TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
漆黒の翼を無事に退け、次の町が近付いて来た事でまた通常の街道に戻っても、相変わらず二人は何も言わずに旅を続けていた。
その沈黙は森を歩いた時のものとは違い、話す事が無いというよりも、むしろ会話を忌避して互いを警戒する様な重苦しい沈黙が続く。
そんな旅が五日ほど過ぎた。
六日目の昼過ぎ、二人はようやく次の町の入り口についた。
エッジは噂で聞いたことがあるだけだったが、盗賊が頻繁に現れるようになったせいで最近カースメリア大陸の中央部に当たるこの周辺は大抵の町が柵や壁で囲まれているらしかった。勿論近年急速にモンスターが増えた事も関係あるだろうが。
この町もエッジの身長よりやや高い木の柵で囲まれている。
無論、本気でモンスターの群れが突破しようとすればこれだけでは足りなかったが、町を襲うのを忌避させるのには十分で費用対効果を考えれば比較的現実的な解決策だった。
町の入り口には兜をかぶり簡素な槍を持った門番らしい男が二人居る。
クロウが門番に話しかけると、意外にあっさりと町の中へエッジとクロウを通してくれた。
『山門のときのようにクロウが通行証か何かを見せたのか。それとも警備兵が単にいい加減なのか』と、エッジがあれこれ考えているとまたクロウが一人で先に行ってしまいそうなので彼も少し早足で門をくぐった。
《菜の町 シリアン》
「ここがシリアン」
門をくぐって二人にまず見えたのは穀類や野菜が栽培されている畑と、その間に所々見える木で作られた民家だった。
視界の端から端までほとんどが穏やかな風に揺れる鮮緑に埋め尽くされており、畑毎に異なる作物を育てているのか白や黄の花がその景色の中に散っている。
町といっても広さ自体はほとんど都市と言っていい大きさで、人さえもっと多ければきっと本当に都市機能を備えていただろう。
「時間も早いから宿に行くより食料調達の方を先にしないか?」
思い切ってエッジが声をかけるとクロウは急に立ち止まる。
「そうだね」
それだけ言うとエッジの方を振り返りもせず、彼女は店が並んでいる道の方へ歩いていった。
――――――――――
(ちゃんとついて来てる)
気付かれないように少しだけ振り向いて、クロウはエッジがついてきていることを確認する。
(こいつはバカだけど信用できないから目を離さないようにしないと)
食材を扱っている店で手に野菜をもったまま、クロウはそう自分に言い聞かせる。
そうしてずっと同じ食材を手にしている様を迷って居ると取ったらしい店員が、彼女に声をかける。
「――ここはカースメリア大陸の中でも特に良い野菜がとれるからねどれもおいしいよ!悩まないで、いっそみんな買っていきな」
そんな売り子の女性の声も彼女の耳にはほとんど入らない。
(会って間もない他人なんだし、今は借りがあるから一緒にいるだけ)
クロウは何故まだ自分がエッジと行動を共にしているのか考えていた。
そうしている内にふと、彼女はまた借りが増えてしまったことに気付く。
(でも、あの場合はあいつも漆黒の翼に捕まるからで、私を助けようとか考えて動いたわけじゃない)
「そんなにトマトが好きなのか?」
いきなり背後から声をかけられたクロウが振り向くと、エッジが少しおかしな物を見るような顔で彼女を見ていた。
その顔を見たクロウは、自分の中でエッジへの苛立ちが少し増した様に感じる。
「……別に好きじゃない」
半ば八つ当たりの様にトマトを棚に戻し、クロウは彼を睨み付ける。
「ならいいけど、何かぼーっとしてたから」
その言葉にクロウは歯噛みした。
(あんたには言われたくない)
「それで、何を買うかは決まったか?」
クロウは本当は何も考えて居なかったが、とりあえず目に留まった食材を数個ずつ買って誤魔化した。
(こいつといると疲れる)
――――――――――
食材を買った後道具屋に行き、二人はほとんど持っていなかったグミやボトルを補充した。
「こんなのが本当に役に立つのか?」
(パナシーアボトルも知らないなんてどんな田舎で生きてきたわけ?)
野生の生物と戦う事になれば当然傷を負う事もある。
そこから菌や或いは毒等人体に有害なものが入れば、その二次的なダメージは場合によっては傷そのものより危険なものにもなり得る。その対策として広くほぼ世界中に普及しているこの薬品は必須とも言えるものだった。
「それは痺れや毒、それから石化を治す薬。もし全員石になったりしたら全滅するよ、常識でしょう?」
説明を聞いたエッジはますます不思議そうな顔をする。
まだ何かあるのだろうか、とクロウは目を細める。
「何でこれがそんなに何でも効くんだ?」
「知らない」
彼女が一刀両断すると、エッジは納得いかなそうに顔を
クロウはそんな彼を置いてさっさと店を出る。
(本当に……こいつといると疲れる)
――――――――――
「買い物も終わったから今日はもう宿に行かないか?」
クロウはエッジとの会話にすっかり辟易していた為、何も言わずに頷く。
日が傾き徐々にオレンジの光に染まり始めたシリアンの町の中を二人が歩いていくと、すぐに宿が見えてきた。
漁村トレンツにあった自警団の詰め所より一回り大きいものの、あちら程立派な石造りではなく木造の二階建てでまわりの民家と大差ない。重い荷物を持って疲れ切った二人が一も二も無く宿に入ろうとしていると、中から勢い良く出てきて小さな人影と前を歩いていたエッジがぶつかる。
「あっ、すみません!」
慌てた様子で宿の中から出てきたのは十三、四歳くらいの少女だった。
二大陸からなるアクシズ=ワンド王国の中でも辺境の田舎には少々不釣り合いに上品な格好で、珍しい黒髪を後ろで結んでおり、二人が見慣れない長くて柔らかそうな布で作られた服を着ている。
身に付けている物は髪の装身具から帯に至るまで上等な素材で出来ているようだったが、スカート部分にはスリットが入って全体的に動きやすさを重視して作られており正装じみた印象は幾分薄まっている。
「本当にすみません、急ぎ過ぎて目の前の注意が疎かになっていました。怪我はしませんでしたか?」
「あ……いや、大丈夫だよ!だから、頭上げて?」
黒髪の少女に頭を下げながら畳み掛けられ、エッジは慌てて「そんな事までしなくて良い」という様に両手を振った。
クロウはそんな様子を見ながら内心で毒づく。
(馬鹿。ぶつかってきた子の方がよっぽど落ち着いてるじゃない)
年下の子供とぶつかったくらいで何を慌てているのか、と彼女は呆れた。
挙動不審気味のエッジの前で黒髪の少女は頭を上げる。
「では、すみません。私は急ぐのでこれで。本当に申し訳ありませんでした」
そう言って少女は日の暮れかけた町の中に消えていってしまった。
そこでふと、エッジが引っかかった様に彼女の背中を目で追う。
「今の子、さ」
「何、今の子がどうかした?」
欠伸をしながらクロウが聞く。
彼女は既に宿を目前にして、休む事で頭が一杯だった。
「いや、こんな時間にあの子宿から外に出てどこに行くんだろうと思って。この辺の子じゃ無さそうなのにたった一人で」
「知らない」
クロウ自身自覚するほど、エッジの疑問に対する彼女の返答は投げ遣りだった。
とはいえ、流石に考えすぎだと思ったのか彼も然程その疑問を引き摺らずにすぐ切り替える。
「まあ、気にする程のことじゃないか」
「そうそう、気にしない気にしない」
またもいい加減な返事をしながら、クロウは先に宿の扉をくぐった。
――――――――――
シリアンの町外れ。
人気の無い民家――恐らく空き家であろうその家へ先程エッジとぶつかった少女が歩いて来た。
買い物をする様な店も、門も無い場所をしかし彼女は明らかに目的地として足を運び、立ち止まった。
足を止めた彼女へ、男の声が物陰から話し掛ける。
「今日はどうだった」
少女は突然声を掛けられた事に驚く事もなく、それに答える。
「見つけましたよ、シビルさんが言っていた人」
「へぇ、随分簡単に見つかったな」
声は笑い交じりに感心した様子を見せるが、すぐに真剣な口調で続ける。
「ならここから先は手筈通りなるべく早くシントリアに連れていってくれ、その先はこっちで何とかする。ただし、あいつは警戒心が強い、少しでも疑われたりしたら無理はしなくていいからな」
声は事務的なやり取りの中で妙に少女を気遣う様子をみせながら、指示を出す。
「はい」
少女の方は落ち着いた様子で返事をしながら、あらかじめ示し合わせたように空き家の角に近づく。
物陰の男性の声も同じタイミングで少女の方に近づいて来た。
「もう一人余計な男がいたと思うが、そいつはどうでもいい。そのまま連れていってもいいし、どこかに置いてきても構わない」
「大丈夫なんですか?」
先程ぶつかったエッジの事を思い出し、指示の内容に違和を覚えて少女は疑問を口にする。
「どうせあいつは何もしゃべっていないだろう」
そこまで話して物陰の男は口元に笑みを浮かべた。
「うまくいけば、あのガキの力を借りなくても捕まえられるかもな」
「ガキ……?」
誰の事か分からず、少女は不思議そうな顔をする。
「いや、何でもない。ただ気をつけろよ、クロウは他の奴とは別格だからな」
「はい、分かりました」
少女が了承すると男は物陰から姿を現した。
「じゃ幸運を、アキ」
ぼろぼろの服、あまり手入れされていないボサボサの髪、背中に背負った長剣。
その男はトレンツでエッジ達の前に現れた男だった。
―――――――――――
「あのさ」
「ん?」
二人は夕食を終え、あとはそれぞれのベッドに入って寝るだけだった。……のだが、ガルドにあまり余裕が無い二人は一部屋しか借りられず、とても落ち着いて眠れる状態ではなかった。
「私の近くにいると落ち着かないっていうのは分かるけど……」
「けど?」
「いくらなんでもこれは距離置き過ぎじゃない?」
その距離約20メートル。
「いや、そんなにこの部屋広くないから」
「確かに――ってそういうことじゃなくて、ベッドを部屋の反対側までわざわざ運ぶのはやりすぎなんじゃない?」
距離が遠いので多少大きい声でクロウは言う。
「何で?」
心から不思議そうな顔をして尋ねるエッジ。
「ここまであからさまに距離置かれるとかえって嫌なんだけど」
「そうなのか」
「本当に私と一緒にシントリアを目指す気があるの?」
「あるけど」
それを聞いてクロウが深いため息をつく。
「じゃあ、せめて普通の距離にしてよ」
「あ……ああ、ごめん」
「じゃあ、おやすみ」
言いたいだけ言うとクロウは毛布を被って寝てしまう。
一人で起きていても仕方ないので、エッジもベッドにもぐりこんで寝ることにした。
「……おやすみ」
聞いていないだろうが、エッジも一応口にする。
翌朝
「朝だよ」
クロウが一度声をかけただけで、反射的に跳ね起きるエッジ。
「おはよう」
「今日は随分早く起きたね」
エッジはこの前起き抜けにダガーを目にしたことを忘れてはいなかった。
しかし、クロウは何故こんなに起きるのが早いのか。エッジは疑問を抱く。
エッジは漁こそしていなかったものの、漁村で育った分起きるのはそれほど遅くない。
それより早く起きる習慣がついているというのはどういう事なのだろう、と。単に早起きと言えば、それまでの事ではあったが。
「おはようございます」
「ん?……あ」
借りている部屋の前の廊下に座り、エッジが考え事をしていると昨日ぶつかった少女が話しかけてきた。
彼女も同じ宿に泊まっていたらしい。
(そういえば昨日ちゃんと謝れなかったな)
そう思い出し、エッジはまず謝る。
「おはよう。あの、昨日はごめん」
「いえ、ぶつかったのは私の方ですから。ところでどうして部屋の外に座っているんですか?」
丁寧に答え、ふと黒髪の少女は気がついたように聞く。
部屋に入るでも、外に出るでも無く廊下に座り込むエッジは確かに少々浮いていた。
「あー、それは」
クロウに『荷物の整理するから出ていって』と強引に追い出された事を説明しようかエッジは悩む。
そもそも同じ部屋に泊まっているとは言い辛かった。
「ちょっと気分が悪くて、長く歩いて来たから疲れたのかも」
「あなた達も旅をしているんですか?」
一瞬すれ違っただけで、少女はエッジ達が二人組だったのをちゃんと見ていたらしい。
「ああ。けど、『も』って?」
「そういえば自己紹介をしていませんでしたね、私はアキといいます」
そう言って少女はエッジに深く頭を下げる。
「私も今、少し旅をしているんです。私の父がシントリアに住んでいるんですけど、たまには会いに行こうかと。辺境でちょっと苦労してますけど」
「でも、危なくないのか?一人で」
エッジの問いに困ったようにアキと名乗った少女は笑う。
「誰も一緒に旅できる人がいないので、仕方ないです」
そう言って、アキは顔を伏せる。
「俺達もシントリアを目指してるんだけど、良かったら途中まで一緒に行こうか?」
「え、でも良いんですか?連れの方にご迷惑じゃありませんか?」
多分余計な道連れが増えたとクロウは怒るだろうとエッジは思ったが、それでも放っておけなかった。
「それは、俺が何とか言ってみるから」
「ありがとうございます!」
エッジの提案に、少女は感激した様子で再び頭を深く下げた。
「……ふぅ」
宿を一足先に出て一人になってアキはため息をついた。
先程までの笑顔は欠片もなく、年齢不相応なひどく疲れた表情をしている。
しばらくそのまま宿の壁によりかかる。
道を行く人が時々アキの変わった服装を見たが、ほとんど彼女は気に留めなかった。
真紅の独特な布を重ねた服と、少女の気品はシリアンの様な田舎では浮く。
(何だかすごく疲れた)
感じたことのない様な脱力感がアキを襲う。
(今からまた旅に出るんだから、このままじゃいけない)
そう思い、必死に心を奮い立たせるが体にまるで力が入らず。
結局エッジ達が宿から出てくるまで、アキは壁に寄り掛かったままだった。
「ここにいたのか」
「あ、はい」
エッジはアキの様子に違和感を覚えるが、元気に返事をした彼女の様子を見て気のせいか、と思い直す。
「まだ自己紹介してなかったよな。俺の名前はエッジで、隣にいるのがクロウ」
エッジが話す間クロウはずっと無言で不機嫌な表情をしていた。
「クロウさん初めまして、私はアキといいます。これからよろしくお願いします」
アキが丁寧にクロウに頭を下げる。
「よろしく……」
クロウの方はそれだけ言うと黙ってしまう。
「じゃあ、行きましょうか?」
「ああ」
沈黙が続きそうだと悟ったのかアキが二人に声をかけて、三人は歩き始めた。
――――――――――
再び街道に出た頃、クロウが小声でエッジに話し掛ける。
「……このまま街道を行くのは危険だよ」
無理矢理エッジが説得したものの、クロウはアキに合わせて街道を歩いていくことには納得していなかった。
「あの子に俺達が追われていることを教えるわけにはいかないだろ?何も言わずに道を逸れれば怪しまれるし」
「このまま街道を行くなら、あの子だって私達と一緒にいたら危ないんじゃない?」
そう言いながらクロウは、鋭い目付きでエッジを見つめる。彼女はアキを連れてきたくなかったらしい。
「でも、もしあの子が一人の時にクロウを追ってる奴らや野党なんかに会って、危険な目にあったらどうするんだ?」
「別にどうもしない」
クロウはさらりと即答する。
「別にって」
「他人の心配する余裕なんて無いし」
そこでクロウは一呼吸置いて続けた。
「あなたにはあるの?他人を心配しながら、その上自分を守るだけの強さが?ずいぶん余裕だね」
クロウの言葉にエッジは答えることが出来なかった。
「半端な強さで何かが守れるなら、守ってみてよ。そんな口先だけで何でも守れるとでも思ってるの?」
今ので会話が終わったと見たのかクロウは少し早足になってエッジの側を離れていき、今度は前を歩いていたアキに話し掛けた。
「ところで、あなたにまだ聞いてなかったことがあるんだけど」
アキが不思議そうな表情で首をかしげる。
「何ですか?」
「あなたのファミリーネームは何?」
聞かれたアキの顔が僅かに曇った。
エッジには何故そんなことを気にするのかは分からなかったが、クロウの顔は冗談を言っている顔ではなかった。
「ジェイン、です」
一呼吸おいて、ゆっくり言う。
それを聞いて、クロウの表情が急変する。
「……ジェイン?」
クロウの声は心なしか震えていた。
怒りのせい――あるいは悲しみか、全く別な感情か。
この時のクロウの表情は、苛立ちとかそういうレベルの抑えた怒りではなく、今まで見たことが無いくらい憎しみに満ちた表情だったのだから。
「フラップダーツ」
何の警告もなくダガーを抜き、クロウはアキのいる方の地面へ向けてそれを三本投げた。
地面に刺さると思われたそのダガーはぎりぎりのところで急に上昇し、今度はアキの方へ向かう。
「――!」
アキは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに冷静に後ろに跳びダガーをかわす。
「何してるんだよ、クロウ」
驚いて止めようとしたエッジは、自身の声も震えている事に気付く。
「うるさい!」
クロウは静止したエッジの方を見ようともせずに、再びダガーをアキの足へ向けて投げた。
アキも無言で後ろへ跳んでそれを避ける。
今度のダガーは急上昇せずにそのまま地面に刺さった。
エッジは見ていられなくなって、クロウに掴み掛かりダガーを握っている右手を押さえ付けた。
「離して!」
激しく抵抗されながらも、エッジは必死で武器を持った右手だけは押さえる。
「何でこんなことをするんだよ!」
「何故か?分からないなら邪魔をしないで!」
その瞬間、エッジは自分を包む空気が変わったのを感じた。
「アクアエッジ」
「ぐあっ!?」
空気が変わったのはクロウが水のディープスを
そのまま受け身もとれず、エッジは背中から地面に落ちる。
深術を扱うときはまず、自分が使用する属性のディープスを集中させなければならない。
深術が使えるエッジにはそのディープスの動きがあれほど至近距離であれば感知できたが、クロウが自分を攻撃してくることは予想していなかったため、反応することが出来なかった。
「痛ッ……!」
エッジは痛みに顔をしかめるが、再びクロウの周囲にディープスが集まっていくのを感じて無理矢理体を起こす。
「やめろ、クロウ!!」
普段決して出さないような大声で必死に叫ぶが、クロウは耳を貸さずに詠唱を続ける。
アキはただ悲しそうにクロウを見つめる。
(……仕方ない)
エッジも急いで剣を抜く。
クロウに攻撃などしたくないエッジも、他に方法が思いつかず腰を落として魔神剣を放つ態勢に入る。
(でも、ダメだ)
間に合わない。クロウの周囲のディープスの動きから、このままだと攻撃が届くよりも早くクロウが深術を発動させてしまうことをエッジは感じ取る。
ビュン。
(ん?)
一瞬、エッジの意識の端に何かが素早く風を切るような音が届いた。
そして次の瞬間に目の前にいたクロウが、突如地面から出現した半透明の柱のようなものに突き飛ばされ、地面に転がる。
「ぐっ」
微かにクロウが呻いたのが聞こえ詠唱が中断されたのが分かる。
ひとまず最悪の事態は避けられた。
(でも、誰が?)
エッジではなく、当然クロウでもない。
彼がアキの方を見ると、彼女は全く別な方向を見ていた。
「誰か来ました」
視線をいま見ている方向から外さずに呟くように言う。
「見つけた」
ひどく感情の薄い、静かな少年の声がした。