TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第四十三話 シンの一族対セブンクローバーズ

 上空という優位に立って、クロウは反撃に出る。

「ラーヴァン、ブラッディランス」

 バルロはその言葉より早く、ラーヴァンが実体化した時点で撤退を始めていた。

 生き残った子供達と共に街の外へと走り去るその背中に向け、黒い槍が飛ぶ。

 クロウが自分で出した時は一本だったが、ラーヴァンが発動した術では五本が同時に出現した。

 それを阻む様に岩の壁を次々に出現させ、更には直接槍に向けてぶつけるバルロ。

 彼に吸い込まれていく虹色の光から、コレクトバーストを使っているのが分かる。

 先程までなら防げていただろう黒い槍は、しかしそこで勢いを増し、岩を粉々に貫いて黒い筋を宙に残した。

「――ペネトレイトッ!」

 クロウの一声で、五本の槍は全て貫通する。

 槍の一本がバルロの脚をかすめて倒れさせ、残りは逃げていく子供達を避ける様に飛び去っていった。

「クロウ、子供達は」

「分かってる……」

 子供達を殺さないよう警告しようとするエッジをクロウが制する。

 地に伏したバルロの頭上に緩やかにラーヴァンが近づき、クロウはその頭上から声をかける。

「形勢逆転だね、バルロ」

「その様だな」

 巨鳥の影の中にあって、諦めた様に老人はその身を起こす。

 その動きは初めて年齢を感じさせた。

「これで分かったでしょう、私を連れ戻すなんて考えない方が良いって」

 その声の調子に皮肉はあっても、殺意が無い事に気付いたバルロは憤りを見せる。

「貴様……殺さないつもりか」

「勝つ為に必要なら殺す、けどあんたを殺すことが目的な訳じゃない」

 その返答にバルロは不愉快そうに眉間に皺を寄せ、何も言わずにクロウに寄り添っていたエッジを睨んだ。

「貴様の名は?」

「俺?エッジ、エッジ・アラゴニート」

 自分に質問が飛んでくると思っていなかったエッジは驚きながらも、相手の目を真っ直ぐに睨んで答える。

「覚えておく」

 エッジの名前を聞くと、老人は戦いの跡に目を向けた。

「……どの道これ以上は気付かれる、か」

 老人は二言、三言何かを呟くと手を荒れ果てた街路に向けた。

 砂が渦を巻き風を起こすと飛び散った瓦礫を道に穿たれた穴へと集め、元と同じではないものの少なくとも戦いがあったとは思えない「ただの街路」と呼べるような外見に戻った。

 それも深術の使用ではあったが、クロウは黙って見逃した。

 後に残るのは子供達の亡骸だけになる。

「騒ぎを起こすのは互いに望むところでは無いだろう。それの始末は貴様らに任せる」

 子供達の亡骸を『それ』呼ばわりした事にアキもエッジも拳を握りしめたが何も言わない。

 二人とも話が通じる相手では無いのはもう分かっていた。

 バルロはそれだけ言うと攻撃を受けた方の脚を引きずりながら街の外の林の中へと去っていった。

 

 その姿が見えなくなるとクロウは無言で隣にいるエッジの服の袖を握り締め、屈み込む。

 同時にラーヴァンの羽ばたきが勢いを無くし、黒い巨鳥は崩れ落ちる様にその高度を下げ二人を道へと投げ出した。

 そのまま力なく道に倒れ込んだクロウの身体をエッジが支える。

「クロウ!」

「クロウさん!」

 エッジ達が改めて見ると、クロウの姿は酷いものだった。

 血の中に寝そべっていたせいで服が血にまみれ、肌が直に見えるところには打撲の痣がある。

 出血そのものは止まってきており然程でも無い様だったが、直ぐに手当てした方が良い状態なのは間違いなかった。

「……何で助けに来たの?」

 その自分の状態を差し置いて、クロウは二人に尋ねた。

「私は、助けてもらう価値なんか無い人間だよ。そこに倒れてる子達を殺したのも私……ただの、人殺しの化け物だよ」

 エッジは首を横に振った。

「そんな事気にしなくて良い、今は傷の手当ての方が先だ。自分では治癒術使えないか?それならリアトリス達を探すか――」

 クロウは凄まじい形相でエッジを睨む。

「『そんな事』?エッジは、……あんなに誰かを傷付ける事を否定してたエッジが、人殺しをそんな事だって言うの?」

 アキはその剣幕に押され半歩後ろに下がる。

「今も変わらないよ、どんな子供にだって死んで欲しくないっていう気持ちは……でも、クロウ自身が一番その重みに苦しんでる時まで怒ったりしない」

 クロウは驚きに目を見開き、エッジから目を逸らした。

「あんたは……私の考えてる事が分かるの?」

 エッジは厳しい表情でクロウの足を止血しながら、口元だけ笑顔を作る。

「誰のでも分かる訳じゃない。でもクロウは優しいから、そんなクロウが人を殺すのは嫌なんだ……アキ、クリフが見てるかどうか分からないけど合図を上げよう。合流できたらリアトリス達の所に急いで戻らないと」

「はい、炎なら私に任せて下さい」

 エッジの答えにクロウは顔を逸らして、目元を隠したまま呟く。

「……馬鹿、私が優しいとかお人好しにも程があるよ」

 アキは二人から数歩離れて、傘を閉じたまま暗くなった空に向ける。

 その先端に赤い光が玉の様に集まって空に上り、いくつもの炎の花びらになって弾けた。

 日の沈んだ空に光るそれを見逃すことはそうそう無いだろう。

「私がそんな事しても喜ばないだろうけど、あの子達出来ればちゃんと埋葬してあげたい」

 倒れた子供達の方に目を向けながら、声のトーンを落としてクロウは言った。

「そうだな……」

 きちんとその亡骸を見ていなかったエッジも改めてその姿を見つめ、クロウに同意する。

 罪の無い子供と、クロウとが殺し合わなければならないなんて間違っていると思いながら。

 

 ―――――――――――

 

「くっ、何よ!何なのよ!あんた達は!」

 最後に残った赤毛の少女の仲間を、ラークが切り伏せる。

 一人になった少女は追い詰められ、ラークとリアトリスを睨み付ける。

 二人は相手の叫びに反応を示さなかった。

 リアトリスは頑なに戦いから視線を逸らさない事だけに集中し、ラークは他の敵に対するのと同じ様に赤毛の少女に止めを刺そうとする。

「調子に、乗るな!」

 少女の手から空中に、先程使ったのと同じ赤い石が無数にばらまかれる。

 その一つ一つが提灯の様に宙に浮かんだまま赤い光の珠となって停止し、少女の周りに幻想的な領域を作り出す。

「――接華浮燈(せっかふとう)の陣!」

 領域内で剣を振りかぶったラークが、光の珠の一つに触れる。

 瞬間、爆発が起こりラークを陣の外まで吹き飛ばす。

「ラーク!」

 リアトリスの悲鳴を受けながら空中で身を翻したラークが地面を踏みしめながら着地し、ざり、という音を残してその姿が掻き消える。

「っ!?」

 赤毛の少女は目で追いきれない相手の動きに、感覚だけで鞭を自身の背後に叩きつける。

 鞭は赤い光の珠の一つを捉え、爆発させる。

 そして、ラークは再び吹き飛ばされた。

「くっ……」

 ラークは少女の陣を展開してからの異常とも言える反応速度に攻めあぐねる。

 いくらラークの傷の治りが早くてもダメージが無いわけではない、連続して攻撃をしかけるにも限界があった。

「面倒かけてくれたね……今度こそ殺してあげる」

 陣による防御でラークの近接戦闘を封じ、赤毛の少女は止めとばかりに上級深術の詠唱を始める。

 それをさせまいと、リアトリスが上空へ光を放つ。

刹那(せつな)(かがや)き、()を瞳に映すものを貫かん――レイ!」

 強い光が空の一点から発せられ、その直後そこからいくつもの白い光が矢の様に赤い光の珠目掛けて降り注ぐ。

 それを見て赤毛の少女は勝ち誇った笑みを浮かべる。

「私じゃなくて炎熱石をピンポイントで狙えるその技量は大したものだけど、残念だったね!」

 赤毛の少女が右手をくるりと回すと光の珠はさっと並びを変え、リアトリスの術を回避する。

「さあ、これで終わり。冥土(めいど)土産(みやげ)に見せておいてあげる、これからあんたらが落ちる地獄の炎を――」

 直後、少女の周りを守る赤い光の珠の一つが弾けて、核になっていた鉱石が砕け散る。

 一つが弾けると、そこからは立て続けだった。

 リアトリスが降らせた白い光の雨が生き物の様にその軌道を変え、次々に赤い光を射抜く。

「な……んで、私の動かす位置を読んでたの?……全部、一つ残らず?あっ!」

 守りを全て破壊した光の雨は、そのまま赤毛の少女の身体もかすめる。

「『()を瞳に映すものを貫かん』……レイは、最初の光で標的を識別して自分で追尾するんだよ」

 呆然とする少女にリアトリスは理由を明かす。

 赤毛の少女は信じられないと首を横に振った。

「追尾型の深術……?そんなのある訳無い!だって、深術は」

 少女の言葉はそこまでだった。

 話している間にラークが近付いてきた事に気付いて恐怖の表情を浮かべる。

 ラークが剣を構え、リアトリスは固く目をつむった。

「い、や……嫌だ死にたくない!」

 悲鳴があがり、剣が空を切る音が響き、

 

 金属と金属のぶつかり合う音にそれらは遮られた。

「何やってんだセルフィー、五人相手にする筈が二人相手に負けてんじゃねーか」

 恐ろしい速度で割り込んできた影は鉄の鉤爪でラークの剣を受け止め、呆れた声でセルフィーと呼んだ赤毛の少女を罵倒する。

虎爪破斬(こそうはざん)

「っと、雷旋牙(らいせんが)!」

 ラークは突然の乱入者にも顔色を変えずすぐさま剣を振るい、鉤爪の少年も両手のそれで応戦し両者は激しく切り結ぶ。

 ラークの剣は二本を繋げた分の重さがある大型の物だったが、乱入してきた少年の鉤爪も一本一本が肉厚で先端は鋭利なもののほとんど打撃武器の様な造りになっており、二人の攻撃の重さは互角だった。

 帯電しているのか鉤爪は剣と衝突する度火花を散らす。

「フレット……」

 助かった事に実感の湧かない様子でセルフィーは二人の戦いを見つめた。

 乱入者――フレットは相手を押しきれないことに舌打ちして片方の鉤爪に雷のディープスを集束させ、それを纏った一撃をラークに叩きつける。

 深術が使えず、先程の爆発のダメージが抜けきっていないラークは剣で防御するもののその一撃に押され後ろに下がる。

「二人ぐらいさっさと倒せよ。ほら、こうやって――」

 その隙を突き、フレットはリアトリスに突進する。

「術士先に殺せばそれで終わりだ」

 リアトリスは慌てて光の壁を目の前に貼り、フレットの行く手を塞ぐ。

 それを、無造作に叩き割るフレット。

 ガラスの砕けるような音が響く。

「!?」 

 リアトリスは驚愕し、次々に光の壁を作り必死に防御しようとするが全て破壊される。

 一枚防御を破壊されるたびに壁を貼るスペースが少なくなり、つまずきそうになりながら彼女は後退する事を余儀なくされる。

 辛うじてではあるものの凌がれた事にフレットは眉をしかめ、スパークが見える程に大量の雷のディープスを武器に集めて思い切り振りかぶった。

(『色の水晶(クロマティッククリスタル)』を使うべきなの?でも、こんなに距離を詰められたらあれでも短い時間しか凌げない)

 リアトリスは一瞬の思量の末、隙が出来るのを覚悟で後ろに跳びながら三重に光の壁を貼る。

「デュアル・インディグネイション」

 フレットに振り下ろされた鉤爪が一枚目の壁に触れ、爆発を起こす。

 その衝撃で、残りの二枚の壁諸共リアトリスは吹き飛ばされる。

「きゃあああああ」

 接近しての戦闘や運動に慣れていないリアトリスは着地する事も出来ずに転倒する。

 そこへフレットは反対の鉤爪を振りかぶり、一歩で大きく間合いを詰めとどめの追撃をかける。

「じゃあな」

 緑の線が走り、フレットの振り下ろした鉤爪が肉を裂いて血の跡を描く。

「ラーク!?」

「ぐ、っ……!」

 フレット以上の速度で飛び出したラークがリアトリスを抱きかかえ、代わりにその背で攻撃を受ける。

 ラークはそのまま反転し、リアトリスを支えていない右腕でフレット目掛けて剣を横薙ぎに振るう。

 剣の間合いの外にいたフレットは、本能的に危険を感じて剣筋の延長線上にあった頭を防御する。

真空(しんくう)破斬(はざん)!」

 その判断は正しく、斬撃はラークの剣を離れ、フレットの交差させた鉤爪にまで届き火花を散らす。

 防御が遅れれば首が飛んでいたであろう鋭く、正確な一撃だった。

 フレットはその一撃を受け止めながら詠唱を開始しており、顔の前で交差させた武器を下ろしながら深術で更なる追撃をかけようとして、止めた。

 ラークとリアトリスの姿は既にフレット達の前から消えていた。


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