TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第四十八話 秘めたる奥義へ

≪コルマ港≫

 

「待って、妙なのが居る」

 目的の港に入るなり、ラークが全員を制止した。しかし、目立った不審人物は見当たらない。

 クリフはラークに疑いの目を向ける。

「そんなやばい奴居るように見えねえぞ、まだここはセオニアの領内だ」

 ラークは落ち着いた笑顔のまま、皆の方を向いて言う。

「数人固まってる旅人達が居るだろう?あれは変装したシントリアの騎士の格好だよ。こっちには気付いてないし襲ってくる気は無さそうだけど」

 軽く示された先にはよく居る旅人の護衛らしき帯剣した三人の男達と、一人の女性が固まって立っていた。話しながら誰かを探すように時折人込みに目を凝らしている。

「……何で騎士だって分かるんだよ、変装だとしても格好は普通じゃねえか」

 クリフは納得いかない様子だ。

「僕も以前シントリアで騎士をしていた事があるから分かるんだよ。三人とも確かにありふれた傭兵の格好だけど、三人が三人あまりにお手本通り過ぎる。何より、タリア・リョウカと一緒に居るのがアクシズ=ワンド王国の人間でない筈が無い」

 その発言にリアトリスを除いた全員が驚く。が、確かにそれが真実ならブレイドと面識があったのも頷ける話ではあった。

「いくつよ、あんた」

 クロウの経歴への疑問をラークは笑って受け流すが、エッジは別な所に疑問を持った。

「ラーク、確かにリョウカなのか?」

「名前を呼んでたから間違いないよ。てっきりあのままおとなしく帰国したのかとも思ってたけど……まあ、国境まで越えて来た人間が簡単に諦める訳無かったね」

 リョウカが居ると聞いたアキは、複雑な顔をしながら皆に尋ねる。

「どうします?セオニア国内でなら向こうも立場を明かせませんから、目立った動きはしてこないでしょうが。今下手にリョウカさんに何かを見破られるのは危険な気がします」

 全員がしばし考え、エッジが何かを思いついた様にクリフに声をかける。

「クリフ、ちょっと」

「ん?」

 近付いて屈んだクリフにエッジが耳打ちし、懐から何かを取り出す。それを見ていたアキは取り出された物に気付くと目を丸くし、それから視線を逸らした。

「……それ、騒ぎ起こさずに上手く行く方法?」

 クロウは、エッジが取り出したものを見て尋ねる。

「いや」

 きっぱり言い切ったエッジに、クロウはため息をついた。

 

「ありがとう、何とか逃げ出したまでは良かったのだけれど。あなた達が来てくれなかったら不安でとても船に乗る事が出来なくて。ごめんなさい、船で海上都市から連れ去られたせいかしら……我ながら本当に臆病ね」

 申し訳無さそうに、リョウカは変装した騎士達に謝る。

 それを見た騎士達は慌てながらそれを否定する。

「いえ、そんな事はありません!ご無事で本当に良かった」

 騎士達の言葉に安心した様子を見せながら、しかし今度は毅然とした表情でリョウカは言う。

「ありがとう、でもあなた達に迷惑をかけただけでは帰れません。彼を海上都市から逃がしてしまったのは私の責任でもあります、何かお手伝いさせて下さい……必要なら、再び彼と最後に別れた町まで戻る覚悟もあります」

 少し怯えを見せながらも責任を感じている様子のリョウカを見て、騎士達は顔を見合わせる。

「お気持ちは分かりますが、ここはセオニアです。我々だけで勝手に内陸部まで調査する権利はありません」

 リョウカは必死の表情で尚も食い下がる。

「責任は私が持ちます。何も見つからなかったなら、私が無理矢理従わせたと言って下さい」

 騎士達は悩む。

 と、決めかねる様子の彼らに走ってきた一人の少年がぶつかり立ち止まる。

 謝ろうとした少年は、しかし何かに気付いた様子でリョウカ達に背を向けて一目散に走り去る。

「今のは、まさか……待て!」

 それが、手配中の少年エッジ・アラゴニートである事に騎士の一人が気付く。

「セオニアから更に逃げるつもりか、追うぞ!」

 三人の騎士がすぐに走り出し、周囲もその異変に気付いてにわかに騒がしくなる。

「エッジ……?」

 彼を探そうとしていたリョウカもその展開に驚きながら、彼らの後を追う。

 

 港を出て、付近に人が居なくなったところでエッジは足を止めて、振り返る。

 手には『(よい)地衣(ちごろも)』を握り締めて。

「女性から武器まで奪って利用するとは……やはり性根から腐っていたか、とても団長の弟とは思えない」

 追いついて来た騎士の罵倒を意に介さず、エッジは衣の力を借りて深術を放つ。

「スパークウェブ!」

 雷の網が三人の騎士を囲み、抵抗する間もなくその意識を奪う。

 躊躇は無い。何度か衣を使い、エッジも加減を掴んでいた。

 追いついて来たリョウカはその光景を見て、エッジを警戒しながら足を止める。

「どういうつもり?本当は騎士に恨みでもあるの?」

 エッジは首を横に振りリョウカに近付くと、『(よい)地衣(ちごろも)』を手渡す。

「これで、正真正銘俺に奪われたって言い訳が立つだろ?」

 手渡されたそれを見て、リョウカは言葉を失う。

「俺がさっきの深術でその武器を扱いきれなくて、慌てて捨てて逃げた事にすればあんたが持っててもおかしくない筈だ」

 そう続けるエッジに対して、リョウカは納得いかない様子で顔を歪める。

「何でこんな事を?」

 エッジは笑って答える。

「大切なものだって言ってただろ、助けてもらってあんたに――リョウカに俺が返せるのはこれ位だから」

 受け取った『(よい)地衣(ちごろも)』をゆっくり握りながら、虚ろな目でリョウカは尋ねる。

「これを見て、ジェインは何か言ってた?」

「少し驚いてたけど、何も言って無かったよ。それと、もう一つこっちが本題なんだけど頼みたい事があるんだ」

 その返答にリョウカは俯く。

「……何でそんなに人を疑わないのよ、今の質問だって私がジェイン・アキの居場所を知る為に聞いたとは思わなかったの?」

 エッジは首を横に振る。

「隠すつもりなんてないよ。俺はアキも、リョウカも良い人だって知ってるから」

 リョウカは顔を上げず、何かに耐える様に衣を更に強く握り締める。

「私は嘘を吐くわよ。例えここで約束しても、国の為に最善だと判断すれば簡単に反故にする」

 エッジはそれでも迷わなかった。

「それならそれで良い。俺の話を聞いて、その上でリョウカが最善と判断するなら……それはきっと本当に国の為になる事だよ」

 そこからエッジが話す内容に、リョウカはほとんど言葉を返さなかった。

 と、突然二人の会話は遮られる。

「なっ」

「エッジ!?」

 エッジが大勢のセオニアの騎士に取り囲まれ捕まったのだ。

 騎士の一人はリョウカに声をかける。

「この少年はアクシズ=ワンド王国からこの国まで逃亡してきた犯罪者なのです。騒ぎがあったと聞いて急いだのですが大丈夫でしたか?」

 問われたリョウカはしばし捕まったエッジを見て躊躇ったが、それを振り払う様に目を瞑って騎士に答えた。

「大丈夫です。けれど、少し……一人にしてください」

 そう言って、パニックを起こした様に港の方へと走っていく。

 エッジの方に集中していた騎士達は、それがシントリアの貴族の娘だとは夢にも思わなかった。

 

 ―――――――――――

 

「何?手配していた二人が捕まっただと?」

 セオニアとの開戦に向けて準備をしていたジェイン・リュウゲンは突然の報告に驚いた。すぐに、その報告をしてきた者を下がらせ考え込む。

 アキを使い、王都での騒動から着実に開戦の準備を進めていたリュウゲンは、この様な事態を想定していなかった。

 アクシズ=ワンド王国で処刑する流れとなれば、王都の包囲からも容易く逃げ出したクロウをセオニアが捕らえておける筈は無く、状況証拠で彼女をセオニアの間者だとしておけばセオニアがクロウを取り逃がしても『意図的にセオニアが間者を庇った』として開戦に支障は出ない筈だった。

(替え玉か……?何を考えている、トレアス・L・セオニア・アリーズ)

 一見穏やかで、裏表の無い様に見えるセオニアの王によって度々戦争は回避されてきた。

 だからこそ、リュウゲンは配下のスプラウツから脱走したクロウの動きを利用し、念入りに計画を立ててきたのだ。

(しばし、様子を見るしかないか。徹底的に調べ、差し出してきたのが偽者であるならその嘘の代償を支払わせるまで)

 

 ―――――――――――

 

 港で捕まったエッジは姿が見えなくなる程の騎士達に囲まれて船に乗せられた。

 その頃にはすっかり噂になっており、多くのセオニアの人間がその一部始終を見ていた。

 陸を離れるまでずっとエッジは船室に閉じ込められ、船の周囲が一面海になったところでようやく出るのを許された。

「半日ぶりだね、エッジ」

 すぐ外で待っていたリアトリスが声をかける。

「ああ、わざわざ待って無くても良かったのに」

 リアトリスはにこやかに答える。

「ラークに伝言頼まれたんだよ。舳先の方で待ってるって」

「ラークが?」

 

「やあ、派手に捕まったね」

 指定された場所で待っていたラークは右手をあげてエッジを歓迎する。

「どうしたんだ?急に呼び出すなんて」

 意図が分からず尋ねたエッジに、ラークはエッジの剣を指差した。

「久しぶりに剣の修行をしようと思ったんだ、エッジ武器を変えたよね?」

 言われたエッジはリョウカに買って貰った新しい剣の事を思い出す。

「ああ、そうだった。お願いしても良いか?ラーク」

「じゃあ、とりあえず基本の確認からいこうか。エッジ、魔神剣(まじんけん)を撃ってみて」

 頷き、エッジは剣を構える。

魔神(まじん)け――!?」

 勢いよく剣を振るうエッジ。

 今までやってきたのと同じ動きで技を出そうとしたエッジは、勢い余って転びそうになる。

 その肩を、

「……エッジ?」

 笑顔のまま、殺気を放ったラークの手が掴んだ。

「えっと……」

「君は、武器もまともに振るえない様な状態で戦場に立ってたのかい?」

 エッジは出会ってから初めてラークの怒りを感じて後ずさる。

「まあ、武器を変えた事自体は責めないよ……前の剣は重すぎてエッジの技を鈍らせてたしね」

「え?」

 言われてエッジは今更ながら前の剣はあくまで人間より大型の、モンスターを倒す為の武器だったことを思い出す。

 無意識に狩りの延長で戦っていたエッジはそんな事を考えた事もなかった。

「別にあれはあれで一つの戦い方だったから何も言わなかったけど、この先戦うのは大体が人間だ。必要なのはどんな敵も殴り倒す重さじゃない。より早く、確実に、相手より先に刃を届かせる技術が必要になる」

「確実に、か。確かに……そうだよな」

 言われたことをエッジは呟きながら頭の中で反芻する。

「今のエッジになら教えられるかもしれない。無闇に使うものじゃないけど見た相手を確実に倒す、秘めたる奥義。必殺の剣を」

「秘めたる奥義……」

 ラークは頷く。

「人によっては秘奥義(ひおうぎ)なんて呼んだりもするね。見た相手っていうのは基本的に死んじゃうから、なかなか他人のものを知る機会は無いけど」

 エッジは少しだけ不安そうに、握っている剣を見た。

「俺に、出来るかな」

「出来るよ、大丈夫」

 ラークは励ます様にエッジの背中を叩いて、言う。

「とりあえず、その抜けた基本からみっちり叩き直そうか」

 その言葉はとても、頼りになりすぎる位の強さで満ちていた。


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