TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

63 / 122
第五十話 「身」と「心」

≪ファマグス港≫

 

 リアトリスと合流し、王都から無事に逃げだした六人は王都北東の港、ファマグス港に辿り着いていた。

「どうしようか?セオニアに逃げる訳にいかない以上、選択肢はもう東のレーシア連合国しかないけど、乗せてくれる船見つかるかな」

 エッジが不安そうに言う。

 いつもならどこかから解決策を引っ張ってくるラークも今回は同意見の様だった。

「そうだね、普通に考えてエッジやクロウを乗せてくれる船なんてそうそう無い……奪うしかないか」

 物騒な呟きを聞き逃さず、クリフが止める。

「何で普通にそうなるんだよ!完全に犯罪者の発想じゃねえか!」

「いや、この国ではずっと犯罪者だけどね。私とエッジは」

 クロウが皮肉を言い、一行はしばし考え込む。

 と、

「リアちゃんじゃないか!最近サーカスでの活躍の噂を聞けなくて心配してたんだぜ」

「おじさん!今こっちの港に来てたんだね、てっきりレーシアの方に居るのかと思ってたよ」

「いやあ、ちょうど帰りさ。里帰りだったら乗っていくかい?」

「うん、おじさんの船なら安心だね!ありがとう」

 戻ってきたリアトリスが事も無げに報告する。

「あ、みんな。船決まったよー」

 沈黙が流れた。

「……誰よ、船見つからないとか言ったの」

「うーん、いや。まあ、確かにリアトリスは元々レーシア大陸の出身だから知り合いが居る事自体は不思議じゃないんだけど、こんなにあっさり会えるとは思ってなかったよ」

 ラークは苦笑いしながら弁解し、それから気を取り直して続けた。

「その説明にもなるし、ちょうどいい機会だから次の目的地の事も教えておこうか」

 一行は船へと歩きながら、ラークの説明を受けた。

 

「シンの一族の村、ですか?」

 一行はレーシア連合国に向かう船の上に移動していた。

 アキの言葉にラークは頷く。

「厳密にはアエスラング側の、リアトリス達の一族。「(シン)」の一族の村だね」

「……ごめん、発音一緒だから分からない」

 クロウの指摘に応えて、リアトリスが代わりに説明する。

「シンの一族っていうのはアエスラング側とイクスフェント側に二種族居るの。イクスフェントに居るのが強い身体を持った「(シン)」の一族、ラークみたいに長い寿命を持ってるの。で、こっちの世界アエスラングに居るのが私達、ディープスと心を通わせる力を持った「(シン)」の一族。今から向かうのは私の生まれた村で、住んでる人達はこの心の一族の人達なの」

 ラークはこれまであまりシンの一族の事については説明をしない事が多く、リアトリスが喋りそうになっても横から割って入って話をはぐらかしていた。その為シンの一族が何なのかラークとリアトリス以外の四人はあまり分かっておらず、それは半分一族の血を引くエッジも同じで、特にサーカスに居なかったアキとクリフに至っては二人がシンの一族であるとはっきり聞いたのもこれが初めてだった。

 四人は何から聞くべきか悩み、エッジが最初に口を開いた。

「長い寿命って、ラークちなみに今いくつなんだ?」

 その言葉にラークはあれ、と首を傾げる。

「言ってなかったっけ?今117才、人間の肉体の年齢で言うと十八才くらいだよ」

 全員が固まる。

「……それ、そのペースだと寿命千年くらいあるって事か?」

 クリフの言葉にラークは横に振る。

「いや、そこまではいかないよ。最初の八年位は人間と同じくらいの速度で急速に成長して、ある程度生物として成熟してから徐々に変化が緩やかになるんだ。だから寿命は七百才前後、八百才を越えたらかなりの長寿だね」

 そこでふっ、と笑う。

「君達より年上ではあるけど、結局の所「身」の一族としては見た目通りまだまだ若造である事に変わり無いし、皆に偉そうに指図できる様な立場じゃない。気を付けてるつもりなんだけど、偉そうに見えたらごめんね」

 クロウはそれに対して眉をしかめる。

「ごめん……何か既にその言い方が既に若干偉そう」

「それは性格だからどうしようもないね」

 悪びれなく言うその姿に全員呆れた。

「まあ、年齢関係なくラークとは今まで通りってことで」

「わ、私にとってはずっと年上ですからきちんと敬意を払わせて頂きます」

 リアトリスがフォローに入り、アキがそれに続く。

 少々逸れた話をエッジが戻す。

「それで、つまりこれから向かう「(シン)」の一族の村の人に匿って貰うって事なんだよな?」

 ラークは同意する。

「そう、ほとぼりが冷めるまでね。確実とは言えないけど、とりあえずアクシズ=ワンド王国とセオニア王国との全面衝突は避けられた筈だし、しばらくはクロウとエッジは隠れる事を最優先した方が良い。僕とリアの使命の事はそれからだ」

 使命という言葉にアキが不思議そうな表情をする。

「お二人の使命はてっきりクロウさんを国家の手から守る事だと思っていましたが、違うのですか?」

「間違ってはいないよ、でも私とラークの役目はあくまで人間の手から宝珠の力を遠ざける事。クロウが持ってるのは確かに闇の宝珠の欠片ではあるけど、まだ残りが見付かってないの。それを探さないと」

 クロウの力を危険視していたクリフは驚きを露にする。

「あんな力が何処かにまだ転がってるってのかよ……」

「闇の宝珠が持ち去られたのは十五年前、そこから今まで大きな変化も噂も無いから少なくとも悪用する様な人間の手には渡っていない」

 ラークはそう答えたが、消息が分からない闇の宝珠アスネイシスの事は全員の心の中に引っ掛かりを残した。

 

 ―――――――――――

 

≪ナペラキ港≫

 

 レーシア連合国の南西の港に着いて船を降りると、アキは興味深そうに周囲を観察した。

「何だか随分雰囲気が違いますね」

 彼女の言葉も当然だった。セオニアや中央大陸の港は概ね石畳が広がっていたが、ここは木の桟橋だ。

 そして、港からいくらも行かない所から始まっているのは整備された街道ではなく、人の侵入を阻む密林だった。

「ここは定期連絡船が来る様な大きな港じゃないからね、あまりお金をかけていないんだよ。でもリアの知り合いに乗せて貰えたのは幸運だったかもね、喫水の深い大型船ならここまで近くに来られなかったよ」

 ラークの説明にリアトリスが苦笑いして付け足す。

「まあ……ここ使ってるのほとんど私達だしね」

 トレンツの村もこのタイプの港だったのでエッジとクロウはそこには驚かなかったが、別な所に驚いた。

「何か、これ――」

「暑い……」

 レーシアの大陸に近付く時から気温差は全員が感じていたが、上陸するといよいよ立っているだけで汗ばむ程だった。

 そんな二人にクリフが追い打ちをかける。

「残念ながらここから目的地に近付いたらもっと暑いぜ?何しろ火山の目と鼻の先だからな」

 エッジ、クロウ、アキの三人はそれを想像してうう、と呻いた。

 リアトリスはクリフの説明に意外そうな顔をする。

「クリフさん、レーシアに来たことあるの?」

 気温差を気にする様子もなく伸びをしながらクリフは答える。

「一応四つの大陸は全部行ったことあるぜ、隅々までとは言わねえけど」

 アキはそんなクリフに羨望の眼差しを向け、ため息をついた。

「それは、良いですね。私は皆さんと旅をするまでほとんど王都から出た事が無かったので驚いてばかりです」

 クリフは少々落ち込んだアキを励ます様にありったけの笑顔を向ける。

「何言ってんだよ、これからだろ?アキちゃんまだ十四なんだから」

「あ、ええ。そうですね、まだまだこれからでした」

 不意を突かれた様に嬉しそうに笑うアキ。

 そのやり取りをクロウは何処か面白く無さそうな表情で見つめ、エッジにつっこまれる。

「話しかけたければ、話しかけて良いと思うけど」

「は?何言ってるの。別に、私からアキに話しかけることなんて無いし……ちょっと船酔いでぼうっとしてただけだよ」

 狼狽しながらクロウは誤魔化すが、エッジはため息をついて言った。

「……やっぱりアキの方に話しかけたかったんじゃないか」

「私がクリフなんかと話したい訳無いでしょ、当然アキに決まっ――ああ!もう、良いからこんなとこでグズグズしてる場合じゃないでしょ、さっさと行こう」

 言いかけた言葉を止めて、クロウはエッジから離れた。

 リアトリスは笑いを堪えられない様子でエッジに近付いて囁く。

「いつの間にかアキと随分仲良くなったね、クロウ」

 エッジはその言葉に頷く。

「元々は別に性格合わない訳じゃないと思うんだ、だから二人が仲良くなれたのは嬉しいよ」

「そうだね。私も、クロウに味方が増えたのは嬉しい」

 そう言って彼女の後姿を眺めるリアトリスの姿は、何故かエッジには少しだけ遠く見えた。

 

≪心の郷 イノアザート≫

 

 密林の間の狭い舗装されていない道を抜け、一行はラーク達に説明された「(シン)」の一族の里に着いた。

 交差した木の棒で出来た柵に囲まれた村の中には、エッジ達が見たサーカス団のものによく似たテントが幾つも立っておりそれが住人の主要な生活の場であるのは明らかだった。

 表向きは代々サーカス団になるものが多い村と言う事になっているらしいその村は、一見すれば普通の村でしかなかった。

 ただ一つ、大きく皆の視線を引き付けた村の背後にそびえる煙を吐く山――カンデラス火山を除いて。

「ここが、リア達の……(シン)の一族の故郷」

 エッジは無意識に首から下げたペンダントを握り締めた。

 (シン)の一族だった母親が残した形見を。

 到着してすぐラークは一人村の奥へ足を向けると、言った。

「リア、エッジとクロウの事は頼むよ。僕は少し用事があるんだ」

 リアトリスは不思議そうな顔をするも、素直に従う。

「分かった、じゃあ皆付いて来て」

 一行は彼女に案内されるまま、村の中心部のテントへと案内される。

「ここで匿って貰おうと思うんだ、紹介するね――」

 入り口の帆布をリアトリスがまくるのとほぼ同時に、信じられない反応の早さで中から二人の男女が飛び出して彼女をサンドする。

「おお、リア!大きくなって!」

「何よ、帰って来るなら言ってくれれば良いのに!もう!」

 一行は突然の事に唖然とする。

 夫婦らしき二人にぎゅうぎゅうと挟まれながら、苦笑いでリアトリスは説明を続けた。

「私の、お父さんとお母さん」

 

 ―――――――――――

 

「はっ、何だよ。俺達があれだけ準備してやったのに、失敗したのかよ」

 スプラウツの本拠地。

 王都シントリアからの報せを聞いたフレットは、クロウ達を取り逃がしたというその報告をあざ笑う。

 バルロは怒りを込めてそんなフレットを睨む。

「口を慎めフレット、報せはそれだけでは無いぞ。まだ次の仕事が控えている」

 そう言って老人はルオンと、彼と共に報告を持ってきた黄緑の髪の少年に尋ねた。

「ルオン、レパート、大気中のディープス量の調査結果は確かだな?」

 ルオンは無言で頷き、レパートと呼ばれた黄緑の髪の少年も話したいのを必死に堪えていたかの様に早口で答える。

「勿論完璧だぜ!俺の調査した箇所はルオンより断然多い」

 老人はその報告を聞いて眉間に皺を寄せる。

「調査の精度を聞いた、走って一箇所一箇所の調査を怠ってはいないだろうな……まあ、良い多少の誤差はあれ、これなら概ねリュウゲン様の仰った通りだ」

 とりあえず納得すると、老人はその場に集まっている『純白(じゅんぱく)』を除いたクローバーズ全員に言った。

「では、次の仕事だ。『爪雷(そうらい)』、『紅蓮(ぐれん)』、『厳岩(げんがん)』、『弧氷(こひょう)』で目標に向かう。目的地はレーシア大陸、カンデラス火山」

 フレットは興味無さそうに頭をかき、セルフィーは真剣な表情で、ルオンは無表情で頷いた。

 

 詳細な説明をするバルロの後ろで報告を持ってきた銀髪の青年――レスパー・シビルは暗い表情でレーシア大陸で展開される作戦を聞きながら、そこに逃げたと思われる少女に思いを馳せていた。

(アキ……)


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。