TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第五十三話 騎士の誇り

 突進するラークの軌道を横から割って入った騎士が阻害し、ラークは前傾していた姿勢を起こして軽くジャンプしスピードを殺す。

「足を止めたぞ、今だ!」

 その隙を突いて一斉に攻撃に移ろうとした部下を、ブレイドが制止する。

「待て、それは!」

 ラークは着地し、その落下の反動をそのままバックステップに使った。

 ただブレーキをかけて停止すれば隙が出来る所を、ラークは軽いステップをはさむ事で前方、上、後ろと素早く体重を移動させ次の動作に移る。

 それは、影すら捉えられない様な動きだった。

無影衝(むえいしょう)

 ラークのバックステップが残像を生み出し、一瞬の停止を隙と見た騎士達はラークの剣で切り伏せられる。

 ブレイドの脳裏に、かつて師から言われた言葉が蘇る。

 『流れに身を任せ、力を無駄にしないこと』

「互いの距離を離せ!無理に反撃せずまず身を守る事を優先して包囲しろ!」

 ブレイドの指示で騎士達は間隔を空け始め、ラークは一人一人を倒すのに移動する距離が長くなり騎士達に防御され始める。

 ラークは敵の数を減らすのを優先してブレイドとの戦闘を避けていたが、敵の隊列が整い始めた事で少しずつ包囲され中心に居る彼と対峙せざるを得なくなる。

 二人は騎士達の輪の中で激しく切り結ぶ。

「本物の、ラーク・テンネシアか?」

「残念ながらそうだよ、君に剣を教えた」

 ブレイドの質問にラークはため息をつく、出来れば会いたくなかったという様に。

 その名前に、他の騎士達もざわつく。

「テンネシア……元第七師団の」

「若くして師団長にまで上り詰め、最強と言われながら王都を去った天才騎士か?でも、それは――」

「ああ、十年も前の話だね……奇病でこんな子供の姿をした人間が師団長なのは嫌だろう?」

 ラークは自ら騎士達の言葉の後を引き継いで、会話を遮る。

 押しているのはラークだった。スピードで劣るブレイドは防戦に回るものの、しかし普通ならば斬りあう事すら出来ない様なスピードのラークに対してその動きを読んでいるかの様に反応する。

 ブレイドはラークの言い訳に納得しないようだった。

「……まだ、グレイス夫妻の事件を調べているのか?」

「どうかな、少なくともこのレーシアでシントリアの事件を調べてはいないんじゃないかな?」

 ラークははぐらかして、右腕を身体に巻き付ける様にしてダブルブレードを大きく後ろへ引く。

 ブレイドもそれに応え、自分より身長の低いラークに合わせる様にやや姿勢を低くしながら同じ様に剣を引いた。

真空破斬(しんくうはざん)!」

「一の太刀(たち)烈火(れっか)

 瓜二つの構えから放たれた剣は互いの間で衝突し、辺りを赤く染める。

(これは、炎……!?)

 押し負けたのはラークだった。

 筋力で勝っていた彼は後ろに吹き飛ばされ、空中で何とかバランスを整えて地面を擦る。

 ラークはすぐ後ろに迫った包囲の騎士から距離を取ろうとするが、間合いが開いた筈のブレイドの剣が目の前に迫りはっと顔を上げる。

「二の太刀(たち)疾風(しっぷう)

 間合いを無視する様な神速の突きをラークは辛うじて下に受け流しつつブレイドの頭上を飛び越え、ブレイドと、背後の騎士の攻撃から逃れた。

 更なる追撃をかけようと、ブレイドは再び一の太刀の構えに入る。

 その攻撃に対して防御する術を持たないラークは微かに顔をしかめ、防御の構えを取る。

「一の太刀(たち)

 炎を纏った横薙ぎの一撃がラークに迫り、

 しかしそれは空を斬った。

「――同じ技が二回も僕に通じると思ったのかい」

 完璧なタイミングで深く沈み込み、ラークは剣を振りきって無防備なブレイドにカウンターの斬り上げを放つ。

「いいや、同じではない」

「がっ!!」

 ラークの身体から血が吹き出す、まるで先に通った剣の軌道をなぞるように、

 よろめきながら、ラークは食いしばった笑みを漏らす。

「『それ』良いのかい?……騎士として」

 ブレイドは無表情に肯定する。

「今の俺は騎士ではない、ただ国と、部下を守る。この千の太刀筋の剣をもって」

 ラークははっきり笑った。

「……そんなものを埋め込まれても、か。本当に強くなったね、全く」

 言う間にも確実に騎士の輪は狭まる、機動力で空間をこそ最大の武器とするラークはいよいよ力を発揮できなくなりつつあった。

「――獅吼爆雷陣(しこうばくらいじん)!!」

 と、包囲の一部が崩れる。

 そこに居たもの全員が驚いて振り向いた先に、エッジが居た。

「大丈夫か、ラーク!?」

 仲間に駆け寄ろうとするエッジを、ブレイドの剣が止めた。

 エッジも剣で受け止めるも、力の差でじりじりと後ろに押される。

「くっ、引くんだエッジ、君じゃ勝てない!ブレイドは僕が相手をする」

 急いで助けに入ろうとするラークを、エッジが制止した。

「いや、これで良い。ラークの方が大勢の騎士を相手に出来る」

 ラークは驚いて足を止める。

 その隙を突いて彼に斬りかかった騎士は、即座に地に伏せられた。

「……勝てるつもりでいるのか、エッジ」

「まさか、そこまで自惚れてない」

 兄の問いかけに、弟はそう答える。

「そうか……ならここで命を投げ出すのが、あの時のお前の答えか」

 ブレイドはそう言ってエッジの剣を払いのけ、体勢を崩したエッジに剣を振り下ろす。

「ぐうっ!」

 辛うじてそれを防ぐも、その一撃に剣をまたも弾かれるエッジ。

 躊躇い無く、ブレイドはそこへ連続攻撃をしかけていく。

 一見すると捌き切れていないようだったが、しかし何度やってもエッジは身体に剣を受けなかった。

 構えを崩されてもエッジは身体のバランスまでは崩しておらず、流れるように弾かれた勢いを利用してブレイドの剣を躱し続ける。その円を描く様な剣の軌道はラークの様だった。

「なるほど、軽い剣に変えて動きが良くなったか」

 呟いてブレイドは、ラークを吹き飛ばした時と同じ構えを取る。

「それを正面から受け止めるなエッジ!剣を弾かれる!」

 押し寄せる騎士達と戦いながら、ラークはエッジに叫ぶ。

 エッジは兄の構えに対し剣先を斜めに下げて、左手を開いたまま剣の柄に添える奇妙な構えを取った。

「一の太刀(たち)烈火(れっか)

 炎を纏った斬撃を正面から受け止める形になったエッジは、剣こそ離さなかったものの砲弾の様に吹き飛ばされる。

「が、あっ!」 

 背中から落ちて息が詰まりそうになったエッジに近付きながら、ブレイドは失望の声をあげた。

「剣で奇策が通じると思ったか?戦闘中に構えを変えるなど、やはりお前は戦いを遊び位にしか捉えていない」

 ブレイドは再び同じ構えを取った。

 それは必殺と言っていい域に達した剣技を持つからこそ初めて許される行動、幾度もの地道な鍛錬の末に積み上げられた剣が彼のその『構え』だった。

「終わりだ、その剣諸共に」

 それでもエッジは、身を起こし先程と同じ構えを取る。

 あくまで正面から受け止めようとする様に。

 ラークはそれに気付いて割って入ろうとするが、それは仕留め損ねた騎士に阻まれ叶わない。

 勝負を決めるのにたった一つで十分な技、だからこその『一の太刀』。

 それが、炎を吹きエッジに叩きつけられた。

 見ているもの全てがブレイドの勝利を確信する中で、ただ一人ブレイドだけが微かな放電音と異変に気付いた。

「……ラークは術が使えないから気付かなかったかもしれないけど、その技ただ炎を纏ってる訳じゃなくて爆発を推進力にしてる。だから、」

 エッジの剣がブレイドの剣を弾き返す。

「――その爆発さえ阻害すれば、攻撃は止められる!」

 驚愕と共に、今度はブレイドが防御に回る番だった。

「くっ」

裂爪斬(れっそうざん)!」

 獣の爪が空間を切り裂いた様な三つの斬撃が、上段からブレイドに叩きつけられる。

 ブレイドは剣を横に寝かせる事で、全てを防御した。

「何故、こんなに早く見切れた?」

「他の相手ならダメだった。でも、ブレイドの剣は本質的にはラークと同じなんだ」

 エッジは獅子の気をブレイドに叩きつける。

獅子戦吼(ししせんこう)!」

「三の太刀(たち)流水(りゅうすい)

 ブレイドはそれを水流と剣で受け流す。

「深術の力を最大限上乗せする為に、剣自体に込めてる力が軽い。だから、深術のタイミングを崩すだけで威力が通常の剣圧以下まで下がる」

 ブレイドは実力差がありながら自分に食い下がってくる弟を見つめた。

「……あんな僅かな時間でそこまで気付いたか、なるほど」

 そう言うと無駄のない動きで、押し込んできていたエッジを後退させ攻めの流れを切る。

「お前の覚悟は分かった、なら俺もそれに応えよう」

 ここで初めて、ブレイドは中段の構えを取った。

 剣を扱う上で最も基本の形だ。

 それ故にそこからの選択肢は多い。

 エッジも次の行動を読む事ができず、同じ構えを取って備える。

 ラークは確実に騎士達を倒していたが、まだギリギリでありエッジはブレイドを引き付けていなければならなかった。

 

 と、

「掴まって、エッジ!」

 ラーヴァンの背に乗ったクロウが割り込んできて、身を乗り出しながらエッジに手を伸ばす。

 エッジもそれに応えて手を握り返し、速度を落しながらも飛び続けるラーヴァンに飛び乗った。

 突然現れた手配犯に、ブレイドを初めとした騎士達は低空を飛ぶラーヴァンに攻撃を仕掛けようとする。クロウは舌打ちすると、彼らの攻撃を防ぐ為に牽制の黒い槍の深術をばら撒いた。

 しかし、槍は赤銅色の鎧に近付くと揺らいで、直撃しても鎧の表面に傷を付ける程度の影響しか及ぼせなかった。

「何の備えもなく来た訳じゃなさそうね、分が悪いわよラーク」

「ああ、そうだね」

 戦場の上を旋回し待つラーヴァンの背に、ラークも持ち前の驚異的な跳躍力で飛び乗る。

 それを確認してすぐ、クロウは右手を振り上げた。

「ラーヴァン、ディープミスト!」

 濃い黒い霧が辺りを覆いつくし、騎士達には何も見えなくなる。

 互いにぶつかり合い、木の根に足を取られている彼らをその場に残して、三人を乗せた黒い鳥は火山の内部へ続く洞窟の入り口へと向かった。

「下手に動くな!まず剣を鞘に納め、それから負傷者の手当てに移れ!」

 ブレイドの指示に彼より年上の老練な騎士の一人が、ブレイドを案ずるように尋ねる。

「よろしいのですか、追撃しなければ師団長の肩のそれが……」

「私の事は良い、この『刻印術式』は父が組んでくれたものだ。そう簡単に爆発する事はない」

 部下の憂いを一蹴して、ブレイドは闇の中で漠然と火山の方を睨んだ。

「今回の指示には、何か胸騒ぎがする。部下のお前たちを危険に晒す訳にはいかない。どの道『これ』は見せしめだ、それでこの身が塵となろうとも私はそれを受け入れよう」

 何の迷いもなくそう言い切ったブレイドに、尋ねた騎士は軽くため息をつく。

「……負傷者の確認を続けます、ですが忘れないで下さい。ここについて来たのは皆自分から志願したものばかりです。少なくともこの隊に貴方の無事を祈らない者は居ませんよ。王国最強の騎士『千の太刀筋のアズライト』の喪失がどれだけの痛手か皆分かっています」

 ブレイドは答えなかった。

(千の太刀筋……騎士として、か。戦い方が騎士らしくないなら、せめて在り方だけでも……)

 彼は目を閉じて、自らの剣の柄を撫でた。


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