TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第六十四話 凍った記憶

「セッシブバレット!」

「エッジ、クリフさん、ラーク下がって!」

 レパートの『銃』の攻撃を前にしてリアトリスは防御手段を持たない三人を、自身の展開した光属性の障壁で守る。

 銃の攻撃は虹色の光の軌跡を空中に残し、見たところ深術の一種の様であったが威力自体は防げない様なものではなかった。

 しかし、

(攻撃が小さすぎて見えない……!)

 クロウは苛立つ。

 リアトリスとクロウは深術障壁を展開する事で身を守っていたが、同時にその状態では敵の二丁の拳銃の銃口を見定める事が出来ず、エッジ達は反撃できずに居た。

 ただ一人、アキを除いて。

「裂駆閃!」

 突進と防御を同時に行うアキの『明の天傘』の攻撃に銃弾を弾かれ、レパートはやむなく回避し彼女の側面に回りこむ。

「いくらその武器が丈夫でも隙だらけだぜ!」

 アキは自分に向けられた銃口を横目に見て即座に反応する。

「飛天翔」

 上空へと飛び上がったアキを捉え損ね、レパートの銃撃は空を切った。

「チッ、うざってえ!」

 レパートは空中で静止した彼女へ銃口を向け、彼女もまた傘の先端をレパートへ向ける。

「ツインバレット」

「落花散!」

 一直線に急降下した明の天傘の一撃に、深素銃「始」の攻撃は軽々と弾かれた。

 それによってレパートはバックステップしながら再び回避を余儀なくされる。

 苛立ちを露にしながら、彼は再び技の直後の隙を突いてアキを狙う。

 流石に急降下の着地の直後では動きが一拍遅れ、アキは自分に向けられた銃口から何とか次の敵の動きを予測しようと睨む。

 と、その両者の間にリョウカが割って入る。

「蝶旋舞」

 突進した彼女の周囲をくるくると回転する宵の地衣が、アキを狙ったレパートの攻撃を弾き飛ばす。

 アキはリョウカの行動に微かな驚きの声を上げた。

「姉さん……!」

「何も攻防一体の武器は、トウカだけじゃないわよ」

 そう微笑んで、リョウカは再び蝶旋舞で体の周囲を布で守りながらレパートに突進する。

 姉妹の直線的な攻撃の連続で回避を強要され続けるレパートは、今度はリョウカの背後から彼女を狙った。

「後ろ貰ったぜ」

「馬鹿ね、定形を持たない守りが宵の地衣の真価よ」

 余裕を見せながら背中を見せたまま言ったリョウカの周りで衣は即座に方向を変え、繭の様に彼女を包んでレパートの銃から放たれた虹色の光を弾き飛ばす。

 リョウカの武器の方向転換の速度はアキのそれを上回っていた。

 しかし、アキは自分を庇う様に突進してきた姉の行動にやや焦った様に声をかける。

「下がってください!」

 リョウカの武器は全周囲をカバーするがそれは完全ではない。布同士の間には若干の隙間がある。

 限りなく点に近い銃の攻撃に対してリョウカの武器がそれ程相性は良い筈は無く、彼女の「余裕」はそれを誤魔化す為のものでしかない事にアキは気付いていた。

 が、リョウカはそんな妹の言葉に皮肉めいた笑みで返す。

「なら、あなたも下がりなさい。明の天傘の大振りな攻撃だけじゃ危険すぎるわ」

 そう口にするリョウカの脇を、銃の光が防御をすり抜けてかすめる。

 少しコースがずれていれば、彼女の身体は撃ち抜かれていただろう。

「――守ると言ったでしょう、命に代えてでも」

 その目に退く意思は微塵も無かった。

 

「くっ!」

 エッジは二人が敵のペースを崩したのを見てリアトリスの光の障壁から外に出て攻撃に移ろうとするが、的確なレパートの牽制に阻まれ再び壁の内側に引っ込むのを余儀なくされる。

 レパートが両手に持つ二丁の未知の武器は防御の固いアキとリョウカにこそほとんど実力を発揮していなかったが、その連射と攻撃範囲は凄まじくエッジはおろか、ラークとクリフも下手に動けずにいた。

 レパートは感情的な態度とは裏腹にアキやリョウカに突進される度、無駄撃ちをせずエッジ達の方に牽制射撃を行っている。

 それに加えてレパートは初級程度ではあるものの、風属性の深術ウィンドエッジを詠唱破棄してエッジ達の隊列を崩しに来ており、エッジ達はその度一度回避して再び彼の射線から逃れなければならなかった。

 エッジとクロウも壁越しに深術で反撃するものの、アキとリョウカを巻き込まない様にしながら障壁越しの限られた視界で放てる深術では決定打にならなかった。

 かといって、二人が前線で戦ってペースを崩してくれて互角の状況では安易に二人を下げる訳にもいかず、人数差にも拘らず戦況はこう着していた。

(お互い決め手が無い……このままじゃ)

 エッジは焦りを募らせながら、僅かな変化や隙も逃さない様に必死に状況を観察し続けた。

 

 ―――――――――――

 

 戦いの気配に目を覚ましたルオンは青い弓を掴み、治療されていたサーカスを抜け出して無言で森の中を進んでいた。

 狙撃手である彼は地形等から大よその戦場の当たりをつける事には慣れていた。

 ルオンは右目の周囲にごく小規模の深術を使い氷でレンズを形成すると、すぐに戦況を把握した。

「……長距離」

 呟き、ルオンは手袋越しの自分の弓に氷のディープスを集束する。

 瞬く間に、武器は素手で触れれば肌が張り付いてしまう程の超低温状態に突入した。

 弓そのものに氷のディープスを集束しても矢に何らかの効果が現れる訳ではない。

 これは、弓の性能を引き出す為のものだった。

 弓は温度変化に影響されやすい武器であり、季節によってもその性能が変化する。

 夏場であれば本来の性能を発揮することは困難であり、冬場にこそ弓は最大の威力を発揮する。

 そして、真冬より更に低温の状態でなら……。

 勿論普通の弓なら耐えられない。しかしルオンはそれを自身の得意とする氷の属性と、専用の武器で可能にしていた。

 ――耐冷弓「フレキシブルスナイプ」。

 本来であれば耐えられない程の低温状態に置く事で通常時の倍以上の射程距離を発揮するその武器を構えて、彼は淡々と仲間を助ける為に狙いを定めた。

 

 『流連』のレパートが敵と交戦しているのを確認し、彼と乱戦を繰り広げる二人の少女を確認し、障壁の内側で援護をしているオレンジの髪の少女、リアトリスの無防備な背中に視線を移した所でルオンの狙いは止まる。

 戦況を見て、一番狙いやすいのは間違いなく彼女だった。

 ルオンの中で幾度も『厳岩』のバルロに言われた言葉が蘇る。

 

 

「サポートの後衛も重要な戦力だ、前線で戦うものだけでは戦いは立ち行かない。常に敵の後衛に注意し、味方の後衛を守れ」

 

 

(……何でそんな事)

 それは、ルオンが後衛を欠いた戦いの後に改めて弓を使い始め、躊躇い無く人を射る様になった頃に言われた言葉だった。初めて仲間を、レインを失った時に。

 名前の無かった彼の、姉同然だった彼女を。

 同時に連れて来られた日、同じ白い髪だというだけで一緒に扱われた彼女。

 雨が降っていたから「レイン」と名づけられた彼女と、ただ適当にそれに合わせて「ルオン」と名付けられた彼自身。

 何の意味も無い名前でも、彼にとってそれは姉弟の絆同然の大切なものだった。

 遠い日、恐怖で震えた彼の手を握ってくれた彼女。

 うなされた時、側に居てくれた彼女。

 彼が守りたくて、守れなかった仲間。

 

 

「僕は……仲間を、守る」

 放たれた矢は木々の間を抜け、放物線を描いてまっすぐにオレンジの髪を捉えた。

 

「……え?」

 リアトリスは自分の髪を数本裂いて横をすり抜けていった冷たい風に振り向くが、背後には立ち並ぶ木々だけで誰も居なかった。

 直後、前方から上がった小さな悲鳴にリアトリスは慌てて視線を目の前の敵に戻す。

 

 矢が掠ったレパートの左手の銃が動かなくなっていた。

 彼は狂った様に引き金を引くが、その銃は一切反応を示さない。

 目に見えて焦る彼に向けて、更に立て続けに矢が降り注ぐ。

 それを必死に避け、残った右手の銃で撃ち落しながら彼は吼えた。

「くそっ、あいつ的の判別も出来ねえのかよ!」

 クロウもそれを行っている人間に気付いて、彼の名を口にする。

「ルオン……?」

 

「ぐあ、ぅ!」

 隙が出来たレパートの脚をエッジの放った魔神剣が捉え、レパートは立っていられなくなり屈み込む。

「くそ、負けるか!」

 レパートは詠唱破棄した深術をアキに向け、彼女一人に的を絞って攻撃した。

「あ、っ!」

 体勢を崩された状態で銃の攻撃を腕に受け、アキの左腕から血が飛ぶ。

 それを見たクロウの目の色が変わる。

「俺だってクローバーズなんだ、敵を倒して俺の力を証明してやる!」

 リョウカが割って入ろうとするのも間に合わ無かった。しかし、アキの額に向けて放たれた銃の光は、唐突に上から降ってきた黒い霧に吸い込まれて消える。黒い霧は一つではなく、四方向からレパートを飲み込むように頭上から降ってきた。

「……あんた、もしかして命令受けてないの?自分が殺したいから殺そうとしてるだけ?」

「何だ、何だよこれ!何で銃が効かねえんだよ!」

 レパートがパニックを起こして乱射した光は、黒い霧を貫通する事も出来ずに飲み込まれていく。

「そんなに殺し合いがしたいなら、望み通りにしてあげる――マーシレススパート!」

 クロウの声と共に、黒い霧がその密度を増した。

 膨れ上がった雷雲の様なそれに隠れて、瞬く間にレパートの姿はエッジ達の目から見えなくなる。

 上級深術、マーシレススパート。

 物理的な破壊力を持たない代わりに、回避が極めて困難な範囲攻撃。

 単に視界を塞ぐだけのディープミストとは違い、刺すほどの冷気を持ったそれに触れた瞬間レパートは自身の右手が凍り付いていくのを見て、自分の体が固まっていく恐怖に絶叫した。

 

 ―――――――――――

 

 『厳岩』のバルロはレパートが無断で行動した事に腹を立てていた。

「役立たずめ、何の為にあの武器を与えたと思っている……」

 彼の呟きに応える様に『純白』のネイディールが現れ、尋ねる。

「捜しますか?恐らくはクロウと戦いに行ったものと思われますが」

 唐突に声をかけられた事に驚く様子も無く、バルロは首を横に振る。

「今頃はとうに負けているだろう、奴に他の名有りと競るだけの力など無い。だからこそあの試作品「始」を与えたのだ。本来であればきちんと戦闘情報を収集させるつもりだったが、それが叶わない以上武器だけ後で回収できれば良い」

 口にしながら諦めたのか、やや落ち着きを取り戻してバルロは続けた。

「次の『流連』を探すとしよう、奴の代わりなどいくらでも居る」

 

 ―――――――――――

 

「あ、ぐあああ、ぁああ!」

 悲鳴をあげながら、レパートは身をよじる。冷気で彼は目を開けている事も出来ず、ただただ暗闇の中で逃げ場を求めた。

「……終わりだよ、さようなら」

 彼の声を聞きながら、クロウは無表情に止めを宣告した。


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