TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第二十三話 牙を剥く海

「どうしましょう、これから」

 アキが部屋に居る全員に聞く。

 エッジ達は船に乗れず、仕方なく港の近くで宿を一部屋取っていた。

「モンスターの群れ、何とか通れないかな?俺達なら倒せるかもしれないし」

 エッジが言うとすぐにラークが答えた、その表情は険しい。

「単数と群れは違うし、何より船を出してくれる人がいなきゃどうにもならない――とは言え、急がなきゃいけないのも事実だけどね」

 ラークに言われなくても、実際は難しいことはエッジも分かっていた。

 分かってはいても、つい気が急いた。

「俺、船を出してくれる人がいないか町を探してくる」

「エッジ!あまり目立たないでね」

 彼は背中にリアトリスの言葉を受けながら、部屋の扉を開けて外へ向かった。

 

 エッジが出ていくと、三人の間にしばしの沈黙が流れた。

 元々仲間のリアトリスとラークはともかく、アキはまだラークと話をするのを苦手としていた。

「何か最近のエッジ、前と違うよね」

 呟くようにリアトリスが言うと、ラークが首を傾げた。

「さあ、僕はリアみたいに以前から彼を知ってるわけじゃないから」

「私もそんなに長い間一緒に居たわけじゃないけど。でも、クロウが連れていかれてからのエッジはすごく焦ってる」

 何処か不安げにリアトリスは感想を漏らした。

 ラークはまたしばし黙っていたが、不意にアキの方を向いて言った。

「君はどう思う?」

「えっ?」

 今までラークとほとんど言葉を交わした事が無かったアキは、驚いた様子でラークを見つめ返した。

「あ……私もそう思います。エッジさん、以前はこうでは無かったです」

 アキのたどたどしい返事を聞いてラークは頷いた。

「やっぱりエッジにとって彼女は特別、ってことか。前からこうだったのかな?」

 続けて問われ、アキは慌てて答えた。

「私もお二人のことをそんなに知っているわけじゃないですけど……会って間もない頃からエッジさんはクロウさんの事をいつも気に掛けていたように思います」

「そう」

 それを聞いてラークは何かを納得した様だったが、リアトリスはその様子に困惑した。

「ラーク、どうかしたの?」

 リアトリスが聞くと、ラークはすぐにいつもの微笑を浮かべてみせた。

「別に大したことじゃないよ。ただ、エッジの目的はやっぱり『アスネイシスを持つ者』ではなく『クロウ』だってことを再確認しただけだから」

 笑顔のラークとは対照的にリアトリスは驚き、慌てた表情になった。

「ラーク!でも、エッジの想いは今は私たちの目的に適ってるでしょ?」

「そうだね。きっと、この旅でエッジは持てる最高の力を発揮してくれる、心配はしてないよ」

 リアトリスはそれを聞いてようやく安堵した様子を見せる。

 アキは途中から二人の会話を聞き、会話が終わっても不安そうな顔でリアトリスとラークを見比べていた。

 が、

「……そうだね、今はまだ」

 小さく呟いたラークの言葉に、アキが気付くことはなかった。

 

 ――――――――――

 

「船を出してくれる人、見つかった」

 エッジが宿に戻ると三人は一斉に彼の方を見た。

「早かったね。で、こっちの条件は何かな」

 この状況で普通に船を出してくれるはずが無いと分かっているのだろう、ラークはすぐに話を進めた。

「海上でモンスターを退治することと、前払いで四万ガルド」

 その金額に、仲間達は驚く。

 もっとも、ラークの表情はあまり変わらなかったが。

「四万ガルドって……それで頼んだの?」

 エッジは頷いた。

 リアトリスの言う通り四万ガルドは通常の料金のほぼ十倍近かった。

「時間が無い、船があるだけでも幸運だよ」

 素直に賛成するラークとやや不安げなリアトリスの間に、アキがおずおずと割って入った。

「確かに今はそうかもしれませんが、もしヴィツアナで追い付けなかったらその先追う為の旅費が無くなってしまいます」

 エッジはそこで説明を補足した。

「船の持ち主もヴィツアナに帰りたいらしいから、ガルドは無事に着けばほとんど返してくれる」

 ラークはそれを聞いて微笑んだ。

「失敗したら一緒に海に消えるだろうから保険の意味は薄いと思うけどね。でも、契約に返金が含まれてて良かったよ、手間が省けた」

 エッジ達はラークの言葉に固まる。

「……いや、待ってくれ無理矢理でも返してもらうつもりだったのかよ」

「エッジ、そこまでの料金の上乗せはね、犯罪だよ」

 そもそも正規の船旅で無い以上そういう問題では無い気がしたが、エッジはとりあえず当面の方針には影響が無さそうだったのでそれ以上の追及はしなかった。

 

 ――――――――――

 

 次の日。

 エッジ達は、スオールの港からヴィツアナに向けて出航した。

 甲板にいる船の乗組員達はもちろん、アキやリアトリスの顔にも緊張が浮かんでいる。

 エッジも同じだろった。

 もしかしたら二度と陸には上がれず、海に沈んでいくかもしれないのだから。

 何度も四人で作戦を練ったものの、やはり緊張だけは取り除けなかった。

(でも、やらなきゃ。クロウはこの海の向こうにいるんだから)

 そう思うと、またクロウの側に行かなければならないという焦りがエッジの心の中に沸き起こり、彼は無意識に胸のペンダントを握り締めた。

 と、不意に甲板が騒がしくなる。

「海を見ろ!!」

 船員に言われた通りエッジ達も海面に目を凝らす。

 人の腕ほどもありそうなヒレが、白い飛沫を飛ばしながら四方八方から船に迫っていた。

 船員達はパニックを起こし、喚き始めた。

 船を出す事に同意したのは全員では無い様だ、だからこその大金だったのだろうが。

 エッジはその喧騒に負けないように大声でアキに呼び掛ける。

「来るぞ、アキ!!!」

「はい!」

 直後、海面にあった影が全て水上に飛び上がり、人を頭から飲み込めそうなくらい凶悪なサイズの魚がびっしりと並ぶ歯を光らせて船に向かって突撃してきた。

 

 空を裂き、船に迫る飛魚型のモンスター。

 アキはその姿を見るより早く、エッジの掛け声で目を閉じて精神集中を始めていた。

 ディープスが集まり、彼女の周囲に微かな風を生む。

 アキは準備が終わり目を開けると冷静にモンスターの数を確認した。

(9……10、11)

 その間にも、既にモンスター達は歯の一本一本を見分けられるほどに甲板に近づいていた。

 飛ぶ勢いをそのままに、獲物を海に引きずり込むつもりの様だ。

 が、それは適わなかった。

詠技(えいぎ)――」

 傘を右手から左手、左手から右手に持ちかえながら、アキは自分の周囲で傘をくるくると回転させ、最後に腰を低く落としながら思い切りそれを横に凪ぐ。

「――翠風(すいふう)!」

 アキを中心に風が吹き出した。

 それは船に迫っていたモンスター一体、一体に見えない帯として正確に伸び、モンスター達を絡めとって上空へと巻き上げた。

「エッジさん!」

 今度は、エッジが呼び掛けに応える番だった。

 すぐにエッジは雷のディープスを集束する。

(これを分裂させて、船の周囲に網を作るように……)

 久しぶりに使う深術に意識を集中させ、エッジは集めた雷のディープスを船の周りに半球を描く様に広げた。

「――スパークウェブ!」

 船を覆うように電流が半球状の壁を作り、落ちてきた飛魚型のモンスター達は次々に感電し、放電音を残して海の中へと落ちていった。

 最後の一匹が海に沈み、深術の光が消えると辺りは一転して不気味な静寂に包まれた。

「終わった、のか?」

 甲板の船員の誰かが呟いた。

 だが、それをすぐにラークが否定する。

「違う」

 直後に足元が揺れ、船体が傾く。

「下から!?」

 見えない敵の攻撃に、リアトリスが顔をしかめる。

 恐らくモンスター達がスオールの港で見た船のように、船体に穴を空けようとしているのだろう。

「船が沈むのは困る、ね!」

 言いながらラークは高く跳び、身を翻して剣を振るった。

 剣から放たれた衝撃で船の間近に水柱が上がる。

 船体がまた揺れ船員の悲鳴が上がったが、ラークは意に介さず言った。

「リア、今のうちに船に防御を」

 海中に対してはエッジやアキは有効な攻撃手段が無い為、二人はリアトリスが何をするのか黙って見ていることしか出来なかった。

「分かった――結晶化(ジェネレイト)!」

 風が起こった、そう錯覚するほどに大量のディープスが船の外縁に向かって一斉に動いた。

 一つの属性ではなく、赤、緑、青……と全ての属性のディープスが一つの壁となって船を包む。

 その壁は水晶のような結晶で見透かせるほど澄んだ色だったが、その色は絶えず変化して七色の神秘的な輝きを放っていた。

「綺麗、ですね」

 思わず、という風にアキの口からため息が漏れた。

 エッジも同じように、身に迫っている危険をしばし忘れ七色の障壁を見つめる。

 が、それも長くは続かず、障壁から微かな振動と何かが壁にぶつかるような鈍い音が響いてきた。

 さっき海面の下にいたモンスター達が攻撃を再開したようだ。

「海中じゃ仕留めきれなかったか」

 ラークが顔を顰める。

 今はリアトリスが造った障壁のおかげで船はダメージを受けずに済んでいるが、同時にラークもほとんど何も出来ない。

 エッジ達に焦りが生じ嫌な沈黙が流れると、リアトリスが静かに詠唱を始めた。

刹那(せつな)(かがや)き、()を瞳に映す者を貫かん――」

 船の上空、七色の壁よりも上に白い光が強く輝いた。

「――レイ!!」

 光が一点から矢のように降り注ぎ、海面を貫いた。

 障壁の振動と鈍い音が止み、攻撃が終わったことが分かる。

 海面を見渡すと、ノコギリザメ型のモンスター達が浮かんでいた。

 恐らくこのモンスター達が船体に穴を空けようとしていたのだろう。

 見えない襲撃者を倒したことを確認して、リアトリスは障壁を消した。

 リアトリスが深術を使うのを初めて見たエッジは称賛の言葉を掛けようとして、リアトリスの顔に疲れと大粒の汗が見えたことに驚いた。

「リア、大丈夫か?」

 振り向こうとはせず、それでも唇の端に笑みを浮かべてリアトリスは言った。

「大丈夫。さっきの壁、まだあんまり長く張ってられないんだ……すぐ疲れちゃうから」

 二人の会話に気付き、アキも心配そうな顔でリアトリスのそばに寄る。

「後は私達だけで何とかしますから、リアさんは休んで下さい」

「ありがとう、でも私だけ休むわけには――」

 不意に、今までで一番強く船が揺れた。

 船の上で多くの者が倒れかけたが、幸い船から落ちた者はいなかった。

「次から次に、この海はどうなってるんだよ!こんなにバラバラのモンスターが連携を取るなんて」

 再び騒つき始めた船の上でエッジは叫ぶ。

 アキがそれに対して推測を述べる。

「以前の貨物船の荷に余程気に入るものがあったか、あるいは水中内の食糧事情がそれほどまでに切迫しているか……ここ最近のモンスターの凶暴化は私達の常識が通用しなくなりつつあります」

 二人がそんな原因の分析をしている間に、ラークは戦場の分析をする。

「港にあった船の残骸を覚えてる?あの船には複数種のモンスターにやられたらしき跡があった、食い千切られたような帆と鋸で空けられたような穴、それから――」

 叫び返していたラークの言葉を荒波の音が消し去った。

 海面がせり上がり、ヌメヌメとした『何か』が姿を現す。

 同時に吸盤のついた大木のように太い足が、いくつも船体に向けて振り下ろされた。

 今まで凌いで来た事が無駄になる様な一撃。

「!!――ッ結晶化(ジェネレイト)!」

 周囲からディープスが細かな光の粒子となってリアトリスに吸い込まれ、リアトリスは船の上部に一瞬で、さっきと同じ障壁を展開した。

 船をバラバラにしかねない勢いで振り下ろされた足は、七色の輝きに阻まれて船に到達することはなかった。

 突如海面に現れた巨大なイカ型のモンスターは、思わぬ妨害にあって一旦足を海中に戻した。

 直後、障壁が消えリアトリスがふっ、と倒れこむ。

 エッジとアキは、あわてて駆け寄りリアトリスを支えた。

 その様子を横目で確認すると、ラークは目の前の巨大なモンスターに目を向ける。

「船全体を締め付けた様な跡……船が沈んだ直接の原因はこいつだね。海上に姿を現してくれて良かった」

 そう言って、剣を掲げると、アキの詠技と七色の壁に使われていた風のディープスを集束した。

 

  ―(ディープス)RC(リコレクト)変化―

 

龍爪旋空破(りゅうそうせんくうは)!」

 振り抜いた剣から放たれた衝撃と風は、モンスターの周囲からも風を呼び次々にその巨体を切り裂く。

 力を失ったモンスターの体は倒れこみ、巨大な水柱をたてた。

「最初からみんな海の上に出てきてくれたら簡単だったんだけどね」

 甲板からの歓声と悲鳴を聞きながらラークは呟くと、リアトリスの様子を見にエッジ達のそばに向かった。


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