンビオント)』の研究にリュウゲンが関わってると聞くまでは思い付かなかったけど、それならあそこだけ無事だったのも不思議じゃない」

 なるほど、と納得した様子でその意見に傾きかける仲間達の中で、ラークが一人反対の声を上げた。

「残念だけどそれは無駄だよ、その場所はもう随分前に僕が何度も調べた。火事が起こるよりずっと前にね」

「そんな……」

 アキが落胆の声をあげ、仲間達は落胆の空気に染まる。

 エッジはそれでも諦めなかった。

「それでも、どうしても調べたいんだ。ごめんみんな、何の確証も無いのにこんな事言うの自分勝手だって分かってるけど、それでも俺クロウと家族の話さっきのだけで全部だなんて思えない。リュウゲンの事も気になる……何より、俺の知ってるクロウは絶対そんなこと望まない」

 当事者のクロウは顔色を変えず、何も言わなかった。

 反対も賛成もしない彼女と同じ様に、他の仲間も声をあげない。

 硬直した空気を破る様にリアトリスが恐る恐る声を上げた。

「私なら、私なら何か分かるかもしれない……絶対とは、言えないけど」

 全員の注目を浴びた彼女はやや緊張した面持ちになり、クロウと目が合ってその目を伏せた。

 

 ―――――――――――

 

 ラーヴァンの背に乗って、エッジ達はシントリアを目指す。

「ラークがあっさり賛成するなんて思わなかった」

 エッジの少し嬉しそうな声に、ラークが答えた。

 風を切りながらなので会話は自ずと普段より大声になる。

「以前の僕の調査は僕一人でやったものだ、リアなら確かに何か見つけられるかもしれない」

 ほとんど人が居なくなったとはいえ、念の為ラーヴァンは郊外の森の近くに着地させる。

 エッジ達はそこから徒歩で、ほとんど城壁だけになってしまった街へと向かった。

 

 《崩壊した王都 シントリア》

 

 内部に入ってからリアトリスは真剣な表情でラークと二人きりで相談すると、クロウだけを連れてグレイス夫妻が住んでいたという家に向かおうとした。

 エッジも同行を申し出て、リアトリスがそれを承諾し三人で向かう事になった。

 街の中は火の宝珠が暴れ回っていた時の地獄の様な雰囲気は無かったが、代わりに元の昼の陽の中で見ると無事だった頃との落差を彼らに思い知らせた。

 そんな廃墟の中を、リアトリスは振りかえる事なく二人の先を脇目も振らずに進んでいく。

「リア、どういう事なんだ?リアなら分かる事があるかもって」

 彼女の様子は何処かいつもと違って、エッジは遠慮がちに声をかける。

 今に限らず、「クロウを殺してでも世界を救う」と宣言してからのリアトリスはクロウが傍に居ると何処か動きがぎくしゃくしていた。

「……私ね、厳密には深術士(セキュアラー)じゃないの」

 え、と深術士の中で育ってきたクロウが驚きの声を漏らす。

交深術士(コンパッショナイザー)って、本当はそういう呼び方するものなの。まあ、知らない人から見たらほとんど一緒なんだけど、詳しい人から見ると少し変わって見える事もあるからサーカスでは誤魔化す為に「魔術師」って紹介してたんだ」

 話しながら、三人はその家の前に辿り着く。

 やや、煤けていたもののその家は想定より立派な造りを保っていた。

 貴族街と同じブロックにあるだけあって、比較的王都では研究者の地位は高かった事を窺わせる。

 エッジとクロウの視線からその疑問に気付いたのかリアトリスが解説する。

「ジェイン・リュウゲンは元々『共生体(シンビオント)』や『刻印術式』の研究に協力的だったの。少なくとも十五年前の頃までは今みたいに開戦を強硬に推し進めたりしてなくて、エッジやクロウのお父さん達にも研究に専念できる環境を与えてたみたい。……全部ラークの話の受け売りだけどね」

 三人は扉を開けると家の内部に入った。

 明かりがない室内は真っ暗かと思われたが、先日の火災で空いたのか天井の穴から光の直線が差し込んでおり、その光景は何処か絵画的だった。

 空間は広く、一部屋で生活空間と研究スペースが一体となっていた様だ。

 壁はほとんど本棚が埋めつくし、広い机の上は雑然としている。

 奥に置かれた椅子かベッドかも判別出来ない様な器具を中心として、あちこち刃で切り刻んだかの様に損傷が酷い。

「で、どうやって調べるの――って、リアトリス?」

 然して興味無さそうに尋ねようとしたクロウは、リアトリスの顔を目にして動揺する。

 家に入るなり彼女は涙をボロボロと溢していた。

 クロウの反応に自分が泣いている事にようやく気付いたのか、リアトリスは慌てて涙を拭う。

「ごめん、急に。ただ、こんなの初めてだったから。この場所ほど強く人の感情が残ってるのを感じた事無い」

 二人はその言葉に困惑し、エッジがその意味を尋ねる。

「どういう意味だ?」

 リアトリスはそこにかつて触れた人の痕跡を確めるように、壁に手を触れながら言った。

「二人は疑問に思ったことない?私達人間がディープスを操れるのは何でなんだろうって……ううん、人間だけじゃなくて時には深術を学べない筈の他の生き物でもその力を扱えるのは何でなんだろうって」

 突然の質問に今まで何気なく深術を使ってきた二人は首を捻る。

「ディープスっていうのはね『属性』を司る元素なの。熱く燃える物、固くて丈夫な物、万物の在り方を決める元素は私達の中にもあって私達の『在り方』を決めるの……笑うこと、悲しむこと、怒ること」

 その説明はまるで――と思ってエッジは自分やリアトリスが何と呼ばれていたのかを思い出した。

「ディープスっていうのは『心』なんだよ。私達、(シン)の一族の交深術士(コンパッショナイザー)は心で術を制御するの。だから、本当に強い思いが込められた物からならほんの少しだけ感情を読み取れる……でも、そんなの稀だし読み取れるものがある確証なんて無かった」

 でも、とリアトリスは言葉を詰まらせる。

「ここには……ここには信じられない位に色んな思いが溢れてる、恐怖と、願いと、たくさんの愛情」

 最後の単語にクロウは顔を背けた。

 リアトリスは無言で目を閉じながら少しずつ壁や埃を被った本棚を辿っていき、何かを感じる事が出来ないエッジも手で本等の明確な情報を得られそうなものを中心に家の中を捜索し始める。

 クロウは二人の様に物には手を触れようとせず、ここが自分の家であった事を認めていないかの様だった。

 

 幾度も立ち止まり、戻りを繰り返しよほど集中力を使うのか時折強く瞼に力を込めながらリアトリスはゆっくりと感情の痕跡を辿る。

 その足は少しずつ家の奥へ、破壊の跡が残る方へ向かっていき、彼女は倒れた本の山を掻き分け始めた。

 慎重に一冊ずつ動かしていって、リアトリスはその中から目的の物を見つけたのか手を止める。

「これ」

 短く言って彼女が震える手で持ち上げたのは日誌か何かの様だった。

「これが一番、色んな思いが強い……何かあるとしたら絶対これだよ」

 クロウはそれでもまだ気が乗らない様子だった。

「良いよ、私字読めないし」

「俺も全く読めなくは無いけど、そういうちゃんとしたのは少し時間がかかりそうだな……」

 二人に代わってリアトリスが黒く変色した表紙を開く。

「『記録者 ガザニア・グレイス ACSS(海天歴)3627年 地の月 gran.6……もうすぐ私達の娘が生まれる』」

 エッジは微かに驚いた。

「リア、読めるのか?」

 彼女はページから目を離さずに頷く。

「私は心の一族の皆が教えてくれたし、勉強する時間もあったから……本の保存状態があんまり良くないから集中しないと間違えそうだけど」

 そう言いながらリアトリスは指でなぞりながら慎重に読み進める。

「『娘、と分かったのは今日の事だ。名前の候補をいくつかサシードと二人で考えた。二人の名前をとってサニア、シントリアの文化に(あやか)ってツバキというのも良いかもしれない、控えめな優しさや誇りを意味するそうだ。そういう優しい子になって欲しい』」

 クロウはそれを聞いて怒りを覚えた様に拳を握りしめる。

「もう良いよ」

 リアトリスが戸惑った様子で辿っていたページから指を離す。

 何故彼女が止めるのか分からなかったようだ。

 クロウは日記から目を逸らしたまま言った。

「名前見たでしょ?それは私の話じゃない、私を捨てた奴が何考えてたなんて……聞きたくない」

 続きを読み上げるべきかリアトリスは躊躇う。

 エッジがそんなクロウを説得するように、言った。

「ここまで読む限り、この人はちゃんと娘に愛情を持ってる人だったと思う。何か事情がある筈だ、それが何か分かるまでは読ませてくれないか?クロウが辛い様な事書いてあったら、すぐに読むのやめるから」

 クロウは反対せず、ただぽつりと一人言の様に呟いた。

「何であんたら二人とも……」

 エッジもリアトリスの横に並ぶと、拙いながらも一緒に読もうと彼女の指の先の文字を追う。

「俺にも見せてくれないか?リアほど速くは読めないけど、どんな事が書かれてるか注意する事くらいは出来ると思うから」

 リアトリスは拒まず、二人は慎重に文の続きを追った。

「『地の月 deas.15 ファタルシス諸島に落ちてきたという例の物体を見ることが出来た。これもジェイン家の協力あっての事、彼には感謝しなくてはならない。噂通り、あの物質は高濃度の闇属性の第三元素結晶だった。自然界であんなものが生まれたなんてとても信じられない。これが空から落ちてきた時には焔螺旋の様な光も観測されたという、まるで神話の再現だ。あの物質を私達の研究に使うことが出来るなら、ディープス結晶体の体積と深術の出力不足の問題両方を解決することが出来るかもしれない、もしそうなれば残る問題は被術者の身体の保護だけ』」

 文章の途中に出てきた単語にエッジは引っ掛かる。

「焔螺旋?それって確か……」

 聞き覚えがある言葉から知っている知識をたどる彼に、リアトリスが助け船を出した。

「そう、このアエスラングの大地とイクスフェントを繋ぐのは天を貫く焔螺旋だけ。だから十五年前のあの時、一瞬だけど焔螺旋は空に再生されたの……ほとんどの人は何かの見間違いとかだと思ったみたいだけどね、でもそれが落下した宝珠の欠片の調査のきっかけになった」

 なのに、とリアトリスは言葉を詰まらせる。

「この研究者の人達とジェイン・リュウゲンが調査した時点でもう宝珠は欠片だけになってた。闇の宝珠と一緒に消える寸前の焔螺旋に乗って落ちて来たラークはその時怪我でしばらく目を覚まさなくて、起きてから騎士団に入って王都の内部を必死に探してたけど見つからなかった。自分が意識を失ってる間に宝珠を失った事、ラークはすごい責任を感じてたみたい」

 それでか、とエッジは何となく納得する。

 初めて会った頃からラークが常にどこか焦っていた理由を。

 リアトリスは話しながらページをめくり、重要な所を抜粋して読んでいく。

「『火の月 seab.6 私達の娘が生まれた。綺麗な紫の髪をしている、その手は想像していたよりずっと小さい。これから私はこの子をちゃんと育てていけるだろうか、この瞬間にも「ここ最近動けなかった分の研究の遅れを取り戻さなければ」と考えている様な私に。私達夫婦はどうしようもない位に研究者だ、この子に何をしてあげられるだろう……。研究の事と言えば、インペルメアブル鉱石による例の黒結晶(見たままだが仮称としてすっかり定着してしまった為、(くだり)の第三元素結晶をこう呼称する)の遮断に成功した。まだまだ完成には程遠いが完成への道が見えてきた、私達の共生体(シンビオント)の研究が』」

 そこからまたかなりページを飛ばして、エッジとリアトリスは淡々と続く研究と日々の記録の中に小さな異変らしきものを見つけた。

 リアトリスがそこを読み上げる。

「『闇の月 neis.15 ジェイン・リュウゲンが黒結晶を渡せと言ってきた、サシードが跳ね除けたが彼は諦めた様子が無い。調査の頃から感じていた事だが、ここ最近の彼は何かおかしい。取りつかれた様に私達の手元にある黒結晶に執着している。もしかしたら、住居を変えた方が良いかもしれない、彼に見つからない場所に。共生体(シンビオント)の完成はあと少しだというのに』」

 そこから続く文章は、少しずつ様子が変わっていた。

 書きなぐりながらもある程度一定だった文字の列に乱れが、エッジとリアトリスからも見て取れる。

 ページをめくるリアトリスの手も緊張に震えた。

「『闇の月 neis.17 アルが……私達の仲間が、殺された。私達とリュウゲンの間に割って入っただけで……彼は、リュウゲンは明らかに人間では無い力を手にしている、まるで――正気を失った彼からこの子だけは守らなければ、まだ名前も付けられていない私達の娘。でも、どこへ逃げられるというのだろう……アルが稼いでくれた僅かな時間で』」

 次の日付は、同じ日だった。

 ひどく乱れた字は、もはや列をなしていない所もあった。

「『闇の月 neis.17 時間が無い、逃げる場所もない。サシードと二人で決めた……この子は、恨むだろう私達の事を、この子は苦しむだろう。それを分かった上でこんな重荷を背負わせようとする私達を……それでも、親はこの子が生きる事だけを望むのだ、身勝手にも……後出来る事はこれだけ、例え伝えられなくても、いつかこの子に伝わる様にこうして記録を残す』」

 次の文を口に出すリアトリスの声は震えていた。

「『この子の名前はクロウ』」

 クロウは目を見開いた。

「『どれだけ他人に嫌われても自分の為に生きていける様に。どれだけ疎まれても、逞しく生きていける様に、この名前に私達の願いを託す』」

 次の文章は初めて見る文字だった。

 ここまで一度もこの本に記録を書いていなかったクロウの父親の文字だった。

「『記録者 サシード・グレイス 私達は娘に黒結晶を埋め込んで共生体(シンビオント)にする。一度共生体(シンビオント)にしてしまえば、この子の命を奪う事は出来なくなる、無理に奪おうとすれば黒結晶は大気中に霧散する……これでリュウゲンがこの子を見逃してくれるかは賭けだ……それでも、私達は願う――何があってもこの子が、クロウが生きる事を』」

 そこで記録は途切れていた。

 後には白紙のページだけが続いている。

 エッジは何も言えなかった。

 クロウはもう日記の内容から耳を塞ごうとはしていなかった。ただ、感情を表情に出さないようにしながら呟く。

「……何だクロウって、本当の名前だったんだ」

 リアトリスは尚も必死な表情で、白紙のページの先に何か書かれていないかページをめくり続ける。

 最後のページまでめくり、何も書かれていないと分かった彼女はしばし呆然とした後、今度は再び周りの本の山をひっくり返し始めた。

 そんな彼女を、クロウは止めた。

「もう良いよ」

「良くない、まだクロウが両親を殺した訳じゃないって証明できてない。まだ、まだ見て無いものある筈。クロウが殺す訳無い。だって!」

 それでも手を動かし続けるリアトリスの手を、クロウは右手で掴んだ。

「どっちでも変わらないよ、私の両親は結局この力に殺された」

 クロウは言いながら自身の右肩を左手で押さえる。

「ここまで来たのに、ごめん」

 リアトリスは項垂れ、エッジは慌ててフォローする。

「リアのせいじゃない。クロウが殺したわけじゃないって俺が言い出したことなのに、証拠になる様なもの何も見付けられなかった……」

 謝る二人に対してクロウは首を横に振る。

 その表情は先程までより穏やかだった。

「ううん、私、……ちゃんと愛されてた……それが分かっただけで十分だから」

 だからもう良い、と微笑むとクロウはリアトリスに尋ねた。

「その日記、貰っても良い?」

 頷いてリアトリスは日記を手渡し、受け取ったクロウはしばしそれに触れていた両親の手を想像する様にその感触を確かめた。

「じゃあ、行こう。ここにはもう何もないよ」

 そう言って次へと気持ちを切り替えようとする彼女の表情に迷いは少しもなかった。


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