TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第三話 無敵の賞金稼ぎ 漆黒の翼

 あまりに妙な登場で場の空気が一瞬にして固まる。

 まずバッドとか、サッドとかいうのがただの掛け声なのか名前なのかも判別できない。

「我らは最強の賞金稼ぎ、漆黒の翼!クロウとかいう女はお前だな?」

(賞金稼ぎ?)

 エッジの中で何かが引っかかる。

「……」

 呼ばれたクロウが反応しないでいると、『バッド』と言っていた男が軽くキレた。

「おい、リーダーが聞いているんだぞ!」

「話さないというのなら、ガキ二人とはいえ容赦しないぞ」

 『グローリー』と言っていたリーダーらしき男のガキ、という言葉にクロウがぴくりと指を動かす。

 エッジはクロウの周囲に殺気が溢れだしているのに気付いて一歩引いた。

「ちょっとそこ聞いてるの!?」

「吹き上がれ……奔流(ほんりゅう)

 クロウはブツブツと何かを唱えている。

 どう考えてもそれは深術の詠唱だ。

 エッジは怪しい連中に警告するべきか迷う。

「まあいい、どうしても喋らないというのなら少し痛い目を見てもらうぞ。行くぞお前た――」

「スプレッド!」

 グローリーが言い終えないうちにクロウの声と轟音が響く。

 大気中から小さな無数の青い粒子が集まり、瞬く間に水滴に、水球に、人間すら押し流す程の奔流へと変わっていく。

 大量の水は三人を巻き込み、空に向かって吹き上がる。

「ぎゃあああーー!!」

 高々と浮き上がった彼らの様子、そして詠唱の長さ、水量……明らかにモンスターに使ったものより強かった。

(鬼か)

 エッジは心の中で自称賞金稼ぎの怪しい連中に同情する。

 術になった水が大気に還り、ドサッという音とともに漆黒の翼が落ちてきた。

「な、なかなかやるわね」

「ああ、なかなかやる」

 斧の男性と、短剣の女性が何とか身を起こす。

「……」

 リーダー格の男は白目を剥いて仰向けに倒れている。

「グローリー!起きるんだ!」

 今更ながら、さっきのは名前だったらしい。

「……見えるか、お前達……あの川の向こうの……この世のものとは思えぬ花々が……」

「リーダー!!」

 がくがくと肩を揺さぶって、元気な二人が必死に起こそうとする。

 その芝居がかった言動はどこまで本気なのか分からない。

「何か可哀相になってきた」

 エッジとクロウは敵がすっかり戦闘態勢を解いてしまった事で、どうするべきか困り立ち尽くす。

 と、サッドとバッドはいきなり二人の方を振り向いて叫んだ。

「次に会うときは覚悟しときな!」

「か、覚悟しておけ!」

 捨て台詞を吐くと二人がかりでリーダーらしき男を運んで、漆黒の翼は走り去った。

 

 

「何?今の」

 クロウはまだ声に不機嫌さが残っている。

(でも、何で賞金稼ぎが襲ってくるんだ?)

 この辺りは王都シントリアのある中央大陸より賞金稼ぎが多い。

 街道の治安が元々はあまり良くないせいもあり、強盗や盗賊も少なくないので、基本的に賞金稼ぎはそういった連中を狙っており。その結果として街の治安は何とか保たれている。

 が、賞金稼ぎが意味もなく旅人を襲ったという話をエッジはほとんど聞いたことがなかった。

「クロウは追われてる理由に心当たりはないのか?」

「別にないよ」

 少しだけ顔を逸らして、クロウは横を向く。

 紫の長髪に隠れてその表情は見えない。

「じゃあ……二日前、崖が崩れたのも?」

「――!」

 クロウが関係している確証はなかったがエッジが試しに聞くと、敵意のこもった目で彼を睨んできた。

「たまたま崖が崩れる瞬間を見ただけだよ。クロウの姿は見てない。ただ、あんな事村では滅多に無かったし関係があるかどうか聞きたかったんだ」

「そんな事今どうでも良いでしょう、あいつらとは関係ない。こんな所で無駄話をしてる暇があるなら早く山門に向かった方が良いと思うけど」

 それは確かにその通りではあったが、何かを隠している気がしてエッジは食い下がる。

「別にクロウを責めたい訳じゃない。ただ出来るなら力になりたいんだ」

「頼んでない」

 彼の言葉はクロウには微塵も届かなかった。

 彼女の目はいよいよ敵意を増し、これ以上エッジは会話を続けることが出来そうに無かった。

「……そうだな、ごめん」

 エッジが謝ると、クロウは彼に背を向けて黙って街道を歩き始める。

 

 ―――――――――――

 

 奇妙な遭遇から二日。

 二人は街道を黙々と歩いていった。

 森の時と違うのは、クロウがエッジを振り返りもせず前だけを見ていることだった。

 エッジにも崖での事を尋ねた時から警戒されているのが、時々距離が近づいた時だけ彼の方を確認する素振りから分かった。

(やっぱりあの時、俺が見た光の出所にクロウが居たのか)

 その反応からしてもクロウは、エッジが村で見た男以外にも誰かに追われているのは間違いない様だった。

 それとあの時見た光は恐らくかなり強力な深術だと、色々考えた末にエッジは結論付けていた。

 使い方を誤ればどんな被害を出すか分からないというのに、それを村のすぐ近くでたった一人を捕まえるために使うような人間に追われている。

 勝手な推測ではあったが、エッジはそう思っていた。

(俺を信用できないのも当然、か)

 なら、自分はどうすれば良いのだろうと彼は考える。これでは何の為に付いてきたのか分からなくなってくる。

 そんな事を考えながらも声をかけることは出来ず、エッジはクロウの後を歩き続けた。

 

 

《シリアン山門》

 

 日が暮れる頃になって、ようやく二人は山門に着いた。

 沈黙のままに歩き続ける時間は途方もなく長く感じたが、今エッジの中には微かな感動があった。

「これがシリアン山門……」

 エッジは思わず呟いたものの、実際は門の大きさも馬車が一台通れる程度、見張りは一人だけという小さなものだ。

 が、村からほとんど出たことが無い彼にとって、目の前にまるで巨大な壁のような山があるというのは不思議な気分だった。

 夕日に染まるその光景は何処か幻想的で、今更ながら自分の慣れ親しんだ土地を離れたのだという実感が沸く。

「そこで止まってるなら置いていくよ」

 今のクロウなら間違いなく実行するだろう、エッジは確信する。

「ごめん」

 エッジは謝って後を追うが、返事も聞かずにクロウは歩き始めていた。

(また無視……いや、仕方ないか)

 彼はほんの少しだけ寂しかったが何も言わず、すぐにクロウの後を追った。

「私の後ろにいる奴もです」

 クロウが通行証を見せる。

 何でそんな物を持っていたのか疑問は沸いたが、エッジはあえて何も聞かなかった。

「分かりました、道中お気を付けて」

 その瞬間二人は空耳を聞いた。

「はーっはっはっは!」

 上から響く聞き覚えのある高笑い。

「行こうか」

「ああ」

 再び二人の頭上から声が降ってくる。

「待たんか貴様ら!」

 黙々と歩き続けたせいか、疲れが溜まっているらしい。早く先を急がなければ……二人がそう考えて進もうとすると、目の前に短剣が飛んできて刺さった。

「待てというのが聞こえないのか!」

 仕方なく二人が見上げると門の上にグローリーが立っていた。

「……再編集のあおりなのは知ってるけど、一話で二回も出てこないでよ」

 クロウがうんざりと呟く。

「そんなところで何をしている!」

 山門を守る門番がグローリーに怒鳴る。

 門の上に立っている人間を見れば普通はそう言うだろう。

 しかし、二人は今更そんな事を指摘する気も起きなかった。

「ふふふ……この私に喧嘩を売るとはいい度胸だ」

(こいつは何をしに来たんだ?)

 エッジは呆れた。

 無意味な登場をした上に今も門番と喧嘩をしているグローリーは、門の上でまるで『私がこの世界の王だ』とでも言う程に不遜な態度で腕組みしている。

「しかし!今日のところはその勇気に免じて見逃してやろう!」

 そう叫ぶと彼は門の上から、山門の奥へと走り去った。

(逃げるのか……)

(逃げるんだ……)

「追い掛けるか?」

「正直放っておきたいんだけど、どちらにしてもあっち通らなきゃならないから」

 相変わらずエッジと目は合わせないがクロウも仕方なく、という感じで賛成する。

「じゃあ、行くか……」

 諦めのため息をついて二人は重い足取りで後を追い始めた。

 

 ――――――――――

 

「やっと来たか」

 グローリーは思いの外足が速く、追い付くのには時間がかかった。

 山道は両側を崖に挟まれた道で、グローリーは右の崖の上にいる。

(逃げ足だけは一級品だな)

 しかし、返り討ちになって何故また現れたのかエッジは疑問に思う。

 クロウという少女を知ってまだ日が浅いエッジにも、下手に彼女を怒らせたら本気で怪我しかねない事は分かった。

「あの、一応言うけど逃げないと危ないぞ……」

 エッジが警告する後ろでクロウは既に詠唱を開始している。

「ふっふっふ、私達に何度も同じ手が通じると思うなよ!行け、お前達!!」

 クロウが背後の気配に気付き振り向こうとする。

 が、それより早く彼女は後ろから地面に押し倒される。

「くっ……」

(こんな単純な作戦に)

 相手を侮るあまり敵の策にはまったことにクロウは苛立つ。

 当然、詠唱は中断された。

「作戦成功だな」

「ここまで巧くいくとはね」

 のしかかってきたバッドと背後から現われたサッドの声に勝ちを確信した優越感が漂っている。

「はーはっはっはっは、私達の勝ちだな。お前もおとなしく剣を捨てるのだ!」

 確かにエッジの剣は崖の上にいるグローリーには届かず、どう動こうと全員を即座に倒す事はできない。

 その上、クロウを人質にとられてしまっては下手に動けない。

「さあ、どうする?」

 グローリーは再び問い掛ける。

「……」

 エッジは無言で剣を背中から外し、地面に置いた。

「勝ったな、リーダー!」

「はっはっはっは、さあ、こいつらを縛り上げろ」

「じゃあ、おとなしくしてもらうよ」

 サッドが縄を持ちエッジの方へ近づく。

(最悪……こんな、馬鹿な奴らに捕まるなんて)

 自分はバッドの下敷きにされて捕まり、エッジも剣を捨ててしまい既に下を向いている。これでエッジがサッドに縛られてしまえば自分達の完全な負け――バッドに捕まったままのクロウはこの状況と、それを招いた自分の油断に唇を噛み締める。

「……落ちよ」

 エッジが下を向いたまま何かを呟く。

 クロウはハッ、とした。

 空気中のディープスに動きがある事に気づいたからだ。

「何だと!?もう一回ゆっくり言ってみろ!!」

 エッジが何か話しかけて来たと勘違いしてグローリーが憤る。

「何だか分からないけど、とりあえず大人しくしていろ!」

 エッジの態度に焦ったのか、バッドがクロウから離れエッジに突進する――はずだった。

 しかし、突如空から落ちてきた閃光に阻まれる。

「ぐああ」

 バッドが悲鳴をあげて、倒れた。

(雷……?)

 クロウの目には一瞬だが、確かに稲妻の折れ曲がった線が見えた。

「バーーーーッド!!」

 漆黒の翼の二人が驚愕に目を見開き、倒れたバッドを見る。二人は何が起きたのか分からず混乱していた。

「ごめん、別に恨みは無いんだけど……」

 謝るエッジにグローリーがまた、芝居掛かった大げさなリアクションで叫ぶ。

「貴様がやったのかぁ!!」

 その言葉には答えず、エッジは右手を崖の上のグローリーに向ける。

「――ライトニング」

「ぐあぁーーーー!!」

 今度は崖の上のグローリーに雷が落ちる。

「Σリーダーー!!」

 再びサッドが叫ぶ。

「俺は確かに剣を使うけど、だからって深術を使えないとは限らないだろ?」

「おのれ、絶対許さんぞ!」

 雷を食らっておきながら、グローリーは何とか立ち上がる。

「それは良いけど……あの」

「『あの』、何だ!」

「そこ危ないよ」

 エッジが言ったのとほぼ同時に、クロウの声が人気の無い山道に響く。

「――スプレッド」

 さっきバッドがクロウから離れたとき、クロウはありったけの怨みをこめて詠唱を開始していた。

 グローリーの立っている崖からはるか下、エッジ達が立っている地面から巨大な水柱が吹き上がる。

「く、来るなあぁぁぁー!!」

 悲鳴は水の轟音にかき消され、グローリー自身も水に呑まれて見えなくなってしまった。

「だから言ったのに」

 エッジは敵に同情しながら、落ちてくるグローリーの姿を見守る。

「……ぁぁぁあああ!!」

 本気で生死が心配になるような土煙を上げてグローリーは落下する。

 その姿はさながら、攻城用の投石の様だった。

 

 ――――――――――

 

 

「大丈夫か?」

 エッジはグローリーに声をかけてみたが、落ちた衝撃で完全に意識を失っているようだった。目がうず巻きになり、ひよこが飛んでいる。

 エッジが黙ってグローリーを担ごうとすると、クロウに制止された。

「何をしてるの」

 反対されるのが分かったので、エッジはなるべく険しい表情を作ってクロウの方を見る。

「このまま放っておいたら危ないと思って」

「自分が何をしてるか分かってる?そんな奴、放っておけばいい」

 エッジは彼女の勢いに気圧されて少し視線を逸らす。

「……でも」

 口籠もるエッジにクロウがさらに追い打ちをかける。

「敵に情けをかけても何も得られないよ。わざわざ自分の身を危険にさらしたいなら別だけど」

「ごめん……」

 仕方なく、どさっという音をたてて気絶したグローリーを降ろす。

「もうここに用はないし、行くよ」

 エッジに向かってそう言うと、クロウは気絶したままのグローリー、そして唯一無事で立ち尽くすサッドに視線を移した。

「じゃあね」

 ひどく不機嫌な声でクロウがそれだけ言い、二人はその場から去った。

「……結局また私が運ぶのね」

 未だに倒れたままの二人を見てサッドはため息をついた。


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