TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第二十一話 再びの旅立ち

 クリフは道無き道を走っていた。

 肩に意識の無いクロウを担ぎ、ひたすら海へと。

 走りながら指を口にあて高い音を鳴らす。

「急げよ、あんまりのんびりしてるわけにはいかねぇ」

 口笛は辺りに響き、しばらく何も起きなかった。

 が、やがてクリフに並走する様に周囲から蹄の音が迫ってきた。

 それは二人の男だった。

 旅人らしい服装でクリフと同じ革製の防具を手足に着けている。

 長髪の一人は二頭の馬の手綱を持っており、クリフに向かって叫んだ。

「クリフ、馬に乗れ!」

「ああ、言われなくてもそうするぜ」

 そう答え、クリフは並走する馬に飛び乗る。

 すると、今度はもう一人の短髪のオールバックの男が我慢できない様子で口を開いた。

「その子があいつらの秘密兵器ってヤツを持ってるのか?」

「それは分からねぇ、だが少なくともこいつは何か普通じゃない深術が使える」

 クリフの説明を聞いて、彼の仲間二人は困惑した表情を浮かべる。

深術士(セキュアラー)ではどんなに優秀であっても、せいぜい数十人分の戦力でしか無いだろう。そんなものがアクシズワンドの秘密兵器のわけが」

 長髪の男が論理的に疑問を呈する。

「嫌、こいつのはそんなもんじゃない……こいつがディープミストを使った時、シントリアの王城全てとその周囲が全て闇に包まれた。多分本気なら、あれ全部がこいつの攻撃範囲だ」

 そこで話を聞いた二人の表情が驚きに変わる。

 感情がそのまま顔に出た短髪の男の方が信じられない様子で聞き返す。

「王城って……あの馬鹿でかい城の範囲を一人でか!?」

 クリフは頷く。

「とても人間業とは思えないな、ここで目を覚まされると厄介だ。船に急ごう」

「――悪いけど、行かせられない」

「!」

 突如背後から聞こえた声に、三人は振り向く。

 そこには馬にも乗らずに、地を蹴り迫るラークの姿があった。

「馬なしでだと!?何だこいつは」

 驚く三人を意に介さず、ラークは確実に距離を縮めていた。

 それを止めるため、短髪の男がわずかに馬の速度を落としラークとクリフの間に飛びこむ。

「くそっ、何なんだよ――!」

「邪魔をするな」

 瞬間、赤く血が舞った。

 横にすり抜けるように動きながらラークが振るった刄に、短髪の男の首から血が噴き出した。

 駆け続けていた馬は乗り手を失って急速にその速度を落とし、駆け続けるクリフ達から瞬く間に遠ざかった。

「バズ!!」

 クリフに呼ばれた男の行動も空しく、尚も距離を詰めるラークを見るとクリフは長髪の男にクロウを預けた。

「マイロ、そいつを絶対セオニアに送り届けろ!」

 そう言うとクリフは馬を飛び降りる。

 マイロと呼ばれた男は頷くとクロウを自分の馬に乗せたまま離れていき、クリフが降りた馬は少し走って停止した。

 クリフは着地するとすぐに振り返り、向かってくるラークに両掌を叩きつけた。

轟裂破(ごうれっぱ)!」

 ラークはその一撃を剣の腹で受け止める。

(こいつ、受け止めた?)

 相手を吹き飛ばせると確信して放ったクリフの一撃は、想像以上の力で止められた。

「お前……よくもバズを!」

 叫びと共にクリフの体の周囲が青く光りはじめる。

 凄まじい剣幕で怒鳴るクリフの鼻先で、ラークは微かな微笑みさえ浮かべた冷たい眼で言った。

「戦場で隙を見せるのは死を意味するんだよ」

「お前、アクシズワンドの人間か?お前達は人の命を何とも思ってねぇのかよ!!」

 そこで、ラークは微笑みを消した。

「分かってないのは君達の方だ。世界を守る為に必要なことを……アスネイシスは渡さない、彼女を返せ!」

 ラークは拮抗していた均衡を押し切ると、クリフの頭上に飛び上がった。

裂空落斬(れっくうらくざん)

「ッ!?」

 高速で独楽のように回転しながら落ちてきた斬撃を、クリフは両手を交差させることで辛うじて受け止める。

(切れない――防具に鉄が仕込んであるのか)

 落下の勢いと重さも相まって、それはクリフの腰を少し沈ませた。

 それを見るとラークは剣をバネにクリフの両腕を押し退けて着地し、地を蹴ってまだ体勢の整わないクリフに斬り掛かった。

真空破斬(しんくうはざん)

「――『(はつ)』!」

 ラークが気を纏った剣をクリフに向けようとした刹那、クリフの体から青い光が奔流の如く放たれラークは木の葉のように吹き飛ばされた。

 そのまま木々の枝を折り、あちこちに裂傷を作りながらラークは飛び、無数に生い茂る木々の一本に背中を打ち付けて止まった。

「ぐ……っ」

 その隙に、クリフは自分の馬に飛び乗り走り去る。

 ラークはしばらく木に打ち付けられた格好のままだったが、やがて裂傷が塞がり悔しそうな表情でゆっくり立ち上がった。

「あの男、『気』をあそこまで使いこなすのか」

 かなりの距離を吹き飛ばされたせいで逃げられたことと、相手の力量を読み違えたことで勝てなかったことにラークは自分の腑甲斐なさを悔いる。

 しかし、いくら悔いてもアスネイシスの力を持った少女が連れ去られた事実は変わらなかった。

 

 ――――――――――

 

「それで、シントリアからクリフと旅をしてきたのか」

 その頃、残ったエッジ達は今までの事を互いに話して整理していた。

 ほとんど関係を理解していなかったリアトリスには、二人が今までの旅のほとんど全てを話すことになった。

「謝る為だけに旅をしてきたの?」

 驚いた様子で尋ねるリアトリスの言葉に頷き、アキが呟いた。

「私は気付けたはずです……クリフさんが私についてくる理由が無いって」

 アキはクリフの行動に責任を感じている様子で、申し訳なさそうに顔を伏せる。

「過ぎたことは仕方ない、それよりクロウがどこへ連れていかれたのか考えないと」

 エッジはアキを責める気にはならなかった。

 それよりもエッジは、クロウの事が心配で気が気では無かった。

「海の方に逃げたって事はやっぱり船で別な大陸に逃げるつもりなのかな?ラークが追い付けると良いんだけど」

 エッジはそれを聞くと、思わず大声を出してしまった。

「別な大陸って、そんなことになったら追い付けなくなる!やっぱり俺もラークを追い掛ける」

 走りだしかけるエッジの腕を、リアトリスが掴んで止める。

「待って!今からそんなことしてもどうにもならない……そんなに慌てるなんてエッジらしくないよ」

 そう言いながら、リアトリスは心配そうな目を彼に向けた。

 エッジはそれを見て苛立ち、少し乱暴にリアトリスの手を振りほどく。

 

(――俺らしいって何だ、今本当に助けが必要なのはクロウの方だ!)

 初対面で幼馴染の様に振る舞われていた事の小さな違和感と今の不安が噴出してエッジは一瞬そう思い、リアトリスに向かって怒鳴りそうになるのを辛うじて堪えた。

 それでも尚、彼を心配そうに見るリアトリス、そしてアキを見てエッジは深く息を吐いて気持ちを落ち着けようとした。

「ごめん、俺だって無駄なのは分かってる。でも、クロウを……クロウを一人にしたくないんだ」

 

 少し前まで一緒にいて、旅に出てからエッジは彼女とほとんどずっと一緒だった。

 

 エッジがラークに剣の修業をしてもらうことにしたのもクロウが居たからだった。

 クロウが変わってきたから、少しずつでも自分一人で何かを抱え込まない様に、

 普通に笑うように。

 

 クロウがどうやって生きてきたのか等エッジは知らなくても、

 ブレカスの林の中でたった一度だけ見せた涙と悲しい叫びはそれまでの辛さが悲痛な位伝わってきたから、

 エッジは本当に『仲間』として笑えるようになってほしかった

 

「……まだ届く距離に居るのに、何で俺はこんなに無力なんだ」

 何もできない焦燥感と不甲斐なさに、エッジは力なくうなだれた。

 そんなエッジの肩に置かれるリアトリスの手の温もりが、クロウには決して届かないことが彼は無性に悲しかった。

 

 

 しばらくするとあちこち服が破れ、血が付着した姿でラークが戻ってきた。

 幸い怪我はないようだがラークがクロウを連れ戻せるかも、というエッジ達のわずかな期待はあえなく消えた。

 もっとも、クロウのディープスの気配が感覚的に分かるというリアトリスは分かっていた様だったが。

 だが、ラークも決して成果が無かったわけではなかった。

「彼女をさらったのはセオニアの王族の配下だ。恐らく海から船でセオニアに渡るつもりだね」

 淡々とした口調でラークは言った。

 断言したラークにエッジは尋ねる。

「どうしてそうだと分かるんだ?」

 彼の質問にラークは手に握っていた何かをエッジ、リアトリス、アキに見せた。

「奴らの一人が彼女を『セオニアに送り届けろ』と言っていたし、それとは別な一人がこれを身につけていた」

 握られていたのはブローチだった。

「それは、セオニアのアリーズ家の紋章です」

 アキの補足にラークは頷く。

「どうやって手に入れたの?」

 リアトリスのそれは何気ない質問だったのだろう、相手が身につけていたものをどうやって手に入れたか。

「僕が斬ったあいつらの仲間を調べていたらこれが出てきた」

 エッジ達は驚き、リアトリスはその答えにはっ、と息を呑んだ。

「じゃあ……殺したの?」

 ラークは少し怒った様な厳しい目をリアトリスに向けた。

「リア、僕達の役目を君は理解しているよね。僕達は目の前の相手の命より、宝珠のことを優先しなきゃいけない」

「うん、それは分かってる……けど」

 ラークの言葉に同意しながらもリアトリスの表情は晴れなかった。

「とにかくこれから奴らを追い掛けなきゃいけない、可能な限り早く。彼らがセオニアに向かうのは絶対ではないし、着いたらどうするかも分からない。それに、アスネイシスの力を持つ彼女を奴らがいつまでも抑えておけるとも思えない」

 確かにラークの言う通りだった。

 エッジとアキはクロウがスプラウツからも逃げだした事を知っていた。

「セオニアにはどうやって行けば良いんだ?」

「船だ。スオール港から海上都市ヴィツアナを経由する」

「じゃあすぐに出発しよう」

 

 今にも歩きだしそうなエッジとラークを、ほとんど会話に加わらなかったアキが呼び止めた。

「私も、行きます!」

 勇気を振り絞って言ったであろうアキを、ラークはしばし値踏みするように睨み付ける。

 アキはわずかにたじろいだが、無言でラークの目を見つめ返した。

「確か君はジェイン・リュウゲンの娘だったね……君が少しでもおかしな真似をすればどうなるか分かっているよね?」

 その返事に、リアトリスが横で驚く。

「連れていくの?ラーク」

「仮にもジェイン・リュウゲンの娘ならその立場が役に立つ機会があるかもしれない。もし僕達の邪魔になることがあれば僕が斬る」

 アキを仲間ではなく、単に利用価値のある人間として見ているラークの言葉にエッジは何も言わなかった。

 彼女を庇いたくなる気持ちと、何処かアキを連れていくことを認められない気持ちが混ざってエッジは何も言えなかった。

「……私も行く」

 しばし考えた末、リアトリスも同行を申し出る。

「君はあまり旅に慣れてない、戦いにもね。それにシンの中でも特にディープスに敏感な君がいなければ、このサーカスが残りのアスネイシスを探すのがより困難になる」

 アキの同行に対しては反対しなかったラークが、リアトリスに対してはきっぱり同行を拒否した。

「でも私、エッジとクロウだけに大変な思いをさせたくない!」

 エッジはその言葉で、ここに来てからのリアトリスとクロウとのやりとりを思い出して胸が痛んだ。

「君の役目はアスネイシスを探すことだ、戦うことじゃない」

 リアトリスの必死の言葉にもラークは耳を貸さなかった。

 そこに、別な声が割って入った。

「連れていってくれないか、ラーク」

 エッジ達は声がした方を振り返り、このサーカスの団長でシンの一族の族長も兼ねるエルドがこちらに歩いてくるのに気付いた。

「彼女が離れていくのを私も感じた。今後の対応をラークと話そうと思っていたが、もうほぼ決まっているようだな」

「エルド……」

 困惑と少しの怒り――彼がそんな表情を浮かべるのは珍しかった――が混じった表情でラークはエルドを見た。

「私でもアスネイシスは感知できる。リアトリスに世界を自分の目で見させる好機でもあるし、それにリアトリスが彼女の傍を離れなければ今回のような事は起きなかった筈だ。責任を果たさせることも大切だろう」

 リアトリスは自分の責任を指摘され、俯いた。

「ごめんなさい……」

 根負けしたのか、ラークは軽くため息をついて言った。

「君は甘いね、エルド。危険な目に合わない保障は出来ないけど、それでもいいんだね?」

 エルドは頷く。

「私、足手纏いにならないよう頑張るから」

 本当は不安もあるのだろう、微かに震えながらリアトリスは拳をしっかりと握り締めてラークに言った。

「君達にアエスラングとイクスフェントの加護があらんことを」

 クロウの為、エッジとアキそしてラークとリアトリスの四人で、もう一度旅が始まった。

 

 ――――――――――

 

 王都シントリア――

 タリア家の整った邸宅の中で慌ただしく、乱暴ともいえる勢いで旅の支度をする一人娘の姿があった。

「もう何日もジェイン・アキの行方が知れないというのは本当なの?」

 止めようとする家の手伝いの者達を振り切りながら、リョウカは玄関ホールに向かった。

 そこに、タリア家の当主キサラギが急いで現われた。

「リョウカ、今度は何処へ行くつもりだ?」

 父に呼ばれたリョウカは振り返って言った。

「ジェイン・アキの行方が知れないというので捜索です。またリュウゲンが何を企んでいるかも分かりませんし、先日の王城を襲撃した二人組の捜索に派遣される第三師団のアズライト団長と共に中央大陸の西側を見てきます」

 それを聞いて、キサラギは顔をしかめた。

「確かにお前を家に閉じ込めてばかりいたのは悪いとは思っているが、だが自由に出入りを許してからのお前の様子は何かおかしいぞ」

「私はただ、アクシズワンドの為を思っているだけです……では」

 リョウカはそこで再び玄関に足を向ける。

 その背中にキサラギは呟くように疑問を口にした。

「……トウカの為か?」

 リョウカはその言葉に反応して、足を止める。

「お前の気持ちは分かる、だがいつまでもトウカのことを引きずっても――」

「私は、あの子の為にやってるわけじゃない!!」

 キサラギの言葉を遮り、リョウカは扉を叩きつけるようにして出ていった。


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