TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第十一話 墓標

 カトマス殱滅当日

 クロウ、ルオン、レインの三人は他の五人の子供と共に山の中を歩いていた。

 山の斜面が急な事もあり、木々の間をかき分ける進みは遅い。

 先頭にはシビルが立っていた。

 その後ろに、まるで今から遠足にでも行くように楽しそうな顔をしている紫の髪の少年が一人。

 他の子供達も基本的に服装はちぐはぐだったが、彼はひと際丈の余ったダブついた服を身につけていた。

 彼の名前はフレット。

 雷の深術が得意だとクロウは聞いたことがある。よくは知らなかったが、これからのことを考えるとそんな呑気な表情をしていられる神経が彼女には信じられなかった。

 それ以外の子供達にはやや疲労の色がある。定期的に休息を取っているとはいえ、ほぼ一日山道を歩いたのだから当然の事だった。

「着いたぞ」

 先頭の青年の一言で子供達の間の空気が緊迫したものに変わる。

 全員立ち止まり、眼下に広がる町を見下した。

 まだ昼だというのに町には人通りがまったく無い。

 その静寂の中、攻撃は唐突に始まった。

「撃て」

双極(そうきょく)(ほのお)よ、我に力を――スパイラルフレア」

 あらかじめ決められていた通り、合図と共に赤毛の少女が詠唱を始め、螺旋を描く炎を一直線に眼下の町まで放った。

 風の深術を混ぜられたそれは木々を焼き払い、枝を吹き飛ばしながら進み、町で一番大きい倉庫のような建物にぶつかり爆発した。

 激しい振動音からしばらく経つと、爆発の衝撃で穴が開いた倉庫から武装した町民が戸惑った様子で何十人も飛び出してきた。

 数十mの距離がある子供達の居場所は下からはすぐに気付けないらしい。

(武器を持ってる、ってことはやっぱり情報は本当だったってこと)

 だから自分は間違っていない、必死にクロウは自分にそう言い聞かせた。

(とにかく今はそんなことを考えている場合じゃない。だから集中しなきゃ)

 予定ではクロウとレインは後方支援、フレット、ルオン、それに赤毛の少女達が向かってきた町人を迎撃することになっていた。

「はっ、滅せよ(いかづち)(やいば)――サンダーブレード!」

 まだこっちの事もほとんど認識していない町民達の最中に、フレットが発動させた剣の形をとった雷が落ちる。

 雷は触れたもの達を焦がし、悲鳴を上げさせた。

 仲間達がいきなり倒れたのを見て、残った人々も自分達が攻撃を受けている事にようやく気付き、斜面の上の襲撃者達に殺到する。

氷塊(ひょうかい)よ、舞え――アイストーネード」

 次いでルオンが起こした氷と竜巻に向かってきた町民の一部も吹き飛ばされた。

 深術による猛攻を続けると町民の何割かは町の方へ逃げ出したが、尚も一部は向かってくる。

 あと少しで町民の先頭が、ルオン達に達するというところで、子供達も接近戦に切り替えた。

 フレットは素手のままだが、自分の周囲に雷の鞭を作り手足のように操っていた。

 ルオンは弓を使い、相手との距離を離そうとする。

 クロウはこの間に準備を始めた。

 なるべく多くのディープスを集束し山の斜面を崩せるだけのエネルギーに変えるという自分の役目を。

 闇のディープスが全員の頭上に球の様に集まり始める。

「はっはは」

 フレットには武器が無くても関係無い様で、町の大人たちは彼に近づくことさえできずに手から武器を弾き飛ばされ焼かれていった。

「全員退け!」

 クロウがディープスを制御ギリギリまで集束したのを確認して、シビルは全員を山の上のほうへ登らせた。

(あとはこれを解放するだけ――)

「うぁぁああっ!」

 突然、一人のスプラウツ側の少年の足に町民の誰かから放たれた矢が刺さり倒れた。

 終始スプラウツが主導権を握っていたこの戦いで、怪我人はまだ出ていなかったが、ここに来てレインが動いた。

 レインの役目は治癒術を使うこと。

「待ってて、すぐ助ける!」

 そう言うと、他のみんなとは逆に山を下り始めた。

(!今ディープスを解放したらレインまで……まだ抑えていな――)

 クロウはその時、今にも手から零れてしまいそうな大きな力を支えていた。

 集中を失えばその力は暴走する。彼女がそう思っていた力がふっと消えた。

 誰かが自分の上から重いものを取り去ったかの様に、彼女の手の中から感覚が消失する。

 

 

 クロウは一瞬何が起こったのか分からなかった。

「はは、ははははは。すっげーな」

 大きな黒い雷が落ちて地面を砕き、目の前で爆発が起きて何も見えなくなった時クロウはやっと気付いた。

 フレットが集束させたディープスを解放したのだと。

 術に変換する前の段階のディープスを、フレットが自分の物として集束(コレクト)して。

 普通ならそんな事はまず出来ない、術士がコントロールしているディープスに他の術士が干渉する事など。

 けれど制御ギリギリの状態を保っていたクロウにはそれを防ぐ余裕が無かった。

 その力はすさまじく、足元の地面すべてが振動しているのがその場にいる全員に分かる。

 目の前で山崩れが起きているのだ。

「レイン……?」

 微かなクロウの呟きは地鳴りによって打ち消されてしまった。

 

 彼女はどのくらいそうして立っていただろう。

 気が付くと辺りの景色はすっかり変わっていた。

 辺り一面全てが土と木で埋まり、町民もカトマスの町もレインの姿もどこにも無かった。

「嘘……」

 クロウの全身から力が抜けていった。

 あまりにあっさり、悲鳴すらなくレインの姿は消えた。

 クロウはその場に膝をついて、うなだれた。

「レ…イン?…レイン?」

 信じられないと言う様子でルオンは、普段発することが無いくらい大声で叫んだ。

 気が狂ったようにただ叫び続けるルオンに、クロウはどんな優しい言葉もかけてあげられなかった。

 そんな二人の様子を見ていたのか、いなかったのかフレットが笑い始めた。

 シビルがその首を締めあげる。

「貴様!なぜこんなことをした!」

 それでもフレットは笑っている。

「いや、別に予定どおりだろ?あれ以上待って逃げ出されたり、ここまで到達されてたら間に合わなかったんだぜ?」

「二度と、二度とするな!」

 それ以外のメンバーは撤退しはじめ、最後にクロウとルオンだけが残された。

 

 

「ここにいつまでもいるのは危険だ、お前達も早く退くぞ」

 

 シビルの声は、クロウ達の耳に入らない。

 ルオンもクロウも返事をしなかった。

 現実を受け入れられず、誰のことばも聞こえなかった。

 シビルにもそれが分かったのか、ルオンの手を掴むと強引に立たせて連れていこうとし、クロウにも手を伸ばす。

 が、シビルは違和感を感じてその手を止める。

「……レイン」

 クロウは正気を取り戻していた。

 ゆっくりと立ち上がり、詠唱する。

()(すさ)魔狼(まろう)咆吼(ほうこう)……無数の槍となり砕き尽くせ――ブラッディハウリング」

 クロウを中心に無数の闇の狼が次々に荒れた大地を突き破り、広がっていく。

 シビルはルオンを連れてとっさに下がる。

 そうしていなければシビルは闇に引き裂かれてしまっただろう。

「何の真似だ!」

 シビルが怒ったように叫ぶ。

「私は……もうあなた達のところには戻らない」

 広がっていく闇の中心からクロウも叫び返す。

「こんなことをして何になる!スプラウツを抜けてどうする?」

 広がっていく闇から一歩ずつ離れながら、シビルはさらに叫ぶ。

「私はレインを見つける。もう、あなた達のところには戻らない!」

 シビルは下がり続けたが言葉が届くのももう限界だった。

 これが最後だと思いながら、シビルは全力で叫ぶ。

「スプラウツの他にお前の居場所などない!どこにいこうといずれお前は必ず孤立する!」

 一瞬の沈黙。

「それでも構わない!二度と私の力で人は殺させない!」

「チッ、仕方がない。全員一旦退くぞ!町民の生き残りの確認は後だ」

 クロウを連れて帰るのは無理だと判断したのか、シビルはルオンを担ぎ撤退を始めた。

 

 そしてクロウは一人になった。

 闇の中心で一人、ひたすら大地を破壊させ続けた。

 次々に現れ、いとも容易く大地を砕いていく闇の狼の群れ、そしてその中心に一人立つ少女に近づこうとする者は居なかった。

 ――あるいは生き残った町の人間の中に、彼女の姿を見た者が居たとしてもクロウはそれに気付きもしなかった。

 どれ程の時間そうしていたのか。彼女は長かった気も、すぐだった気もした。

 クロウはようやく砕け散った大地の残骸からレインの体を見つけた。

 狼達は次々に大気へと還っていく。

 そして、クロウはレインと二人だけになった。

 彼女は歩いてレインの傍に行くと、その場に屈み軽くその手を握る。

 横たわる少女のその手にもはや温もりは無く、彼女の知るかぎり誰よりも優しく、時に明るかった少女の目にもう光はなかった。

(せめて……レインが安らかに眠れますように)

 クロウは生まれて初めて祈った。

 そして、レインの目を閉じさせてやった。

「ごめんね」

 彼女の目から自然と涙が零れた。

 この涙が彼女を癒す力を持っていたらどんなに良いだろうと、クロウは思ってしまう。

 そう思っても、そんな力は彼女の涙には無かった。

 どれほど悲しんでも、悔やんでもレインはもう戻ってこない。

 一方通行の力はレインの命を奪う事は出来ても、それを呼び戻すことはできなかった。

 クロウは斜面にレインを埋めて、なるべく綺麗で大きな石を置き簡単なお墓を作った。

 いつかこんな簡素な墓は無くなってしまうかもしれなかったが、せめて何かを残したくて彼女は石を彫る。

 

 

 

 その後、クロウはゆっくりとその場を立ち去ると、どこへともなく彷徨った。

 その場所から、スプラウツから、少しでも離れるために。

 初めこそ空腹も疲れも感じなかったが、歩くうちそれは堪え難くなっていった。

 林の中を歩いた様な、川の中を歩いた様な、どこをどう歩いたか彼女は自分でも覚えていなかった。

 思考も感覚も、疲れと虚無感が全てになっていき、

 

 そうして体力が尽きかけた頃、彼女はようやく民家を見つけた。

(あと少し……)

 しかし、気が抜けてしまったのかあと一歩で戸口という所で、クロウの体力はついに限界を迎え倒れた。

(私……このまま死ぬのかな)

 意識が段々と遠ざかる中、彼女はそんなことをぼんやりと思った。

 

 ――――――――――

 

 次に目を開けたとき、最初にクロウの目に入ったのは木でできた屋根だった。

(ここは、スプラウツじゃない?)

 彼女はしばし記憶が混乱し、天井の木目をじっと見つめている内に倒れるまでのことを思い出す。

 自分が自棄になっていた事と、そうなった理由を。

(レイン……)

 自分の意識の混濁が現実逃避だと気付いて、クロウは自己嫌悪に陥りそうになる。

「気が付いた?」

 クロウがベッドの横を見ると、少女が少し不安そうな顔で彼女の方を見ていた。

 少女はクロウが初めて見る服装――頭から被るのでもなくボタンで止めるでも無い、一枚の布を縛って着ている様な変わった服装をしていたがそれは彼女の風変わりな黒髪に似合っており、その表情に敵意は無かった。

 それを確認するのと同時にクロウは、自分がベッドに寝かせられていたことに気付く。 

「あの、ここは?」

 クロウは警戒心を捨てたわけではなかったが、不安そうな少女をあまり威嚇しない様になるべくそれを隠して声をかける。

 その努力の甲斐あってか、少なくとも相手も自分と然程変わり無い少女だと安心したのか、黒髪の少女も笑顔に変わりクロウに話し掛けてくる。

「ここは私たちの村だよ、すぐにご飯ができると思うから待ってて」

 いまいち返事になっていないとクロウは思ったが、とりあえず安全らしいことは理解する。

 それに安心したというか力が抜けて、クロウはふうっとため息を吐いた。

(しばらくはここに居ることになりそうだね)

 目の前の事に集中するにはあまりに疲労が重なりすぎていたクロウは、一先ず自分の置かれている状況を受け入れる事にした。

 

 クロウがここに来てから二週間。

 拾われた子の家は娘、母、父の三人暮しだった。

 初めはどうしても馴染めずほとんど喋らなかったクロウだが、比較的年の近いハクのお陰で少しずつ家族と行動を共にするようになっていた。

 クロウはとりあえず今『家出している』ということにし、あまり詮索されたくないと身元は誤魔化していた。

「おはよう、クロウ」

 今日の朝も彼女が借りているベッドに黒髪の少女――ハクが彼女を起こしに来る。

「おはよう」

 重たい目蓋をこすりながら、クロウもハクに挨拶する。

 最初の内は興味半分、怖さ半分の様だった彼女は時間が経つにつれすっかりクロウに懐いていた。

「今日も朝ご飯を食べたら裏山に行くって、クロウはどうする?」

 それを聞いてクロウは少し悩んだが、すぐに頷く。

 この村に住む人間は皆、裏山での採集から食料を得て自給自足で他の町から孤立して生活していた。

 それに髪、髪の色がみんな黒のものばかりだった。

 自分のは濃い紫の髪で、さほど周りとの違いは気にしていなかったが、村の知らない人間はクロウのことを見て驚いた表情をするものもいた。

「勿論、迷惑じゃなければだけど」

 遠慮がちにクロウが聞くと、ハクは気にせず笑顔で応えた。

「今は少しでも人出がほしい時期だから、クロウがいればお母さんもお父さんも大助かりだよ」

 屈託の無い笑顔につられてクロウも少し笑う。

「そう、なら良かった……」

 

 ――――――――――

 

 朝食を食べるとハクの一家は家のすぐ裏手にある自然の豊富な野山に入っていった。

 今日は茸や木の実の採集が目的だ。

 クロウも片手に鎌を持ち、背中に籠を背負って野山を進む。

 この山は本当に自然が豊富で、茸も木の実もすぐに集まった。

「見てみてクロウ!あれはベニテングダケっていって綺麗だけど毒きのこなんだよ」

 真っ赤な毒きのこを見て興奮するハクを母親がたしなめる。

「ほら、ハクあまり変なものに触って病気にならないでね、クロウちゃんも」

「は~い」

 そう返事をしたハクはクロウの手を引き、ベニテングダケのそばから去る。

「あの、引っ張るなとは言わないけどあんまり走ると転ぶよ、ハク?」

「平気平気!――って、うわわあ」

 注意するのとほとんど同時に木の根に足を引っ掛けて地面にダイブしかける彼女を、クロウはしっかりと支える。

「ほら、平気だったでしょ?クロウがいるもん」

「私、刃物持ってるからそんなにアテにされると困るよ……とにかく、気をつけてね」

 何もかも当たり前の様だが、クロウにとってこんな風に心配し合えたり、楽しくしゃべり合えたりする――家族というものはとても新鮮で暖かかった。

 傍から見たらぎこちないものであっても、それでもクロウは誰かの監視も無く一緒に過ごせる時間に、今まで感じた事の無い気持ちを感じていた。

(……こんな妹がいたら楽しかったかも)

 ハクに手を引かれながら歩き、クロウはそんなことを思った。

 

 太陽が南中になり昼になる頃、ハクの父親が作業の手を止めた。

「大分集まったことだし、そろそろ戻って昼食にしようか」

「そうね、じゃあ引き返しましょうか」

 普段なら家族はこんなに早く作業を切り上げたりはしなかった。

 正午でやめるのは、クロウが汗だくで今にも倒れそうだったからだ。

 そう思うとクロウは申し訳ない気持ちでいっぱいだったが、同時にどこか嬉しくもあった。

 四人はハクの父を先頭に来た道を引き返す。

「最近あんまり見ないけど、帰りは鹿とか居ないかなあ」

 ハクが口にしたその時、

 

 グオオオオッ!!

 

 ――突如茂みを咆吼が駆け抜けた。

 一家全員が身を固くし、身構える。

 目を凝らすと数頭の熊型のモンスター、エッグベアが目を光らせこちらに向かって歩いてきていた。

「エッグベア!?みんな、村まで走って戻るんだ!」

 その言葉を引き金にクロウ達四人は全速力で走りだす。

 獲物が逃げたことに気付き、モンスター達も走りだす。

 ハクはクロウに近付き、腕をぎゅっと掴んでくる。

 普通は山の中とはいえ、モンスターなど見かけることは少ない。

 ましてや複数など尚更だ。

 近頃はモンスターが増えているという噂をクロウも耳にしたことはあったが、本当に遭遇するとは思っていなかった。

 ハクも、皆もきっとそうだったのだろう。

 幸い、村までの距離はそう遠くなく、何とか逃げ切ることができた。

 大急ぎでハクの両親は村中の家の扉を叩いて回る。

「すみません!!誰かいませんか?モンスターが!!」

 ハクの両親は必死で叫び、叩き続け、

 そのせいでハクに近づいていた影に気が付かなかった。

「きゃああ!」

 エッグベアの爪が動き、ハクの服が裂け、白い腕が露になる。

 それに気付いた村人達が助けようと動きだすのが、クロウにはスローモーションのように見えた。

 村人達は間に合わない。

 このままではハクは殺されてしまう。

(もう、私のせいで誰が死ぬのも嫌……一撃で、確実に仕留める!)

 クロウはためらわなかった。

 

 クロウの目が黒く染まり、周囲の殺気が瞬間的に高まる。

「引き裂け刄よ――シャドウエッジ!」

 クロウの言葉と共にエッグベアの足元に闇のディープスが集まる。

 それは三日月型の刄になり急上昇して、エッグベアを引き裂いた。

「――ブラッディクロス!」

 刄に続き、地面から次々と黒い粒子が吹き出す。

 その一つ一つは黒い粒子にしか見えなかったが、全て闇のディープスが固形化したもので、高速で吹き出すことでエッグベアの全身を貫いた。

 そしてそれは空中で拡散してエッグベアの血液と混ざり、十字架を形作った。

 断末魔の悲鳴を上げることすら許されず、エッグベアだった肉体は地に落ちた。

 一瞬のことで誰も言葉を発しなかった。

 が、やがてハクが静寂を破った。

「今の……クロウが……?」

「うん……それよりハク怪我は――」

 クロウは最後まで言い切ることができなかった。

 直後に、町の何人かが上げた悲鳴にかき消されたからだ。

 そのほとんどは聞き取れなかったが、一つだけ彼女の耳に届いた単語があった。

 

「化け物」

 

 その意味を理解すらできないうちに、今度はクロウは両手を複数の大人に掴まれ、近くにあった木に縛り付けられた。

 クロウは意味が分からなかった。

 どうしてこうなるのか?

 ただハクを助けただけで。

「ハク……怪我は無い?」

 縛られながらもクロウはハクの身を案ずる。

 だがハクは答えなかった。

「ねぇ、大丈夫?ハク!」

 語気を強めてハクに再び尋ねると、ハクは怯えたように一歩後ずさってクロウを見た。

 

(どうして答えてくれないの?

 何でそんなに怯えるの?

 そんな目で私を見ないで……

 私を恐がらないでよ……)

 

 目の前のハクの態度に衝撃を受けていたクロウは、別な男が持ってきた棒を見て現実に引き戻された。

 それで何をするのだろう、とぼんやりとした疑問が頭に浮かんだ。

 次の瞬間、彼女の右頬に鈍い痛みが走り今の棒で殴られたことを理解する。

 

(……どうして……?

 私が、……私が何を?

 確かにハクの身を守るためとはいえ、少しやりすぎだったかもしれない。

 でも、だからといって私が村中を敵に回すほどのことじゃないでしょ?

 殺さなければ、ハクが殺されていた。

 痛い、

 痛い……やめて

 私を殴らないで)

 

 痛みでどれだけ殴られたかも分からなくなったとき、突如、クロウを殴る手が止まり、沈黙が辺りを覆った。

 何事かと思い、クロウは自分をよく見てみる。

 何度も殴られあちこちにアザが出来、服も一部がはだけていた。

 そして気付く、みんな自分の右腕を見ているのだと。

 それはあまりに異様だった。

 初め、それを見た者は目を疑うだろう。

 普通の少女の白い肌が右腕と肩の所で途絶えている。

 そこには『何も』見えなかった。

 透明ではない、あらゆる光がそこからは見いだせなかった。

 クロウの右腕には『闇』が同化していた。

「きゃあああああ!やだ、化け物!!」

 ハクの――短い間ながら家族とさえ思った少女の叫びを聞いてクロウはすべてを理解した。

 

 自分はハク達のように平和な世界で生きている人間とは違うのだと。

 

 自分に歯向かう生き物を殺しても何とも思わない自分と、ハク達のような人間は違うのだと。

 

 そう思った途端、クロウの瞳から涙が溢れた。

「う……うっ」

 嗚咽を堪えることはできなかった。

 殴られても、流れだす事のなかった感情がクロウを強く打ちのめした。

 

(私は誰とも違う

 他人と相容れない存在なんだ)

 それを、クロウはハクの叫びで理解した。

(私はひとりだ

 いつまでも

 多分、死ぬまで……)

 

 そう思うと、クロウは急にどうでもよくなった

 目の前の相手が剣を振り上げるのが、彼女には見えた。

 

(私、死ぬのかな

 死んだら……またレインに会えるかな?

 そうしたら、ひとりじゃない?)

 

 そんなことを考えながらクロウは瞳を閉じた。


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