TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第四十話 『紅蓮』のセルフィー

 スプラウツを統括する『厳岩(げんがん)』のバルロは苛立っていた。

 クロウの捜索が思うように進んでいなかったからだ。

 最も可能性の高そうな王城内を、ジェイン・リュウゲンの協力者も利用しほぼ探し終えても見つからない。

 クロウの力を知った上でセオニアが誘拐をしかけたのなら、必ず管理の行き届く場所に置こうとする筈、とバルロは踏んでいた。

 しかし、きちんと警護された施設のいずれにも居る気配は無かった。

 

(街の中に放置しているとでも言うのか……馬鹿な)

 そうなれば厄介。捜索すべき範囲は一気に広がる。

 ただ、一つだけ彼が気になる場所はあった。

 町の中にある孤児院と思しき施設。

 もしやと思ってバルロは一度子供を侵入させたのだが、その時は即座に孤児院の女性に看破されてしまった。

 しかし、そこに居るなら今まで見つからなかったのは納得がいく。

 何故そんなところに置いているのかは彼も腑に落ちなかったが。

(試してみる価値はある、か)

 やや大きめだが、ありふれた邸宅――そう偽装した拠点の一つで、バルロは考えをまとめ始めた。

「そういえば、セルフィーの報告にあったクロウを追っている奴らも首都に近づいていたか……」

 ふと、思い出して呟く。

 確か以前ジェイン・アキが護衛代わりに『孤氷(こひょう)』を使っていた時に戦闘になった相手だったが、それを退けられたのは同じ名有りの『黒翼(こくよく)』クロウが居た時の話だ。

 そのジェイン・アキも今回なぜか独断で行動を共にしている様だが、特に守れという指示も出ていない。

 もとよりリュウゲンの娘であるという以上の利用価値を持たない子供。

 こちらを裏切ってこの先障害になるなら、いっそ早々に始末してしまった方が安全だ。

 データの無い人間も二人増えている様だが、 容易に接近を感付かれる様な間抜けはセルフィーの敵では無いだろう。

 もっとも、それだけ形振り構わずクロウに執着する者たちも他にいない。

 野放しにせず、こちらも先手を打って対処した方が良いだろう。

 クロウの脱走から始まる一連の混乱にも随分振り回されたが、そろそろ片を付ける時が来た。

 

 ――――――――――――

 

「もうすぐなんだよね?」

「ああ」

 ラークとクリフは事務的に目的地が近い事を確認する。

 クリフとの協力を認めた後、ラークはしばらく誰ともろくに話さなかった。

 いつもの様に先頭に立って行動し続ける事もなく、どこかぼんやりしている様でさえあった。

 それがようやくいつもの調子に戻りつつあり、今の様に再びクリフと険悪なムードになる事が増えた。

 二人の間にある溝が深い事は全員が理解していたので、誰もなかなか口を開けずウォーギルントへの距離が近づくのに反比例して会話は減っていた。

 とはいえ目的地が目前に迫ったここに至っては改めて確認しなくてはならない事があり、リアトリスが口を開く。

「クリフさん、セオニアの仲間の人達は協力してくれるでしょうか?」

 その問いに悩むクリフ。

「前にも言ったが、俺が説得すればすぐ戦闘になる事は回避できると思う。けど、クロウをここからアクシズ=ワンド領内に連れ帰るつもりなら、それは多分認められねえ」

 ラークは本気で悩んでいる様子も無く、考え込んでみせる。

「困ったね、やっぱり力づくしか無いかな」

「……エッジの為にここまでお前と戦う事はしないで来たが、俺の仲間に手を出そうとしてみろ。俺は死んでも止めるぞ」

 クリフの殺気のこもった視線を受けて、ラークは微笑む。

「それは可能な限り避ける。そういう方針だったよね、エッジ。何か考えはある?」

 エッジは正直話を振られるとは思っていなかったので戸惑った。

 ラークが方針の意見を求めること等初めてかもしれなかった。

「クリフ、セオニアの王様はどんな人なんだ?」

「そうだなぁ、よく話を聞いてくれる人だぜ。それに可能な限り譲歩して、少しでも色んな人の希望を叶えようとしてくれる。王としては若干お人よし過ぎるところもあるんじゃねえかと思うけどな。けど、それでも王だ。敵国に戦力をみすみす渡す様な事は絶対許さない」

 当然と言えば当然だったが、そういう人物なら可能性はあるかもしれないとエッジは淡い希望を抱く。

「そうか……うん、なら、一応。行動の順序くらいなら。策って呼べるようなものじゃないけど」

 へえ、とラークが目を細め 、エッジはその目を睨み返す。

「王様を説得するつもり?」

「いや、まずはクロウと話をしようと思う」

「クロウさんと?」

 不思議そうな顔をするアキにエッジは頷く。

「結局、それが一番早道になると思う 」

 

 皆まだエッジに質問がありそうだったが、それは遮られた。

 ラークがいきなり、リアトリスとアキの頭を押さえてその場に伏せさせたのだ。

 それとほとんど同時に、風を伴った炎の弾が二人の居た場所を通過した。

「敵!?」

 完全に不意を突かれた事に焦りつつ、剣を抜くエッジ。

「君の仲間かい?いきなりのご挨拶だね」

「こんなやり方の不意打ちする奴はいねえよ、ほとんどな」

 クリフとラークも武器を構え追撃に備える。そこへ、街道から少し離れた茂みの方から無邪気な笑いが響いた。

 曇りの無い、それでいて明らかに敵だと分かるこの状況に不釣合いな少女の笑い。

「あははは!何その反応?そんな武器構えるだけで、壁も張らずに詠唱もしないなんてまともな術士いないの?」

 アキとリアトリスも起き上がり、笑い声の方を見る。

 近づいてきたのは子供達だった。燃える様な赤毛の鞭を握った少女と、それを守る様に両手を突き出して立つ四人の子供達。その子供達が張っている光の壁が前面を守っている。

「気をつけて下さい、スプラウツの子供です。深術に関してなら騎士団の深術士(セキュアラー)以上の」

 その言葉が癇に障ったのか、途端に赤毛の少女の声のトーンが落ちる。

「ああ……やっぱり裏切ったんだ、ジェイン・アキ。もう仲間じゃないんだし、年上への口の聞き方がなってないから、要らないね」

 興味無さそうに少女は右手を振り上げて呟く。

「死んじゃえ」

 深術を唱えてくるとばかり思っていたエッジ達はその行動に戸惑った。

 詠唱が無い。

 それでは術を撃てても、人を殺せるような威力にはならないはずだった――

「みんな、伏せて!」

 リアトリスの剣幕に反射的に全員が見上げると、 上から拳程の赤い小さな光が落ちてくる所だった。それが風船の様に膨らんでいき、エッジ達の目の前で子供の頭位の大きさになる。

 それを確認した瞬間、彼らの視界は炎で塗りつぶされた。

 

「あーあ、発動する前に潰せば大した威力出なかったのに……まあ、素人にそんな期待してもしょうがないか」

 派手な光にため息をもらしながら少女はにこりと笑うが、その光が消えてもエッジたちが無事な姿でいるのを見て表情が固まる。

「術を開始してからも集束(コレクト)を続けて、短時間で威力を底上げするなんて……この子普通じゃない。今の上級深術級だよ」

 その言葉にエッジは戦慄する。同じ時間で彼が集束(コレクト)できるディープスはせいぜい下級深術級。

 相殺できないまでもそれで威力を弱めようと考えていたエッジは、それが如何に甘い考えだったか思い知る。

 赤毛の少女はさっきまでの余裕から一転して、怒りを剥き出しにしていた。

「どうやって?コレクトバーストも使わずに、私のエクスプロードを破るなんて。バルロやクロウでも無いのに!」

 リアトリスはショックを受けた様に少女の視線を受け止めるだけで答えなかった。代わりにラークが答える。

「サーカス一座の天才魔術師は伊達じゃないよ。リアトリス・フローライトは、 守りなら世界最高の術士の一人なんだから」

「ラーク!」

 その呼び名が好きではないのか、リアトリスは複雑な表情をする。

「……自分では絶対言わないけどね」

 赤毛の少女はリアトリスを睨みつけながら、地面の状況を観察する。

(炎の跡が五人の居るところだけ、鋭角的に欠けてる……爆発の方向を逸らす攻撃術と、障壁との併用。それも瞬時に炎属性と見抜いて冷気の闇属性のディープスで最速の効率で、か。気に入らない)

 少女は周りの四人の子供に命令する。

「攻撃よ。障壁は維持しつつ、撃って!」

 四人の内二人は手を突き出した姿勢のまま動かず、残りの二人が詠唱を開始し交互に炎の弾を撃ちはじめる。

 先ほど不意打ちで使ってきたのと同じ、風を伴った炎だ。火属性のディープスだけを使った術より温度が低い代わりに、速度が速い。

 殺傷力としては劣るが、急所に受ければ十分危険な術。

 リアトリスが即座に、光の壁をエッジ達全員の前に張ってそれを防ぐ。

 先程の攻撃に比べれば数こそ多いものの、二体一でもリアトリスは押される様子も無い。

 そこへ、赤毛の少女は奇妙な赤い石を二つ投げつけて追撃する。

 見る間にその石は先程と同じ光に変わり、炎をまとって大きさを増していく。

 防げない様な攻撃を前にしても、リアトリスは冷静に壁を維持し続ける。

「リア、今日は色の水晶(クロマティッククリスタル)は――」

「大丈夫、使わないよ」

 他の仲間が止める間もなく、ラークはリアトリスの障壁に守られていない方へ飛び出す。

真空破斬(しんくうはざん)

 剣が振るわれるのと同時に、直接触れていない赤い光が二つとも両断される。

 二つの赤い光は先程の様に大爆発を起こすことなく、光の壁に当たって他の炎弾と共に消えた。

「『その石』が壊れると術はきちんと発動しないみたいだね、ヒントをくれてありがとう」

 ラークの挑発に赤毛の少女が舌打ちし、彼を指差す。

(石?)

 エッジがよく見ると、地面に赤い宝石の様な石の欠片が落ちていた。

 温熱筒に使われているのと同じ炎のディープスを集めやすい石だ。 それを術の核として利用して、集束の速度を上げていたらしい。

 ラークはそれを破壊したのだ。

「馬鹿ね。その攻撃を防いでも一人で出てきたらただの的よ、また黒焦げにしてあげる」

 エッジ達全員に向けられていた炎の弾が全てラークに向けられる。さらに赤毛の少女が指を鳴らし、ラークの足元から炎が吹き上がる。

 しかし、指を鳴らし終えた瞬間、もうラークの姿はそこに無かった。

 指示されるまま動いていた子供達の表情に焦りが浮かぶ。

「正面じゃない、壁を張りなおして!」

 赤毛の少女が子供達の向きを無理矢理変えさせるのと、障壁の側面に回りこんだラークが剣を振るうのは同時だった。

 鮮血が舞い、敵の子供のうち一人が倒れてリアトリスが目を逸らす。

 赤毛の少女がラークを追い払うように右手を振り、それ以上の追撃をさせまいと炎がラークを遠ざける。

 残った三人の子供達は、仲間が倒れた事に怯えていたが赤毛の少女に叩かれ無理矢理光の壁を作らされる。子供達の正面だけに張られていた壁はやや小さく分割され、今度は彼らを中心に三方向に張られた。

 ラークのスピードを目の当たりにして、攻撃の手を減らし一先ず全員で防御に回るつもりらしい。

「エッジ!君達は今のうちに先に行くんだ。ここで仕掛けて来たという事は、向こうも先にクロウを確保しようとしている可能性がある」

 注意を引き付ける様に剣を振り、攻撃を続けながらラークが叫ぶ。

「大丈夫ですか?いくらお二人でも、彼女達は危険な相手です」

 アキの不安そうな言葉に、リアトリスは真剣な表情のまま口元だけでも笑みを浮かべて見せる。

「私とラークなら大丈夫。エッジもアキも、クロウを助ける為にここまで頑張ってきたんでしょ?ここで間に合わなかったら意味が無いよ、行って」

 エッジ、アキは頷くと、リアトリスの障壁から飛び出す。そこを狙って飛んできた炎弾はアキが開いた傘で流れる様に弾かれた。

 一瞬クリフは躊躇いを見せ、リアトリスを振り返る。

「俺は、残っても――」

「超近接戦闘しかできない君じゃ足手まといだ、助けは要らない」

 言いかけたところで、クリフの言葉は即座にラークに遮られる。

「お前の為じゃねえよ!ちゃんとその娘守れよ!」

 怒って言い返し、クリフもエッジ達と走り出す。

 赤毛の少女はエッジ達の行く手を阻もうとしたものの、自分以外の三人の子供全員を防御に回した事でラークとリアトリス二人から攻撃を受け、結局目の前の相手にだけ集中せざるを得なくなる。

「……二対四で私に勝てるつもり?」

 赤毛の少女のプライドは、この展開を許さなかった。

「君達こそ」

「私達のコンビネーションを甘く見ない方が良いよ」

 ラークと共に、リアトリスも不敵な笑みを見せる。彼女のその態度は虚勢でしかなかったが、その信頼は確かなものだった。


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