TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第三十五話 友と意地にかけて

 あと少しで到着、誰かのそんな声が聞こえて私は顔を上げた。

 しかし、見える景色は生い茂る樹ばかりで今までと代わり映えしなかった。

 こうして男達に連れられて歩き出してから変化と呼べるようなものはほとんど無い。

 私は再び下を向こうとした。

 と、不意に今まで一行の中に居なかった使いらしき男が現れ、先頭を歩いていたクリフの所に近付き何事かを耳打ちした。

 それ自体は見慣れた光景だったが、それを受けたクリフの反応は違っていた。

 いつもなら頷いて礼を言う彼が、立ち止まって黙り込んだのだ。

 使いはクリフに一礼して木々の中へと去り、クリフの代わりにマイロと呼ばれる男が使いに礼を言ったが彼もまた険しい顔だった。

 何かあったのは間違いなさそうだがそれは彼らにとって、だ。

 私は興味をなくして視線を足元に戻した。

 

≪丘陵の首都 ウォーギルント≫

 

 森が開けると目の前に丘と丘に挟まれた街があった。

 外壁があるのだが、丘のある部分だけ途切れており完全には街を囲んでいない。代わりなのかそれぞれの丘の上には見張り台があり、兵の姿があった。

 建物の高さが中央大陸やエッジの住んでいたカースメリアと比べて低く、丘に挟まれて窮屈に暮らしている様に見えた。

 整然と左右対称に並べられた街並みに城が溶け込んでいたシントリアや、立派な塔が数多く立ち、水晶の輝いていた水上都市ヴィツアナとは随分違う。大きさはともかく、とてもこの国の首都には見えなかった。

 街の全景を見た後、私は習慣通り下を向いていた。

 その間に私はいつの間にか門を超え、人気のない通りを歩かされながら街の奥へと向かっていった。

 どうやら、奥に見えた街で一番大きな城に向かっているらしい。城……というより屋敷と言った方が近いかもしれない。

 街壁の内側にこそあるものの、堀も高さも無い。しかも背後に例の丘、つまり壁の穴がある。およそ戦いに備えているとは言い難く、城らしいのは辺りの民家と違う尖った屋根の形と立派な門くらいで、ここに住んでいる人間はまともな神経をしていないと思った。

「半年ぶりか……」

「早い方だったな」

 珍しくクリフが一人言を漏らし、それを聞いていた最も彼と一緒にいる事が多い男――マイロが相槌を打つ。

 私はいよいよ長い牢獄での生活の覚悟を決める段階に来ていた。

 それか、再び人殺しを求められるか……。

 が、クリフはなかなか門をくぐろうとしない。

「クリフ……?」

「悪いけど、王様に報告しといてくれ。俺も後で顔出す」

 そう言うとクリフはいきなり私の腕を掴んでこの場を去ろうとする。マイロは突然の行動に反発した。

「どういうつもりだ、どこへ連れていく」

「こいつを預けるのは決まってただろ。これからどう扱うかの話し合いなんてこいつに聞かせたくない。それに……すぐにでも出発してぇんだよ」

 何かを悟ったようにマイロは引き下がった。

 私はクリフの腕をすぐにでも振りほどきたかったが、今面倒になって長引くのは嫌だったので我慢した。

「フレアには?」

「戻ったら会うさ」

「……」

 意外なことにそれ以外のメンバーからも反論はなかった。

 クリフはそのまま私の手を引いて来た道を戻っていく。

 皆の目の届かないところまで来ると私はクリフの手を乱暴に振りほどいたが、何も言われなかった。

 私がついてくると信じているように無言で街の中を歩いていく。

 驚くほどあっさりと、私は自分の足で歩ける状態になった。

 

 こいつは私が逃げられないと思っているのだろうか?

 私の力を分かっていないのだろうか?

 呆れというか、侮られている憤りに近い感情が込み上げるが、会話が面倒な私は機会を待つことにして嫌々クリフの後をついていく。

 逃げることを考えなかったというより、とりあえずその方が楽だった。

 

 さっきの屋敷からずっと大通りらしき広い道を歩いていたが、到着する直前になってクリフは狭い道に入った。

 表の通りには比較的きれいな家が多かったが、裏通りは少々壁の汚れが目立つ所が増える。

 その中の特に大きな家の前でクリフは止まった。

 あまり良い予感はしない。

 その背中に向かって私は問いかけた。

「私を売り飛ばしでもするつもり?」

「そんなことはしない」

 振り返らないまま答える。

 感情を圧し殺すようなひどく静かな声だった。

 とうとう私の態度に我慢の限界が来たのかもしれない。

 それなら上等だ、偽善ぶった表面だけの同情なんて私にはもう要らなかった。

「じゃあ船に続いてまた監禁ってわけ?ああ、気絶させてる間に目が覚めたらまた知らない場所って事」

 さっきまで沈黙を貫けていたのが嘘のように、私はまくしたてていた。

 いつも私の言う事なんてまともに取り合おうともしないこいつに、思い知らせてやりたかった。

「ここまでの事はすまなかった……」

 その一言に、私の感情は爆発した。

「何それ……こんなところまで連れてきておいて、今更そんな謝罪で済ませる気なの!?」

 声が裏返るくらい大声で叫んだ私は、きっと端から見たらヒステリーを起こした様にしか見えなかっただろう。

 それを自覚しながらも自分を抑えられなかった。

 もうこれで終わるんだと思った。

 怒りをぶつけようとしないこいつの煮えきらない態度も、やたらと関わってきて無意味なことを強いるお節介も。

「そんな風にお前は自分を守ってきたんだな……全てを拒絶しなきゃ生きられない位に辛い時間を」

 唐突なクリフの言葉に私は言葉を失う。

『分かった風な事を言うな』と、言おうとしたが言えなかった。

「俺がついていくのはここまでだから安心しろ……元気でな」

「待――」

 まだ頭の整理がつかないうちに、クリフは一方的に会話を終わらせて建物の扉を開いた。

 最後まで一度も振り返らないまま。

 そして、私たちは歓声に飲み込まれる。

「クリフー!」

 何人のものか分からないくらい同時に声が聞こえ、視界に広がる子供達に取り囲まれた。

 予想だにしなかった歓迎だ。

 ただ、あくまで歓迎されているのはクリフの様で、子供達は私とクリフの間にも割って入ってくる。

 別にこの中にいたくもなかったので、私を押し退ける流れに逆らわずに輪の外に出る。

「お前ら元気そうだな、特にラムは元気すぎてまた太ったんじゃねぇか?」

 自分を囲む子供達を見回しながら、全員に呼び掛ける。

 さっきまでの暗さは微塵も感じられない。

「そんな訳無いだろ!太ってねえよ!」

 手を挙げて返事したやつは喋るハムにしか見えなかった。

「背も伸びたみたいだから、それでチャラか……つーか、半年でもみんな随分背のびたな。そろそろ俺の肩くらいまで来た奴もいるんじゃねえか?」

 ここに居るのは10代前半か、もっと幼い子供ばかりのようで確かに一番背の高い子どもで私と同じくらいだった。

 悔しいが私がちょうどあいつの肩ぐらいの背だ。

「ところで、チリアいるか?」

「いるよ」

 返事をしたのは丸い感じの女性だった。

 しかし、ぶよぶよの動きの鈍いタイプではなく、太い腕にはしっかりした筋肉があり体力はありそうだ。

 クリフよりもう一回りか、二回り位年上に見えたが、はっきりした声はそれだけなら二十代に間違えそうな程若々しかった。

「いつも急で悪いな、新しい子供を連れてきた」

 彼女と、他の子供たちの視線が一斉に自分に向けられる。

 私は反射的に目をそらした。

「その子がクロウだね。何、ここに来る子供なんて大体急さ。四つ子に比べればなんて事ないよ」

「ねえ、クリフ今日は遊んでいくでしょ」

 用事が終わったと見るや、五つくらいの女の子がクリフの腕にしがみつく。

「悪ぃ、すぐ出るんだ」

 突然しがみついてきた子供にも嫌な顔一つせず、クリフが申し訳なさそうに答える。

 私からすれば丁寧過ぎるくらいの対応だと思ったが、子供達からは一斉に不満の声が上がる。

 よほど好かれているらしい。

「チリア、押し付けるみたいですまねぇな」

 真面目なトーンでクリフは監督者らしき女性に謝る。

「良いさ、押し付けるつもりが無いなら。次はいつ頃来られるんだい?」

 それは何気ない質問だったと思う。

「……さあな」

 だからこそ、私はその妙な間が気になった。

 女性も子供達もその答えに特に興味を示さなかったから、それが彼のいつもの反応だったのかもしれない。

 けれど何か胸がもやもやする。

 じゃあな、と何食わぬ顔で出ていこうとするクリフの背中を黙って見送ることが、私には出来なかった。

 

 彼がドアを潜るのを追って、すぐに私も外に出る。

 そして、見送りに出ようと私の更に後ろからぞろぞろとついてくる子供の気配を感じ、その鼻先でやや力任せにドアを閉ざす。

 その音でようやく私に気付いたらしく私の方を振り向く。

「何しに行くつもり?」

「お前が見送りに出てくるとは思わなかったぜ」

 単純に意外だった、という顔で私の顔を見る。

 けれど、今はそれが誤魔化しにしか見えなかった。

「何しに行くつもりか、答えて」

「それは……」

 答えに言い淀む、話したくない事情があるに違いない。

 いつもならはぐらかされる所だが、私の真剣さにか、あるいは後ろめたさからか、重い口を開いた。

「仲間の仇をとりにいく、お前を追ってきた緑の髪のヤツだ」

 悪い予感が当たる。

「ラーク……」

 初めて会ったとき、いきなり私に斬りかかってきて、エッジまで殺しかけた相手。

 エッジは敵ではないと認めていた様だけど、私は信用していなかった。

 あいつなら間違いなく、敵として現れた相手は容赦なく殺すだろう。

 認めたくはないが、万が一向こうに殺す気があれば私でも何も出来ずに死んでいた。

「死ぬよ?」

 取り繕う言葉は無かった、それだけで十分の筈だと思ったから。

 なのに……。

「かもな、そうなってもお前の面倒はチリアがみてくれる。初対面でいきなりは信用出来ないかもしれねぇけど、いい人だ。ぜってー大丈夫だよ」

 こいつは、私の言葉を何でもないみたいに笑いやがった。

「私の事なんか聞いてない、あんたが死ぬって言ってるの!」

 苛立ちのままぶつけた言葉に、またも意外そうな表情をされる。

「なんだ……心配してくれんのか?」

 違う。

 こんな頭に来る奴の為に、私が心を痛めるなんて思われてるなら心外だ。

「意味もなく命を捨てるなって話!そんなの、自殺と変わらない!」

 自分でも驚く位大きな声になった。

 でも、私の言葉なんてまるで届いていないみたいにクリフは表情一つ変えない。

「お前にとっては無駄に見えても、ここだけは引けねぇんだ。ここで引いたらバズに顔向け出来ない」

「死んだ人間なんて放っておきなよ!どうせ分からないんだから」

「例え分からなくても俺が知ってる、自分で自分を許せない」

 いくら言っても全然聞かない。

 私が黙ったのを見て、クリフはそのまま背を向けて去ろうとする。

 ここで止められなければ、これが最後になる。

 引き止めなければならない。

 ……言いたくなかったけど、このまま居なくなられるよりマシだ。

「私は、あんたの事大嫌い」

 クリフが足を止めた。

「ああ、知ってるよ」

「でも……死んでいいなんて思ってない。ここに居る子供達だってそうなんじゃないの?それだけ必要としてくれる人が居るのに、あんたはそれを無視して勝手に死ぬつもりなの!?」

 今度の沈黙は長かった。

 クリフは真剣に考えているようだった。

 でも、結局。

「自分勝手なのは分かってる。でも、これは俺が自分に課したやらなきゃいけねぇ事なんだ」

 そう言って自身の胸に手を置く。

「これが俺。そんな俺でもみんなが愛してくれるっていうなら、死ぬ最後の瞬間まで俺は幸せな奴だった、って事だ」

 そう笑った。

 何でもないことみたいにあっさりと。

 もう、私は耐えきれなかった。

「……そんなに死にたいなら勝手に死ね!」

 何故か目元が熱くなり、クリフの顔をまともに見ることが出来なくなって下を向く。

 そして、今度こそ何も言わずにあいつは去っていった。

 私が望んでも手に入れられなかったものを簡単に捨てて。

 それがどうしようもなく悔しくて涙が零れた。


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