TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
≪カンデラス火山内部≫
「待て、ここだ」
騎士団にリアトリス、ラーク達が足止めされている間にジェイン・リュウゲンとそれを護衛する『爪雷』、『紅蓮』、『厳岩』と、スプラウツの子供達は火山の内部の洞窟を進んでいた。
黒々した変化の無い壁面が続く中で、それをなぞって歩いていた隻眼のリュウゲンが突然足を止める。
「間違いないのですか?」
『厳岩』のバルロが丁寧な口調でリュウゲンに尋ねる。齢六十に近いバルロにとって、四十後半のリュウゲンは年下であったがその態度には普段子供達に見せる事のない敬意が滲み出ていた。
リュウゲンは頷き、壁面を確かめて呟く。
「神の残しし宝珠の御座へ……シンに連なる我に扉を開け、我が名は――」
壁面の内部をマグマが流れるような光が走り、積み上げた岩が崩れる様に壁はリュウゲンの手が触れた所から消えていった。
「行くぞ」
それに驚くことも無く、リュウゲンは現れた道へと進んだ。
現れた穴は大人二人が十分に並んで歩ける大きさで、リュウゲンから間を空けず付き従う様にしてバルロが、そして他の子供達が恐る恐る続く。
と、最後尾を歩く『紅蓮』のセルフィーが何かに気付いたように顔を上げバルロに報告する。
「来た、数は三人。裏切り者のジェイン・アキと、この間の光の
「フレット、セルフィー迎撃しろ。リュウゲン様に近付かせるな」
足を止める事無くバルロは二人に命令した。
彼女と共に殿を務めていた『爪雷』のフレットは言われるままに踵を返しながら、セルフィーの方へ首を傾げてみせる。
「お前この距離で分かんのかよ」
「クロウみたいに行ってない場所は無理でも、鉱石を置いてくれば感知の距離だけなら私だって負けてないわよ!」
バルロに聞かれない様急ぎ足で離れながら、むっとした様子でセルフィーはフレットに噛み付く。
フレットはそれに対して面倒臭そうな顔をしながら彼女より先に出た。
「それは良いけど今度は足引っ張んなよ、『爆発』」
「だから!私は、『紅蓮』だって言ってんでしょうが!私どころかクロウより年下の癖に生意気言ってんじゃないわよ!」
―――――――――――
「流石に内部は、外の比ではありませんね……」
穏やかな中央大陸の気候で育ったアキは、額に汗を流しながら口にする。
洞窟内を走り始めてからの僅かな時間で、熱は確実に三人の体力を奪っていた。
しかも内部は徐々に勾配になっており、坂の左右には空洞が広がって下からマグマの赤い光が覗き、気を抜けば落ちてしまいそうだった。
「大丈夫か?無理にスピード出さなくて良い――って言いてえとこだけど」
「ごめんアキ、もう少しだから!万が一にも宝珠が人間の手に渡ったら、世界はどうなっちゃうか分からない……絶対、渡すわけには」
二人の心配にアキは首を横に振る。
「いいえ、ラークさんの行動を無駄にはしません。何より、父を止めるのは私の役目です」
決然とアキは言い、リアトリスとクリフもそこにアキの覚悟を見てもう何も言わなかった。
と、走る彼らがやや開けた場所に出ると、目の前に燃える様な赤髪のセルフィーと、やる気の無さそうな紫の髪のフレットが立っていた。
三人とも一度セルフィーとは交戦していたので、敵である事を悟って足を止める。
「あの時の……」
リアトリスは二人の姿を見て前回戦ったとき成す術無くフレットに殺されそうになった記憶が甦り、声を震わせる。
あの時助けてくれたラークは横に居ない。
「また会ったわね、今度こそ殺してあげるわ。光属性使い」
殺気に満ちた目でリアトリスを睨み付けるセルフィーとは対照的に、フレットはつまらなそうに言う。
「何だ男ってこの間の剣士でも、エッジとかいう奴でもねーのかよ……」
その余裕の態度に、唯一フレットの実力を知っているリアトリスの背に冷や汗が流れる。
(私じゃ相性が悪い。こっちを彼が狙ってきたらアキとクリフさんの足手まといになる)
リアトリスは少し大きな声で宣言した。
「あの子の火の深術は私が防ぐ、二人は鉤爪の男の子の方をお願い」
その宣言にアキとクリフは驚いて振り向き、セルフィーは不愉快そうに目を細めた。
「フレット、手を出さないで……あの女は私が倒す」
あ?、とフレットは首をかしげ、それから笑った。
「じゃあこっち二対一か、良いぜ。お前と組まなくて済むならやり易いしな」
そう言うなりフレットは獲物を狙って飛びかかる猛禽類の様に両手の鉤爪を広げ、その間から放電音がした。
突然豹変した彼の殺気に、クリフとアキも身構える。
「あんた名前は?」
「リアトリス・フローライト」
そう、とセルフィーは右手に握った鞭と左手に持った炎熱鉱石を握りしめる。
「『紅蓮』のセルフィー、それが私。喧嘩を売る相手を間違えたこと、後悔させてあげる!」
言うなり、セルフィーは指の間に挟んだ赤い鉱石を時間差で投げつけた。
それらは次々に赤い光を纏って大きくなり、一つ一つが上級深術『エクスプロード』へと成長する。
リアトリスも黙って見てはいなかった。前回の戦いで核となる鉱石を砕けば良いと分かっていたリアトリスは、杖から小さな光の矢を放ってその赤い光を撃ち落とす。
しかし、全てを打ち落とし続けるほどリアトリスは攻撃が得意ではなかった。
一つがリアトリスの迎撃をすり抜け、上級深術として炸裂する。
仕方なくリアトリスは前回同様、闇属性の槍と障壁の併用で防御に回った。
が、セルフィーはそこで手を緩めない。
手持ちの鉱石を消費し同じ攻撃を続ける。
「く、ううっ!!」
合間に隙を見てリアトリスは投げつけられる炎熱鉱石を打ち落とすが、どんどん受けに回らざるを得なくなり、障壁の端が欠け熱がリアトリスの服を焼く。
「やっぱり、あんた攻撃は全然ダメじゃない。最初からこうすれば良かった、今度こそ、骨も残さず消してあげる!!」
セルフィーの高笑いが、洞窟内にこだました。
「こいつ、何だよ!」
「
アキが一直線に間合いを詰め、槍の様に和傘を振るう。それをフレットは難なく回避し、空振りした彼女の武器を大きく弾く。
それは一瞬の事でアキには体勢を立て直す暇すらなかった。
「アキちゃん!――『
青い気を纏ったクリフが、攻撃動作に移っているフレットとアキの間に腕を伸ばす。気は鋭角的な形を形成し、クリフの腕を鎧の様に覆ってフレットの鉤爪を弾き返した。
そこから生まれた電気が、薄暗い洞窟内を青白く照らす。
「はっ、何だよ歯応えねえな。二人がかりでこの程度かよ」
笑みを浮かべるフレットに、アキとクリフは悔しそうな表情で挟撃を仕掛けた。
「
「
フレットは岩をも砕くようなアキのスイングを右手で叩き落し、嘲笑うように左手の鉤爪でクリフの両掌を受け止めた。
「もっと楽しませろよ、ほら」
―――――――――――
ジェイン・リュウゲンと『厳岩』のバルロ、それに付き従う子供達はそこへたどり着いていた。
洞窟の奥深く光が届かない場所でありながら、赤く照らされた壁面はくり貫かれた様な綺麗な半球形なのが容易に見て取れる。
その赤い光の中心に三重の巨大な円があった。
岩を削った台座の様でもあり、『それ』を内部に取り込もうとする塔の様でもあるそこに、赤い輝きを内包した水晶の様な火の宝珠シーブレイムスは安置されていた。
宝珠は成人の頭部ほどの大きさで、周囲に目で見える程の濃度のディープスの流れを纏っている。流れは空気中から絶えず霧のように生まれ、台座の中へ、奥へと吸い込まれていた。
ジェイン・リュウゲンはその台座に近づき直接触れないようにしながら、ここへの道を開いた時の様に手をかざして何かを唱える。すると、宝珠の光が一際強くなり、ディープスの流れが加速する。
それを確認したリュウゲンはまだ動く右目で宝珠を睨み、それからもう一度何かを唱える。
全てを終えると宝珠の輝きは覆われたように陰っていた。台座の内部へと流れていたディープスの流れも消える。その様子を後ろから見ていたバルロが指示を出し、二人の子供が赤い布を持って進んで宝珠をそれで包むようにして台座から下ろす。
「これがそうなのですか」
「直に触れるなよ、宝珠は意思を持っている。下手に使おうとすれば意識を乗っ取られるぞ」
リュウゲンの説明に宝珠を持たされた子供二人は微かに身震いする。
「すぐに離脱するぞ、目的は果たした」
その言葉で全員が来た道を戻り始める。
宝珠が失われた「座」からは、小さな振動が生まれ始めていた。
―――――――――――
フレットと戦っていた二人が、叩きつけられた雷のディープスの爆発で吹き飛ばされる。
「うっ!」
「ぐあっ……」
「アキ!クリフさん!」
「余所見してんじゃないわよ!」
リアトリスとセルフィーの術の拮抗もギリギリのところで、リアトリスの防御も今にも破れてしまいそうだった。
フレットはため息をつく。
「終わりか、クロウも居ないんじゃ話にならねーな」
「誰が、居ないって?」
声と共に洞窟内に激しい風が起こった。羽を畳んだラーヴァンが洞窟内の壁を擦りながら強引に着地し、そこから転がるように降りたエッジとラークが剣を振るう。
「
「
面白がるように目を輝かせながらフレットは、二人の斬撃を避けて宙返りする。
その間にアキとクリフは体勢を立て直し、リアトリスはそれを確認して自分の目の前の相手に集中した。
「やっと来たか、全員まとめてなら少しは楽しませてくれるよな?」
ラーヴァンが飛べるだけの空間が無く、クロウは仕方なく巨鳥を大気に還すがその目は真っ直ぐにフレットを睨んでいた。
「ふざけるな、もう負けない。あんたの相手なんて私一人で十分よ」
クロウの眼が真っ黒に染まり、フレットは殺気に満ちたクロウの様子を興味深そうに観察する。そのまま前に出ようとするクロウをエッジが制した。
「待てクロウ、無理に一人で相手することない。数で勝ってる今下手に陣形を崩さない方が良い」
その発言を聞いたフレットは、脱力しながら何かを思い出したようにエッジに尋ねる。
「……もしかして、お前がエッジか?」
エッジは自分の名前を呼んで来た事を不審に感じながらも頷く。
「ああ」
名前を確かめたフレットは凶悪な笑みを浮かべながら、何の前触れも無くいきなりエッジに突進した。
エッジは辛うじて後ろに下がりながら、押されるように彼の攻撃を防御する。
(速い……!深術の速度を上乗せしたブレイド程じゃないけど、何の予備動作も無くこのスピード、まるでラークだ)
その信じられない身体能力に、エッジは顔を歪める。
それとは対照的にフレットはやる気を出した様子でエッジと鼻を突き合わせながら言った。
「お前から殺せって言われてるんだ、本当にそんな価値があるのか見せてみろよ」
それが、火山での決戦開始の合図だった。