TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第十二話 If you're 『CRYING』,I want to be beside you.

 瞳を閉じてクロウは剣が振り下ろされるのを待った。

 全てがどうでもよくなった割には剣が振り下ろされるまでの時間はあまりに長かった。

 それとも自分は斬られて、もう死んだのだろうか?と、クロウは疑問に思う。

 死を受け入れた余裕からか微かな興味でゆっくり瞳を開けたクロウの目に、自分のすぐ前に転がった剣が飛び込んでくる。

 

 そして、さっきまでは居なかった異形の物がいた。

 

 また別なモンスターが飛来したらしかった。しかし、その体躯はエッグベアなどとは比較にならない。

 彼らですら大人二人を優に上回る巨体だというのに、それが片脚で握りつぶされてしまいそうな巨鳥だった。

 大きさだけでは無い。

 獰猛な獣の様でいて、それでいてまるで暗殺者の様な冷たい殺気。その黒い鳥は何かが致命的に野生の動物とは違っていた。

 クロウは何故自分の前にそんな鳥がいるのか分からなかった。

 しかし、その瞳がどれだけ攻撃の意思に満ちていても。

 今は彼女には全てがどうでも良かった。

 

 

 何処かから悲鳴が聞こえる

 

 強い風と冷気がクロウの顔にかかる

 

 それから再び悲鳴

 

 その繰り返し

 

 やがて目の前に再び巨鳥が現れ、クロウは辺りが静かになったことに気付く。

 辺りにぼんやり目を向けるとそこはひどい有様だった。

 無数の人形の様な物がばらばらに散乱している。

 意外なほど血は少なく、現実感があまりない。

 それが人間であったことは間違いないが、凍り付き、粉々になっている物もあるそれをクロウは人間とは認めたくなかった。

 ふと、目の前の『闇』が自分を見据えている事にクロウは気付く。

「私も……殺すの?」

 鳥は答えない。

 意思はあっても、会話は出来ないのだろう。

 どんなに受け入れているつもりでも、クロウの身体は無意識に震えた。

 

 黒い鳥はクロウに近づくと、驚いた事に敵意も見せず彼女の異形の右肩に止まった。

 その巨体で全体重をかけられたら腕などあっさりもがれてしまいそうだったが、不思議とクロウはそんな圧力は感じなかった。羽を広げているわけでも無いのに、宙に浮いているかの様に重さも感じない。

 が、代わりに奇妙な感覚が起こった。

 クロウが、自分の右肩に感じる生き物とは思えない冷たい感触。

 それはおかしいことではない。

 ただ同時に、クロウの中には『自分の肩を掴んだ感覚』もあったのだ。

 

 

 一瞬彼女の目の前が真っ白になる。

 そして感覚的にこの鳥は自分には決して手を出さない事を理解する。 

 つまり、

 これが、『自分』だという事を彼女は理解した。

 

 ……ああ、そうかとクロウの中で積み上げられてきた小さな違和感が溶けていった。

 闇のディープスを自在に操れた理由、それが自分の力だと実感が湧かなかった理由。

 自分の肩の状態と何か関係があるのだろうとクロウは何となく思ってはいたが、どうやら実態は彼女が考えていたよりずっと異常なものだったらしい。

 何故そんな力が自分の中にあるのか、鳥が自分の中に居るのかはクロウには分からなかった。

 でもそんな事はもうクロウは、どうでも良かった。

 先程までの「どうでも良い」は『生きる事』への諦めだったが、今の彼女は『人である事』を諦めていた。

(私はこの村にいた皆とは違う。私はこんな滅茶苦茶な化け物だった)

 もうどこにも否定のしようも無い位、クロウはそれを思い知った。

 

「やっとわかったか?」

 磨耗しきったクロウの心は、もう不意にフレットが現れても驚かなかった。

 フレットは惨劇に興味を示すでもなく、むしろ楽しそうにクロウに語りかける。

「他の奴らとは違う俺達の居場所はあそこにしかないんだよ」

 クロウは答えなかった。

 返事の代わりに自分を縛っていた紐を『闇』に切り裂かせる。

 先程はクロウの意思と関係なく村人を虐殺していたが、ちゃんとコントロールも出来る事を確認する。

 クロウの頭の中から、レインの死で強く願ったはずの誰かを殺したくないという思いは消えかけていた。

 ハクと短い時間を共に過ごして手に入れた、温もりも。

 だから、クロウは最後に自分の元に残ったその鳥に名前を付けた。

「――ラーヴァン、だっけか」

 意味も忘れかけられた古代語の単語で、漆黒を意味する。

 古代語など博識な子供達の噂にほんの少し出て来たのを聞きかじった程度で、色の名前くらいしか知らなかったが。

 クロウはそれが相応しい気がした、黒い鳥の事も自分自身の事も正しい意味など自分が知る事は一生無いのだろうと諦めて。

 そしてクロウは、ハク達の生きていた村を捨ててラーヴァンと一緒にスプラウツへ戻る道を歩き出した。

 

 村には誰もいない、クロウが行く場所に残るのは。

 どこまで行っても死体だけだった。

 

 

 

 ――――――――――

 

 

 

(――私自身、それをあの日から信じていたのかもしれない。

 だから再びスプラウツから逃げて、エッジ達に会って、人を殺さなくていいハクと暮らしていた頃のような生活に慣れていって……

 再びこの町で人殺しと呼ばれて、ますます分からなくなった。

 エッジ達と一緒に居たら、またいつか裏切られるのではないかって)

 不安に押し潰されそうで、どこまでもどこまでもクロウは走った。

 

 誰にもついてきてほしくなくて、

 これ以上傷付きたくなくてクロウは走った。

 

 気が付くと彼女の周りに町は無く、森の中を走っていた。

 町を出て山の近くまで来てしまったのだろう。

「ハァ……ハァ」

 荒くなった息を整えるため、クロウは少し歩調を緩める。

 冷静になって周りを見てみると辺りは薄暗く、油断するとどの方向から来たのかも分からなくなってしまいそうだった。

(やっと誰もいなくなった……)

 少しふらつく頭でそう考えると、急に彼女を疲労感が襲ってきた。

 

 ザッ――

 

「!」

 背後から誰か追ってくる。

 その音に思わずクロウは、重い体を無理矢理走らせていた。

 とにかくその『誰か』から離れたくて彼女は速度を上げる。

 自分が速度を上げたのに、背後の足音は更に迫ってくるようだった。

(来ないで……)

 クロウは必死になるあまり、思わず目をつぶりかける。

 

 それで気付いた。

 

 自分の身体が走りながらまた震えていることに。

 四年前自分が信頼していたハク達に殺されかけた時のように。

 

 今追い掛けてきているのはエッジだろうと、クロウは頭では分かっていた。

 けれど、彼女は立ち止まって振り返るのが恐かった。

 今振り返ったらそこにいるのがいつものエッジでは無いような気がして。

 自分が信じていた人間に裏切られること、クロウはそれが一番恐かった。

 

 本当は今、自分を殺すためにエッジは追い掛けてきているのではないか。

 今までのは全て演技ではないか。

 ありえないと思っても、クロウはそんな考えを振り払えなかった。

 しかし、もう体力が限界だった。

 向こうに背後から追い付かれるくらいならいっそ正面から対峙しよう、とクロウは振り返る。

 彼女が立ち止まると、背後の足音も停止した。

 クロウは思い切って振り返り、相手の目を睨み付ける。

 そこに居たのはやはりエッジだった。

 それを確認しても尚、クロウはエッジの目だけを睨み続けた。

 いつものエッジならすぐに目を逸らすだろうとクロウは思っていたが、目の前のエッジは顔を背けなかった。

 一瞬、彼女はそれが恐かった。

「……大丈夫か、クロウ?」

「……」

 クロウは答えられなかった。

 今の彼女は恐れを振り払うために必死でエッジを睨みつけることしかできなかった。

「クロウ……どうして泣いてるんだ?」

「ッ!うるさい!」

 一瞬震えそうになった声を制止するために奥歯を噛んで、クロウはエッジに向かって怒鳴った。

 にも関わらずエッジは彼女にゆっくり近づいた。

「来るなッ!!」

 クロウは頭を左右に振って目を固く閉じ、必死でエッジを――いや全てを拒絶した。

(いつか裏切られたり、傷つけられたりするなら私は誰もいらない!)

 

 そうやってクロウがずっと目を閉じていると、何かが寄り添う気配がした。

 彼女が恐る恐る目を開けると、すぐ目の前にエッジの顔があった。

「!」

 咄嗟にクロウは両手でエッジを押し退けようとしたが、エッジは離れなかった。

「何?離れてよ!私は、一人で……一人で」

 一人で大丈夫と言おうとしたのか、何を言おうとしたのかクロウは自分でも分からなかった。

「ごめん……俺クロウの事何にも分からないけど。そばにいてあげるくらいならできるかなと思ったから」

 時折見せる真剣な眼差しをしながら、エッジは少しだけ微笑んだ。

「怖いのか、悲しいのか、辛いのか、こうしてクロウが泣いてる理由も震えている理由も俺には分からないけど。でも一人はダメだよ、心が閉じてどんどん暗いところへ落ちていくから」

 どこか説教じみた言葉にクロウは反抗する。

「分かった風な事言わないでよ。私は、……そうやって近づいて来られるのが一番嫌なの」

「じゃあ、俺のことは居ないものと思っても、嫌っても良いよ。その上で俺が勝手にしてる事だ」

 その一言でクロウはエッジを押し退けようとするのをやめた。

 

(こいつは……本当にいつも私につきまとって、

 何もできないくせにそばにいて

 でも、多分それがこいつの優しさなんだ)

 

 ただ、側に居るだけなのに、その他人の暖かさがあまりに鮮明で、

 何か――ずっと押さえていた感情の渦がクロウの中から一気に流れ出した。

 

「……泣いても笑わない、顔見ないから」

「う、うっ、うわああああああ」

 

 エッジに軽く抱擁されながら、クロウはひたすら声をあげて泣いた。

 すごく悲しいはずでも、少しだけ泣くのが心地いいとクロウは思った。

 

 一人じゃないということがどれほど救われることか。

 ハクと過ごしたときも、レインと居た時にもクロウは気付けなかった。

 長い時間ずっと失くしていたからようやく気付けた事だった。

 

 一頻り泣いて落ち着くとエッジも自然と手を離す。

「落ち着いたか?」

「うん……大丈夫」

 なんとか返事をして、クロウは手の甲で目に残っていた涙を拭う。

「よし、じゃあ、町に戻るか?」

 クロウが黙って頷くとエッジも頷き返してカトマスの方向へ歩き始めたが、二、三歩あるくと急に足を止めた。

「わ、っとでっかい石だな。危ないから気をつけろよ、クロウ」

 足元にあった丸い大きな石を避けるエッジ。

「……その前振りの後で引っかかったりしないよ」

 普通に話すのが照れくさかった分も込めてクロウは思いっきり嫌味を言った。

「急に立ち止まってごめん、じゃあ町に戻ろう。二人もきっと心配してるしさ」

「うん……」

 

 それだけ言うと二人はまた歩き始めた、今度は立ち止まったりせずに。

 二人の足元に落ちていた石には、寄り添って眠る三人の子供の様な形が彫られていた。

 

 

 ――――――――――

 

 エッジがクロウを連れて宿に戻るとアキとクリフが首を長くして待っていた。

「ずいぶん時間が掛かったな、なあなあ!何かあったのか?」

「遅かったですね、何かありましたか?」

 興味津々のクリフと心配そうなアキは対照的だったが、二人とも待っていたことには変わり無い様だ。

「ちょっと買い物に時間がかかっちゃって……」

 エッジの言い訳はある意味本当だった。

 あの後、クロウを追い掛けることばかりに気をとられていたせいで買い物の袋をどこかに置き忘れていたことに気付き、回収に時間が掛かってしまったのだ。

「……」

 エッジが二人に言い訳をしているとクロウは一人離れていった。

 それに気付いてエッジが呼び止める。

「クロウ、何処に行くんだ?」

 呼び止められたクロウは振り返って疲れたように返事をした。

「……少し休むから先に部屋に戻ってる」

 エッジは頷いて追及は避け、疲れている様子のクロウをそっとしておくことにした。

「そういえば、部屋分けってどうなってる?」

 エッジが尋ねるとアキが答えた。

「二部屋ですよ。私とクロウさん、エッジさんとクリフさんです」

「そうか……」

 エッジは内心クロウとアキが同じ部屋なのは少し不安だったが、最近は二人が口論になっていない(会話もしていなかったが)事から大丈夫だろうと思い直した。

 

 ――――――――――

 

 翌朝。

 

 幸いエッジが心配していたようなことは何も無かった。

 クロウも疲れていたのか、それとも何とか[[rb:蟠>わだかま]]りが消えたのかは定かではなかったが、無事だったことに変わりはない。

 四人は久々のまともな食事とベッドで疲れを癒し、また旅を続ける準備ができていた。

 宿を出ると一気に匂いがあふれ、凪いでいた空間の空気から風の吹く開けた屋外へと切り替わった事を彼らは実感する。

 気持ちも新たにエッジ達は目的地、王都シントリアに向けてまた歩き――

「ちょっっっと待ったあああああ!!」

 いつぞやの怪しい三人組が土煙をあげながら迫ってきた。

 漆黒の――何だっただろうかとエッジとクロウは頭痛と共に記憶を辿る。

「う」

「……はぁ」

 エッジとクロウのうんざりした反応を見て、アキ達が首を傾げる。

「知り合い、ですか?」

「いや、知らない」

「向こう、完全に知ってるぞ」

 普段ならアキとの会話を避けるクロウが即答し、クリフがそこへツッコんでいる間に漆黒の翼は目の前に来てしまった。

「おい貴様等!」

 その喧嘩腰の呼び掛けを受けて、クリフが三人組を威圧する。

「あぁ?何だテメェ等」

(ビクッ)「ふ、ふん…実はだな」

 一瞬ペースを崩されたようだったが、再び平静を装ってグローリーが話し始める。

「この間は不意打ちなど少々卑怯だったかと思い、深く反省した」

「した」

 何故かバッドも最後だけ繰り返すのは気になったが、その言葉は意外なものだった。

(案外いい奴らなのかな?)

「そ・こ・で、私と1対1で決闘しろ!」

 少し見直しかけていただけに、エッジは自分の耳を疑った。

 何故そうなるのかと。

「リーダーはこの間卑怯な真似をした分と、やられっぱなしな分の借りをまとめて返したいんだよ」

「漆黒の翼の名誉は、この栄光のグローリーが守ってみせる!」

「リーダー!!」

「……栄光のグローリーって意味被ってるよね」

 クロウが冷ややかな目を向ける。

 そのやりとりに呆れながらも、クリフが荷物を下ろしグローリーに尋ねる。

「なら俺が相手になってやるよ、あとで泣き付いてくるんじゃねぇぞ」

 それを聞いたグローリーが不適に笑う。

「何を馬鹿なことを、貴様こそ地面に這いつくばる覚悟は良いか?」

「はっ、せいぜい今のうちに吠えてな。じゃあ行くぜ!」

 まだ、いまいち状況を理解できていないエッジ達を差し置いて、決闘(漆黒の翼曰く)は開始されてしまった。


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