TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第六十三話 『流連』のレパート

 今後の方針が決まったもののクロウはまだ意識が戻ったばかりで怪我は完治していなかった為、一行はあれから更に数日彼女の回復を待っていた。

 ベッドの上に寝かされたクロウは最早日常となった隣のベッドの光景に目を向ける。

「また手握ってるの?」

「うん……」

 リアトリスは脱け殻の様なルオンの様子を度々見に来ていた。

 怪我人ではあっても敵であった彼の所へそれほど頻繁に足を運ぶのは彼女一人。クロウはそれを不思議に思っていた。

「何でそんなにルオンの様子見に来るの?」

 白髪の少年は未だ目を覚まさない。安らかな寝息を立てるその様は目は閉じて眠っている様だった。

 リアトリスはクロウの質問に遠い目をする。

「クロウは――その、こんな事聞かれるの嫌だと思うけど、どんな気持ちだった?」

「何が?」

 クロウは何を問われているのかよく分からず首を傾げる。

 リアトリスは眠っているルオンの顔から、クロウに目を移して続ける。

「戦わされる事。カンデラス火山でもセルフィーに言われた『私は知らない』って。本当にその通りだよ、私こんな風に感情を失った抜け殻にされちゃう子が居るなんて想像すら出来て無かった……クロウの事も、何にも分かって無かった」

 クロウは黙る。

 怒るべきなのか、励ますべきなのか、クロウもまたこういう事を聞かれた時どう反応するべきなのか知らなかった。

 リアトリスは沈黙を機嫌を損ねた証と取ったのか、誤魔化す様に笑みを浮かべて立ち上がる。

「迷惑だった……よね。邪魔してごめん、私もそろそろ出発の準備しないと!クロウはギリギリまで寝てて良いからね」

 荷物をまとめるのを忘れていた事を今思い出したかの様にリアトリスは、バタバタとテントを出ていく。

 残されたクロウは考え込んだまま、隣で眠る共に育った少年の顔を見つめた。

「これが当たり前なのかな。私には分からないけど……ねえ、ルオン。外の世界にはこんな風に私達みたいな人間でも心配してくれる人が居るんだよ」

 クロウは彼の横に立てかけられた弓を見る。

 彼の氷の様にうっすら青みがかった、鳥の彫られた弓。

 ラークを中心として他の仲間達は敵であるルオンを危険視し、彼が目覚めるより早く出発しようとしていた。その際、彼の所持していた武器も処分しようとしていたのだが、クロウはそれを止めた。

 彼女自身も正直に言えば、ルオンに武器を持って欲しいとは思っていなかった。が、ルオン自身が何を大切にしていたかは誰にも分からない。

(私達に与えられる物なんて武器位だもんね……)

 彼女にとっての相棒がラーヴァンである様に、ルオンにとっての相棒がもし弓であるならクロウはそれを取り上げる事など出来なかった。

 

 クロウは自分の武器である投擲用のダガーを掴むとベッドから立ち上がる。休んでいて良いとは言われたものの、出発を間近にして彼女は自分だけ寝ているつもりは無かった。

 身体の調子を確かめながら身支度を整えた彼女は、テントを出る前にもう一度ルオンの方を振りむいて、『彼女』の事を思い出した。

 

(レイン、あの時言われた事ようやく答えが出た気がするよ)

 自分達がスプラウツでしている事が正しいかと聞かれ、当時のクロウは返答を濁す事しか出来なかった。

 しかし、今の彼女はおぼろげながらその答えを得ていた。

(私達が命じられるままに誰かを殺したり、戦ったりした事は多分間違いだった。けど、そうして生きて手に入れた今は間違いじゃないのかもしれない……そう思わせてくれる人が、まだこの世界には居るんだよ)

「だから、『またね』ルオン」

 少年が再び目を覚ます事を信じて、クロウはルオンに別れを告げた。

 

 ―――――――――――

 

 クロウを除いた仲間達、エッジ、アキ、クリフ、リアトリス、ラークは全員出発の準備を済ませて集まる。布に包まれた深海の剣はリアトリスが持っていた。

 そして、リョウカもそこに加わる。

 王都での戦い以降、考え込んでいる事が多く口数の少なかったクリフが彼女に尋ねた。

「命がけの旅だぞ、本当についてくるのか?」

 彼の気遣いを不要だと言う様に、リョウカは毅然とした態度で答える。

「トウカ――アキは一緒に行くのでしょう?なら、命がけなのはやめる理由にならないわ」

 アキはその返答に、姉を心強そうな目で見つめた。

 クリフは今度はラークに尋ねる。

「……お前は反対しないのか」

 ラークは首を横に振る。

「止めはしたよ、けどその上で力になってくれるって言うなら今の僕達に拒む理由が無い。勿論、信用するかとは別問題だけどね」

 クリフは納得いかない表情をするが、リョウカは特にラークの発言を気にする様子は無かった。

「それで構わないわ、貴方達の立場からしたら信用する方がおかしいもの」

 アキは何か言いたそうだったが、何も言わなかった。

 代わりに、エッジが進み出て彼女に手を差し出す。

「俺は信じるよ、リョウカの事」

 リョウカはそれに対して複雑そうな表情を浮かべる。

「……そうだろうとは思ってたけど、警戒位しなさい。そんな事じゃいつか後ろから刺されるわよ」

 呆れているような心配しているような声でエッジに忠告するリョウカに、クロウの声がかけられる。

「無駄だよ、エッジがそんな事言われた位で止める奴なら、そもそも私やあんたを仲間にしたりしてない」

 ちょうど、リアトリスは彼女を呼びに行こうとしていた所だったので、必要が無くなってその場で手に持った剣の包みを持ち直す。

 ラークは全員が揃ったのを見て、改めて行く先を確認する。

「クロウも、もう大丈夫みたいだね。なら、話は早い。僕らが目指すのは『刻印術式』の研究者ハーディロン・アズライトの発見だ。彼がシントリアから避難しているなら、近隣のハスレ、ブストルのいずれかに居ると思う」

 そこでリョウカが早速疑問を呈する。

「待って、あの炎を見ていたでしょう?エッジの前でこんな事を口にするのは難だけれど、そのエッジ達の父親がもう亡くなっていたらどうするつもり?」

 ラークはそれを否定せず頷いて、続けた。

「確かにそうだね。けれど僕は、そう可能性の無い賭けでも無いと思う……心の仲間から受けた報告によると、彼の様な研究者が住んでいたブロックと貴族街は被害が少ないんだ」

 その言葉にリョウカは何かに思い当たったのか、考え込む。

 アキも言われて、初めて思い出したようだった。

「そういえば……私が貴族街に入ったとき、確かにあの辺りの被害は少なかった気がします」

 クロウは首を傾げる。

「それっておかしくない?あの規模の深術で無事だった所があるなんて。街の中心から火の宝珠の力は使われたのに」

 エッジもその意味を考えるように腕を組み、ラークは少々逸れかけた話を戻した。

「とにかく、助かっているならラーヴァンの事も何か分かるかもしれない。どんな些細なものでも僕達は情報が欲しい。仮に彼がもうこの世に居なかったとしても、王都の研究資料を探せば何か分かるかもしれない。どの道目指す方向は、ほぼ同じだ」

 皆不安はあっても、とりあえず誰もその方針で異存は無い様だった。リアトリスがラークの説明を補足する。

「情報収集に関しては、サーカスやアエスラングに散らばってる心の一族のみんなも手伝ってくれるの。だから、人手もそれ程心配は要らないよ」

 エッジは父親に関する記憶はまだほとんど戻っていなかったが、父の安否の話が出た時は流石に表情が曇った。

 しかし、全員で進む方向が決まった今彼はそれを引きずる事はしなかった。

 エッジは、みんなを鼓舞する様に声を出す。

「じゃあ、行こう。どの道、今他に出来ることは無いんだ。どんな結果が出るにしろ精一杯やろう」

 

 ―――――――――――

 

「フレット!貴様、何をやっていた。レパートが無断で外に出るのを黙って見ていただと?」

 バルロが激怒するのを尻目にフレットは興味無さそうな顔をしていた。

 その右腕は火山で負った怪我が未だ癒えておらず、包帯で吊っている。

「……監視しろなんて言われた覚えはねえぞ。大体あいつも俺らと同じクローバーズだから無闇に干渉するなつったのはお前じゃねえか」

 バルロは、手甲でそんなフレットの顔を殴り飛ばす。

 彼の口から血が飛び、それを見ていたセルフィーは息を呑んだ。

「互いの裏切りや脱走の監視は名有りの最重要任務だ!そんな事も忘れたのか!」

 そう吐き捨てると、彼はフレットを置いてその場を去った。

 倒れ伏した彼に、セルフィーは恐る恐る近付いて声をかける。

「……大丈夫?フレット」

「うるせー、触んな……こんな怪我してなかったら叩き潰してやってるのによ」

 フレットは彼女に差し出された手を拒絶する様に言い、セルフィーは怪我の原因が自分である事に罪悪感を感じて目を伏せる。

「ごめん……」

「チッ、お前もお前だ」

 フレットは舌打ちすると、彼女を置いて自室へと歩き去る。

 赤毛の少女はどうしたら良いのか分からない様子でその場に立ち尽くした。

 

 全てを見ながら、その中には加わっていなかったクローバーズ『純白』のネイディールは呟いた。

「結局行ったのね、レパート」

 

 

「最初はどこから行くんですか?」

 サーカスを出て早々にアキが尋ねる。

 彼女は以前対立していたのが嘘の様に、仲間内でまだ孤立しがちなリョウカのそばを離れなかった。

「とりあえず近いところから順に、ハスレから行くのがやっぱり順当じゃないか?」

 それに対して、この辺りの地理に詳しいリョウカは何とも言えない表情をする。

「そうね、ただブストルにも言える事だけれど、ハスレは王都に近いだけあって大きな街よ。加えてシントリアからの距離も近い。避難してきた人々が押し寄せているとするなら、男性一人が居るか居ないか探すのはかなり難しいわよ」

 そんな後ろ向きな考えを否定する様にクロウが言った。

「関係ないよ、これだけ人数いるんだし居るなら絶対見つける」

 アキとエッジはその発言に少し意外そうな表情をする。

 今までの彼女ならあまり口にしない様な言葉だったからだ。

 と、そんな彼らの足が止まる。

 耳障りな子供の笑い声が響いて、風が彼らの歩く街道の砂塵を巻き上げる。

「……スプラウツか」

 エッジがそう推測して剣を抜く。

 砂塵が晴れた所には、黄緑の髪をした生意気そうな少年が奇妙な武器の柄の様なものを二つ持って立っていた。

 クロウはその自信満々の相手の顔を確認して眉をしかめる。

「誰、あんた」

 問われた少年――レパートは名乗りを上げる。

「俺は、セブンクローバーズ。『流連』のレパートだ!そして、これからお前らを倒す男だ!」

 言いながら、手に持った物体に空いた穴をクロウに向ける。

「この深素銃「始」があれば、俺に敵なんか居ねえ!」

 彼が引き金を引いた瞬間、彼が「銃」と呼んだ物体から光が飛び出しクロウの頬に赤い線を残す。

 彼女はその速度に驚きながら反撃に出ようとするが、レパートが再び引き金を引こうとするのを見て彼の攻撃する先が読めず仕方なく闇属性のディープスで障壁を張って防御に回らざるを得なくなる。

「こいつ……!」

 エッジやクロウだけでなく、それ以外の仲間達も次々戦闘態勢に入るのを見てレパートは笑みを浮かべる。

 

 ――同じ頃、クロウが寝ていたテントの中。

 本能的に戦闘の気配を感じてか、偶然か、『孤氷』のルオンは目を覚ました。


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