TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第三十六話 ラーク対クリフ

黒葉(こくよう)の町 バンガル≫

 

「確実に近付いてるわ、ここにあなたの仲間が居たのは間違いなさそう。馬車には乗ってないみたいだから、もう追い付ける範囲かもしれないわよ」

「そうだな……」

 バンガルに着いてすぐにエッジとリョウカは情報収集を開始し、思った以上にスムーズにラークらしき人物の話を聞けていた。

 結構な騒ぎになっていたらしくすぐに目撃者が見付かったからだ。

「何よ、順調なのに浮かない顔ね」

 比較的上機嫌だったリョウカに不満そうな顔をされるエッジ。

「こんな騒ぎを起こすなんてラークらしくないと思って。これじゃ俺達以外にもすぐに見付かる。それに、赤い髪の子供の話もここに来てから全然聞かない」

 エッジの疑問にリョウカはさして興味を示さなかった。

「そうね、追っている相手が離れていて、なりふり構っていられなくなったのかもしれない。それと、聞いた情報が全て正しいとは限らないわよ。私達に真偽の判定なんて出来ないんだから、証言の多い情報の事だけを考えた方が確実だと思うけど」

 リョウカの言い分は正しかった。

 ただ、それでも赤髪の子のことは気になった。

 誰かの見間違いなら、『燃える様な赤い髪』なんて特徴伝わってくるものだろうか?

 

 そんな事を考えていたエッジは、近付いてきた相手に気付かなかった。

 

「エッジ……さん?」

 

 聞き覚えのある声。

 エッジは、はっと声の主を探す。

 アキが目の前にいた。

 顔面蒼白で、信じられないものを見たという顔で呆然と彼を見つめていた。

「……アキ」

「ジェイン!」

 アキに気付いたリョウカは、隠す事もない殺気を露にする。

 エッジは、リョウカを制するために彼女とアキの間に移動する。

 いくら、武器を自分が預かっていても、今のリョウカは人目もはばからず飛びかかる勢いだったからだ。

 と、アキはいきなり彼女らしからぬ強引な動きでエッジの右手を、両手で強く握ってきた。

「お願いですエッジさん!私が何かを頼める立場でない事は分かっています。謝る意味が無いことも分かっています。でも……今だけ、助けて下さい。お願いします」

 言いながら彼女は深く、深く頭を下げる。

 握りしめられた手に冷たいものが落ちてきてエッジは気付いた。

 アキは泣いていた。

「あまりに勝手なんじゃない?ろくに事情も説明しないであなたはまた――」

「待ってくれ、話を聞こう」

 リョウカの反応は当然のものだと思ったが、けれどエッジはそれを遮る。

 今の今まで正直、会ったときアキやラーク達の事を許せるかエッジは不安だった。

 しかし、今こうして実際に彼女の姿を見て最初に彼の頭に浮かんだ感情は安堵だけ。

 エッジが言いたかったことも山程の疑問も彼女の必死の頼みにかき消された。

「大丈夫、謝らなくていいから。何が起きてるのか教えてくれ」

 アキは目を丸くして顔を上げた。

 目元を赤くしてぼろぼろと泣くその顔はあまりに悲痛だった。

 エッジは後ろからリョウカの「お人好し」となじる声が聞こえたが、今は気にならなかった。

「クリフさんが……」

 その一言で、彼の脳裏に最悪の想像が浮かんでぞわりと鳥肌がたった。

 

―――――――――――

 

「そうか、君が出てくるのも当然だったね。僕らを追っている側より、追われている側の方が僕らの居場所を掴める」

 剣を構えるラークは、ごく自然に目の前に現れた敵にそう話しかけた。

 木々で視界の悪い山の斜面、戦いやすい場所でも無いが、本来道では無いので他に人気はない。

 戦場としての条件はそれで十分だった。

「良いのか?アキちゃんを一人で行かせて」

 クリフは棘のある声でラークに尋ねる。

「良くは無いね。リア、彼女をお願いできるかな?」

 居なくなったアキを追うのをリアトリスに頼むラーク。

 が、リアトリスは動かなかった。

「ごめん……できない。アキは心配だけど、ラークが死ぬか、誰かを殺す所なんて離れるわけにいかないよ」

 そう言う彼女の顔は今にも倒れそうだった。

 離れたくても離れることなど出来ない、というのが正しいだろう。

「そう、分かった。じゃあ、下がって」

 特に反対もせず、ラークはそう言ってクリフだけを見据える。

「お前だけは、これ以上進ませるわけにいかねえ」

「そうだね、僕にとっても君は今一番厄介な敵だよ。今度は負けない」

 クリフは、今までのどんな表情より敵意を剥き出しにして青いオーラを纏う。

 ラークの表情はいつもと変わらない、ただ背中に背負った二本の鞘から剣を抜き、一本の三日月形の剣として展開する。

 しかし普段より少ない口数は全てを物語っていた。

 

 始まりに合図はない。

 ただ、二人は同時に動いた。

 クリフの突進で瞬く間に間合いが詰まり、首を狙ったラークの剣がクリフの腕で弾かれる音が響く。

 それを皮切りにして、リアトリスの目では追いきれないほど激しく二人はぶつかり合う。

 剣を持たないクリフは両腕と両脚に仕込んだ鉄製の防具で剣を受け止め、反撃する。

 対するラークの半月型の長剣は、その身の丈ほどもある長さの為にクリフの様に細かくガードする事は出来無い為、体全体を使って受け流す様な大きな動きになる。

 

(くっ、何で押し切れない?)

 一見互角の戦いだが、それは異常だった。

 ラークが横薙ぎに繰り出してきた剣を、クリフの左腕が上に弾き、同時に右腕が真っ直ぐラークの顔目掛けて振るわれる。

 それに対して、ラークは弾かれた剣を体を軸に一回転させるような動きで対応する。

 いくら武器を扱う事に慣れていようと、それだけの大振りな動きが格闘術についてこれるはずが無い。

 密着した間合いは格闘術の距離、ここまで接近させて戦っている時点で長剣にとっては既に不利なのだ。

 だからこそクリフは真っ先に突進し、それを止めようとラークはリーチ差を活かして先に攻撃した。

 にも関わらず、二人の攻撃の速度は互角。

 『クリフが反対の腕でパンチを繰り出す速度と、ラークが体を一回転して防御から攻撃に転じる速度』で互角なのだ。

 圧倒的に有利な筈の距離で、クリフは幾度も防御する事さえ強いられていた。

「この!」

 二人が同時に攻撃をしかけ、クリフの蹴りの軌道とラークの斬撃の軌道が交差する。

 ぶつかり合った反動で二人は互いに一歩下がり、密着していた間合いが離れる。

 今まで互角だったのはあくまで、クリフに有利な距離での話だ。

 それが離れると言う事は――

(まずい!)

 クリフは全力で体を反らせる。

 その動きをなぞる様に、空中を斬撃が飛んで行く。

 服を掠めて行ったそれは、背後にあった木の表面を直接斬り付けたかの様に刻む。

 

 気を刃に乗せることで飛ぶ斬撃は、空中を進む内に威力が落ちるのが常だ。

 距離減衰の少ない深術と合わせた技でない限り、一撃で人を殺すような威力はない。

 魔神剣が初歩に分類されるのもその為。

 

 わざわざ気を込めてまで威力の落ちる刃を飛ばす位なら、気を乗せた刃で『技』として直に斬りつけた方が遥かに強い。

 だから、飛ぶ斬撃が撃てようが撃てまいが、どんな武器でも自分の得意な武器の間合いを維持して戦うのが基本なのだ。

 だが、ラークの攻撃は『飛ぶ』をもはや越えていた。

 ラークは、刃を振るうのと同時に離れた位置を切り裂いていた。

(冗談だろ、これじゃ剣が伸びてるのと変わらないじゃねぇか!)

 勢いを緩めることなく続く攻撃に、クリフは剣の動きを予測して身を屈め、翻し、飛ぶ。

 完全に避けたつもりでも、クリフの左腕には痛みが走り血が飛んだ。

 

 何とか再び間合いを詰めなければ死ぬ。

 しかし、詰めることが出来ない。

 焦りがクリフの正常な思考まで奪おうとする。

(まだ死んでたまるか!)

 こんな斬撃の嵐に向かって、しかも木々の多い場所でそれを使うのは避けるべき展開だった。

 だが、他にそもそも選べる選択肢がない。

 

 躊躇うことなく、クリフは青い気を足の裏に集中させ一度目の疑似詠唱を完了させた。

「『瞬』」

 

 足の下から猛烈な反発が起こり、全てがクリフめがけて突進してくる。

 樹の突進を避けるため右足で横に飛び、即座に左足でラークへ方向を修正する。

 直後目の前に迫ったラークに完全な勘で左拳を突き出すのと、ラークの剣がその肩をかすめたのは同時だった。

 

 クリフの攻撃は顎を直撃し、ガクンとラークの顎を仰け反らせる。

 

 ――瞬間的な超加速、『瞬』。

 

 相手からすればクリフの姿は完全に消えた様に見えただろう。

 しかし、それはクリフも同じであり、ひとつ方向転換を間違えれば木にぶつかって自爆し、ほんの少し拳を出すのが遅れれば自分から左腕を捨てに行ったことになっていた筈だ。

 

 これ以上の好機はない。

 クリフは伸びきった左腕を引きながら、右脚の回し蹴りで相手の意識を刈り取ろうとする。

 狙いは頭、相手はまだ視界が戻ってすらいない。

 

 しかし、その一撃は少々乱暴に剣で受け流され、かわされた。

 ラークは顎に攻撃を受けながらも、その勢いに逆らわず流される様に自分から後ろに下がっていたのだ。

 それによって、蹴りの威力は大きくそがれた。

 剣を下から上に払ったのは勘だろう、きちんと見えて反応していた今までの動きと比べると精細が欠けていた。

 

 何という相手だろう、とクリフの背に嫌な汗が流れる。

 さっきの一撃は完全に不意を突いていた、並みの相手なら仕留められる位の直撃だ。

 にも拘らず、一瞬の躊躇すらなくこの相手はそれすらも計算に入っていたかの様に冷静に対処してくる。

 流石に追撃は来ない。

 

 今の攻防はラークも防ぐだけで精一杯だったのだ。

 しかし、すぐに離れかけた間合いを詰めなければ、クリフは再び一方的に攻撃を受け続ける事になる。

 だが、間合いを詰めても押し切ることは出来ない。

 もう、クリフには選択肢が無くなり始めていた。

(本当に勝てるのか?)

 嫌な疑問が胸に浮かぶ、闇雲にそれを払うように雄たけびを上げてクリフは突撃した。

 

 体勢を立て直したラークの目が再び、クリフを捉える。

 その目には怒りも無ければ驚きもない。

 ただ、無言で初めと同じ至近距離での戦いに剣で応じた。

 

 ―――――――――――

 

「こっちで、本当に合ってる?」

 全速力で山の中を駆けながら、エッジはアキに尋ねた。

 彼は間に合うか、とは聞けなかった。

 彼女自身がそれを一番不安に思っているのがよく分かっていた。

「多分……すみません、山歩きには疎くてどうしてもはっきりとは」

 アキは心底申し訳なさそうに謝る。

「よくそれで、助けを求めようなんて思ったわね」

 アキの頼みを聞くという時点で既に嫌がっていたリョウカは不満を隠しもしない。

「今は止めてくれ、リョウカ。命がかかってるんだ」

「ええ、探してる本命でも無い誰かの命がね。今、一つでも余計な事に首を突っ込めば死ぬのは貴方なのよ。自分が追われてるのを忘れないで」

 エッジも忘れたわけではなかった。自分が死ねばクロウを助けられないのも分かっていた。

 それでも彼は、今ここでクリフとアキを見捨てるという選択肢は微塵も選ぶ気にならなかった。

 それはクロウに誰も殺させないと決意した彼自身を裏切るのと変わらなかった。

「それに、これは師弟の問題でもあるんだ。ラークを止めないと」

 はあ、とあからさまに大きなため息をつくリョウカ。

 これだけの速度で走りながらよくそれだけの余裕がある、とエッジは正直感心する。

「裏切ったやつを師匠なんて言わなくて良いのよ、そんな最低な人は放っておきなさい」

「その最低な奴から剣を習って強くなったのが俺なんだ」

 真剣な顔でリョウカは悩む。

「付いて来る相手を間違えたかしら……まあ、どう生きるのも貴方の人生だものね」

 説き伏せるのは諦めてくれた様でエッジはひとまずほっとする。この分だと、手も貸してくれそうには無かったが。

 と、普通の山にはありえない金属のぶつかり合う音がエッジの耳に入る。

「これ……」

 まだ戦っている、少なくとも今はまだ手遅れではない。

 エッジ以外の二人も気付いた様子で、いよいよ会話は無くなる。

 この音が途切れたら、それは本当に最後かもしれない――その緊張感から、音が途切れない事だけを祈ってエッジ達はスパートをかけた。


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