TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
リアトリスとラークを逃した事にフレットはため息をつく。
「逃げやがったか。二人まとめてなら少しは楽しめるかと思ったけど、まあ良いか」
「……前から気になってたんだけど、デュアル・インディグネイションのインディグネイションって、あれよね?」
セルフィーが口にしたのは、雷属性の上級深術。
発動に相応の時間は要するものの、一回で王都にある巨大な教会が消滅する程の威力の術だ。
「あ?」
「何でその術より弱い技が『デュアル』・インディグネイションなのよ」
フレットはセルフィーの質問に呆れたようにため息をつく。
「分かってねえな、時間かかる術よりすぐ発動できて圧倒的な威力がある近接技の方が場合によっては脅威になるんだよ。敵の前であんなもん、そうそう唱えてられるか」
「そうじゃなくて、名前がおかしいって言ってるのよ」
「俺の最強の術と、技の衝撃で
段々ムキになるセルフィーを見て、フレットは面倒くさそうな顔をする。
「だから、『インディグネイション』って付ける必要は無いでしょって言ってるの!」
フレットはセルフィーから逃れる為にとうとう耳を塞いだ。
―――――――――――
「止まれ、ここから先は工事中だ」
「ああ?どう見ても工事なんかやってねえじゃねえか」
一度孤児院に戻ってクロウが飛び出して行った事を知ったクリフは、すぐに東の門に向かっていた。
しかし、その途中で街の兵士に止められる。
「道が一部陥没しているんだ。どこまで安全か分からない以上見える程近づかせる訳にはいかない」
普通だったら納得していたかもしれないが、クリフは納得しなかった。
こっちに向かう最中、この先から空に上がる合図を見ていたからだ。
「そうか。邪魔した、な!」
クリフはその警告に従い一度背を向けて立ち去る振りをしながら、反転して再び突進する。
「そんな手が通用するか!」
兵士は不意をつかれたりする事無く即座に反応する。
「よ、っと」
その足元に屈み込み、クリフは後ろから掬う様にして相手の足を払う。
「なに、!?」
重い鎧を着た兵士はそれだけで完全にバランスを崩し、両手を着いて道に倒れた。
「人を捕まえようとすると人間どうしても前に体重が出んだよ、悪いな」
「ま、待て!」
兵士が何とか身を起こす頃には、クリフはもう追いつけない程遠くに行っていた。
「クリフ!良かった、ちゃんと合流できて」
エッジはクロウを安静にさせる為にもその場から動いていなかったが、クリフと会えたことに安堵する。
「大丈夫だったか!?お前ら」
街路の脇の植え込みに背を預けて座るクロウの怪我を見て、慌てるクリフ。
「何とか。ただ敵は撃退したけど、クロウの怪我が酷いんだ。すぐにリアトリス達を探さないと」
「あいつらが無事かも確認しないといけねえしな。とはいえまださっきの場所で戦ってるとも限らねえし……」
エッジが今の状況を説明し、クリフがそれを受けて今後の行動をどうすべきか相談し始めた。
二人だけ取り残されたアキとクロウは気まずそうに互いに目を逸らす。
「……あんたは来なくても良かったのに」
先に口を開いたのはクロウだった。
その言葉にアキは悔しそうに服の裾を握りしめる。
「そう、ですよね……私の助けなんて、要りませんでしたよね」
その様子を見て、クロウは言い直そうとする。
「あ……いや、そうじゃなくて」
自分の考えを伝える言葉を探して、クロウは悩む。
「エッジは私と同じ追われる身になってまで人を助けようとする大馬鹿だから仕方ないけど、あんたはこんな事しなければスプラウツを敵に回さなくて済んだのに」
アキは顔を上げると、自分の気持ちを答えた。
「……けじめです、私が引き起こした事ですから。信じてもらえないかもしれませんが、私はエッジさんとクロウさんの力になりたいんです」
「そうだね、私疑り深いから信じるとは言えない……でも、だから、来る理由も無いあんたが来てくれて私は嬉しかった」
アキが目を丸くする。
その凝視に耐えかねたのか、自分の言った事を改めて反芻してなのか、クロウはアキから顔を逸らした。
「それなら私も、ここまで来た甲斐がありました」
アキはそこで初めて、クロウの前で表情を緩めた。
と、クロウが思い出したように聞く。
「そういえば、あんた足怪我してなかった」
「え、いえ大丈夫です、クロウさんの怪我に比べたら!」
体重を預けていた植え込みの塀から身体を起こし、自分の足の怪我の様子を見ようとするクロウをアキは慌てて制止する。
「いいから見せて、自分の怪我は少ししか治せないけど、人のは治せる」
岩による傷を確かめ、クロウが治癒術をかけ始めたのを見てアキは抵抗をやめた。
打撲によって青くなった肌が健康的な色を取り戻し、アキの体から痛みが引いていく。
「ありがとうございます……」
「いいよ、別に。このくらい」
たどたどしく言葉を交わすと、二人はまた互いに目を逸らした。
「よし、決まったぜ。多少危険はあるかもしれねえけど、俺があいつらを探しに行く」
クリフが、クロウとアキにこれからの行動を伝える。
「正直賛成は出来ないけど、敵の狙いはクロウだ。今の状態で一人にはできないから、一番足の速いクリフにラークとリアの様子を見てきてもらう事にした。クリフに仲介してもらって先にセオニアに助けを求める手もあるけど、その間に二人がやられたら元も子も無い」
エッジが手短に説明を付け加えると、クリフはすぐに元来た南門の方へ走ろうとする。
「じゃあ、待ってろ。ちょっと行って来るからよ!」
「行って来るから、じゃない」
今まさに探しに行こうとしていたラークが、リアトリスと共に現れクリフを制止する。
エッジとアキは二人が無事だった事にほっと胸をなで下ろした。
「リアさん!無事だったんですね。でも、よくここに居ると分かりましたね」
「忘れた?私はクロウの位置なら気配で感知できるんだよ……まあ、ある程度近くに来るまでは当てずっぽうで歩いたんだけど」
安堵の表情を浮かべる仲間達の様子に、クロウは怪訝な顔をする。
「ラーク、リアトリス……?どういう集まり、これ」
その質問にクリフの表情が曇るのを察し、エッジが答えた。
「話すと長いからそれは後で説明する。それよりリア、すぐにクロウの治療をお願いしたいんだけど頼めるか?」
そこでクロウがひどい怪我をしている事に気が付いたのか、リアトリスは目を丸くして取り乱す。
「な、何で皆そんな落ち着いてるの?すごい怪我じゃない、クロウ!」
「いや……出血は止まってるから見た目程ひどくない」
注目されて居心地悪そうにしながらも、リアトリスにされるがまま傷を見せるクロウ。
「そんなわけ無いでしょう!見たところ打撲だけど、こういうのは外出血が無いからって甘く見ちゃいけないんだから。大人しくしてなきゃダメだよ」
(いや私、今相当大人しくしてたと思うんだけど)
納得いかない表情をするクロウ。
クロウの事をリアトリスに任せたラークが尋ねる。
「これからどうする、エッジ?」
「セオニアの国王を説得しようと思う。このままクロウを連れて逃げたらシントリアの時と同じだ」
エッジの言葉にラークは驚く。
「……失敗したらそれこそ同じだよ?君はアクシズ=ワンドだけでなく、セオニアまで敵に回すことになる」
ラークの言う事はもっともだった。
前回もエッジとクロウはアクシズ=ワンドの国王に話を聞いて貰おうとして、失敗しているのだから。
あの時はアキの妨害があったとはいえ、無くても上手くいく可能性は低かっただろう。
「それは結果だよ、どう進むかの選択を俺はもうしてる。例えこの国を敵に回す事になるとしても、俺はその重さから逃げたくないんだ」
「どこまでも君は変わらないね。分かった、任せるよ」
ラークがあっさり承諾した事に、ここまで黙っていたクリフが思わず口を出す。
「良いのかよ、お前は反対なんだろ」
信用していない様子でクリフはラークに問いかける。
「まあね、でもエッジが自分でやる事にまで僕が口を出す権利は無いよ」
それに、とクリフと睨み合いながら付け足すラーク。
「どの道僕は君達と戦闘になってる。王城に近づく訳にはいかないだろう?」
一見正論ではあっても、クリフは納得いかない様子だった。
そこへ、クロウの治療を終えたリアトリスも会話に加わる。
「じゃあ、私もラークと一緒に待ってるよ。離れるなら私がラークと居た方がまた合流が楽でしょう?」
「俺は当然エッジと一緒に王様に会うぜ。当然、クロウも一緒だからな」
クリフに言われてむっとした表情を見せながら、立ち上がるクロウ。
「あんたに言われなくても分かってる」
一人だけ残ったアキはどちらに入るべきか迷う。
「では、私は……ええと」
そこへ助け舟を出すクロウ。
「どっちでも良いならこっちに来てよ」
「え?」
首を傾げるアキ。
「ほら……こっち、男ばっかりだから」
その言葉にリアトリスも反応する。
「私も行こうか?」
「それじゃ合流できないでしょうが」
結局、エッジとクロウ、アキ、クリフがセオニアの国王に会いに行き、ラークとリアトリスは街の外で待つ事になった。
一旦二人と別れ、エッジ達はクリフに案内されるまま王の住居へと向かう。
クロウも一度行った場所であり、何より小高い丘の麓にあったので街のどこからでも城はよく見え、迷う事は無かった。
およそ城とは呼べない程に無防備な城の手前、アーチ型の門の下でエッジ達は門番に呼び止められる。
「待て、クリフ。先にフレア様に会えとの事だ」
「はあ?相変わらずの親馬鹿かよ、国王……」
「気持ちは分からないでもないが、そういう発言は王の前では慎めよ」
門番に呆れられたクリフはエッジ達を振り返って謝る。
「悪い、王に会う前にちょっと寄り道するぞ」
今の話が気になったのか、アキが尋ねる。
「フレアというのは、国王の御息女様なんですか?」
「ああ、フレアはこの国の王女だよ」
「……アリーズ家の王女」
目を伏せるアキを不審に思いエッジが質問する。
「何かあるのか?その人と」
「いえ、噂を聞いた事があるだけです」
そこでクリフはふっと笑う。
「何だ、知ってたのか」
気まずそうに黙るアキと、それきり何も言わず城の中へと進んでいくクリフの様子にエッジとクロウは首を傾げた。
中は落ち着いた造りになっていた。
シントリアの王城と比べると広さが二回り程狭いせいもあるかもしれないが、無機質な広がりは無く、敷かれた絨毯が靴と石の接触する冷たい音を防いでいる。
城としてどうかはともかく、住居としては間違いなくこちらの方が快適だろうとエッジは思った。
クリフは玄関ホールから左に曲がり、建物の外周をまわるように奥へ奥へと歩いていき一つの部屋の前で止まった。
入り口からするとほぼ建物の反対側で、鎧を着た兵達が出入りしていてもここは静かだろう。
「フレア、起きてるか?」
クリフが部屋の中に向けて声をかけ、ノックする。
しばらく待ったが返事は無い。
クリフはそのまま扉を開けて中に入ろうとし、エッジが慌てる。
「え、クリフ!」
エッジが止めようとするのをアキが制した。
「エッジさん、多分……大丈夫です」
「いや、王女の部屋なんだろ?勝手に開けたらダメだって――」
言っている間に扉が開き、エッジは口を閉ざす。
中には大樹を模した形の天蓋が付いたベッドがあり、
窓は開け放たれており、外の樹によって弱められた陽光が部屋の中を柔らかく照らし、風が彼女の髪を揺らす。
「……フレア」
王女はゆっくりと目を開き、クリフに気付くと子供の様なあどけない笑顔を見せた。
「あ、クリフだ」
二人の様子を廊下から見守りながら、アキは小声でエッジとクロウに教えた。
「たまたま眠っていた訳じゃありません……彼女は、ほとんど起きている事が出来ないんです」
クリフが現れた事に嬉しそうに喜ぶ王女の姿からは、そんな悲哀は少しも感じられなかった。