TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第三十四話 追跡開始

≪葉の町 スイローナ≫

 

 エッジは宿に寝かされていた。

 セオニアの中の町に着くなりほとんど力が入らなくなり、彼はリョウカに引きずられる様にして宿に連れてこられた。

 それからずっと、エッジは部屋に閉じ込められている。

 彼は一度扉を開けようとしてみたが、外から鍵がかかっていた。

 食事は運ばれてくるので困ることは無かったが、その時の従業員の自分への距離の置き方が明らかに普通ではないのでエッジは何とも言えない気分だった。

 

 一人で会話の無い時間か続くと、クロウを追う事とブレイド達から逃げなければならない事とで焦りばかりが彼の胸の中に募る。

 逃げるのに使った船は見つかってしまっただろうか?リョウカは何をしているのだろう?

 嫌な考えや疑問ばかりが必要以上にエッジの頭の中でぐるぐる回る。

 休まざるを得なかったお陰で体調は良くなってきたが、意識がはっきりして余計なことを考える時間はますます増えていった。

 風邪は治ったもののエッジの身体は確実に鈍っていた。

 少しでもそれを解消する為エッジが運動していたある日、数日ぶりにリョウカが戻ってきた。

「ちゃんと動ける様にしてたのね、良かったわ」

「今まで何処に行ってたんだ?ずっと宿にも戻らずに」

 エッジの質問にリョウカが首をかしげる。

「あら、戻ってたわよ?私の部屋は隣だもの」

 その答えに彼は力が抜ける。

「だったら、顔くらい見せてくれよ」

「ああ、暴れだすかもしれない病人って事にしてたから。あんまり部屋に近付かない様にしてたの」

 従業員のエッジへのおかしな態度はそのせいだったらしい。

「どういう話にしてるんだよ」

「仕方ないでしょう。また脱走されたり、無理して治るのが遅くなったりされたら困るもの」

 いかにもエッジがそういう事をするだろう、と言わんばかりに唇を尖らせるリョウカ。

(いや、実際宿を脱走してこんな状態なんだけど)

 エッジは自業自得の面があるのを認め、文句を言いたいのを堪えて気を取り直す。

「それで、何してたんだ?」

「せっかちね、久しぶりだから仕方ないかもしれないけど」

 そう言うと、いきなりリョウカは服と剣をベッドの上に投げた。

「あ……」

 そういえば、どちらも無くしたのだったとエッジは気付く。

「必要でしょう?それと」

 リョウカは備え付けの机に近付くと、上にこの国――セオニア王国の地図を広げた。

「多分だけど、あなたの仲間とジェイン達の居場所が分かったわよ」

 その言葉にはエッジも流石に驚く。

 いくら時間があったとはいえ、そんな事が出来ているとは彼も思わなかった。

「どうやって?」

 エッジが聞くと、少し得意気に笑ってリョウカは説明し始めた。

「良い?まず、ジェイン達は私達と同じ様に大した準備もないままヴィツアナからこのセオニアに船で来た。どこかで必ず町に寄らないと旅はできない。で、帆船の接岸から徒歩で行ける範囲の町って言うと、私達がいるここと、ここと……ここの町の三ヶ所」

 話しながらリョウカは地図に印を付けていく。

 海上都市ヴィツアナの西側の街に三つの印がつく。

「この町に騎士団が追ってるあのクロウって子を探してる人間がいないか探したの。向こうも手がかりが無いなら町で情報収集はせざるを得ないでしょう?」

「それでどこだったんだ?」

 ここでリョウカは微かに眉を寄せる。

「それがこの三ヶ所何処にも手がかり無しだったのよ、足がつきやすいと判断したのかしらね。正直ここから更に移動できる町となると多すぎて絞り込めないわ。でも……」

 そこで不意に彼女はエッジの顔を覗き込んでくると、微笑んだ。

「セオニア王家の紋章を追ってる、って聞いてたから王の居るウォーギルント方面に絞って探してみたの。そうしたら、ここでそれらしい情報が見つかったわ」

 リョウカの指が今現在二人がいるスイローナから西へと動いていき、一つの街の上で止まった。

「バンガル、ここでラークとかいう騎士団と戦っていた男と、赤髪の子を見たっていう情報があるわ。二人ともクロウを探していたらしいからあなたの仲間よね?」

 エッジは一人で色々考えていた悪い想像よりはるかに上手くいきそうで、話を聞きながら内心ほっとしていた。

 が、赤髪の子と聞いた途端、一気に嫌な予感が彼の頭を支配する。

 赤い髪の人間は、エッジの仲間には居ない。

「急がないといけないかもしれない、その赤い髪の子は俺の仲間じゃない」

 その言葉にリョウカの顔も険しくなる。

「どういうことかしら?私達と、騎士団と、あなたの仲間の他にまだあのクロウって少女を探している人間が居るの?」

「それは……」

 エッジは答えるべきか悩んだ。

 スプラウツの事は、リョウカにとってはいわば自分の国の闇。下手に知らない方が良いかもしれないと彼は思ってしまう、特に彼女の行動力を目の当たりにした今は。

 しかし、リョウカは言い淀んだ相手の反応を見逃さない。

「何か知ってるわね……まあ良いわ、すぐに話しそうも無いし続きは馬車の中で聞くことにしましよう」

「馬車?」

 当たり前でしょう、という顔でリョウカはエッジを見る。

「そう、歩いて行ったら折角の手がかりが無くなっちゃうでしょう。ほら早く着替えて、先に宿の前で待ってるわ」

「ちょ、ちょっと待った!今の情報といいどうやってそんなに色々手に入れたんだ?」

 部屋から出ていこうとしていたリョウカは、振り返って微笑を浮かべた。

「そんなの、これに決まっているじゃない」

 彼女は片手で丸を――『お金』を作ってみせた。

 

 ――――――――――

 

 着替えてエッジが乗ったバンガル行きの馬車の中、乗り込んだのはリョウカと二人だけだった。

 貸し切り状態らしいが普通はあと六、七人位乗れる位の広さがあるので車内はかなりがらんとしていた。

「何か、この服落ち着かないな」

「文句言わないで、流石に更に服を買うお金は無いわ」

 そうは言われてもエッジは人から服を選んで貰った経験がほとんど無く、その上あまりに今までの服と違いすぎた。

 まず、マントがない。

 旅をする上では毛布がわりに、雨風をしのぐのに、と重宝していたので少々心許なかった。

 それに上着も左右非対称で妙に長く、異国の服なのだろうがズボンの裾は広がって何だかスカートの様にも見えた。

「……この手袋、指に穴空いてるのは」

「流行りらしいわね、この国の若者に多いみたい。あまり国外の服で目立つのも困るでしょう。あ、そうそう」

 戸惑っているエッジに、リョウカは以前借りた(よい)地衣(ちごろも)を手渡してきた。

「これも預かっていて」

「でも、これ、武器にもなるんじゃないのか?」

 頷き、リョウカは細い指で衣の生地を確かめる様に撫でる。

「これは職人の作った特別な物で、見る人が見れば誰のものか分かってしまう位貴重な物なのよ。万が一でも危険は冒せないわ」

 エッジは首をかしげる。

「でも、身に付けなくても自分で持っていた方が良いんじゃないか?」

 頬笑みを浮かべたままリョウカは謎かけをする様に首を傾げてみせる。

「何でだと思う?」

 エッジは少し考えた。

「戦力で考えるならリョウカが持っていた方が良いだろうから、戦闘以外だと……これをリョウカが持っていることによるトラブルを回避する為?」

 しかし、リョウカは『見る人が見れば持ち主も分かる』と言っていた事を思い出す。

 リョウカは笑みを崩さないままエッジの言葉の続きを待っている。

「騎士団に追い付かれた時、リョウカがこれを持ってると困るって事か?」

 その答えに彼女は感心したように頷く。

「馬鹿じゃないみたいね。でも、お人好し過ぎるわ。私達が二人で行動してる時に私の武器をあなたが持っていたらどう見えると思う?」

 そこでようやくエッジは納得した。

「俺に協力したなんて事になったらリョウカも同罪になるもんな。分かった預かるよ」

 そこで初めて彼女は困惑した顔を見せる。

「分かってる?私はあなたに誘拐の罪を着せようとしてるのよ。貴族である自分の立場を守る為なんて下らない理由で」

 正直にいえばエッジも気は進まなかった。

 しかし、ここまで来られたのはリョウカのお陰だった。

「二人とも捕まるよりはマシ、だろ?」

 エッジがそう言って笑いかけるとリョウカは信じられないという風に首を振った。

「変よ、あなた……」

 そう呟くと、エッジに衣を預けたまま席に座り直して黙り込んでしまった。

 てっきりクロウを追っているのが誰かと聞かれるかと彼は思っていたが、忘れているのかリョウカはそれ以上聞いてこなかった。

 ちょうど良い機会なので話を逸らす意図も兼ね、エッジは自分から気になった事を聞いてみる。

「リョウカは、ブレイドの事知ってるか?」

 彼女は初め、なぜ聞かれたのか分からなかった様だがすぐに合点がいった様に頷く。

「ああ、あなたは彼の弟だって言ってたわね。ええ、それほど懇意にしている訳でも無いけど、全く知らない仲じゃないって所かしら」

 兄についてエッジは聞きたい事が沢山あったが改めて他人に尋ねると、どんな言葉を選べば良いのか悩む。

「どういう人だった、かな?ブレイドは」

「兄弟なのにまるで他人の事を尋ねるみたいな聞き方ね」

 責めるような響きをもって彼女は言う。

「小さい頃に別れて、それからあんまり覚えてないんだ」

 エッジも記憶喪失のせいで、つい言い訳めいた口調になってしまう。

 その点に関してはリョウカは深く追求しなかった。

「そうね、強い人よ。あの年齢で団長を任されているのは伊達じゃないわ。シントリアの闘技大会で二回連続で優勝しているし、もうアクシズ=ワンドが誇る最強の騎士と言っても良いかもしれないわね」

 エッジも対峙したときの動きから実力は分かっているつもりだったが、改めてその様な評価を聞くと戦慄が走る。

 今更ながら彼は自分がどれだけ無謀な戦いを挑んだのか思い知る。

 ブレイドは全く本気では無かったのだろう、と。

「団長にしては珍しくどんな立場の人の言うことにも耳を傾けるから人気もあるわ……まあ、煙たく思う人も少なくないみたいだけど、ジェイン・リュウゲンのお気に入りだから表立って攻撃する人はそうそう居ないけどね。ただ、最近はあなたの事ばかり気にかけていたわ、よほど心配していたのね」

「そう、か」

 エッジはそれ以上聞けなかった。

 この話題も話したくないのかリョウカも話さない。

 それからの道はこのセオニアの国の事や、これから向かうバンガルの事等を二人はぽつりぽつりと話した。

 言葉はやり取りしていても、二人は互いの顔も見られなかった。


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