TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
「……これで良かったの?」
謁見を終えて四人で玉座の間から出てきた後、クロウはクリフに尋ねた。
「さあな、俺にも分からねぇよ。けど、まあ従うさ」
クリフの返答にどこか納得いかない表情をしながら、クロウが念を押す。
「国出る前にちゃんと王女様に挨拶しときなさいよ」
「分かってる……お前、妙にフレアの肩を持つよな」
「あんたの味方はしないの」
その返答に辟易した顔を見せながら、クリフは王女の部屋の方へ向く。
「ではクリフさん、また東門の所で合流しましょう」
アキの言葉に、クロウが思い出した様にクリフに言う。
「ごめん、ちょっと寄りたいところあるから……合流はチリアの所で」
「チリア?」
聞き慣れない名前にエッジが聞き返すが、クロウは誤魔化す様に背を向けた。
「行けば分かるから」
エッジとアキは首を傾げた。
完全に日は落ち、ウォーギルントの街は夜になっていたが三人は火の街灯のお陰で迷うことはあまり無かった。
クロウに先導されるまま孤児院の前に着くと、アキはその建物の外観に感想を漏らす。
「……大きな家ですね、余程の大家族の御宅なのでしょうか」
「ここにクロウが知り合った人が居るのか?」
エッジの質問にクロウは曖昧に頷き、説明する。
「この家を建てた家族はもう住んでないよ。空き家を改装して使ってるらしいから……まあ、ある意味今すんでるのも大家族だけど」
そう言いながら、クロウは一人戸口の前に立った。
「ちょっと待ってて、すぐに済むと思うから」
横目で二人が了承したのを見てクロウは一人中に入った。
数時間ぶりに戻ってきた孤児院の中でクロウを待ち構えていたのは腕組みをしたチリアと、怯えたように彼女の陰に隠れた数人の子供だった。
「クロウ……」
「皆戻ってる?」
チリアは固い表情で頷く。
「戻ってきた子がね、あんたを怖がってるんだ。あんたが……子供を殺したって。もし、それが本当なら――」
いつもハキハキと喋る彼女が言いにくそうにするのを遮って、クロウが先に切り出した。
「大丈夫出ていくよ、それを言いに来ただけだから」
「……そうかい」
チリアは固い表情を崩さないままそれを認め、彼女の後ろの子供達はクロウのわずかな動きにも反応しその身をクロウから隠そうとした。
クロウはそれを見て、何も言わずに外へと引き返す。
別れの言葉もなく、扉は閉まる。
外で待っていたエッジ達はあっという間に出てきたクロウと、その暗い顔に不安そうな目を向ける。
「もういいのか?」
クロウは頷く。
「報告だけだから、これ以上用事なんて無いよ」
沈黙が流れる。
と、扉が開く音がそれを破った。
自分の背後から聞こえた音に、訝しげに振り返ったクロウは突然身動きが取れなくなって慌てて抵抗しようとし――それが抱き付いてきたチリアだと気付いて抵抗をやめた。
「チリア?」
「ごめんよ……あんたが皆を助けてくれたんだろ?危なかっただろうに」
困惑の声をあげるクロウに、チリアは罪悪感の滲んだ声で謝る。
「でも私は皆の、全員の『母親』だから、あんたの家族になってやれない、許しておくれ」
クロウはその言葉に一瞬目を見開き、それから優しく彼女を抱き返した。
「そんなこと無い、チリアは立派な母親だよ」
抱擁を解かれると、思い出したようにクロウは一つ尋ねる。
「右腕に傷がある子、普段元気にしてる?」
「レブかい?元気だよ、手を焼く位さ」
それを聞いてクロウは安堵の表情を見せた。
「それなら良いの……ありがとう、チリア」
チリアは首を横に振る。
「礼を言われることなんて無いよ。何もしてやれないけど……元気でいるんだよ」
そう告げると、チリアはエッジとアキの方を向く。
「あんたらはクロウの仲間かい?この子を頼むよ」
「はい」
「はい」
二人が頷く。迷い無いその態度にチリアは少し安心した様子を見せた。
「良い子達だね」
「……うん」
小さな声で、しかしきちんとその言葉に同意したクロウをチリアは笑顔で送り出した。
―――――――――――
王女は眠っていた。先程より深い眠りの中に居るようで、起きる気配は全く無い。
それを起こすのを忍びなく感じたクリフは、このまま出て行こうかとも考えるが、彼女との約束を思い出しその肩に手をかける。
かなり強く揺り動かされるまでフレアは反応を示さなかった。
「クリフ……?」
ぼんやりと焦点の定まらない眼で目の前の相手を見た彼女は、それがクリフなのか確かめる。
「ああ、ちゃんと挨拶しに来たぜ」
「……挨拶ってことは、もう行くんだね」
静かに感情を抑えた声で王女はクリフの意図を汲み取る。
クリフはそれに申し訳無さそうに答えた。
「悪い今度は、いつ戻れるか分からねぇ」
一呼吸おき、眉をしかめながらクリフは続ける。
「……クビになった。戻れないかもしれない」
その言葉にフレアは目を丸くし、それから何かとても面白い事があったかの様に吹き出した。
予想とは違うその反応にクリフは困惑した様子を見せる。
ひとしきり笑ったフレアは、涙目になりながら謝る。
「ごめんなさい、自分でもちょっと驚いちゃった。ただ、嬉しくて」
「嬉しい?」
クリフの問いに王女は頷く。
「うん、クリフがこれでようやく元の旅人に戻れるから」
心から嬉しそうに言う彼女に、クリフは辛そうに顔を歪める。
「でも、フレアはこれで……」
「私の事は良いの、クリフ。それであなたが自由になるなら……私は私、クリフはクリフの世界にまた戻るだけ」
最後に少しだけ寂しさを滲ませた彼女の言葉に、クリフはその手を強く握った。
「戻ってくる、絶対だ」
フレアは困った顔をする。
「それじゃ意味が無いじゃない、私はクリフに自由でいて――」
「俺が戻ってきたいんだ!だから戻ってくる、絶対に」
呆気にとられた表情で王女は固まり、それから柔らかく微笑んだ。
「正直ね、私怖かったんだよ。ここにいると皆が私を置いていっちゃう気がして、ある日突然誰も来なくなったら私はずっと一人で一生眠り続けるんじゃないかって……でも、クリフを待つ為なら大丈夫。また、来てくれるなら私は何も怖くない」
だから、と
「クリフは安心して行ってきて、すぐにまた会えるんだって思えば私の眠りだって悪くないよ」
そう言って、彼女は笑顔でクリフを送り出した。
≪丘陵の首都 ウォーギルント 東門≫
「王女様にちゃんとお別れ言ったんでしょうね」
「そっちこそ、チリアと別れはちゃんと済んだのかよ」
合流して顔を合わせるなり、クロウとクリフは睨み合う。
先に待っていたラークはその様子を微笑みながら静観し、リアトリスは止めるべきか焦る。
アキは睨み合う二人に聞こえない様に呟く。
「どうしてクロウさんはクリフさんとすぐに喧嘩になるんでしょうか」
「二人とも、他の人とは結構仲良く出来るのに」
リアトリスの相槌にエッジが疑問を口にする。
「……クロウ、出来てるか?」
そんなやり取りがされているのには気付かないまま、クロウが先頭に立つ。
「もう行こう、エッジ、アキ」
「私の事、『ジェイン』って呼ばないんですか?」
いつもと違う呼ばれ方にアキが固まり、他のメンバーもクロウの顔を見る。
突然注目されたクロウは焦りを見せながら弁解する。
「何よ、スプラウツを指揮してるジェイン・リュウゲンと……アキは敵になったんだから、両方ジェインって呼び方だと紛らわしいでしょ」
ラークがにこにこと笑うのを見て、クロウは自棄になった様子で全員に背を向ける。
「とにかく、行くわよ!港でしょ!」
憤然と先頭を歩き出すクロウの耳は真っ赤だった。
「おい、いくら許可を貰ったとはいえ、余りあの子供を一人で離すなクリフ」
その後姿を見て、ここまで無言だったマイロがクリフに警告する。
彼一人ではなく、この首都までクロウを送ってきた部隊――蓮の水鳥の男達もエッジ達と距離を置いて控えている。
「いくらなんでも、こんな所から演技しなくても大丈夫だろ」
気楽に返すクリフに、マイロはため息をついた。
「それ以前にあの少女がいなくなったら全て終わりなんだぞ。この先俺達は別ルートだ、コルマ港でセオニア正規軍と合流するまで責任を持ってお前が監視しろ」
クリフにそれだけ警告すると、マイロ達は南東の方へと離れていく。
「俺たちも急ごう、コルマ港へ」
エッジの言葉で皆もクロウの後を追って歩き出した。
―――――――――――
「残ったのは貴様らを除いて九人か……十一人もやられるとはな」
敗走した『
「奴らを侮るな……特にあの男は、お前と同じだフレット」
「あ?」
予想外に名前を出されたフレットは、バルロを睨む。
「エッジと名乗っていた。奴には『自分の身を省みる』という思考が欠落している。他者の為にそれを行う辺りお前とは違うが、あの手の人間は何をして来るか分からない。絶対に油断するな」
警告されたのが気に入らないという表情で、フレットは記憶を辿る。
「エッジ……エッジ……ああ、クロウが言ってた奴か。戦力的には最低な筈じゃなかったか、あれ?」
思い出してますますやる気が失せたという表情でフレットは疑いの眼差しを老人に向けた。それに対して、バルロは怒気をはらんだ声で念を押す。
「油断するなと言った。そういう隙がそのまま貴様の敗因になるぞ」
フレットはその言葉を鼻で笑う。
「はっ、負けるかよ。この世で俺より強い人間が居るとしたらシントリア最強の騎士か、クロウだけだ。厄介だって言うなら、まずそのエッジとかいう奴から殺してやるよ」
バルロはその返答では不満な様だったが、フレットと平行線の論議を交わし続けるほど愚かではなかった。黙り込んでいるセルフィーにも向けて、確認をする。
「とにかく急いで中央大陸に戻るぞ。ネイディールが留守を守っている限り脱走は無いだろうが、レパートとルオンもレーシア大陸に出ている。あまり長期間クローバーズを奴一人にしておく訳にはいかん」
ネイディールの事など興味が無い様子のフレットは、それに適当な返事をした。
「あら、ダメよ。逃げたりしたら」
冷たい空間に場違いの、少女の様な優しい声が響く。
クローバーズが出払ったスプラウツの中心拠点、無機質な建物の唯一の出入り口。
その前に固まった四人の怯えた子供達の前で、声の主は柔らかく微笑む。
服装も、その透き通った髪も、上から下まで絵に描いた様な真っ白なその女性はどこか現実感が欠如していた。
事実、彼女は脱走しようとしている四人を止めるべき立場であり、この状況とその態度は噛み合っていなかった。
「外の世界は残酷よ、あなた達を決して認めてくれない。だからここに残りなさい?」
そう言いながら女性は無防備な動きで四人に手を差し伸べる。その隙を突いて、子供の一人が扉を開いた。
その瞬間、
「――ホーリーランス」
白い槍が、赤い華を咲かせる。
三人になった子供達は悲鳴をあげ、その場に崩れ落ちた。
その子供達にゆっくりと近付いた白い女性は、優しく、優しく彼らの頭を撫でて謝る。
「怖がらせてごめんなさい、でも本当に……外の世界はもっと怖い世界なのよ。その子の様に痛みも無く死ぬ事すら出来ない。きっとあなた達は逃げた事を死ぬほど後悔する」
そして、笑った。
「大丈夫よ、あなた達は絶対、私が守ってあげる」
そのクローバーズ、ネイディールの笑顔は一点の曇りも無い――名前通りの『