TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第四十九話 王都脱走作戦

 ≪王都 シントリア≫

 

 王都の西側はその日、落ち着きがない市民達で埋め尽くされていた。

 しかし、誰も大きな声で話すことは無い。

 それを許さない厳粛な空気が、整然と並ぶ騎士達にあったからだ。

 

 一ヶ月以上経過した今でも市民の心には、王都の中心を飲み込んだ黒い霧と王城襲撃犯の恐怖が色濃く残っていた。

 その事件の主犯とされる二人がセオニアで捕まり、しかもその一人が王国最強の騎士の弟であった事。年端もいかない子供達が犯人であった事などが重なり、犯罪者の引渡しとては異例とも言える程の警備と注目の元でそれは行われる事になった。

 

 市民とエッジ達との間は、列を成したシントリアの騎士達によって隔てられていた。

 二人を連行してきたセオニアの騎士達はゆっくりと人垣の間を進む。

 手錠で動けないエッジとクロウはじっ、と抵抗の様子も見せずただ『その時』が来るのを待った。

 

 

 

「……芝居を打つ?」

 セオニア国王、トレアス二世は聞き返したクロウに頷いた。

「そう、我々セオニア王国は君達の身柄をアクシズ=ワンド王国へ渡さなければならない。しかし、それでは君達に命を捨てさせる様なものだ。助けを差し向けるから、君達は混乱が起こるのを待って逃げるのだ」

 その言葉にアキが思わず立ち上がる。

「陛下!その様な事をセオニア国王が自ら口にしたことが知れたら、もうエッジさん達など関係なくなります。二国は全面衝突になる」

 必死な表情の彼女にトレアス二世は落ち着いて尋ねた。

「ジェイン家の娘よ、君がここに居る事が知られたとしてもまた同様ではないかな?……が、その危険を犯して忠告してくれた事には感謝せねばな」

 微笑む国王にアキは微かに顔を赤くして黙った。

「確かに、我が国の人間が脱走の手伝いをしたと分かれば重大な問題になる。が、『元々君達に仲間が居て、それが助けに来る』事には何の不思議も無いだろう」

 言葉を失うエッジ達の前で、トレアス二世は事も無げにクリフの方を向いて付け足した。

「ああ、それとクリフ。お前は首だ」

 すぐに意味が理解できなかったらしく少しの間があり、それからクリフが礼の姿勢も忘れて驚く。

「は?……はあ!?」

 クリフのその態度に同僚のマイロから咳払いが飛ぶが、国王は尚も言葉を続ける。

「この子達の力になるのだ。それが出来るのは、お前だけだ」

 国王からの申し出に一人で答えて良いのか困った様子のクロウはエッジを振り返った。

 目が合ったエッジは頷き、代わりに国王に答える。

「ありがとうございます。必ず、ご期待に応え戦争を回避して見せます」

 

 

 

 二人は待った、隙が出来るその一瞬を。

 クロウの力を知っている騎士の大半と、シントリアの市民の意識は全て自分達に向いている。

 関心の高さによる市民の多さは仇となり、それが起こるまで誰も気付かなかった。

「煙だ!」

 最初に立ち上る異変に気付いたものが叫んだ時には、既に煙は複数箇所で上がっていた。

 エッジとクロウの周りを囲む騎士達の注意も、辺りを警戒して外に向く。

 クロウが動きかけるのを見て、エッジがそれを制する。

 まだ早かった。

 二人が自力で脱出出来たとなれば、ここまで捕まっていた事が不自然になる。

 逃げるのはあくまで、『外からの助けを得て』でなければ駄目なのだ。

 

「流石は直属ってところだね、騒ぎと目眩ましは十分だ」

「ねえ、私……こういうのあんまり、そのやったことないし加減分かんないよ?」

 騎士の列と人混みに隔てられた場所で、ラークとリアトリスも状況を確認しながら動き出す。

 不安を見せるリアトリスに、ラークはいつもの笑顔で軽く返す。

「大丈夫、多分リアなら思いっきりやる位でちょうど良いよ。ここからは時間との勝負だ、撃ったらすぐ合流場所に走るんだよ」

 そう言って走り出すラークを見て、リアトリスは頭を抱える。

「ああ、もう!……なるべく誰も怪我しませんように」

 半ば自棄になりながら、リアトリスは唱える。

結界以(けっかいもっ)て吹き飛ばせ!――フォトンブレイズ!」

 ラークとエッジ達の間を塞ぐ人垣の間に小さな球形の光の壁が生まれる。

 炎を内包したそれは、内部からの爆発で一気にそのサイズを広げ人々を吹き飛ばす。

 リアトリスがあたふたしながらその光景を見守る前で、ラークは術によって出来たスペースで助走をつけて飛び出しシントリア騎士達の壁を越える。

 エッジ、クロウ、セオニア騎士達の間に着地したラークは二人の手錠に繋がれた縄を剣で切った。

 呆気に取られるセオニアの騎士達の前で、ラークは二人を抱える。『運悪く』即座に反応して阻止しようとした騎士はラークに蹴られ、甲冑で派手な音を立てながら倒れた。

「ごめんね、この二人は返して貰うよ」

 にこやかに言ったラークはエッジ達を両脇に抱えたまま騎士達の頭上を越え、守りの外へ飛び出す。

 

 流石に意表を突けたのはそこまでだった、列を作っていた騎士達が次々に剣を抜いてラークを追い始める。

 ラークの異常な脚力は重い鎧をつけた騎士一人一人には負けていないものの、二人を抱えた状態では流石にそれ程距離を空けられず、人と人の間を縫う内に数の差で追いつかれそうになる。

 と、走り続けるラークの左からクリフが飛び出し併走する。

「おい!予定よりギリじゃねえか」

「間に合ったね、じゃあパス」

 ラークは微笑み、右腕で抱えていたクロウをクリフに押し付ける。

 自分が渡されると思っていなかった彼女は腕の中で暴れる。

「ちょっと、何普通に私をクリフにパスしてんのよ!」

「だああ、暴れんな!後にしろ!」

 ラークは角を曲がり、路地に人気が無いのを確認すると軽くなった脚に最大限の力を込める。

 クリフも、青い『気』を纏って技の準備に入っていた。

「じゃあ、行くよ」

「分かってるよ――『瞬』」

 凄まじい脚力と、『気』による加速でエッジとクロウを抱えた二人の姿は一瞬で掻き消える。

 後を追ってきたシントリアの騎士達は突然追っていた相手を見失って戸惑った。

 

「――っと、やっぱ重いと普通より持続時間短ぇな」

 一時的に距離を空け追っ手を撒いたクリフの鼻に、クロウの手錠が無言で叩きつけられる。

「痛ッてえ!馬鹿!体重の話じゃねえよ!そうだけど!」

 再び、一撃。

「アキは来てるのか?」

 自分の足で立ったエッジが冷静に聴覚の優れたラークに尋ね、ラークは首を横に振る。

「まだみたいだ。それとクロウ、見られない所まで来たからもう手錠壊して大丈夫だよ」

 それを聞いたクロウはすぐさま闇の深術で自分とエッジの手錠を切断し、クリフの腕から逃れる。

「……てめえ、ラーク。わざとクロウ渡しただろ」

 クリフは鼻を押さえながらラークに恨みのこもった目を向ける。

「黙れセクハラ」

 と、話しながらアキとの合流場所を目指す四人の前に、予想外の人間が現れた。

 唯一その相手が現れる理由を察したエッジが、真っ先にその女性に声をかける。

「リョウカ!」

「ジェイン・アキはどこ?」

 厳しい表情で聞いてきたリョウカに、エッジ達は警戒の色を見せる。

 リョウカがアキに恨みを持って執着しているのはここに居る全員が知っていた。

「リョウカ、今は――」

「ええ、分かってる。だから、早く教えなさい」

 今はそんな事に拘っている場合じゃない、と言おうとしたエッジの言葉を遮るリョウカ。

 その目は真剣だった。

 エッジ達が動かないのを見て、リョウカは付け足す。

「北の警備を手薄にしておいたわ、そっちから逃げなさい」

 エッジ以外の三人は不信の目を向けるが、その直後走ってきたアキの声はその言葉を裏付けていた。

「皆さん、北側の警備に穴があります。少し不自然なくらいですが――」

 近づいて来るアキの姿を見てリョウカは両手を広げて戦闘体勢をとり、アキの側も予想外に現れた彼女の姿を確認して武器である傘を構える。

「リョウカ……!」

 エッジの制止にもリョウカは表情を変えず、四人に先に逃げる様促す。

「行きなさい……こんな事言っても信じられないだろうけど、今は私を信じて」

 リョウカの言葉でラークは真っ先に走り出し、クロウも迷いを見せたがそれに続く。クリフも仕方なく二人の後を追い、エッジも最後にリョウカに向けて叫んで彼らに続く。

「リョウカの事信じるとは言ったけど、アキに今何かしたら許さない」

 

 リョウカはその言葉に微かに目を伏せ、それから大きく息を吸って声を張り上げる。

「見つけた!逃げた奴らはここに居るわ!」

 その言葉で、騎士達の足音が確実に対峙する二人の方へ近づいてくる。

 それを確認するとリョウカは体に巻き付けた四本の布を鞭の様にしならせ、アキへと突撃した。

 アキも地のディープスを傘に集束して、その一撃を受け止める。

「ッ!私に、罪を被せるつもりですか」

 アキの問いかけにリョウカは微笑む。

「あら察しが良いわね」

 ぎりぎり、と力で押し合いながらアキはこの状況に違和感を感じていた。

(リョウカさんに、崩すつもりが無い?)

 本来リョウカの武器は正面から力押しで戦うものではない。手数と変幻自在の軌道で相手のバランスを崩し、敵を制する武器だ。なのに、わざわざ鍔迫り合いとも言える様な状況を作って硬直させている。

 アキが疑問を持っている間にも騎士達は集まってきて、リョウカが戦っている相手がジェイン・アキである事に気付いて動揺を見せる。

 と、リョウカが『(よい)地衣(ちごろも)』に冷気を集め、アキをエッジたちが去った路地の方へと突き飛ばす。

 リョウカが使おうとしている技に気付いたアキは傘を構えて防御の姿勢を取る。

詠技(えいぎ)――氷河(ひょうが)!」

 冷気の波が次々に氷塊を生み出し、急流の様にアキを後ろへ押し流す。

 一見、攻撃に見せかけたそれが追手とエッジ達とを隔てる壁になっている事にアキは気付いた。

「今回だけはエッジの顔を立てて見逃してあげる」

 アキにだけ聞こえる様な声で言うリョウカの声には、明らかに怒りがこもっていた。

 その言葉に対する答えを持たないアキは彼女の視線を一度受け止め、それから逃げる様に無言で背を向けエッジ達の後を追った。

 

 ―――――――――――

 

 王都の西側では、セオニアの代表者に向けて怒りを露わにして怒鳴るシントリアの代表、ジェイン・リュウゲンの姿があった。

「王城襲撃犯を逃がしただと!?貴様ら、わざと逃がしたのだろう?交渉は決裂だ、これはセオニアの敵対宣言にも等しい!」

 何も知らされていなかったセオニアの代表者は途方に暮れ必死に否定するが、リュウゲンの怒りは収まらない。

 そこへシントリアの騎士数人に連れられたリョウカが現れ、そのやり取りに割って入る。

「警備をしていたのはシントリアの騎士も同じでしょう、国を代表する立場として話すならもう少し冷静に状況を分析したらどう?」

 開戦派のジェイン家にとって仇敵とも言えるタリア家の娘が出てきた事に、リュウゲンは苦虫を噛み潰した様な表情を見せる。

「キサラギの娘……礼儀を知らんな、貴様の様な小娘の出る場ではない」

 並の人間なら縮みあがる様な怒りのこもったその視線を、リョウカは鼻で笑った。

「芝居をしているのはそっちの方じゃない?どういう事かしら、あなたの娘がその襲撃犯と一緒に逃げたのを私と、ここに居る騎士全員が見たわよ」

 リョウカの言葉に同調する様に、アキとリョウカの戦いを目撃したシントリアの青銅色の鎧に身を包んだ騎士達が彼女の前に進み出てリュウゲンを睨む。

「な、に?」

 言われて初めてその事実を知ったリュウゲンは硬直する。

 言葉を失った彼の姿に、騎士達を始めとした市民達の疑惑の目が集中する。

「どういう事だ?」

「戦争の口実が欲しくて自作自演してたのか?」

 にわかに高まる疑問の声を煽る様に、リョウカは大声で言う。

「そういえば、そもそも王城であの二人が『セオニアの間者』だと摘発したのもあなたの娘だったわよね?」

 その一言でいよいよ集まった市民達はリュウゲンの敵に回る。

「……でっちあげ?」

「まさか、あんな恐ろしい術を使う子供を飼っていたの?」

「説明しろ!」

「どういう事だ!」

 不満の声はいよいよ高まり、彼を責める声はどんどん大きくなる。

「おのれ、タリア・リョウカ……アキ!貴様ら!」

 怒りの表情でリュウゲンは市民達に吠えたが、それは全て彼を疑う声に呑み込まれる。

 彼の叫びに耳を貸すものも、逃げ出したエッジ達の方に関心を払う者もこの場にはもうほとんど居なかった。


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