TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第六十六話 本能共鳴技

《王都へ続く街 ハスレ》

 

 二大陸を統べるアクシズ=ワンド王国、その中心である王都シントリアは高い城壁に囲まれていた。

 そうして人の生活圏とモンスターの生活圏とを隔てなければ、都市機能を維持できないからだ。

 特にここ十数年程で凶暴化した動物――モンスターの数は増加傾向にあり、きちんとした城壁を維持できない漁村トレンツ等の田舎では村を守るための狩人や賞金稼ぎ、といった何らかの自衛組織が必須だった。

 王都のすぐ隣であるこのハスレも例外ではなく、王都より街の規模そのものが小さい為一回りサイズは落ちるもののちょっとやそっとで乗り越えられそうに無い城壁で囲まれていた。

「すごい人だな……」

「シントリアから避難して来た人達をまだ収容しきれてないんだね、多分貿易の中継地のブストルの方も同じだよ」

 人込みの中でどうにかはぐれない様、門を目指しているのはクリフとラークの二人だった。

 それ以外の仲間達も手分けして、シントリアから順に最も近いハスレ、ブストルそしてその周辺の街――とエッジの父ハーディロン・アズライトを探している。

 その中でラークは特に気にする様子も無く淡々と役目をこなしていたが、クリフは今ひとつ集中できていない様子だった。

 そんなクリフを見ていたラークは不思議そうに尋ねる。

「どうして僕と組むなんて言い出したんだい?」

 クリフはすぐに答えなかった。ここに来て自分達の並ぶ審査待ちの列の先頭に目を凝らし時間を気にする様子を見せるが、彼にとっては残念ながら遅々として列は進む様子が無い。

 仕方なく、クリフは目を合わせないようにしながらラークに質問した。

「……何で、アキちゃんやリョウカが同行するのには反対しなかったんだよ」

 ラークはその言葉に苦笑いする。

「質問してるのは僕なんだけど」

 クリフはその力の抜けた様子に対し、むっとした顔で返す。

「良いから答えろよ」

 そうだね、とラークは少し真剣な表情になって顎に手を当て考え込む。

「前にも言ったけど反対する理由が無かった。リスクがあるとするなら彼女達が僕らの戦いに巻き込まれて命を落とす事だけど、あの姉妹はそれを分かっている。仮にも家族であった人間が関わっていた事だから他の人間の手だけに任せるのは嫌なんだろうし……その命がけの覚悟に口を出すことなんて無いよ」

 その返答にクリフの表情はますます険しくなった。

「俺の事も、信用してないんじゃないのかよ。敵だったんだぞ」

「でも、今は仲間だろう?」

 脱力したまま首を傾げるラークに、クリフは反射的に声を荒げた。

「何でお前はそんな風に当たり前みたいな顔して……仲間殺された事忘れてねえ俺が馬鹿みたいじゃねえかよ!」

 彼の大声に周りの人々が一瞬静まり返り、それからクリフの殺気すら放つ表情を見て再び目を逸らす。

 ラークは周囲の人々に笑みを振りまいて自分達が危険ではない事をアピールした。クリフも流石に一度大声を出して冷静になったようで、深呼吸をする。

 その上でなお自分を気遣う様子さえ見せるラークに対して、クリフは一番最初の質問の答えを口にした。

「……頼みがあるんだ、お前に。ちょっと時間良いか?」

「良いよ」

 クリフの真剣さを感じ取って、ラークもここまでハスレの街へ入る為に並んだ時間を放棄する決断で答えた。

 

 ―――――――――――

 

「何なのよ、多すぎ――ブラッディハウリング!」

 クロウの放った魔狼の群れが、止めどなく襲い掛かってくる人に似た形に進化した鳥型モンスター、ハーピィの群れを瞬く間に蹴散らす。

 その視界を埋め尽くす攻撃の隙を突いて、物量で術の隙間を運良く掻い潜った固体がクロウへと飛び出してきた。

扇氷閃(せんひょうせん)

 盾となって前に立っていたアキより、クロウが次の術で咄嗟に反応するより早く、青い矢が次々にそれを貫き、三本目でようやくハーピィは動かなくなった。

 クロウは油断無く押し寄せる敵を警戒しながら、その矢を放った彼に礼を言う。

「助かった、ルオン」

「いいよ」

 ルオンは無表情に次の矢を番え、周囲を見回す。

「この数……さっきの固体はリーダー格だったのかもしれません。取り逃がしてからの襲撃の数が異常です」

 ブストルへと向かうチームはアキ、クロウ、ルオンの三人だった。

 突然仲間に加わると言い出したルオンをすぐには信用できないというリョウカとラークの言葉から、クロウが彼と組む事を名乗り出てそれを追う形でアキが加わり三人で行動している。

 リョウカはこれに多少反対意見もある様子だったが前衛後衛戦力のバランスを考慮しても比較的バランスの取れた編成だったため代替案も出ず、結局妹のアキの説得に折れる形で彼女もこの三人での行動を認めた。

 

 その三人は突然現れた他よりも二回りも大型のハーピィの襲撃を一度受け、クロウのブラッディランスでこれを退けたものの、幸か不幸か直撃なら一撃で仕留めていたであろうその一撃はその威力ゆえに掠り傷でも撤退の判断をさせてしまった。

 それからまだ一時間も経たない内にもう三度、同型のモンスターの群れに三人は襲われていた。

 クロウが考え込む。

「それにしたって、あまりに襲われるから街道に移動したのにこんな人の出入りが多い場所まで群れで来るとかいくらなんでも好戦的過ぎない?」

 このモンスターたちの行動は明らかにおかしかった。それに強さも以前と比べ物にならない。

 ルオンの矢の直撃を三本も束ねてようやく仕留められる等考えられない事だった。

 アキが推測を口にする。

「カンデラス火山から火の宝珠が離れた事と、先日の光の宝珠を使った事で大気のバランスが一層乱れてそれがモンスターの凶暴化を招いているのかもしれません」

 クロウが驚く。

「こんな急に?」

「……十五年前、確か闇の宝珠が持ち出されたのがその頃だとリアさんは言っていました。そもそも凶暴化したモンスターの数が増えたのもその頃です。前例があるなら、環境の変化に順応しようと生物が変化する事自体はそれほどおかしな事ではありません。より過酷な環境なら……より強く凶暴になるのは」

 その推測にアキとクロウの表情が暗くなる。

「今まではあんまり実感なかったけど、思った以上に世界のディープスのバランスってやつまずい状態なのかもね」

 クロウは言いながら、自分の服の上から右肩をなぞる。

 と、反応を示さず黙って聞いていたルオンが素早く顔を上げた。

 大気を切り裂く悲鳴にも近い声、叫び。

 それが前後同時だった。

「まずいです、クロウさん!」

「くそっ、挟まれた……!」

 三人が気付くのは少し遅かった。

 前面からはアキへと二体のハーピィが。

 そして、辛うじて背面をクロウが振り返ったときには、もう先ほど取り逃がしたボスの猛禽類のような鉤爪が彼女へと振り下ろされるところだった。

 クロウは咄嗟に手に握り締めていたスローイングダガーと、空気中の闇属性の残存ディープスで(ディープス)RC(リコレクト)変化を放とうとした。

 その瞬間、クロウは今まで感じた事の無い感覚を感じた。

 時間がスローモーションで流れる様な感覚、そして。

「え――?」

 背後にいるアキの動きが手に取るように分かる感覚。

 それと同じものをアキも感じていた。

 闇属性のディープスを集束していたクロウの武器からアキの明の天傘へと光が流れ、アキの武器にも空気中から闇属性のディープスが集束される。

 二人はそれに導かれるように感覚のままに動いた。

黒龍(こくりゅう)

「――雨林弾(うりんだん)!」

 クロウが敵とは無関係な真上へスローイングダガーを投げる。

 それを、アキの傘の先端から放たれた闇のディープスが捉える。アキはクロウが動き出すより早く『既にそのダガーに狙いを定めて』いた。

 まるで海栗の針の様に、その一点から無差別な鋭い黒い針が降り注ぐ。

 前後から挟撃してきたハーピィは断末魔の声をあげながら、縫い付けられるように地面へと落ちた。

 アキが真上を向けダガーを打ち抜いた傘はそのまま三人を黒い雨から保護する。

 全ては一瞬のことで、ルオンも、それを実際にやったクロウとアキも何が起こったのかわからなかった。

(何……今の?いつもの(ディープス)RC(リコレクト)変化と違う、武器からアキの意識が流れ込んでくるみたいな……)

 クロウは力を失って本物の羽根の様に空から手元に落ちてきた、それを模したダガーを見つめ、ようやくモンスターの群れの脅威が去った事も忘れてしばし立ち尽くす。

 アキも同じ様に自身の武器に異常が無いか点検する。

 ルオンは相変わらず無表情のまま、二人に代わって周囲を警戒する。

 そんな三人に呼びかける声があった。

「おーい、みんな大丈夫?」

 手を振りながら近づいて来る声の主に、今まであまり反応を見せなかったルオンが微かに感情を表に出す。

「……リアトリス」

 明るい少女はローブを揺らしながら近付いてくると息を切らせながら、今しがた戦っていた三人の身を順に案じた。

 その後ろには彼女と行動を共にしていたエッジとリョウカの姿もあった。

「怪我してない?治せない傷があったら言って、すぐに治すから」

 アキは一先ず今あったことは棚に上げて笑顔を見せ、ルオンはリアトリスと目が合うと何処か居心地悪そうに目を逸らした。

 クロウがリアトリスの行動を遮って尋ねる。

「大丈夫、それより聞きたいことがあるんだけど」

 微かに目を伏せてリアトリスはクロウに触れようとした手を引っ込める。

「あ、ごめん……な、何?」

 気を取り直したように表情を取り繕うリアトリスに、クロウは一瞬複雑な表情をしたがそれは追及せず今しがた起きた出来事を説明した。

 

「武器が……?」

 エッジはクロウから手渡されたダガーを観察する。

 特に変わった所はなく、使い古された武器はきちんと空を裂くいつも通りの形を保っていた。

 クロウの言った様な「他人の意識が流れ込んでくる」という感覚も無い。

「うん、多分宝珠が座を離れた事がもたらした環境の変化だね……少なくともモンスターの凶暴化の方はほぼ間違いなく。世界全体のバランスが崩壊に近付いてるんだよ、生物全てがその環境に順応しようとしてる」

 リアトリスがアキの仮説を肯定する。

 ダガーを見つめながらリアトリスの言葉を聞いていたエッジは、考えながらそれを纏めている様にゆっくり口にする。

「生物全て……こうは考えられないかな、俺達人間は基本的に弱い種族だ身体能力だけならとても野生動物の進化したモンスターには敵わない。武器やディープスを扱ったり、協力する事でようやく戦えてる」

 だから、とエッジはダガーをクロウに返す。

「もし、環境の変化が「全ての」生物に影響を与えているなら……俺達が受けた影響がこれなんじゃないか?」

 この手の考察には興味があるのかリョウカも腕を組み、肘に手を当ててエッジの言葉を反芻する。

「生物としての防衛本能の共鳴、群れとしての機能があまり無い人間の進化の方向性としては妥当かもしれないわね。……本能共鳴技(インスティンクティブ・リンクアーツ)とでもいうわけ?突飛な発想だけど父が研究者なだけあるわね、あなたにも素質があるんじゃない、エッジ?」

 感心した様なからかう様な中間のニュアンスでリョウカがエッジに微笑む。

 そういえば、とアキが気付いた様に合流して来た三人に尋ねる。

「合流予定より早いですよね、エッジさんのお父上は見つかったんですか?」

 そうそう、とリアトリスが肯定する。

「エッジのお父さんらしき人が見つかったって心の一族の皆から伝言があったの」

 アキがそれを聞いて嬉しそうに胸をなで下ろす。

「よかったですね、エッジさん!お父上が無事で」

 エッジはまるで自分の事の様に喜ぶ彼女の様子に一瞬戸惑うが、先日の火災で彼女が実父を亡くしている事を思い出した。

「あ……うん、そうだな。無事で良かったと、思う」

 曖昧な返事をするエッジにクロウが横から突っ込む。

「あんまり嬉しくなさそうね、会いたくないの?」

 アキの様子を気にして、エッジは慌てて否定する。

「いや!そういう訳じゃない!……ただ、父さんの事は全然思い出せてないから、会ってどうしたら良いか分からなくて」

 リアトリスがそんなエッジを励ます。

「大丈夫、エッジならきっと大丈夫だよ!家族なんだし」

 楽観的な彼女とは対照的に、リョウカが横から冷やかに口をはさむ。

「そういう無責任な発言は良くないわよ、家族だから複雑な場合だってあるでしょう」

 指摘されたリアトリスは少々気圧された様子で一時口をつぐむが、すぐに言い返す。

「それは……確かに、そうかもしれません。けど、毎回不安にさせる様な事言うのも良くないじゃないですか」

「全員お気楽過ぎるのも困るでしょう、良いのよ一人位こうでも」

 

 喧嘩している様な、リョウカが適当にからかっている様なやりとりをしながら二人は先に歩きだし、アキもそんな姉を止めようと慌てて後を追う。

 残ったクロウは、エッジにやや躊躇いがちに声をかけた。

「この前の事だけど……」

「え?」

 エッジは一瞬どの事だか分からず聞き返す。

 クロウは目を合わせずに補足した。

「レパートと戦った時の事、私は自分の姿勢を変える気無いよ。エッジやアキや、仲間が殺される位なら私は例え子供でも敵を殺す」

 エッジは黙った。

 ただ、とクロウは付け足す。

「でも、エッジが自分でどうにか出来るなら、私もそこまでは手を出さない。だから、」

 そこで初めてエッジの目をまっすぐに見て、クロウは言った。

「早く強くなってよ、エッジ――待ってるから」

 それが先に歩いているという意味か、エッジの成長をなのかは分からなかったが、エッジは口元に笑みを浮かべながら頷いた。

「ああ、勿論」

 決意を新たにし仲間達の後を追おうとしたエッジはふと自分をずっと見つめている視線に気付いて、共に最後まで残っていたルオンに尋ねた。

「俺がどうかしたか?」

 ルオンは感情の読めない瞳でエッジの顔を穴の空く程見つめながら質問した。

「いつもこう?」

「何が?」

「エッジの周りは女の子ばっかりなの?」

 今更ながらその事実に気付いたエッジが顔を赤くして停止している間に、ルオンはすたすたと彼女達の後を追って行った。


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