TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第六十七話 『共生体』

「何だい?話って」

 ラークを呼び出して、クリフは森の奥深くへと移動した。

 単に誰かに話を聞かれないためというにはあまりに長く歩いたが、クリフが自ら足を止めるまでラークは何も尋ねなかった。

「……まず、これ見てくれ」

 詳細な説明もしないまま、クリフはいきなり戦闘時と同じ青い光を纏う。

 普段は技を使うとき以外ぼんやりと靄の様に見えるその「気」の流れが、突風に散らされる雲の様に加速する。

「――はあっ!」

 クリフの気合いと共に、それは球形に変わると爆発し周囲の石を大小問わず吹き飛ばして、幾つかを空中へ巻き上げる。

 全周囲攻撃『発』――範囲と威力を併せ持ち、彼の技の中でも主力の技の一つだった。

 と、更に宙に浮いた小石の一つ目掛けてクリフが掌を突き出す。

「せいっ!」

 再びの彼の気合と共に、小石は粉々に弾け飛ぶ。

 武器破壊技『豪』、それを見たラークが微かに驚きを表す。

「その技、確か溜め時間が必要だった筈だよね?」

「ああ、普通はな……けど『これ』やってる間は違う」

 自分から溢れ出る『気』の奔流を示してクリフは言う。しかし、その強力な技を扱っているにも関わらず彼の顔は険しい。

 意を決する様に瞼を閉じて深呼吸すると、クリフはそのままもう一度技を連続して放った。

「『瞬』、『殻――」

 クリフの姿が一瞬ラークでも捉えられない程の速度で急加速し、直後に鎧の様に青い『気』で体を覆おうとして間に合わず樹に激突して崩れ落ちる。

 それと同時に彼の身体から溢れ出ていた光も空中に霧散する様に消えた。

「ぐっ、この……」

 全てを観察していたラークは何となくクリフの意図を感じ取る。

「確かに強力な技だね。で、今まで使わなかった理由はそれ?」

 クリフは痛みを堪えて勢い良く打ち付けた肩を自身の「気」で治療しながら、荒い息で頷く。

「ああ……一つ一つの技をきちんと制御できなくなる、加えてこの短時間だけで通常の数戦分体力を消費する」

「リスクと効果が見合わないか、確かにこれを実戦で無闇に使うのは自殺行為だ」

 でも、とラークは首を傾げる。

「どうして僕にこれを?」

 クリフは敵意にも似た張り詰めた表情のまま、その質問に答えた。

「この先敵はもっと強くなる……俺らの中で一番速いのはお前だ。自分の技も使いこなせないままの俺じゃ戦えない、これをきちんと使えるようにする為にお前の力を貸してくれ」

 相手の顔を睨みつけながら口にしたクリフの言葉の最後の方は頼みというより、半ば脅迫めいた強さがあった。

 ラークも以前殺し合った時と同じ様に、その視線を正面から受け止める。

 二人はしばしそのまま睨み合った。

「いいよ、仲間が強くなる事に不都合も無い」

 クリフは礼は言わなかった。

 代わりにただ軽く頭を下げ、話は終わりとばかりに来た道を引き返す。

 ハスレの町の外部へ戻った二人は他の仲間達からの報告を受けて、彼らと合流した。

 

 ―――――――――――

 

「この街、結構王都から離れてない?避難っていうには遠すぎる気がするけど」

 エッジの父が居ると情報が入った街は王都のかなり西、キーラー山脈の稜線の端に位置する高台の街だった。

「って、お前単に登るの疲れただけだろ?もう三回目だぞ、それ言うの」

「うるさい、体力馬鹿のあんたと一緒にしないでよ」

 クリフの指摘にクロウはむくれる。

 長い上り坂で彼女の息は明らかに上がっていた。

「もう良い、飛ぶ」

「「それは駄目」」

「合流する時に散々飛んだでしょう」とリョウカ。

「こんなに街に近付いたらもう飛んでもすぐ降りなきゃいけないからあんまり変わらないよ」とは、ラーク。

 仲間達から一斉に突っ込まれたクロウはそこまで反応が返ってくると思っていなかった様子でうっ、と詰まって弁明した。

「冗談だって……」

 はあ、とため息をついて歩き続けるクロウをアキが「元気出してください」と慰める。

 その間にも上り坂には終わりが見えてきた。

 

《臨みの街 ワニープス》

 

 坂を抜けて開けた視界の先にあるのは他の街からは見られない絶景だった。

 普段の高さであれば個人の視点から見られる景色には限りがある。比較的開けた場所でも一つの街の全景を見るのさえ困難だ。

 が、この街からの眺めは違った。

 遠く王都の焼け跡から、周囲の街へと網の目の様に広がっていく街道から、隣の街へ続いていく様までが立体的な地図の様に一望できる。クリフ達のセオニア大陸ほど緑豊かではないものの、地形の高低差と発展した交通網はまた別の魅力があった。

 確かにこの街であれば避難先としては遠くても、静かで研究などには邪魔は入らないのかもしれなかった。

「エッジのお父さんが住んでるって噂があるのは街のはずれの方の空き家だよ」

 いよいよ父と対面するという段階になって、エッジの足取りは重くなっていた。

 

 リアトリスに案内されるまま歩き、目的の家に着いた時にはエッジはルオンと共に全員の最後尾に居た。

「ごめん下さーい」

 リアトリスの挨拶に、低い男の声が答えた。

「誰だい、君は……リアトリス?驚いたな、トレンツによく遊びに来てくれていた頃以来だな」

 話しかけてきた少女の姿に男は目を丸くする。

 年齢は四十代程、飾り気の無い茶色のコートに、くすんだ茶色の髪。

 疲れている様に見えるその男の髪は、確かに「心」の一族のリアトリスの様な明るい色の髪と間を取るとエッジの様なくすんだオレンジ色になりそうだった。

「お久しぶりです、ハーディロン」

 丁寧に声をかけて来たラークの姿に、エッジの父は驚きのあまり手に持っていた本を机に置くと慌てて玄関まで進んで来た。

「ラーク……テンネシア、君は年を取らないのか?何故ここに――いや、待ってくれそこに居るのはエッジか?」

 最後尾に居ても父からは隠れきれなかったらしく、ハーディロンは息子の姿に気付いて言葉を失う。

「あ……と、父さん」

「エッジ、シントリアの火災には巻き込まれていなかったんだな!ブレイドから話は聞いている、お前の立場は確かに厳しいものになったが大丈夫だ。お前を死刑台送りになどさせるものか」

 どう接していいか分からないエッジが戸惑う間もなく、父は安心した様子で息子の肩をしっかり掴んだ。

 と、何気なくエッジの仲間達に目を向けたハーディロンの視線がクロウと合う。

 クロウの方はやや鋭い目で相手を観察したがすぐに目を逸らした。が、エッジの父の方は彼女の存在が何か引っかかる様子で眉にしわを寄せる。

 再会の喜びが去って落ち着いたのか彼は注意深くエッジの他の仲間達にも目を向け、感情を感じられないルオンの存在や、ジェイン・リュウゲンとタリア・キサラギの娘達まで居る事に気付いて不穏な気配を感じた様だった。

「聞きたいことがあるんです。人の体内に大量のディープスを埋め込んだ時起こる事について」

 ラークが本題を切り出す。

 ハーディロンの表情は一気に暗くなった。

「……そうか、そこに居るのが手配犯のクロウか。私の専門分野は『刻印術式』あくまで埋め込むのは術式だ、悪いが力になれそうに無いな。エネルギー源たるディープスを人体に埋め込む研究は私の専門じゃない、その分野の第一人者はもうこの世に居ない」

 思わずアキの口から驚きの声が漏れた。

 ハーディロンの表情が不信感から、何かを悼むものへと変わる。

「『共生体(シンビオント)』、それがあの夫妻が生み出す筈だったものの名前だ。人の身体に高濃度の第三属性元素ディープスを埋め込む事で、限られた人間しか扱えない深術を誰もが使えるようにする……そう、そうなる筈だった」

 そこで一度彼は言葉を切る。

「あの二人が最初の実験体とした実の娘に殺されなければな」

「娘に殺された?……そんな、その人は実の親を殺すなんて何でそんな事を」

 リアトリスの言葉に答える様にエッジの父は右手を上げると、クロウを真っ直ぐに指さした。

「世界で最初にして唯一の『共生体(シンビオント)』。お前がグレイス夫妻を、お前の両親を殺した」

 沈黙が降りる。

 ショックを受ける仲間達は彼とクロウを見つめたが、当のクロウはこれと言った反応も示さずに顔を伏せたままだった。

 皆が口を開くのをためらう中でエッジが父の言葉に反感を顕わにした。

「待ってくれ、クロウが殺したなんて何で断言できるんだよ。俺達の仲間に、順序立てた説明もなくいきなりそんな事を口にしないでくれ」

 息子の反論にハーディロンは一瞬戸惑った様子だったが、すぐに厳しい表情で言い返す。

「状況から考えれば明らかな話だからだ。その娘にディープスの移植手術が行われた直後、グレイス夫妻は死んだ。現場の破壊の痕跡は『共生体(シンビオント)』の力が振るわれたものに他ならなかった」

「そんなの、ほとんど事故じゃないか!クロウが自分の意思で引き起こした事じゃない」

「それはあり得ない、その少女は自分の意思で両親を殺――」

「――良いよ、エッジ!」

 言い争う親子を、クロウが止めた。

 一瞬、思わず二人は黙る。

「……良いよ、別に。私の両親は自分の子供を実験台に使う様などうしようも無い人間で、その娘も人を平然と殺す様な人間だったから夫婦そろって自業自得で死んだ……それだけの話だよ。こんな人殺しの話より大事な用事があった筈でしょ、居ると邪魔なら私は出てくから話を続けて」

 彼女はそう言うと仲間達に背を向けて、逃げる様に走って外へ出て行った。

「クロウ!」

「追うな、エッジ」

 引き止めようとする息子の腕をハーディロンが掴んだ。

 エッジは反感を覚えた様子だったが、黙ってそれを振り払うに留める。

 

 一度途切れてしまった本筋に戻す為にラークが質問を替える。

「専門では無くても、近しい分野の研究の筈ですよね。グレイス夫妻と親交もあった筈です」

 それを指摘されると痛いらしく、ハーディロンの表情はなんとも言えないものになった。

「ああ確かに……私の『刻印術式』は深術をきちんと学んだ事のない人間でも術を使えるようにする為のもの。体内に埋め込んで機能させる事も、誰もが深術を簡単に扱える様にするという目的に於いても、私達は非常に近しかった。だからあの事故以来研究する者がほとんど居なくなった『共生体(シンビオント)』の研究者の代わりに、ジェイン・リュウゲンは私を辺境から呼び寄せた」

「ジェイン……?」

 予想していなかったその名前に、アキとリョウカが反応する。

 当時の事について彼の説明は続いた。

「事故から数カ月が経っていたが私は彼に、さっきの娘の状態の検査を依頼された。正直戦々恐々だったが調べてみてはっきり分かったよ。彼女の身体の中の闇のディープスは完全に彼女のコントロール下にあり安定している、彼女の意思と関係なく暴走する事などあり得ない。あの子供は間違いなく自分の意思で両親を殺している」

 ハーディロンは質問をしてきたラークの顔を見てしばし考え、それから諦めた様にため息をついた。

「シントリアに越したばかりの頃、騎士だった君には随分世話になったな。今ブレイドが騎士になれたのも君の指導があったからこそ……どこまで力になれるか分からないが良いだろう、何が聞きたいんだい?」

 ラークは気にする様子もなく、軽く微笑むと簡潔に尋ねた。

「『共生体(シンビオント)』になった人間の意識が、埋め込まれたディープスの側に乗っ取られたんです。何が起きたのか分かるかな?」

 ふむ、とハーディロンは考え込む。

「先程も言ったが、彼女の身体の中のディープスのバランスは安定している。インペルメアブル鉱石という特殊な鉱石で被験者の意識はディープス集合体の意識から保護されいるから本来はそんな現象はあり得ない」

 が、と彼は付け足した。

「――浸食(カロード)、被験者側がその保護を破って意図的に力を強引に使い続ければ意識の逆流が起こる可能性はある。それが何かのはずみで行き過ぎれば『共生体(シンビオント)』の『過剰浸食(オーバーカロード)』が起こって、被験者とディープス集合体の意識が逆転する」

 つまり、とエッジが呟いた。

「……今までの力の使いすぎで、クロウは身体をラーヴァンに乗っ取られる様になったのか」

 ラークは続けて聞く。

「制御する事は可能なのかな」

「一度そうなってしまうと難しいだろう、被験者を保護する鉱石自体はカースメリア大陸で採れるが『共生体(シンビオント)』の手術を行える技術者はグレイス夫妻だけだ」

「その鉱石の事とか、もう少し詳しく教えてくれるかな」

「メモを作ろう、少し待ってくれ」

 

 ―――――――――――

 

 面識があったらしいラークが代表してエッジの父から細かい説明を受け、その間ずっとエッジは父から距離を置いていた。

 用事が全て済んだ段階になり仲間が次々礼を言って家から出ていく段階になって、エッジはようやく父と対面した。

「一つだけ言っておく……エッジ、あの娘は悪魔だ。このまま関わり続ければいずれお前の身を滅ぼす」

 エッジは父の言葉を無視して、兄の事を尋ねた。

「ブレイドの肩の『命令刻印術式』、作ったの父さんだって聞いた。外せないのか?」

「……あれは少し特殊な改良を施してある、何もせず旧型の危険な爆弾紛いなものを付けさせる訳にはいかなかったからな。『ブレイド自身が国の為』と信じている行動をする限り作動する事は無い。が、それでも危険な術式には変わりないし止めるのは困難だ。半径二㎝の中心点のみを機能停止させれば止まるが、それ以外の部分は無理に刺激を与えると回路が作動して爆発する」

 本当はそんなものを埋めたくは無かったのだろう、エッジの父は苦渋の決断を未だ後悔している様だった。

「ブレイドも心配していたぞ。あいつはお前の為に全てを捨ててまで助けようとしている」

「大丈夫、ブレイドの事は俺に任せてくれ」

 父の表情が叱ろうとする様に、罪悪感を感じている様に複雑に歪む。

「エッジ、ジェイン・リュウゲンの圧力に応じてファイスとお前を置いて行った事、すまないと思っている。それでお前を孤独にしてしまった事も……だが、その為にお前は変わってしまった、ブレイドもだ。そんな風にお前達兄弟が命を賭ける必要は無い」

 エッジはその制止には応えなかった。

 代わりに、決意を固めた表情で父の目を見据える。

「心配しないでくれ……父さん言ったよな、クロウの両親と親しかったって。クロウも、その娘の彼女も優しい子だよ、俺がそれを証明してみせる。クロウの事も、ブレイドの事も皆俺が助けるから」

 そう言って微かに微笑むと、エッジは父の制止を振り切って仲間達の後を追った。


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