TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
「でやああっ!」
とりあえず勢いだけという感じでグローリーはぶんぶんと剣を振り回す。
「よっ、ふっ!」
それをクリフは上半身を反らしたり、後ろに跳んだりして避ける。
格闘戦を得意とするだけあって、その身のこなしは軽い。
一見クリフが刃物に押されてギリギリの戦いをしているようでいて、躱すリズムは一定でクリフには十分な余裕が見えた。
「どうした?避けているだけでは勝負にならんぞ!」
「ああ、そうかよ!」
グローリーが挑発しながら剣を横に薙ぐと、クリフは後ろに大きく宙返りしてそれを避け間合いを空ける。
ざり、と地面を滑る音をさせながらクリフは着地し、両拳を合わせた。
「じゃあ準備運動はここまで。で、そろそろ本気で行かせてもらうぜ!」
そう言うと同時にクリフの体の周囲がうっすらと青く光り始める。
「なんだい?あれは」
誰もサッドのその問いには答えられなかった。
エッジ達も初めて見るものだ。
「あの光……深術じゃない」
「え?」
クロウの呟きにエッジが驚く。
「感じは似てるけど、少なくともあいつの周囲からは、どの属性のディープスの高まりも感じられない」
どういうことかとエッジは首を傾げたが、クロウ程の違和感は感じなかった。
何か剣を扱う自分の方が慣れ親しんだものの様にエッジには思えた。
「そ、そんな見かけ倒しが効くと思うな!」
グローリーは自棄になったように、がむしゃらにクリフに突っ込む。
「どうかな。さあ、かかってこいよ!」
今度はクリフも自ら向かっていく。
「でやあ!」
グローリーが振りかぶった剣を縦に振り下ろす。
クリフはそれを相手の横に回りこむように跳んで避け、相手の側面から両掌を叩きつける。
「
途端に見えない力に弾かれたかのように、グローリーが吹き飛ぶ。
そのまま受け身もとれず彼は地面をずるずると滑り停止した。
(強いけど、ここまでは以前見た戦い方と変わり無い、あの光は一体何の為に?)
エッジはてっきり何か自分を強化する術の様なものなのかと思ったが違うようだった。
「く、くそっ!まだ負けんぞ!」
グローリーはよろよろと立ち上がりながら吠える。
「あー……えっと、悪ぃけど次で終わりだ」
「フ、そんなこと、やらせるか!
グローリーはここにきて剣技を使いだした。
素早く跳びあがる彼の切り上げがクリフの肩をかすめる。
「チッ」
だがグローリーの攻撃はまだ終わらない。
さらにさっきかすった一撃以上の速度で、空中から切り下ろしを放つ。
「終わりだ!」
それに対して何を思ったか、クリフは左掌をグリッドが振り下ろしてくる剣の範囲に差し出した。
「クリフさん何をしてるんですか!?」
アキが悲鳴をあげる。
いくら革のグローブで守られているとはいえ、振り下ろされる剣を食らえばただではすまないだろう。
今にも剣がクリフの左手に触れるという瞬間、クリフの体の周りの青い光がより強く輝いた。
「――『
剣が掌に触れるか触れないかというほんの一瞬の間に、大気に振動が走り――
直後、グローリーの剣は粉々に砕けた。
「なっ……」
「そんな……」
「馬鹿……な」
それは完膚なきまでの決着だった。
漆黒の翼の三人は三度の負けが相当ショックだったようで、全員目に見えて肩を落とす。
「勝負有りだな、漆黒の翼――だっけ?」
青い光が消え平然としているクリフを見て、あわやクリフの手が斬られると思っていたエッジ達は呆然としていた。
「どう、やったんですか?」
何とか口を開いたアキがクリフに質問する。
「ん、何が?」
「今、どうやって剣を砕いたんですか?」
それを聞いてクリフも不思議そうな顔になる。
「あー、気合いかな?」
「気合い……ですか」
釈然としない説明だったが、クリフはそれ以上説明する気もないようだった。
「さて、悪い!余計な時間を食っちまったな。じゃあ行くか」
そう言って、決闘の前に地面に投げ捨てた荷物を拾って肩に担ぐ。
「ま、待て!」
声をかけられ面倒臭そうにクリフは振り返る。
「あーぁ?」
「つ……次は負けん!覚えておけー!」
それだけ言うと、漆黒の翼は脱兎のごとく去っていった。
「あんなのそうそう忘れられそうにねえけど」
「いつまでそうしてんの、行くよ」
クロウがもう足止めはうんざりだとばかりに言って先に立ち、
そしてエッジ達はようやく、本当にカトマスに向けて歩き出した。
――――――――――
雨。
ザー、という音をずっと同じようにたてながら降ってくる。
雨の音を聞いていると、自分が一人でいるような気になる。
話し声がしないだけで、すぐ近くにエッジさん達がいるのに……。
どうしてだろう?
「あれ?」
予定通り、一行は人気の無い道を選びキーラー山脈に沿って王都シントリアを目指していたが、突然降ってきた雨の為洞窟で雨宿りしていた。
「どうかした?」
突然、沈黙を破ったエッジに隣にいたクロウが声をかける。
「いや……誰かこっちに来るみたいだから」
「え?」
クロウは疑う様に洞窟の外に目を凝らす。こんな雨の中、しかもこんな道もないような所を偶然通りかかる人が居るのは信じられなかったようだ。
「どうした?」
洞窟の少し奥で、壁に寄り掛かっていたクリフとアキも洞窟の入り口まで来る。
「誰か来る」
エッジ達が見たところ女性のようだった。
黒髪に、体の周りの不思議な布、異国の花の模様の服――年齢こそアキより上だが、その雰囲気はどことなくアキに似ている。雨の中を一人静々と歩くその姿は、どこか幽霊を思わせた。
エッジ達がぼんやりしている間に、その女性も雨宿りの為に洞窟の中へ入ってくる。
「良かった、すぐに雨宿りを出来る場所があって」
女は微笑んでみせながら、その場で髪についた水滴を払った。
「あなた達は旅人?こんな街道を外れた道を行くなんて何か訳有りかしら?」
冗談めかして言いながら、笑顔は絶やさない。
が、エッジ達は一瞬どきりとした。
「俺たちは少し変り者でな、舗装された道よりも自然のままの道の方が性にあってんだ」
クリフが機転を利かせ、平静を装って答える。
(誰が変り者よ)
クロウはその回答に内心舌打ちする。
「フフフッ、面白いわね――あら?」
女性はクリフの言葉にまたしても軽く笑うと、アキの方を見て何かに気がついたような表情になる。
「……」
仲間達には心なしかアキが一瞬、目を逸らしたように見えた。
「久しぶりね、『アキ』」
呼び掛けた声の調子にほんのわずかな違和感を覚えながらも、アキも仕方なく視線を合わせ相手の名前を呼ぶ。
「お久しぶりです、リョウカ……さん」
この再会も、雨の意地悪ないたずらだろうか?
アキはそう思った。
互いを知っているらしいアキと、リョウカと呼ばれた女性の様子に蚊帳の外の三人は戸惑う。
「アキちゃん、知り合いか?」
「ええ」
アキが何か言葉を発するより早く、リョウカと呼ばれた女性は視線をアキから外さずに答えた。
彼女はしばらくそのまま微笑みを浮かべてアキを見ていたが、やがてその目をエッジ達に向けて質問した。
「あなた達はこの子の仲間?」
「そうです」
かすかに顔を背けるクロウを確認しつつも、平静を装いエッジが返事をする。
「そう……それは良かった。仲良くしてあげてね、この子あまり友達がいないから」
あまりに嫌味なく言ったので引っかからなかったものの、その内容には微かに棘があった。
「あの聞いても良い、ですか?」
エッジが質問するが、目の前の相手の気品につい敬語になる。
もっとも、そうで無くても敵意も無い年上の女性を相手にしたならエッジは同じ様にしただろうが。
「何かしら?」
彼女はゆったりした動作で軽く首を傾げる。
「リョウカさんは、アキとどういう関係ですか?」
一瞬、沈黙がありエッジは聞いてはならないことを聞いてしまったかと思うが、すぐにリョウカは笑顔で答えた。
「そうね……少しだけ縁の深い知り合いっていうところかしら」
呟くとリョウカは視線を外し、黙り込んだ。
その表情がこれ以上その事を聞かれたくないと告げていたので、エッジ達もただ雨が止むのをそれぞれに待った。
――――――――――
雨が止んだのは日が沈みかける頃だった。
「これじゃもう今日はあんまり進めねぇな……」
クリフが残念そうに言うも、こればかりは仕方がなかった。
進めるところまででも何とか進もうと出発しようとするエッジ達に、リョウカが声をかけてきた。
「あら、もう行くの?」
そう言う口調はどこか楽しげだ。
アキはあまりリョウカと口を利きたく無さそうだったので、エッジが別れを告げる。
「先を急ぐので、あなたはどうするんですか?」
「私は今日はここで野宿することにするわ」
「そうですか……気を付けて」
エッジの言葉を聞くと、リョウカは興味深いものでも見つけたかのように彼の顔をじっと見た。
しばらくそのままだったが、やがてまた微笑みを浮かべ言葉を返した。
「――フフッ、ありがとう」
そこでエッジ達はリョウカと別れ、洞窟を出ると王都に少しでも近く、野宿ができる場所を探し始めた。
――――――――――
結局、あまり洞窟から離れることはできなかった。
一行はクリフが作ったリゾットを夕食にすると、それぞれまた明日も続くであろう旅路に備え、眠った。
一人を除いて。
「……」
アキは他の三人が寝たであろう事を確認して慎重にその場を離れ、来た道を引き返す。
しばらくそのまま歩き、昼間雨宿りした洞窟に足を踏み入れると止まった。
「あら?今更、私に何の用かしら」
暗闇から声が聞こえ、続いてアキのよく見知った顔が姿を表す。
その顔は、昼間エッジ達に見せた優しげな微笑みとなんら変わりはないものだったが、アキはそれが見た目通りのものではないことをよく分かっていた。
「どうして、こんな所にいるんですか?」
リョウカとは対照的にアキの顔は険しい。
「外の世界に自由にはばたける鳥はあなただけじゃないということよ。ただの気紛れ、それじゃいけないかしら?」
「まだ……恨んでいるんですか?」
一瞬の沈黙、それからリョウカはほんの少しだけ悲しそうな表情をした。
「置いていかれた者の気持ちなんて、あなたには分からないでしょう」
再び沈黙、今度はアキが何も言えなかった。
「……ごめんなさい私、もう戻ります」
帰ろうとするアキを背後からリョウカが呼び止める。
「待ちなさい、『ジェイン・アキ』」
その声の調子に違和感を感じ取り、アキは顔だけ振り替える。
そこには両手を広げてアキの顔を真っすぐ見ている、リョウカの姿があった。
――アキ以外の人間には分からないかもしれないが、それは彼女が戦闘態勢に入った証だった。
それを見てアキは辛そうに言葉を発した。
「どうしても退いてくれないんですか?」
そんなアキの様子を意に介する事無く微笑みを浮かべるリョウカ。
「私が『タリア』で、あなたが『ジェイン』である限りね」
アキも傘を開き、戦闘態勢をとる。
が、どうしても自分から攻めることができない。
「攻めて来ないの?なら仕方ないわね――
リョウカが右手を勢い良く突き出すと、その勢いそのままに腕に絡み付いていた布が、まるで生きているかのようにアキに向かって伸びる。
咄嗟にアキは目の前に傘を広げてガードする。
――ガキィンという音と共に、アキの両腕に痺れるような衝撃が走る。
「くっ……」
その一撃は布ではありえない程の重さを持っていた。
例えるなら岩がぶつかってきたかのような。
「フフッ、まだまだよ――
今度は舞うように左右の布を交互に素早く繰り出す。
アキは流石にこれは受けきれないと判断し、傘を相手の動きに合わせて受け流すように動かし弾く。
その度にまるで鉄と鉄がぶつかっているかの様な音が響く。
二人の一撃が重いのには理由があった。
両者の武器は共にディープスの力を効率よく使用できる様作られたものだ。
すなわち振るときは軽く、しかし攻撃する瞬間あるいは防御の瞬間だけ傘や布に「地」のディープスを集中させることで硬く、重くする事で本来武器としては使用できない服飾類を武器としていた。
アキは相手の攻撃を弾ききると一旦後ろに跳び、間合いを空ける。
そして周りから、火のディープスを集束させ始めた。
リョウカもすぐその意図に気付き、同じように水と闇のディープスを集束させ、氷のディープスにする。
アキは相手に気付かれても構わずに、火のディープスを傘に集中させる。
「詠技――」
「詠技――」
アキが必殺の一撃を発動させようとすると、リョウカも同時に動いた。
「――
「――
アキが目の前に突き出した傘から、爆発が起こる。
そこから吹き出した炎は離れた位置にいたリョウカにも届く勢いだ。
しかしそれは同じように作り出された、地面から伸びる透き通った無数の氷の突起にぶつかり、大量の蒸気を発生させるだけに終わった。
「いつまで経っても、これじゃ私に届かないわよ?」
攻撃をまだ受けていないリョウカは余裕がある。
そこに、一瞬の隙が生まれた。
(今なら――!)
まだ霧が晴れない今なら不意打ちをかけることができる。そう思い、アキは今使用したばかりの「火」のディープスを傘に
「奥義――」
洞窟の天井ぎりぎりをかすめて思い切り勢いをつけ、リョウカに向かって落下する。
(上から!?)
まさかこれだけ距離が離れているのに、上から攻撃がくるとは思わず、また蒸気のせいもあり、リョウカの反応が遅れる。
―
「
傘から炎が噴出し、アキが落下する軌道を赤く染める。
「ぐっ、う!」
その一撃をすんでのところでリョウカは布で弾くが、反動でそのまま後方に吹き飛ばされる。
直後にアキが着地すると同時に、衝撃で粉塵があたりに舞う。
アキはそこで一旦攻撃の手を止め、呼吸を整える。
(油断したわね)
アキは多少の距離なら傘と風のディープスを使って「飛ぶ」ことができる。
リョウカはそれを忘れていた。
粉塵が消えてきたところでリョウカは立ち上がり、まだ攻撃してこないアキを見てまた軽く微笑む。
「……あなたを相手に手加減しようとしたのは間違いだったわね」
リョウカがそう言うと腕に巻き付いている布の先端が分かれていき、まるで蜘蛛の脚のようになった。
「フフッ、今度は何分保つかしらね」
「……」
二人の間に張り詰めた空気が流れる。
そして一瞬後、二人はまた同時に動いた。
互いに走って距離を詰める。
「
「
アキは走ってきた勢いそのままに、最大限のリーチで突きを放つ。
一方のリョウカは、走りながら急に右に回転した。
その動きに合わせて布がリョウカの周りに広がり、これも右に回転する。
連続する金属音のような音が響いたかと思うと、傘は次々に襲い掛かる布に大きく弾かれ、アキはバランスを崩してしまう。
そこへ――
「かはっ……!」
一瞬の隙を見逃さず、アキの胴に布の重い一撃が叩き込まれる。
そのままアキは後方に吹き飛ばされ、洞窟の壁に背中を打ち付けられた。
息が詰まるような感覚を覚えると、アキは顔をしかめその場に崩れ落ちた。
「う……」
その様子を見たリョウカがアキに向かって語り掛け始める。
「あなたに分かる?私達の苦しみが」
アキは軽く咳き込んでいるだけで返事をしない。
「苦しい?あなたがジェインなんかに付くから、そうなるのよ」
その言葉でようやくアキがゆっくり立ち上がる。
「けほっ……それが、言いたかったんですか?」
何とかリョウカを見ながらアキは言葉を紡ぐ。
「そうね、できれば家に連れ帰ってお父様に謝罪させたいところだけど……」
「あんな人に、謝るつもりはありません!」
感情に突き動かされるまま突如アキは走りだすと、今の自分に残る全ての力を込めて突きを放った。
――ガキィン
その渾身の一突きは、リョウカの腕から伸びる四本の布に軽々と受けとめられてしまう。
さらに、スルスルと残りの四本の布が伸びてきてアキの体を縛り付ける。
「くぅ……っ!」
「あなたが正面から戦って、私に勝てるわけが無いでしょう?」
勝敗は着いた。
もはやアキに抵抗するすべは何もなかった。
「さて、じゃあこのま――」
「アキ!」
リョウカがこの後アキをどうしようかと考えていると、突如洞窟に第三者の叫びが響いた。
アキも驚いて声のした方に顔を向ける。
「エッジさん……」
そこには息を切らせて、洞窟に現れたエッジの姿があった。
「アキから離れろ」
いつになく怒りを宿した瞳でエッジが要求する。
それをリョウカはひどく冷めた目で見つめた。
「急に入ってくるなんて、あなたは何?」
エッジは昼間の穏やかな様子とはまるで違う、相手の態度に少し戸惑ったが表情には出さなかった。
「その子の仲間だ」
仲間、という言葉にリョウカは目を細めるとアキの顔に目を向けた。
アキは俯いてエッジともリョウカとも目を合わせないようにしている。
「仲間……フフッ、フフフフフッ!」
リョウカはさも滑稽だというように笑うと、アキの拘束を解き地面に落とした。
「フフッ面白い、今日はこれで退いてあげるわ。あなたもせいぜい気をつけなさい、その子を本当に仲間だなんて思っているならね」
ただ、と去ろうとしながらもう一度立ち止まってアキに最後の言葉を残した。
「私はまだ、あなたを許したわけじゃないから」
アキとエッジは、リョウカが去っていくその様子をただ見つめることしか出来なかった。