TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第五十一話 心の郷 イノアザート

 イノアザートに着いてから数週間が過ぎた。

 リアトリスの両親はきちんと事情を説明するまでもなく、快くエッジとクロウを匿う事を認めてくれた。

 ――というより、夫婦にとっては愛娘が客を連れて家に帰って来た事の方が重要な用だったが。

「いやあ、それにしてもまさかリアが友達をこんなに沢山、それもエッジ君まで連れてこんな所に来るとは思ってなかったよ」

 リアトリスは父――アンビスの言葉に抗議する。

「ちょっと『リア』って呼ぶのやめてって言ってるでしょ!恥ずかしいから」

(……あんた他の人にはその呼び方強制してたでしょうが)

 クロウは心の中でつっこむ。

「それにしてもファイスの息子がこんなに大きくなって……お父様は相変わらず研究がお忙しいのかしら」

「あーえっと、多分そうだと思います」

 リアトリスの母、ユーファトリアムの質問にエッジは曖昧に答える。

 エッジは父親の事は顔くらいしか思い出せておらず、研究者と言われても何の研究をしているのかすら見当がつかなかった。ブレイドが王都に居るのなら、父親も一緒に住んでいると考えるのが自然かもしれないが。

「あ、ごめんなさい……ファイスが亡くなってから時間が経ったとはいえ、あんまり家族の事根掘り葉掘り聞くのは無神経だったわね」

 エッジの顔が暗くなったのを見て、ユーファトリアムは詮索を止め、自分の娘の側へと近寄る。

 リアトリスはその気配を察知して母が何かこっそり尋ねようとしているのを感じて、彼女に自分から耳を近づけた。

「――ところで、誰と付き合ってるの?」

「な、」

 耳打ちされるなりリアトリスの目が真ん丸になり、慌てた彼女はテーブルに置かれていた籠と激突した。中に入っていた果物が床に転がり、家の中に居た全員の目がリアトリスに向く。

 幸い、あまり外に出られないエッジとクロウに代わりラーク達は様々な仕事や用事をこなしていたので、今家に居るのはエッジ、クロウとフローライト家の親子三人だけだった。

 しかし、クロウはその珍しい彼女の慌て方に怪訝な顔をする。

「……どうしたの?」

「な、なんでもないよ!お母さんが変な事言ってるだけだから!」

 娘の表現が心外だったのかユーファトリアムは腰に手を当てて、大声で言う。

「何よ、娘がこれだけ男の子家に連れてきたら誰と付き合ってるのか位聞くのは親として当然でしょう!」

 エッジとクロウはポカンとし、リアトリスは頭を抱えて果物があったスペースに顔を伏せた。

「何で二人にまで言うのよぉ」

 エッジとアンビスはそれを聞いて笑い、クロウは興味無さそうにため息を吐いた。

 そこでふと思い出した様に、アンビスもエッジとクロウの方に視線を移して尋ねる。

「そうだエッジ君、君はやっぱりクロウさんと付き合っているのかい?」

 今度はエッジとクロウが固まる番だった。

 無視を決め込もうとしていたクロウも困惑した表情で勢いよく振り返り、エッジも咄嗟に否定の言葉が出て来ず互いに赤い顔を見合わせる。

「何でエッジと!」

「そ、そうだよ!……あ、いや何でそうなるんですか」

 二人ともこの家に着いてからはなるべく目上の夫婦に敬語で話していたのだが、それも思わず崩れる。

 しかし夫婦に気にする様子はなく、それどころか娘と話していた母のユリアムまでエッジ達の方に寄ってきた。

「あら、だってトレンツの村でエッジ君がクロウちゃんに一目惚れして出てきたんだってリアが言ってたわよ」

 二人は思わずばっ、とリアトリスの方を向き、彼女は慌てて手をぶんぶんと振って否定した。

「私、エッジはトレンツの村でクロウと会ったんだとしか言ってないよ!?」

「エッジ君は父親やお兄さんと別れてもなお村に一人で残ったんだぞ、クロウさんとの出会いによほど心動かされなければ村を出たりしない筈だ」

「ねえ?」

 夫婦は否定されたのも意に介さず、揃って笑みを浮かべる。

(でも、確かに今思えばあの時の出会いが無かったら俺は)

「エッジ、何黙ってんのよ!」

 記憶を辿り黙り込んでしまったエッジの腕を、クロウがひっぱたく。

 それを見て夫婦はまた、仲が良いなあと笑う。

 クロウはわなわなと怒りに拳を震わせながら、しかし世話になっている立場で不満を口にする訳にもいかず頭を抱えた。

(あーもう、何でこのオレンジ髪一家はみんな人の話聞かないのよ!アキでもラークでも良いから早く戻ってきて……)

 彼女は心の底からそう願った。

 

(どういう事だ?これは)

 自主的に村から離れた場所やアクシズ=ワンド王国の動向を探っていたラークは、足早にリアトリスの家に向かっていた。

 イノアザートは安全な隠れ場所ではあっても、戦士の村ではない。情報を常に探って先手を取る事は必須で、現に今もそれが無ければ完全に後手に回る所だった。

 ラークは厳しい面持ちで、リアトリス家の扉を開けた。

「え、リア?ラークさんが彼氏なの?」

「そんな事言ってない!!」

「驚いたな……まさか、あの人と」

「だから言ってないってば!」

 扉を開けたラークの耳に飛び込んできたのは、仲の良いフローライト家の喧騒。

「どうでも良いけど、そのラーク帰ってきたわよ」

「あ……えっと」

 クロウの指摘で、リアトリスが帰って来たラークに気付く。

 なんと説明するべきか困る彼女を他所に、ラークは真剣な声で全員に告げた。

「アクシズ=ワンドの騎士達がこのレーシア大陸に上陸したらしい。第三師団ブレイド・アズライトと、その指揮下の騎士だ」

 その言葉で、エッジとクロウの表情が強張る。夫婦も『守り手』としての真剣な表情に変わった。

「こっちに向かってるのか?」

 エッジの質問にラークは頷く。

「ああ、でも少し様子がおかしい。ジェイン・リュウゲンまで王都を離れて来ている、騎士も数が少ない。エッジ達を捕まえに来たというより護衛みたいだ」

 アンビスが腕組みをして考え込む。

「どう言う事だ、エッジ君達を捕まえに来たのではないのか?」

 ラークは冷静に、詳しい説明を続けた。

「おかしいのはそれだけじゃない、セオニア王国の首都で交戦した子供達までリュウゲンやブレイドと行動を共にしている」

 その言葉に、クロウが信じられないという表情をする。

「そんな馬鹿な、あいつは……ジェイン・リュウゲンは自分が手を汚さない為に隠れて私達をずっと道具みたいに使ってきたのよ?そんな風に自分から繋がりを明らかにするなんて」

「まだおかしい事はある、アキのお陰で僕らの脱走以降少なからずリュウゲンにも疑惑の目が向いたらしい。その彼が今自分からレーシアに来るのは外交的にも、内政的にも自分の立場を危うくする行為だ。ここまで形振り構わず行動しているなら、最悪の事態を考えた方が良いかもしれない」

 夫婦はまさか、と驚きを露にしたがエッジとクロウにはその意味がよく分からない。

 リアトリスは理解しても、信じられないという様子でラークに尋ねた。

「まさか、目的地は……カンデラス火山?」

 ラークは頷いた。

「ああ、多分彼らの目的は火の宝珠、シーブレイムスだ」

 

 買い物に行っていたアキとクリフが帰って来ると二人にも事情を説明し、全員で何とかテーブルを囲んだ。植物で編まれた夫妻の家の椅子は八人分も無く、ラークとクリフ、それにアンビスの年長の男性達は立つ事になったが。

 ラークを中心として話し合いは進む。

「アンビスやユーファトリアム、心の一族の皆の力は借りられない。この村がアクシズ=ワンド王国と敵対すれば、例え火の宝珠を今渡さずに済んでも、この先守り続ける事が困難になる。この村の使命はあくまで隠れて見守り続ける事だ。だから、僕たちで何とかするしかない」

 夫婦は申し訳無さそうに俯いたが、クリフが疑問を口にする。

「待てよ、その宝珠を守る為にここに居るんだろ。それで守れるのかよ?」

「宝珠への道はまず見つかったりしない、仮に見つけても入れる筈が無いんだ。だから、本来なら迷いこんだ人間を遠ざけるだけで十分なんだよ。こんな風に大勢が『宝珠がある』と確信して近付いてくるなんて事態は一度もなかった」

 エッジが思わず疑問をもらす。

「宝珠が目的じゃないって可能性は無い、か?」

 ラークは何とも言えないと悩む様子を見せた。

「あるかもしれない、だからエッジとクロウはこの家に隠れているんだ。僕が火山の様子を見に行く、皆はここに残って――」

 クリフがラークの発言を遮って名乗りを上げる。

「何言ってんだ、一人で行く気かよ」

「私も行きます、父が関わっているなら無視はできません」

 ラークの視線とクリフの視線が火花を散らしたが、それは本当に短い時間ですぐにラークは二人の同行を認めた。

「分かった、時間が無いし僕も火山の中へ行くのは久しぶりだ。先回りする為にもすぐに出よう」

 そう言うと、ラークは玄関に向かいアキとクリフもそれに続いて外に出た。

「私は……ごめん、私も行ってくる」

 リアトリスはエッジとクロウの二人の顔を見、両親の顔を見てしばしどちらに着くべきか迷ったものの、意を決した様子で彼女も玄関に向かう。

 

 そんな娘を見た夫妻は、残されたエッジとクロウに謝った。

「すまない、少しだけ出てくるよ」

「すぐに戻るわ、留守番をお願いね」

 エッジがはい、と返事をしたのを見て夫妻もリアトリスの後を追った。

 

 ―――――――――――

 

 ラークやクリフ、アキと比べるとリアトリスはそれ程足が速くなかった。少し遅れて出ただけで彼らの背中はもう生い茂る密林の中へ見えなくなっていた。

 しかし、何と言っても生まれ育った場所だ。道に関してはリアトリスが一番詳しい。

 彼女は追いつく事にはそれ程不安を持っていなかった。

 テントの並ぶ村を最短ルートで走り抜けて、火山への道が目の前に見えると幸い先を行く三人の背中がすぐに彼女の目に入る。

 ほっと安心して一旦息を整えるリアトリスに、背後から父親の声がした。

「行くのか?」

 驚いて振り返ると、両親が彼女の後ろに居た。

「あの子が、宝珠の欠片を持っているのね」

「あはは、やっぱり……気付いてたんだ」

 母の言葉にリアトリスは乾いた笑いで誤魔化したが、母は気分を害する様子も無く胸を張って言った。

「当然でしょう、私達だってあなたと同じ心の一族なんだから。ただ、娘がわざと言わない様にしてる事に触れたりしないわよ」

 それに対し、申し訳無さそうにリアトリスは謝る。

「ごめん……私じゃ、使命を果たせないかもしれない」

 夫妻は顔を見合わせると、優しく言った。

「あなたはあなたよ、使命が全てじゃない」

「そうだ、自分が信じる事をしなさい」

 リアトリスは驚いた顔で両親を見たが、その言葉の意味を理解して笑顔で言った。

「……ありがとう、いってきます」

 両親が頷いたのを見たリアトリスは、もう振り返らなかった。


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