TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第五十五話 『混血児』

 合流し、五人になったエッジ達は『爪雷』のフレットと混戦になっていた。

 アキは人数差を考え一人で『紅蓮』のセルフィーと対峙するリアトリスの助けに向かおうとしたが、それはリアトリス自身によって制止される。

「待ってアキ、これは一対一で始めた深術士同士の戦いなの。この子との勝敗は有耶無耶にしちゃいけない。だから、例え私が負けるとしてもアキは手を出さないで」

 炎の勢いに押されながらもリアトリスの眼は真剣で、アキは思わず足を止めた。

「リアさん……」

「はあ?私に負けても命があるって思ってるの?」

 と、いきなりリアトリスの深術障壁の形が変わり鉢の様になる。流れるように炎はその内部を滑って術を放ったセルフィーの方へと向きを変える。

 攻勢に回っていたセルフィーは驚きに目を見開きながら、横に転がってその炎を躱す。

「火の深術は全属性の中で一番指向性が低いから……少しの干渉でも簡単に方向が変わる」

「知ってるわよ、火の深術の事なら!」

 セルフィーがイラついた様子で、自分の炎とリアトリスの障壁が途切れる瞬間を狙って鞭を振るう。

「い、っ……た!」

 ディープスの気配には敏感でも、武器に関してはまるで素人のリアトリスはその攻撃に不意を突かれ痛みに声をあげる。

「戦いの事何も分かってない、痛みの堪え方も知らない……あんたみたいな奴に私は負けない――接華浮燈(せっかふとう)(じん)!」

 前回の戦いで使ったのと同様に赤い鉱石がいくつも空中にばら撒かれ、赤い光の珠へと変わった。

 リアトリスはセルフィーが次の術を唱える前に、それらを撃ち落そうとレイの詠唱を開始する。

「残念それは間に合わないわよ、これで準備は終わりだから。見せてあげるわ地獄の炎――秘奥義、」

 リアトリスは全ての赤い光の珠が爆発寸前まで膨れ上がり、空間を埋め尽くすのを見た。

「インフェルノドライブ!」

「ッ、結晶化(ジェネレイト)!!」

 流星の様に突撃してくる炎の珠、一つ一つが上級深術『エクスプロード』に成長する真紅のそれらに対してリアトリスは彼女の持てる最大の防御、虹色の光コレクトバーストと『色の水晶(クロマティッククリスタル)』の併用で身体全体を覆って防御に回る。

 その激突はとても近付けるものではなく、アキは辛うじて業火の向こうのリアトリスの姿を確認し、それから唇を噛んで彼女の姿に背を向けた。

「術は防げても、熱までは遮断できないでしょう?その囲いの中で焼け死になさい!」

「ぁ、っぅうう!」

 セルフィーの挑発に対して、必死に熱に耐えるリアトリスの返事は無かった。

 

 

「あんたの相手は私だって言ってるでしょう!」

 クロウがフレットに向けて一直線に加減無しの深術を放とうと、闇のディープスを集束する。

 フレットはそれに対し、至近距離で戦っていたエッジに鉤爪を叩きつけるようにしながら反動を利用しエッジを盾にする様に回り込む。それを見てクロウは慌てて術を中断した。

「ッ!」

 フレットはクロウを笑い、彼女が本気を出すのを待つ様に挑発する。

「どうした?撃たねーのかよ。今『エッジ』ごとふっ飛ばせば俺を倒せたぜ」

「調子に乗るな!」

 エッジにそのまま攻撃を続けようとするフレットに対し、クロウはその足元からシャドウエッジの刃を上昇させ追い払う。

 フレットは彼女の反応を面白がる様に顔を見ながらその攻撃を難なく躱す。

「ブラッディランス!」

 クロウはそのまま攻撃の手を緩めず、なるべく仲間を巻き込まない垂直に近い軌道で黒い槍を降らせた。

 前回の海上都市での戦いで距離を詰められると危険だと学習していたクロウは、フレットのスピードから逆算して牽制で自分とフレットとの最短コースを封じていく。

 うかつに飛び込めば串刺しにされる為クロウに接近戦を挑む選択肢がなくなったフレットは、瞬時に判断を切り替え再びエッジに斬りかかった。

「くっ!?」

 一撃目は辛うじて剣で受け流すものの、二撃目でエッジは完全に体勢を崩される。

 ブレイドの深術を応用した剣術相手には効果を見せたエッジの防御も、純粋な筋力で圧倒してくるフレットには通用しなかった。

「終わりか、じゃあな」

 あっさり、興味無さそうに断じるフレット。

 エッジに立て直す時間は無かった。

 辛うじて敵の姿を確認しようとしたエッジの瞳の中に、フレットの振りかぶった帯電する鉤爪が大きく写る。

烈破掌(れっぱしょう)

 直後、フレットの余裕の姿は後ろに吹き飛ばされた。

「……よそ見してんじゃねぇよ」

 クリフの気を纏った掌底で飛ばされたフレットは、武器でブレーキをかけ土煙をあげながら減速する。

「っと、やるじぇねーか」

 吹き飛ばされた彼に、更に間合いを詰めたラークの追撃が及んだ。

 足元を狙ったラークの一閃をフレットはジャンプして避ける。

 しかし、空中は移動が出来ない。

 その隙を見逃すラークではなく逃げ場がない状態の敵に対して、一閃目の勢いを生かしたまま身体を捻って斜めの斬り上げを放つ。

 フレットも流石にそれは避けられず両手の鉤爪を交差して防御の姿勢をとる。

 激しい放電が起こった。

 ラークと武器が離れてもまだバリバリという音を立てたまま、フレットは着地する。

魔神剣(まじんけん)!」

 その右腕を、エッジが放った斬撃が捉えた。

 フレットの実力は圧倒的だったが、人数差には流石に勝てずに舌打ちする。

「チッ」

 普段フレットが身に着けている丈の余った服が斬れ、そこから剣の赤い跡が覗く。

 と、

「な、」

「傷が……」

 クロウとエッジが動揺するのも無理はなかった。

 直撃を受けた激しい出血が、エッジ達の見ている前で治まっていく。

 それは明らかにラークと同じ「(シン)」の一族の様な、特殊な能力だった。

 よく見ればその肌は普通の人間と同じではなく、獣の様な毛で微かに覆われていた。

「何だよ……何なんだよ」

 子供との戦いに拒否感を持ちながら、それを表に出さなかったクリフもこれには思わず手を止める。

「は、そんなに珍しいかよ。お前ら普通の人間にとっては動物か何かにでも見えるかよ!」

 足を止めたエッジ達に斬りかかるフレットをラークが受け止め、ぎりぎりと鍔迫り合いになる。

「シンの血が混ざった『混血児』……まだ生きている者が居たか」

 ラークは同情と警戒とが混ざった眼差しでフレットを見つめた。

 クロウが呆然と呟く。

「フレットが、シンの一族……?」

「ただの子孫じゃない、混血児は『(シン)』と『(シン)』と人間の血が混ざったものに稀に起こる遺伝の異常だ。両方の力を引き継いだ獣の子として恐れられ、大半が狩り尽された……アエスラングとイクスフェントが断絶して数千年、彼を見つけた大人達にとって確かに『兵器』として申し分ないだろうね」

 フレットの凄惨な過去を語りながらも、ラークは全く手の力を緩めない。

 その態度にフレットは嬉しそうに笑った。

「どうでもいい、こんな糞みたいな世界になんて何も期待してねーよ。ただ、俺はお前みたいに強い奴と戦えれば、それで良い!」

 コレクトバーストによる虹色の粒子が、フレットの身体に吸い込まれる。

「ラーク!」

 本能的にラークの危険を感じて、エッジが叫ぶ。

「デュアル・インディグネイション!」

 普段なら溜めを必要とする技をフレットは鍔迫り合いをしたまま発動させ、ラークを後ろへ吹き飛ばした。

詠技(えいぎ)――蓮華(れんげ)!」

「『発』!」

「ブラッディランス!」

 アキの放った炎が鉄の鉤爪に切り裂かれる。

 クリフが時間をかけて練った気の奔流が、コレクトバーストの力を得た雷の爆発であっさり相殺される。

 クロウが放った槍の連射が、異常な運動スピードで掠りもせずに躱される。

「弱え、弱ぇ、遅え!こんなもんかよ!お前らの本気は!」

 フレットは哄笑した。

 ラークと同等のスピードとパワー、クロウにも迫る勢いの深術。

 コレクトバーストを使った『混血児』フレットの力はエッジ達を圧倒していた。

(まずい……!) 

 エッジが剣を抜刀の様な姿勢で低く構える。

 彼は躊躇い無く、ラークとの修行で身に着けた技を使った。

 フレットもそれに嬉しそうに気付き、両腕を大きく交差させて鉤爪に雷のディープスを集束する。

(一度目の斬撃で空気を切り裂く、一度の斬撃じゃ空気抵抗で威力が落ちるけど、そこに同じ軌道で連続で斬撃を重ねれば、それは――)

 

――秘奥義と呼ぶに相応しい、必殺の斬撃になる。

 

 ラークに言われた言葉を頭の中で反芻しながら、エッジはラークから教わった『真空破斬』を連続で放つ。

(一撃、二撃……最後の一撃に最大限の力を込めて)

連撃(れんげき)にして一撃成(いちげきな)す、(これ)()()(かぜ)(やいば)――真空蒼破塵(しんくうそうはじん)!」

 先に放った二撃を追い、それさえも飲み込むように、ラークの技よりも更に巨大な斬撃が一直線に飛ぶ。

「ハハッ、いいぜ見せてみろよ――四電双爆破(しでんそうばっぱ)ァ!」

 それに対してフレットは自分から距離を詰め、両手にデュアル・インディグネイションを重ねた激しいディープスの爆発で迎え撃つ。

 両者の激突から空中に向かっていくつも雷の線が伸び、洞窟内に焦げ跡を残す。

 その余波で生まれた風は二人以外の仲間達を後ろへ押しのける。

「がああああっ!」

 競り負けたのは、エッジの技の方だった。

 攻撃の余波が、エッジの手から剣を弾き飛ばす。

「そんな……まだ完成してないの?」

 ずっと船の上でエッジが必死に練習するのを見ていたクロウがショックを受ける。

(違う、今のは完璧だった。それでも届かない――エッジはこの先どれだけ剣の修行を積んでも、彼を破れる程にはならない)

 ラークは飛ばされた身を起こしながら、これがエッジの限界だという事を悟った。

「ハハッ、何だよバルロ。これが『エッジ』かよ?こんなのに負けたのかよお前、ハハ――」

「――岩砕閃(がんさいせん)

 高笑いが途切れ、フレットはがくりと膝をつき前のめりに倒れる。

 エッジの秘奥義の隙にフレットの背後に回ったアキが、石斧の様な打撃を彼の後頭部へと叩き付けていた。

「……ええ、確かに貴方は強いです。でも、これは残念ながら決闘ではありません。父が始めた事は、私が必ず止めます」

 アキは倒れた少年の姿に耐える様に、自分の武器を強く握り締めた。

 そこでようやく一息ついた彼女は、初めて気付いた。

 洞窟内全体を揺らす振動に。

 

 

(どうなってるのよ……闇属性の障壁ならとっくに溶けてる、熱を持った光属性の障壁なら熱で深術士がもたない筈なのに、あの虹色の壁は熱にまで強い訳?)

 『インフェルノドライブ』を放ち続けるセルフィーも、暑さで大量の汗を流し始めていた。

 一方のリアトリスも障壁の内部で膝を着き、『色の水晶(クロマティッククリスタル)』の内部まで進入してくる熱を抑える為に両手に氷の深術を絶えず発動させ続け、今にも倒れる寸前だった。

 元々コレクトバーストで『色の水晶(クロマティッククリスタル)』を詠唱無しで出すのは体力の消耗が激しい。それが一度だけならともかく、今は普段なら発動時以外使う必要のないコレクトバーストを維持し続けなければならずリアトリスの限界は近かった。

 徐々に氷の深術の威力も落ち、外側に一番近いリアトリスの手は既に熱で真っ赤だった。

「っ、この!まだよ!」

 それはセルフィーも同じであり、術の威力を維持する為にコレクトバーストを使い続け、コントロールの為に伸ばし続ける手は火傷し始めていた。

「もうやめよう、そこまで必死になる事無いよ。そんな風に自分を傷つけてまで戦うなんて……」

「うるさい、私はあんたみたいな奴に絶対負けない!私は今日まで必死に努力してこの『紅蓮』の名前を手に入れた。その苦しい思いもしてないあんたなんかに負けるなら、私の全部が無意味になる!」

「違う……」

「違わない!血を流す痛みも、才能への羨望も知らない癖に!ロクに苦しんだ事も無い癖に――」

「あなたが今日までそんな苦しい思いを乗り越えてまで、『生きてきた』事が無意味だなんて事、絶対にない!!」

「……え?」

 セルフィーの術が一瞬止まる、リアトリスはその一瞬に『色の水晶(クロマティッククリスタル)』の障壁を分解した。

 破片となった障壁がほんの一瞬だけセルフィーの術を押し返し、リアトリスは危険を承知でそのわずかな隙を突いて彼女の手を氷で拘束した。それ以上その手が、自らの火で傷付かないように。

「辛い事しか無くても……それを乗り越えたなら、あなたにとって一番大事なものは自分でしょう?……手元に残ったものが『称号』だけだからって、それを守る為に自分自身まですり減らすなんて間違ってる」

 セルフィーは呆然としていた。初めて、何か知らないものに出会ったかのように。

「あなたはただ、あなたのままで生きていて良いんだよ」

 そう言って、リアトリスは微笑んだ。

 

 

 そこで、振動は彼らの足場を揺るがす所にまで及んだ。

 

 

 ―――――――――――

 

 

「待てよ……まだ、俺は負けてない。まだ戦える」

 まだきちんと立ち上がる事も出来ないまま、フレットは憎悪をその目に燃やして膝を起こす。それを見たラークは早足で彼の元へと近付く。

 クリフがそれを見て、必死に止めた。

「待て殺すなよ!そいつは――」

 ラークは容赦なく、立ち上がりかけたフレットの顔を蹴り飛ばした。

「ああ、トドメを刺してる時間は無い。急いで火山を出よう、多分宝珠が奪われてディープスの流れが狂い始めてる」

 そう言うと、ラークは膝を着いて立てないリアトリスの元へ向かった。

 

「エッジ立てる?アキも、悪いけど帰りはラーヴァンで無理矢理滑空するってのは出来そうに無いから走るよ」

 怪我をしたエッジと、顔色が悪いアキの手を、クロウが掴んで走り出す。

 クリフも倒れたフレットの様子を一瞬見たが、足場に亀裂が入り傾き始めたのを見て仲間達の後を追った。

 

「……ラーク?え!?」

「急ごう、宝珠が『座』を離れた。ここは危険だ」

 突然ラークに担がれ、リアトリスが慌てる。その間にも足元の亀裂は更に増え、リアトリス達と呆然と立ち尽くしたままのセルフィーとを隔てた。

 リアトリスは、急いで彼女の手の拘束を解く。

「待ってラーク、この子も一緒に――」

「駄目だ、その子は……敵だ」

 そう答えるとラークは足に力を込め飛び出す。

「逃げて、走って!セルフィー!!」

 リアトリスが伸ばした手は、信じられない程早く彼女から離れた。

 

 

 

 

 

 足元が斜めになって、セルフィーはようやく自分が置かれた状況に気付いた。

 足場が崩れようとしている、セルフィーは反射的に目の前で崖になり始めた岩に飛びついた。

 直後に彼女が立っていた足場は完全に崩れ、まるで長い長い滑り台の上に掴まっている様な状態になってしまった。

 そこで、彼女は自分を照らす赤い光に気付く。

 その滑り台は、マグマに直結する死の滑り台だった。

「やだ……死にたくない、こんなのやだ」

 何とか手を伸ばして、足で斜面を蹴って身体を上へと上げる。

 だが、少女は忘れていた。

 目の前の、確かに見える岩もまた崩れない保証など何処にも無い事を。

 全体重をかけて、身体を上へと運びかけた左手が支えを失ってあっけなく落ちる。

 その勢いを止める力は、少女の右手には無かった。

 両手が掴まっていた崖から離れる。

「嫌だ……やだやだやだやだ!!」

 自分が使う炎の熱さを思い出して、それに身を焼かれる恐怖に少女の目から涙が溢れる。

 

 その手を、誰かが掴んだ。

「え……フレッ、ト?」

 信じられない思いで、幻でも見るようにセルフィーは自分の手を掴む少年の顔を見た。

 その顔を強く、強く怒りに歪んでいた。

「認めねえ……負けなんて……」

 目の前の現実全てを否定する様に、フレットは手に力を込めて落ちかけた少女の体を引き上げた。

「勝負に負けて、味方まで全滅させて完敗なんて認めねえ!死にそうになってんじゃねえよセルフィー!!」

 セルフィーは信じられなかった。

 確かにフレットは負けを嫌う、けれど仲間を助ける事など一度も無かった。それどころか邪魔になるなら殺す事さえあった。

 それでも、まだ自分が生きている事が嬉しくて、セルフィーは礼を言った。

「あの、ありがとう……フレット」

「馬鹿、言ってる場合か走れ!!」

 苛立った様子でフレットは、セルフィーの手を強引に引いて来た道を全力で引き返していく。

 何度も足場が完全に途切れそうになり、その度にフレットはセルフィーを半ば投げる様にして無理矢理次の足場へ渡った。

(私一人じゃ……こんなの絶対脱出できなかった)

 どっちにしても自分は一人では助からなかったのだと悟り、セルフィーは乱暴に彼女を扱うフレットに逆らわず身を任せた。

 そのせいか出口の光が見えた時、それはどこか現実離れした希望の様に見えて気が緩んでいた。

 最後の最後、上から音を立てて降ってくる落石にセルフィーは気が付かなかった。

 フレットが舌打ちして、セルフィーを無理矢理突き飛ばす。岩が微かに傷の残る彼の右腕を直撃して、血が溢れた。

「フレット!ごめん、私……」

 彼を助け起こそうとしたセルフィーの手を、フレットが払いのける。

「真っ平なんだよ、お前のせいでバルロにあれこれ言われんのは」

 そう言って出血を無視し左手でセルフィーの手を握ると、二人で真っ直ぐ外へと走った。

 光に向かって。

 

 ―――――――――――

 

「ここまでに、宝珠を持った奴らとは会わなかったよな」

「洞窟は内部でいくつかに別れてる、必ずしも同じところを通るとは限らない」

 外に脱出し疑問を口にしたエッジに、ラークが答える。

「……違うルートで逃げてたとしたら、もうここには」

 リアトリスがぼんやりとしながら口にした言葉に、クロウが言った。

「なら、アクシズ=ワンドに戻るんじゃない?急いで追いかければ、何とか間に合うかも」

 そう言うと、ラーヴァンを実体化させその背に乗る。

「って、これに乗る気かよ、全員乗って大丈夫なのか?」

 クリフが乗り気では無さそうに言う。

「六人くらい余裕だよ。ただ、アクシズ=ワンド王国内だと私達指名手配されてるし乗り降りするのは町の外……ちょっと離れた開けた場所とかじゃないと無理だけど」

「何で今それ言ったんだ?」

 当然といえば当然の説明にクリフが首を傾げ、クロウが怒る。

「抜けてる奴が居るからでしょ?諜報部隊クビになった間抜けに言われたくないわよ!」

 睨み合う二人を差し置いて、アキ、エッジ、リアトリス、ラークが次々にラーヴァンの背に乗る。

「私、これに乗るの初めてです。結構安定してるんですね」

「ああ、俺も乗せて貰ったのは数回だけだけど、生き物みたいな揺れが少ないから案外快適だよ」

「私空の上なんて自信ない……」

「大丈夫、以前エッジが初めて乗った時も問題なかったし、クロウの腕は確かだよ」

 

 クロウは、和やかにラーヴァンの上で会話する彼らを見て不思議な気分になっていた。

 ラーヴァンは死の象徴でいい思い出など何もなく、見られれば必ず恐怖か不信の目を向けられていたからだ。

 けれど、ここにいる仲間達は誰もそんな様子を見せずただ、空を飛ぶことへの期待と不安しか持っていないようだった。

(……みんな当たり前みたいに受け入れてくれてたんだ、私の事)

 状況は全然よくない。

 宝珠が奪われるという最悪の事態、今船を見つけられなければ世界のバランスは滅茶苦茶に崩れるらしいし、しかもジェイン・リュウゲンなんて思いつく限り最低の人間の手に強大な力が渡ってしまう。

 それでも、何故かクロウの胸に不安は無かった。

「よし、じゃあ行くよ!全速力で」

「え、ちょっと待て。俺まだ乗って――」

 クロウが皆にかける声さえも少し上ずる。

 ラーヴァンが大きく羽を広げ、一気に浮遊する感覚が全員の身体を包む。

「待て待て!何で俺が尾に掴まったまま飛ぼうとしてんだよ!おい!」

 先にはきっと困難が山の様にある。でも、

 ――この仲間達と一緒ならどんな事だって乗り越えられる。

 クロウは何故か、そんな気がした。


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