TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

13 / 122
第八話 海の彼方へ

 エッジ達はひとまずマーミンの町に戻り、馬車を出してくれるように頼むことにした。

 正気を失っていたとはいえ怪我をさせてしまった以上、賞金稼ぎ達にはきちんと捕まえて貰った上で治療してもらう必要があった。

 再びクロウは一人で行くと言いだし、太陽も傾きはじめていたので、エッジとアキそしてクリフは仕方なく宿屋で待つことになった。

「……」

 今エッジは部屋の中で壁によりかかりながら、深刻な顔をして塞ぎ込んでいる。

「どうかしたか?」

 やや心配そうな顔でクリフがエッジの顔を覗き込んでくる。元はといえばクリフが勝手に部屋割りを決めてしまったせいなのだが、彼がそんな事を知る筈も無い。

 エッジは、アキとクロウを二人きりにするのは今まで極力避けてきたが、ここに来てそれが裏目に出る。

 二人きりにした場合どうなるのかエッジには分からなかった。

(かと言って俺が女部屋がいいとは言えないし……)

「ごめん、悪いけど、少し一人にしてもらえるかな?」

 そう言ってエッジは、クリフを置いて部屋を出た。

「え、俺……嫌われてんのか?」

 クリフは訳が分からずその場に立ち尽くした。

 

 エッジが部屋を出たのは一人になりたかったからでもあった。

 クリフから離れたことで、洞窟での光景が彼の前に再び蘇る。

 エッジが覚えているのは二人目を斬ったあたりまでだった。自身の手をぼんやりと見つめながら彼は思う。

(俺は……一体何をしていたんだろう)

 人を斬った。

 言葉にするのは簡単だった。

 だけど、それは本当に正しかったのだろうかと考えると、エッジは今どうしても首を縦に振ることができかった。

 

 自分が戦わずに、クリフたちだけに戦わせた方が相手の怪我は少なくて済んだのではないだろうか。

 しかし、それで万が一クリフ達が負けたら、皆殺されていたのではないだろうか。

 そうなったら、あの狂気はこの町全体に被害を出していたのではないか。

 そう思うと、今度は他に選択肢は無かったのではないかとも思えてくる。

 ――同時にそうやって逃避している自分にもエッジは気付く。

 何度もそんな問いを続けるエッジが気が付くと、クロウが宿に入ってきていた。

「どうかした?」

 その声にほんの少しだけ心配するような響きが含まれている様にエッジは感じた。

「!」

 慌てて顔をあげたエッジはクロウの顔を見ると、いつも通りの冷ややかな目をしたクロウだった事に安堵した。

 他人にまで見透かされていたら、どんな顔をしていいのか彼には分からなかった。

「いや、何でもない……馬車はどうだった?」

「本当に賞金稼ぎが来ないのかどうか確かめてからだって。明日には行けると思うよ」

「そうか……」

 そこでクロウが訝しむような表情に変わる。

「ところで何でこんな所で待ってたの?」

「実は……」

 嫌々ながらエッジは(アキのことにはなるべく触れないように)クリフが一緒に二つの部屋をとってしまい、部屋分けをどうするか困っていることを話した。

「勝手について来ただけだし、あいつ一人にしておけば?」

「……いや、さすがにそれは可哀相じゃないか?」

 微かにクロウはエッジを睨んだが、やがて投げ遣りな口調で答えた。

「じゃあ、もうくじ引きとかで良いんじゃない」

 エッジはそんなと反抗しかかったが、今はどんないい加減なアイディアにも縋らざるを得ないぐらい疲弊していた。

 

 結果。

 

「何でこうなるんだ?」

 不思議そうな顔をしてクリフが隣のベッドのクロウに聞く。

「……知らない」

 不機嫌そうにクロウは答える。

「大体何で部屋割りわざわざくじ引きで決めるんだよ?ガキじゃあるまいし」

「何?くじ引きで決めたら悪い?」

 半ばキレ気味にクロウは隣の青年を睨み付ける。

「いや、部屋割り自体は俺は何でも良いけどな。ただ、そこまで悩むなら別に部屋訳無くても良いんじゃねえかと思っただけだ」

 まるで気にしていない様子で、クリフは両手を頭の後ろで組む。

(……欝陶しい)

 クロウはこういう喋ってばかりの人間が大嫌いだった。

 心の中で毒づきながら、クロウは布団をかぶる。

「もう寝るのか?」

「うるさい」

 一言で切り捨て、彼女は壁の方に寝返りを打った。

 と、思うともう一度顔だけを捻るようにしてクリフの方を向き、言った。

「それと、私から五歩以内に入ったら殺すよ?おやすみ」

 それだけ言うと首を元の方向に戻し、クロウは強制的に会話を終わらせた。

 

 ――――――――――

 

「……」

 一方のエッジ達の部屋の雰囲気は重々しかった。

 エッジがアキと二人になったのは、今日この町に着いて、突然謝られた時以来だった。

 アキはベッドに腰掛けて俯いたままだ。

 何と声をかけようかエッジが迷っていると、アキの方から視線を下に落としたまま話し掛けてくる。

「エッジさんは……大勢の人の為なら、数人に迷惑がかかっても良いと思いますか?」

 突然すぎてエッジはアキの真意をはかりかねた。

 今日の事を言っている様にも聞こえるし、そうでない様にもとれる。

 エッジが答えないでいると、アキはさらに言葉を続けた。

「例えば……罪人を捕まえるためなら騙したり、罠にはめたりしても良いと思いますか?」

 エッジはすぐには答えなかった。それはアキにとって、とても大事な問いのような気がしたからだ。

 なるべく言葉を選んで慎重に答えるエッジ。

「俺は、もしその罪を犯した人を放っておいて、更に誰かが傷付くならそういう手段を使うのも仕方がないと思う……ただ」

「『ただ』、何ですか?」

 興味を引かれたのか、アキは顔を上げてエッジの方を見る。

「俺はそれでも騙された人は可哀相だと思う。本当は間違ってないんだろうけど」

 しばらく沈黙があったが、やがて独り言のようにアキが呟いた。

「……優しいですね、エッジさんは」

 そう呟いたアキはどこか寂しそうだった。

「――え?」

「いえ、何でもありません。おやすみなさい」

 何を言ったのかエッジには分からなかったが、アキはそれだけ話すとベッドに潜り込みエッジに背中を向けてしまった。

「おやすみ」

 仕方なくエッジもベッドに横になる。

 横になると洞窟でのつかれのせいか、エッジはすぐに深い眠りに落ちていった。

 

「……ごめんなさい」

 眠ってしまったエッジの横顔に向かって、アキは何度目か分からない、届かない謝罪を呟いた。

 

 翌朝。

 エッジ達は宿で朝食を取ると、すぐに馬車を手配してもらった。

 早く港に行くことができると思えば、喜ぶべきなのかもしれないがクロウもエッジも疲れでそんな気分では無かった。

 思った以上に町は緊張状態だったようで、よく見れば昨日と人通りの量が全然違う。

 感激した町長が礼を言ってきたが、その相手はクリフがしてくれたのでエッジ達は無理に笑顔を作って対応せずに済んだ。

 馬車に乗ってからしばらくして、ようやくエッジが口を開く。

「昨日はよく眠れたか?」

「誰かさんが邪魔だったくらいでよく眠れたよ。で」

 エッジの質問に答え、クロウは隣の席に座っているクリフに目を向ける。

「何であんたついてきてるの?」

 当然のように座っていたクリフが当たり前のように答える。

「行く方向が同じだから別に良いだろ?」

「駄目」

「まあ乗っちまってるモンは仕方ねぇし、気にするな」

 そう言うとクリフは窓の外の景色に見入ってしまい、一言も話さなくなった。

 クロウは今にもクリフを馬車から突き落としかねないような不機嫌な表情で隣の席のクリフを睨む。

(……しばらく騒がしくなりそうだな)

 クリフは常に自分のペースで動いているようだ。

 しかし、自分の隣でクリフと同じく窓の外を遠い目をして眺めているアキを見てエッジは思った。悩みが打ち明けられなくても、束の間でもアキの気が紛れるならそれでも良いかもしれない、と。

 クロウはかなりご立腹の様だが、少なくとも彼が一緒の間はアキと険悪な空気になることも減るだろう。何だかんだでクリフの存在は必要かもしれない、とエッジは結論付けた。

「まあ、それなら良いか」

「何か言った?」

 思わず漏れた独り言をクロウは聞き逃さなかったらしい。

「いや、別に」

 今のクロウがこの考えを聞いたらきっと怒るだろう、とエッジは思う。

 クロウは一瞬腑に落ちないという顔をしたが、すぐにどうでも良くなったのか窓の外に目を向けた。

 この狭い空間の中では出来ることも限られる。

 エッジの目も自然に窓の外へと向けられた。

 それからはクリフが時折する質問以外は話らしい話もせず馬車に揺られながら、四人は港に着くのをひたすら待った。

 

 ――――――――――

 

《クーバ港》

 

 港に着くとエッジ達は馬車の御者に礼を言い、船を探した。

「どの船に乗れば良いんだ?」

 港に停泊している船を見回しながらエッジが聞いた。

「王都シントリアを目指して中央大陸に行くなら確か、ブレカス港行きが一番近いはずです」

 と、アキが答える。

「分かった」

 とは言ったものの船に行く先は書かれていないので、四人はこの港で荷物の運搬をしている人達に聞いて探した。

 そのせいかようやくブレカス港行きの船を見つけると、彼らの中には小さな達成感が生まれていた。

 が、

「ブレカス港行きの船は四人で4800ガルドになります」

「……ある?」

「……いや、無い」

「……ええと」

 エッジ達三人は誰か一人くらい持っていないのかと、互いに顔を見合わせる。

「えーっと、4800だよな、ほらよ」

 三人が困っているとクリフがガルド通貨を男に手渡した。

「え」

「ん?どうかしたか?」

 さも当然のように船に乗ろうとしながら、クリフは少し驚いている三人の顔を見回す。

「お金、良いんですか?」

 アキに質問され、不思議そうな顔になる。

「良いも何もお前ら金無いんだろ?」

「それは、そうですけど……」

 アキが三人分の戸惑いをクリフに示してくれる。

「まあいいって、気にすんなよ、別に後で金取ったりしねぇからさ」

 そう言うと、クリフは一人で先に船に乗り込んでしまった。

「案外いい人なのかもな――あ、いやちょっと喋り方はいい加減だけど」

 クロウがまた睨んできたので、あわててエッジは最後の文を付け足す。

「船、か」

 どこか憂欝そうにクロウが呟く。

「クロウは船に乗ったことがあるのか?」

「さあ」

 やはり、どこか元気が無いというか投げ遣りだ。

「もしかして、船が苦手?」

 エッジがそう言った瞬間、クロウはすごい勢いで彼を睨みつける。

 明らかに怒っていた。

「そんなわけないでしょう?悪いけど、船に乗ってる間は一人にしてくれる?」

 それだけ言って、クリフに続き船に乗り込んでしまった。

 どうやら図星だったらしい。

(クロウ、船旅大丈夫か……)

「エッジさん……?」

 彼女の後ろ姿を見ながらエッジが不安に思っていると、横から遠慮がちな声でアキに呼びかけられ振り向く。

「ん?」

 アキは沈んだ表情で俯いていた。

「エッジさんは……クロウさんのことをどう思いますか?」

 エッジはアキが何を意図しているのか分からず、困惑した。

「どういう意味で?」

「エッジさんはいつもクロウさんに突き放されてばかりなのにどうして信用したり、心配したりできるんですか?」

 しばらく考え、それからエッジは答えた。

「……ルオンに襲われた時、俺はあいつの深術を受けて全く立ち上がれないくらいひどい火傷を負って。そのまま気絶したみたいなんだ」

 アキがそれを聞いて、微かに驚いた表情をした。

 あの時は霧も同時に発生していたので、アキ自身も閉じ込められていた事を考えると知らなくても無理はなかった。

「クロウは俺を置き去りにして一人で行くこともできたはずなのに、俺の傷を治療してくれた」

 それは深く考えずにやったことかもしれない、だけどエッジはクロウの心の奥底には優しさがある、そう信じたかった。

「下らない理由だけど、クロウは本当は優しい人間だってそんな気がするんだ……少しの間だけど一緒にいてそう思った」

 アキは目を伏せた。

「それだけかな、あんまり説明になってないけど」

 話し終えてから少しだけ沈黙があった。

「わかりました。ありがとうございます」

 最後に少しだけ微笑むと、アキはそのまま船に乗り込んでしまった。

(……やっぱりまだクロウのことは信用できないのか?)

 アキの態度のことを気にしながらも、最後に残されたエッジも船に乗り込んだ。

 

 エッジはこの大陸を初めて離れること、そして自分が旅に出てからあったことを。

 

 クロウは船旅への不安とこの先に待つもののことを。

 

 アキは自分がしていること、そしてそれ故の孤独を。

 

 クリフは海を見ながら何か遠い日のことを思い出しているようだった。

 

 それぞれの想いをのせて、船はカースメリア大陸を旅立つ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。