TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第十四話 王都シントリア

 リョウカと出会った夜からアキの様子は変わった。

 もともと口数の多い方ではなかったが最近は暗い表情で押し黙り、誰かに話し掛けられても目を合わせず曖昧な返事しかしなかった。

 それが王都に近づいているせいなのか、この前のリョウカとの一件のせいなのか、あるいはその両方なのかは誰にも分からなかったが。間違いなく全員に分かることはアキが周りと距離を置こうとしていることだけ。

 それが分かってもエッジ達にはどうしようも無く、王都への最後の道程はとても静かなものだった。

 そうした旅が何日か続いたある日の夕方、遂に四人が待ち望んだ光景が見えてきた。

「おい、見えるか?」

 先頭を行っていたクリフの言葉に皆、顔をあげる。

 エッジの目にもそれは見えた。

 人とモンスターとの両方を拒絶するかの様な高い壁。

 それに囲まれた整然と並ぶ家屋と夕日に赤く染まる尖塔の数々。

 それら全てが左右対称。

 復興の途中段階で不自然な造りだったカトマスや、暮らす人々の生活に合わせて建物が増え結果として大きくなっていったカースメリア大陸の町等とはあまりにかけ離れており、まるで一つの絵画の様でさえある。

 その光景はエッジにとって、今まで暮らしてきた辺境の村と同じ世界にあるとは思えない不思議な光景だった。

「あれが……シントリア」

 自分達が目指してきた場所、このメンバーでの旅のゴール――つまりそれは四人の別れも意味する――そう思うとエッジは少し寂しくなった。

 皆気持ちは同じなのか、それとも、夕日に赤く染められた町並みに見惚れているのか、しばし四人はその場で足を止めた。

「そろそろ行こうぜ、日が暮れるまでに町に入らねえと門が閉まっちまう」

「ああ」

 クリフが最初に皆に声をかけて王都の門へ向かい、三人もそれに続いた。

 こういう時何気なく先頭に立って皆を導いてくれるのはいつもクリフだった事に、エッジは今更ながらに気付いた。

 

 ――――――――――

 

 シントリアの街の門につく頃には日は殆ど沈みかけていた。

 この国最大の都、シントリアに入るにはどうやら今までで一番厳しそうな門番の間を通らなければならないらしい。

 エッジ達がほんの少し前に出るのを躊躇っていると、アキがすっと前へ進み出た。

「この方達は私の連れです。通してあげて下さい」

 その一言だけで、エッジ達が拍子抜けするほどあっさりと門番は道を空けた。

(この街の警備はそんなにいい加減なのか、それともアキが特別なのか?)

 以前にも似たような事があったとエッジは思い出す、あの時はクロウだったが。

(結局、俺はみんなのことをほとんど知らない。一緒に旅をしても俺達は他人なんだな)

 当たり前のことかもしれないが、エッジは無性にそれが悲しくなった。

「じゃあ……ここでお別れですね」

 門をくぐるとアキが皆を振り返り言った。

「まあ、短い間だったが楽しかったぜ。お前等、ガキだけでトラブル起こしたりするなよ!じゃあな」

 そう言うとクリフはあっという間に夕暮れの雑踏に消えていった。

 クリフがいなくなると賑やかな空気が消え、街全体が沈黙したかのような錯覚を覚える。

「……」

 振り返ると、この三人が旅していた間はいつもこういう空気だった事を全員今更ながらに思い出していた。

「お二人はこれからどうするんですか?」

 こういう沈黙を破るのはいつもアキだった、気を遣い過ぎだと感じることもエッジはあったが。

「あなたには関係ないでしょう」

 相変わらずクロウはアキを信用していない様だった。

「そうですね、ごめんなさい。エッジさんはどうするんですか?」

 クロウの事を聞くのは諦めたのか、アキは今度はエッジに同じ質問をぶつけた。

「え?俺は……」

 実を言えばここに来たまでは良いが、エッジにはこれといって目的があったわけでは無かった。

 そもそもエッジが村を出たのは「クロウを放っておけ無かったから」だけ。

 しかし、クロウの行く先々に付き纏う『スプラウツ』という連中のことは何も解決しておらず、エッジはこのままクロウを一人で行かせるのは不安だった。

「宿は?」

「え?」

 不意にクロウに思考を遮られ、エッジはやや間の抜けた声を上げてしまう。

「エッジ、一人でここに何日も滞在できるだけのお金があるの?」

 その通りだった。

 エッジは村を出てから、クロウやアキ、クリフ達とお金を出し合って辛うじて宿に泊まってきたのだ。

 食費も含め、エッジはこの旅の中でほとんど金銭に関わっていなかったので、そんな事もすっかり忘れていた。

 返答に困るエッジを見て、クロウは呆れたように溜め息を吐く。

「……もういいよとりあえず宿を探そう」

 そう言うと、茫然とするエッジに背を向けて数歩あるいて、再び振り向いた。

「野宿して王立騎士団に捕まりたいなら、好きにすればいいけど」

 そう言うと、本当に今度こそエッジを置いていきそうなペースで歩き始める。

「あ、ちょっと待てよ。ごめんアキ、じゃあ」

「ええ――さようなら」

 慌ててエッジもアキに謝り、クロウの後を追い掛ける。

 二人の後ろ姿が見えなくなるまで、アキはそれを見つめていた。

 

 ――――――――――

 

 一人残されたアキは、暗い表情で歩き始めた。

 もうすぐ日が沈むという時間、すれ違う人達は皆自分の家に帰るのだろう。

 アキも同じように自分の『家』に向かっている。

 よく手入れされた道の両脇に並ぶ木々の間を抜け、王都シントリアの中心部へと足を運ぶ。

 そこに並ぶ家はいずれも小さな城のように整ったものばかりで、住んでいる人間の身分の高さを伺わせる。

 その中でも一際大きい家があり、アキはその家の前で立ち止まった。

 派手な色の屋敷が多い中で、飾り気が無く暗い色のその建物は一際人を拒んでいる様に見える。

 ――ジェイン家。

 アキの『家』であり、アキが最も帰ってきたくない場所だった。

 否、正確には二番目に帰ってきたくない場所。

 他人から見れば一番か二番かなど大した違いではないかもしれない。

 でも、アキにとってはその差がとても重要だった。

 その差こそが、彼女がここに帰ってくる理由なのだから。

「ただいま……」

 家の中にいるメイド達に聞こえないように静かに玄関の扉をくぐり、アキは音を立てないよう慎重に階段を上った。

 そのまま自分の部屋の扉を少しだけ開き、中に滑り込む。

 そこには彼女が見知った人影があった。

「お久しぶりです、シビルさん」

 相変わらずの上品とは言いがたい格好で、シビルはアキの部屋の中にいた。

「長旅大変だったな。それで、アイツはどうしてる」

 アキに労いの言葉をかけると、シビルは本題に入る。

「彼女達はこのシントリアに滞在するつもりらしいです」

 アキの言葉にシビルが少し不思議そうな顔をする。

「“達”?アイツが……まあ良い、いずれにしろこのシントリアがアイツの目的地なのは間違いないか」

 そこで一呼吸置き、シビルは残念そうに先を続ける。

「アキ、悪いがもう少し働いてもらうことになりそうだ……この街ではお前が一番よく動ける」

 それはアキが心のどこかで覚悟していたことだった。

 出来ればやりたくは無かったことではあったが、

(――でも仕方がない、だって私はジェインなんだから)

 

 

「なあ」

「何?」

 エッジの呼び掛けに、クロウはやや不機嫌そうに答える。

 今、二人は王都シントリア全体の中でも端、それも城門や店がやや遠いはずれの位置にある安宿の一室に居た。

 二人はそれぞれのベッドの上で、思い思いの格好で座っている。

「クロウはこのシントリアを目指して旅をしてきた。それは知ってる、けど、この街に来てクロウは何をするつもりなんだ?」

 その問い掛けにクロウはしばらく俯いたまま反応しなかった。

 どう答えるか決めかねているようだった。

「本当に聞きたい?聞いたらあなたまで危険にさらされるかもしれないとしても?」

 言いながらクロウはエッジの目を真っすぐに見た。

「前にも同じようなことを聞かれたよな。答えは変わらない」

 答えが返ってきてもクロウは真意を量ろうとするようにエッジの目をじっと見ていた。

 が、やがて視線を外し話を続けた。

「そう……私は明日、王城に行こうと思ってる」

 王城――

 四つの大陸のうち、二つの大陸を統べる大国アクシズ=ワンドの中心。

 いわばこの世界の中心と言っても過言ではない場所。

「どうして?」

「スプラウツの存在を公の場に引きずりだして、潰すため」

 エッジは少し驚いたがクロウの目は真剣だった。

「それは……それは、そんなに上手くいくのか?証拠だって何も無いんだろ?」

「無計画すぎるっていうのは自分でも分かってる……でも、私にはもう他に頼れるものが思いつかない」

 他に頼れるものが無い――

 その言葉にエッジは軽く反応し、半ば条件反射的に答えた。

「じゃあ俺も行く」

 自分も同行するというエッジの言葉にクロウは軽くため息をついた。

「どうせ、止めても無理矢理ついてくる気でしょう?」

「ああ、多分」

「そう、良いけど身の安全なんて保証できないから。下手したら二人仲良く牢屋行き……まあ、とにかく明日だね。じゃあおやすみ」

 クロウはそう言ってベッドに潜り込むと、そのままエッジの前で静かに眠りに着いた。

 

 ――――――――――

 

 翌朝。

 エッジ達は早朝から謁見を申し込む為、王城へと向かった。

 王城の入り口に立つ兵士に名前と謁見したいことを伝えると「正午頃まで待つことになるから、しばらく適当に街を散策すると良い」と、いうことだった。

「随分早く会えそうだね」

 何となく呟いたらしいその一言に、エッジは不思議そうな顔になる。

「そうなのか?昼頃までなんて結構な時間だと思ったけど」

 エッジの隣を歩いていたクロウの足が一瞬止まる。

 続いて呆れたような、非難するような表情をエッジに向けた。

「……本気で言ってる?」

「冗談、のつもりはないけど」

 クロウの目が更に険しくなる。

「普通、こういう場合は事前に謁見を申請して何日か、下手すれば数週間待つことになったっておかしくないんだよ」

 そこまでクロウが言って、二人はふと同時におかしいことに気付いた。

「それなのに、何で俺達はこんなに早く王に謁見できるんだ?」

「たまたま王都の治安が良く平和だったから……なんて思うのは少し人が良すぎるかもね」

 二人は同時に黙り込んだ。

 しかし、エッジはいくらスプラウツでも王城の中までは手出しできないだろうと思った。

 基本的に今まで聞いたところだと、スプラウツはあくまで深術の専門集団であり、しかも表だって活動はできない。

 彼らが動けば少なからず「スプラウツの存在そのものの危機」というリスクを負う事になる。

 そんな危険を冒してまでクロウを捕まえるつもりなのか、それともクロウの行動を読んでなりふり構わず強硬手段に出るつもりなのか。

 隣を歩くクロウの表情からどう思っているのか読み取ることは、エッジには出来なかった。

 

 ――――――――――

 

 正午。

 二人は生まれて初めて王城の中に入った。

 王城は外観も凄いと思ったがいざ内部へ来ると巨大なステンドグラスや、精巧な彫刻を施された柱にエッジ達は圧倒された。

 内部は人が少ないわけでは無かったが、警備にあたっている王立騎士団の人間がほとんどのようだった。

 何だかひどく場違いな場所に来てしまった気がして、エッジは落ち着かなかった。

 しばらく直進すると、山道の時とは比較にならないサイズの、尚且つ山道の物より立派な観音開きの扉があった。

「ここだね」

「ああ」

 二人で一呼吸置くと、扉を押して中に入った。

 中は一つの部屋だとは思えないほどに広かった。

 トレンツの自警団の詰め所なら三つは入りそうだ。

 等間隔に並ぶ柱の側に騎士が二人ずつ向かい合って立っており、その物言わぬ人の列の向こうに玉座があった。

 玉座には白い髭と長髪を蓄えた老人――アクシズワンド国王が座っていた。

 その両脇に玉座より一段低い椅子があり、王の左手の位置には黒髪で片目に眼帯をした壮年の男性が控えており、右手の椅子は空席だった。

 王と壮年の男性は、共にアキやリョウカを思い出させるような変わった服装をしていた。

 恐らくシントリア特有の文化なのだろう。

 二人が玉座の前に進み出ると、クロウが頭を下げたのでエッジもそれに倣った。

「お初にお目にかかります、国王陛下」

 国王はクロウの挨拶に対して返事はせず、二人が顔を上げるのを待って声を掛けてきた。

「そなた達はまだ子供のようだが、一体何の用事で参られたのかな?」

 王の声は正しく弱々しい老人のもので、とても一国を統べる主の威厳は感じられなかった。

 子供扱いされた事にクロウは微かに顔をしかめたが、次に言葉を発したときにはその表情は消えていた。

「本日はお話しなければならないことがあって参りました」

「何かな?申してみよ」

 口ではそう言ったものの、国王は興味を示したようには見えなかった。

「陛下は各地で孤児がさらわれて集められていることはご存じですか」

 国王は首を横に振った。

「そうして集められた子供達に深術や戦闘技術を教育し、私設軍を作っているものが――」

 クロウの言葉は背後から聞こえた大きな物音に遮られた。

 エッジとクロウが振り返ると、つい今し方くぐってきたばかりの大きな扉を開いて誰かが入ってくる所だった。

 騎士が侵入者を止めようとするが、隻眼の男がそれを制した。

 侵入者は騎士に目もくれず玉座の間に入ると王に一礼し、よく通る声で言葉を発した。

「陛下、謁見を中断させる非礼をお許し下さい」

 入ってきたのはアキだった。

 呆気にとられるエッジの横で、クロウが唇を噛んだ。


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