TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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幕間の外伝~過ぎいく秋雨の記憶~

 俺は神なんて信じない。

 それが与えた王権だか、特権だか知らないがそんなものに何の権利があるというのか。

「くそっ、許さない……何が、何が謝罪だ、罪滅ぼしだ!そんな事で、」

 雨が王都の石畳に降り注いでいた。家路を急ぐ人々が更に足を早めて俺の側から散っていく。

 俺は俺から逃げる者にも、ずぶ濡れの身体に滝の様に振り続ける雨にも、何も感じなかった。

 あるのはただ、あの男への怒り。求めるのは復讐だけ。

 そんな俺の前から、逃げない人影があった。

 俺は目前まで迫っても微動だにしない相手に声をかけた。

「お前、怖くないのか」

 相手はそこでようやく顔を上げる。

 自分と同じ様にずぶ濡れの少女は、そこで初めてこちらの事に気付いたかの様にひどくぼんやりとした表情をしていた。

「……逃げるところが私には無い」

 そう口にした彼女の髪は黒髪だった。

 国全体では珍しくても、この王都シントリアで黒髪の人間自体は珍しくない。

 何故なら、この街の貴族の大半は黒髪だったからだ。

(こいつ、確かタリア家の?)

 相手が貴族の娘である事に気付いて俺は頭の中で冷静に目の前の状況を整理し、何か使える事は無いかと考えた。

「立てるか?行く所が無いなら俺に付いて来い」

 差し伸べられた手に戸惑いながらも、その少女は恐る恐る手を伸ばして、

 

 男の――シビルの手を掴んだ。

 

 ―――――――――――

 

 王都シントリア、ジェイン邸。

「何だ騒々しい」

 次々屋敷内を玄関ホールへ走る者達の足音に耐えかねて、当主のジェイン・リュウゲンは苛立たしげに騒ぎの元へ顔を出す。

 玄関ホールには無数の使用人と、屋敷の外を守っていた専属の警備まで集まって、強行に進入してきたであろう、ずぶ濡れの銀髪の青年を止めていた。

「何をしていた、そもそも家に入れないのが仕事だろうに」

 そう毒づいてリュウゲンはふと、彼らは奥へ入ろうとする青年を止めているだけで追い返そうとしていない事に気付いた。不審に思ったリュウゲンが更に眼帯をしていない右目で観察すると、青年の後ろにひどく大人しい黒髪の少女の姿を見つけて微かに驚きを露にする。

「……そこの男、何の用だ」

 家の主に直接声をかけられた青年は抵抗するのをやめ、血走った目をリュウゲンに向ける。

「この子を保護して欲しい、あんたにとっても悪い話じゃないはずだ」

「それと引き換えに生活の足しを得たい、か」

 家を持たない貧民が自らの家に入ってきたのかと考えた隻眼の家主はため息をつく。

 しかし、青年の答えは予想外だった。

「違う、俺を雇って欲しい」

 その言葉をリュウゲンは鼻で笑った。

「何?貴様の様な学も無い奴にやれる仕事など無い。その娘は預かって金をやるから失せろ」

 青年は動かなかった。

「金なら要らない、雑用だろうが何だろうが何でもする。どんな事でも」

 それを聞いて初めて、リュウゲンは顔色を変えた。面白がる様に確認する。

「何でも……そう言ったな?その覚悟本気だろうな」

 頷いた青年の怒りのこもった瞳を見て、リュウゲンは哄笑した。

 

 

 シビルと、貴族の少女はそこで別れた。

 少女はほっとする訳でも、不安そうにする訳でもなく黙って成り行きに任せていた。

「貴様は、キサラギの娘だな?」

 額に厳しく皺を刻んだまま、リュウゲンは政敵の娘を睨んだ。

「タリア・トウカです」

 顔を上げずに、小さな声で少女は答える。

「名前などどうでも良い、ここに保護を求めてくるという意味は理解しているだろう……今までお前が生きてきた名など不要だ、タリア・トウカの名は捨てろ」

 少女は黙って頭を下げ、その言葉に恭順の意を示す。俯いた彼女の顔には表情が欠如していた。

 

 ―――――――――――

 

 シビルの弟は頭が良かった。

 アクシズ=ワンド王国の田舎に居るには勿体ないと誰もが口にする秀才で、狭い村の中で彼はいつも可愛がられていた。

 生憎と兄である彼はあまり頭が良くは無く、弟が生まれてその才能を発揮するようになってからはとかく比較されがちだった。

 しかし、シビルが弟を疎ましく思った事は無い。

 勿論比較されるのは不愉快で彼はそんな事を言う人間を嫌っていたが、それで何の責任も無い弟に当たるのは自分の事をまともに見ようとしない人間達と同類になる様でシビルは嫌だった。

 弟もそんな兄を慕っていた。

 

 いつかそんな弟を王都シントリアの学校に入れるのが彼の夢で、

 それだけが、誰にも評価されない彼の唯一の心の支えだった。

 

 ―――――――――――

 

「どこへ連れて行く気だ、こんな道を外れた山奥に連れて来て」

「お前の一つ目の仕事場だ」

「という事は、まだ他にもあるのか」

 汚れるに任せていた服を着替えさせられたシビルがため息交じりに言った言葉に、案内していた男が眉をしかめる。

「お前、『何でもする』と言ったそうだが?」

「分かってる、何の説明も無くて先が見えない事にうんざりしただけだ」

 案内する男は背の高い草に足を取られかけながら舌打ちする。

「愚痴が多いヤツだ」

 

 王都から北へ歩き続け、辿り着いたのは白い――少なくとも元は白かったであろう無機質な建物だった。

 窓が無い奇妙な造りで、貴族の別荘にしてはあまりに外観に整備が行き届いておらず漆喰が剥がれている所も目立つ。

 周囲に街は無く、交通の便も悪いこんな場所に何故ジェイン家はこんなものを作ったのかシビルには全く理解できなかった。

「開けるぞ」

 まるで中に猛獣でもいるかの様な注意と共に扉が開かれる。

 

 薄暗いホールが、二人を出迎えた。

 窓が無い分なのか気密性が高いらしく空気が淀んでおり、入口の扉を閉めると中は無気味な程静まり返っていた。

 と、いきなり物騒な金属音が二人の元に響いた。

(工場?いや、訓練所……か?)

 目的の場所はその方向らしく、廊下を進むとシビルの疑問の正体はすぐに明らかになった。

 しなやかな動きの背の高い一人の少年と、白髪交じりの老人が模擬戦を行っていた。

 と、言っても二人が手にする武器は正真正銘金属であり、布で覆われたりしておらずまともに当たればお互い怪我は必至だった。

 しかも、――

流連弾(りゅうれんだん)!」

「ふん」

 少年の指一本一本にはめられた指輪の周りを緑の風のディープスが回転し、拳大まで成長するとそれは次々に遠心力のままに撃ちだされる。

 『風』というにはあまりに強力な、砲弾の様な攻撃。

 それを、対する老人は床から出現させた岩塊で防ぐ。

「深術!?」

 シビルはその光景に目を丸くする。

 深術を使える人間は基本的に軍属かごく少数の傭兵位しか使えないもので、彼も実際に目にするのは初めてだった。

 言い換えれば使えるだけでそれが仕事になる程の強力な武器だという事でもある。

「怯えるな、この建物内に居る人間は全て深術使いだぞ」

 ここまで彼を案内して来た男の言葉に、シビルは戦慄した。

(建物全て……この大きさ全部に居るとしたら何人だ?三十、四十――それ以上……?)

 もしそうだとしたらそれはもはや「軍隊」と呼べる力に等しかった。

 シビルが立ちつくしている間に、二人の戦いは終わった様だった。

 どちらも怪我らしい怪我はしていない。

 勝負というより、力や動きの確認をしていただけの様だった。

 

「識別名を持つ者として十分な力が付いてきたようだな、ルクター」

「まだ二人だ。四つ葉(クローバーズ)としての名前なんて意味が無いんじゃないか」

 戦いを終えた老人と、ルクターと呼ばれた少年はそう会話する。

 穏やかな会話に反して、二人は互いを牽制する様に睨み合っていた。

「心配せずともじきにフレットも加わる事になる、資質で言うならクロウも文句は無い。この先成熟した子供が増えれば統率する側も相応の人数が必要になる」

「まだ戦いに出るのは俺だけの筈だ、他の子供は――」

「黙れ、他の奴らに実力が足りないからそうしているだけの事。使えるようになればお前以外の子供も戦わせる」

 風を操る少年は不服そうに顔をしかめたが老人は一方的に会話を終わらせ、シビルに目を向けた。

「そいつか、シビルというのは」

 老人に厳しい目で睨まれ言葉に詰まったシビルは、案内して来た男に小突かれる。

「おい、挨拶しろ」

「あ、ああ……レスパー・シビルです」

 歯切れの悪いシビルの答えに老人の目はますますきつくなったが、元々期待していなかったのか鼻を鳴らすと彼に説明した。

「お前にもこれからこのスプラウツに居る子供の管理と、連絡役を手伝ってもらう」

「スプラウツ?」

「『植物の芽』だ、ちょうど良い名前だろう。もう一つの仕事もあるそうだが、それでこちらが疎かになる事の無い様にしろ」

 もう一つの仕事、一つ目の時点で既に先行きが不安なシビルにその言葉は重くのしかかった。

 

 ―――――――――――

 

(二つ目の仕事って、これかよ)

 隣を歩く無言の少女――トウカに目を向けてシビルは内心溜息をついた。

(まあ、俺が連れて来たんだから当然と言えば当然か……)

 二人はアクシズ=ワンド王国の王都シントリアの中心部を連れ立って歩き、貴族街を目指していた。

 身なりを整えられたのもこの為かと、彼は納得する。

 昼間からこんな大都会の真ん中を貴族が歩くなら、確かに汚い格好では人目を引く。

「トウカ、だったか。お前」

「アキです」

「は?」

 確かにうろ覚えではあったものの、明らかに記憶と異なる名前を名乗られシビルは困惑する。

「タリア家の人間としての名は捨てろと言われました……今の私は、ジェイン・アキです」

 返答を口にする彼女は彼と出会った日と同じ様に、死んだような目をしていた。

「そうか」

 シビルは興味なさそうに返事して、改めて地図を確認した。

 二人はアニハース家を目指していた。

 彼はそれがどんな家なのか知らなかったが、ただリュウゲンの口ぶりから快く思っていない事は理解できた。

 シビルもそんな事に興味は無い。

 貴族は皆、ジェイン家の人間も含めて彼にとっては憎む対象でしか無かった。

 

 

 

「地図を渡すその家に指定した時間に行って挨拶して来い」

 

「挨拶って言われても……俺貴族のマナーなんて何も」

 

「必要ない、行けば分かる」

 

 

 

 指示を出された時の事を思い出してシビルは改めて憂鬱になる。

 何をどうしろというのか、彼には全くわからなかった。

 その不安から落ち着かず、神経質なほどに何度も道順を確認していた為皮肉にも二人は迷うことなく真っ直ぐ目的地に着いてしまう。

 そのまま指定された時間になるのを待って、二人は高い鉄柵の外側からその屋敷を眺める。

 ジェイン邸が王都全体でも最も大きい屋敷であった為二人とも屋敷の大きさには慣れてしまっていたが、一方でジェイン邸には鉄柵は無かった。

「これどうやって入るんだ……お、おーい!」

 困った彼は躊躇いながらも屋敷に届く様に大声で呼びかける。

 その横で、アキが門に付いていた小さな黒い鈴を鳴らす。

「それじゃ聞こえねえだろ」

「いえ、これは……家の中の鐘と深術で連動していますから、これだけで十分伝わります」

「連動?」

「地面の中を掘って地属性で接続するものと、風属性で窓などから伝達するものとがあると……聞いた事があります。変わった所では非効率ですが装飾目的の水属性の物も――」

「分かった、もう良い」

 淡々と説明していたアキはシビルに遮られて再び口を閉ざした。

 アキの言ったとおりだったようで、いくら呼んでも出てこなかった手伝いの人間らしき人影が屋敷の中から二人の方へと歩いて近づいてくる。

「こんにちは、本日は特にお約束があるとは伺っておりませんがどういったご用件でしょうか」

「えーと、あ。この、こちらはジェイン家の娘のジェイン・アキで……」

 しどろもどろに説明しながら、シビルは内心舌打ちする。

(何が『行けば分かる』だ、あの野郎……!)

 相手の女性は努めて冷静に話を聞いていたが、シビルの方はそもそも明確な目的等最初から持っていない為説明する事など出来ない。

「リュウゲン様から挨拶する様に言われて来たんです……それでアキ――様もお連れしたのでこのまま帰る訳には」

 どうにか食い下がり、一応家紋を見せて彼女が本物であると理解してもらえた事で門を開けてもらう事が出来る。

 しかし、ここから先本当に挨拶する事など無いシビルは、むしろ追い返された方が楽だとさえ思っていた。

 と、何か違和感のある破砕音が屋敷の方から聞こえた。

 その音に三人の間に緊張が走る。

「今の、カヅキ様のいらっしゃる方から……私、安全を確かめに行かなければ」

 そう口にするものの彼女の手は震え、足はすくんでいた。

 護衛の為に雇われた訳ではないのだろう。

 見兼ねたシビルは護衛として持っていた剣の柄を握りしめて、名乗り出た。

「俺が見てくる、あんたはここに居ろ」

「私も、行きます……」

 アキは明らかについて行きたいとは思っていない様子だったが、彼と離れてはいけないという義務感からか張りつめた面持ちのままシビルの後に続く。

 

 ―――――――――――

 

 二人は手伝いの彼女の言葉から、二回で一番大きな部屋を目指す。

 幸いにして扉に鍵は掛かっていなかった。

 扉を開くと嫌でもその異常が二人にも分かる。

 整った部屋に似つかわしくない市場か何かの様な生臭い匂い、と何かが焼ける匂い。

 そしてその匂いを放っている、この部屋の主だった男の姿。

「ぃ、やあああああぁ!」

 その光景にアキは目を見開いて悲鳴を上げる。

 しかし、部屋の中に居たのは死体だけでは無かった。

 フードをかぶった小さな人影が悲鳴に反応し、瞬く間にアキに肉薄してナイフを振り上げる。

 その武器から微かな放電音と紫の光が走った。

「止めろフレット!その子は仲間だ!」

 どこかシビルには聞き覚えのある声が響いた。

 直後、部屋の中に居たもう一人のフードをかぶった少年の手から風の弾が放たれ、ナイフをアキに向けた青年を壁に縫いつける様に拘束する。

 生きた風の枷は、拘束された小さな人影の服を激しく揺らし続ける。

「すまない、怖がらせたね――退くぞ、フレット」

「お前……スプラウツの」

 風の弾を使った少年にシビルは見覚えがあった。

 ルクター、とそう呼ばれていた実力者。

 彼は急いで味方の拘束を解き、二人揃って窓から飛び降りていった。

 殺されかけたアキはシビルに縋る様にしがみ付く。

 シビルは二階から飛び降りた二人が無事なのか考える余裕も、アキの事を意識する余裕も無かった。

(部屋が荒らされてる……何だこれは、あいつら深術で人殺しやってるのかよ)

 アキの悲鳴を聞いて来たのか、アニハース家の手伝いの女性も慎重な足取りで現れる。

 彼女も部屋の様子を確認して短い悲鳴を上げ、その場に崩れ落ちる。

「そんなカヅキ様……これは、泥棒がやったのですか?……どうしてこんな」

 荒らされた部屋の様子と、本気で涙を浮かべるアキの様子から彼女は微塵も二人を疑う事は無かった。

 ただ、一人全てを理解したシビルは自分の頼まれた仕事の本当の意味を理解した。

(ジェイン・リュウゲン、俺達を囮に使ったのか。最初からこれを手伝わせる気で、情報が漏れない様に詳しい事伝えなかったのか)

 自分の雇い主がどれだけ危険な人間か、そしてやはり憎むべき最低な貴族の一員である事をシビルはこの時ようやく理解した。

 

 ―――――――――――

 

 彼の弟の名前はアガスタ。

 

 王都に来たその日、学校への入学が決まったその日の帰り道。

 シビルの弟は速度を出し過ぎた貴族の馬車に命を奪われた。

 

 その日から、シビルにとって貴族は全て憎むべき対象になった。

 

 ―――――――――――

 

 アニハース家の惨劇は結局物取り目的の強盗殺人として処理された。

 人が死ぬ現場を間近で見てしまってからアキは前にもまして塞ぎ込み、口数が少ないというより恐怖で喋れないという様子に変わっていた。

(それで『何とかしろ』、か)

 アキの世話係を任されていたシビルに自ずと仕事は回ってきた。

 金は十分に渡されていた為、彼は半ば八つ当たりの様に意味も無く移動費を使いアクシズ=ワンド王国の最西端ともいうべき海上都市ヴィツアナへとアキを連れだした。

 水晶が彩る海上の都市は観光名所としても有名だったので許可はあっさり下りた。

(正直これで何とかなるとは期待して無かったが……)

 シビルの予想に反してアキはこの街に来てから目に見えて顔色が良くなっていた。

 青い尖塔に映る細長く伸びた町の景色を興味深そうに見上げ、潮風に黒髪を躍らせる。

 いつもより少しだけ明るい声で彼女はシビルに礼を言った。

「ありがとうございます、シビルさん。ここまで連れてきてくれて」

「大袈裟だな、貴族様はどこにだって好きな時に行ける金があっただろ」

 彼の言葉にアキは目を伏せて首を横に振った。

「いいえ、私この街はおろか……王都から出たのも初めてです」

「何?」

 シビルは疑う様に目を細める。

「タリア家に居た頃は家の外に出るのも家の中での生活の時間も全部決められていましたから自由な時間なんてどこにも無かったんです。だから今、すごく楽しいです」

 青年の顔を見つめてアキは笑った。

「私、シビルさんのこと誤解してました。本当にありがとうございます」

 その屈託のない笑顔に、シビルは今までの自分の行動を恥じた。

(そうか、こいつも貴族の――貴族の大人達に色んなものを奪われて……)

 彼女のその姿はシビルの中で、弟の姿と重なった。

「誤解じゃない、俺はお前の思う様な人間じゃない」

 アキは軽く首を傾げる。

「そんな事ありません、シビルさんは優しい人です」

 疑う事を知らない様なその少女を見て、彼は貴族を憎んでも彼女だけは傷付けてはいけないと、そう心に誓った。

 

 

 

 

 ―――――――――――

 

 

 

 

 炎の中でシビルは目を覚ました。

(夢、ああ……そういえば、アキ達はちゃんと脱出できたのか?)

 彼は辺りの光景を確認して現実に戻り、自分が柄にも無く過去の光景を思い出していた事に気付く。

 既に彼の周囲は炎と黒い煙に包まれ逃げ場は無くなっていた。

 彼とルオンが宝珠の力で王都に放った炎は大勢の人間を巻き込み、王城を消滅させ王都シントリアを壊滅させていた。

 シビルの弟を奪った街を。

「はは、燃えろ……燃えろ全部、こんな街」

 炎の中で咳き込みながら彼は自分を、貴族を、全てを嘲る様に笑った。

 ひとしきり笑って、彼はその場に倒れこむ。

 既に空気中の酸素はシビルから正常な呼吸を奪っていた。

(俺は結局復讐を捨てる事が出来なかった。でも、アキお前は違う。お前にはこれからの未来があるんだ……だから、生きろ。姉妹(きょうだい)一緒ならきっと……)

 自分の復讐に焼かれた空を見上げて、彼はそこへ手を伸ばして問いかける。

「アガスタ……俺は、一つくらい兄らしい事が出来たか?」

 銀髪の青年の姿は業火の中へと飲み込まれ、消えていった。


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