TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第三頁 時空の剣と、深海の剣

(どうする?これじゃ本当に防御なんて出来ない……!それどころかこの至近距離じゃ攻撃術での相殺もリスクが)

 足を取られたクロウは、一秒にも満たない僅かな時間で必死に頭を回転させる。

「クロウ!」

 彼女の明らかな窮地に客席のエッジも思わず身を乗り出した。

 その焦りはクレスも同様であった様で何をするつもりか、彼は届かぬ間合いから自身の剣に手を掛ける。

 しかし、既に発動した術に誰の制止も間に合う筈も無く、グリューネの術は正にクロウの足元で炸裂した。

 (わに)の開いた牙が獲物を捉える様な動きで、一度大地から跳ね上がった鋸状の刃が弧を描いて再び地上へと振り下ろされる。

 一見避けやすい大振りな攻撃だったがこの刃も付近にあるものを引き付ける引力を強く放っており、掠りでもすれば地面との間に巻き込まれ圧殺されるのは目に見えていた。

「くっ――ビッグバン・デトネイション!」

 クロウは咄嗟に自身の両足と地面の隙に向けて宝珠の力を出鱈目に解き放つ事で、無理矢理そこから上へと逃れる。

 暗闇が彼女の足を引きずろうとする引力を、過度に圧縮された第二属性元素の爆発によってクロウは振り切った。

 しかし、その代償にただ身体を浮かすだけには強すぎる反動を受け、彼女の身体は木の葉の様に高く宙を舞い円形の闘技場より更に上まで飛ばされる。

「あれ、深術で自分の身体を!?」

 人間離れした動きを見せるクロウの姿に、エッジは深術の応用で身体の動きを加速させたり、技の威力を上げたりしていた兄の事を思い出す。

 しかし、それを聞いたラークは険しい表情で首を横に振った。

「いや、あれはブレイドみたいにしっかり反動に耐えられる肉体が出来上がって、適切に術の威力を調整して初めて出来ること。それをいきなり闇の宝珠の出力でやるなんて無茶だ!」

「あぁ、っぐ!」

 無理な動きで姿勢を崩したクロウは、脚の筋肉が裏返る様な痛みに空中で思わず呻く。

 が、彼女に怯む暇はなかった。このままいけば背中から地面に叩き付けられ自滅するのは目に見えている。

 顔は引きつり、息は苦しい。

(……でも、まだ生きてる)

 クロウの内からは何故か感じた事の無い高揚感が込み上げた。

 この相手は強い。

 今の彼女では敵わない程に。

 唇から、クロウ自身気付かない内に笑みが漏れる。

 後が無い状況に開き直り、遥か眼下の相手が展開している水のヴェールをクロウは落ち着いてもう一度観察する。

(あの水膜……厚さは大したこと無いけど、表面はラーヴァンの術を弾く程速く中心部から外縁部へ向かって流れ続けてる。けど、最初の発動から追加で術を発動してる素振りは無い……もし、あの水が循環してるだけなら流れを滞らせる事が出来れば)

 

 ふと水膜越しに、中空の彼女とグリューネの視線が交差する。

 グリューネの瞳には予想外の動きに対する焦りは見えない。

 ただ落ち着いて自分を観察してくるその様に、クロウは試されている様に感じた。

(勝ちたい、この人に!)

 身体が落下に転じ始めたのを感じながら、クロウは一か八かの反撃に出る。

「凍り付け――マーシレススパート!」

 槍でも鞭でも無く、温度を奪う目的で高濃度の黒霧を発生させるクロウ。

 闘技場の中央部全体が覆われた事で観客席からは一切が分からなくなるが、闇属性のディープスを自分の手足の様に扱えるクロウと、水のヴェールで自分の周囲の視界を確保しているグリューネの二人には然したる障害にならない。

 黒霧は水幕と触れ合った途端その表面を白く凝固させ凍らせるが凍結の速度以上に水の流れが速く、氷となった部分はそのまま闘技場の壁に叩き付けられて水の流れの一部を滞らせるに留まった。

「それだけでは破れませんよ」

「それでも、流れは遅くなった」

 間髪入れずにクロウは追撃をかける。

 自身の落下軌道上に三本の黒槍を並べて生み出し、角度を少しずつずらして打ち出した。

 一射目の先端が水の防壁に食い込み槍の周囲を氷結させるも、完全に貫通するには至らず水の勢いに負けそうになる。

 そこへ立て続けに第二、第三射が前の槍を砕きながら押し込むようにして同じ場所に突き刺さった。

 一射毎に水幕の表面が白く円形に凍てつき、同時にひび割れも音を立てて増えていく。

 それによって水の流れが緩やかになったことで氷結の速度は加速し、最終的に氷のカーテンと化した水のヴェールは到頭(とうとう)自重に耐え兼ねてクロウの攻撃した箇所から崩れ落ちる。

(これで攻撃が通る)

 けれど、相手もただ手を(こまね)いて待ってはいなかった。

 グリューネが防御を失うのと同時に気味の悪い囁き声が、クロウに四方から迫る。

 着地したクロウもまた今度は反撃が来るのを予期しており、それを真っ向から迎え撃つ。

「「ブラッディハウリング」」

 虚空から押し寄せる死霊達と地から湧き出す魔狼の群れ、二つの咆哮は互いを呑み込もうとして果たせずクロウの周りを囲う形で拮抗する。

 単純な正面からの突破力では宝珠アスネイシスの力を借りたクロウの狼の群れが上回っていたが、グリューネの呼び出した怨念は一度蹴散らされても怨嗟の声と共に自分達を食い破った魔狼にしつこく追い縋り背後や脇から引きずり込み消していく。

 同じ名前の似通った術であっても二人の操る力は大きく性質が異なっていた。

 クロウの操る闇は霧、槍、鞭、壁……と一見変幻自在に見えてもその実、全て冷気を帯びた元素の動きを事前に決め、濃度を変え計算して動かしている。彼女の操る「深術」は論理的で規則的な「技術」だった。

 それに対してグリューネの操る闇は術ごとに全く異なる面を見せる。

 引力を持って引きずり込もうとしてきたかと思えば、精神を蝕む妖しさを見せ、深術士(セキュアラー)の術では不可能な意思を持った動きで迫る――変幻自在のそれには「闇」というよりむしろ「呪い」という言葉の方が適切だった。

 

 両者の術のせめぎ合いは互いに持続時間の限界を迎えた事で自然消滅する形で終わりを迎えるが、その時には既に二人は次の術の詠唱に移っていた。

(ちい)さき()よ、(ほろ)びの本懐(ほんかい)()げるか……」

暗澹(あんたん)たる(やみ)よ、(われ)(みちび)(つばさ)となれ……」

 グリューネの流麗な詠唱に一息遅れて、急き立てる様なクロウの詠唱がそれを追う。

 

 未だ視界晴れぬ状況に観客(ギャラリー)は不安を募らせる。

 闘技場中央部を積乱雲の様に覆っていた黒い霧は時間の経過で緩やかに観客席へと広がり、全員を冷え冷えとした靄で包んでいた。

 徐々に薄くなってはいてもその分広域へと拡散した闇で、明るい夜空より下は見通す事が叶わない。

 時折聞こえる硝子の砕ける様な音や、風が上げた悲鳴の様な奇怪な物音が、見守る彼等の嫌な想像を一層煽る。

 それでも皆がじっと静座しているのは、対峙する二人の瞳の中に垣間見えた熱が純粋な決着以外の結果を拒んでいたからだった。

 そうして誰もが霧が晴れるのを待つ中で、ふとクリフが上方の異変に気付いた。

 森の中の闘技場より遥か上空、綿雲よりもずっと高い天辺の空が割れ、一見何もない空気が真の虚空によって断層の様な裂け目を晒す。

「俺の目、おかしくなっちまったのか?」

 

天界(てんかい)審判(しんぱん)ここに()()まさん――ゴッドプレス」

 精巧に模された巨大な人の手か、或いは真に異なる(ことわり)の中にある神そのものの力の具現か。それに比すればあまりに矮小なクロウの背丈目掛けて、空の裂け目から紅蓮の腕が振り下ろされる。

「――飛翔せよ、ラーヴァン!!」

 それに対して辛うじて詠唱を間に合わせたクロウの元から巨鳥が飛び立つ。

 空気から形作られる様に出現したそれは寸刻を惜しむよう実体化する間にも上昇を開始しており、少しでも彼女から攻撃を遠ざけようと落ちてくる掌に向かって突進する。

 空と地とのちょうど中間で両者の術は激突し、その衝撃は巨鳥(ラーヴァン)と感覚を一部共有しているクロウの息を詰まらせた。

(何て、威力……!純粋な力押しでもここまでなんて)

 立場が逆ならば二つの術は拮抗したかもしれなかった。

 先んじて万全の状態で術を発動したのがクロウなら。

 相手より上から仕掛けたのがクロウなら。

 けれど、現実にその両方で一歩先を行ったのはグリューネだった。

 天から振り下ろされる一撃と、下からの攻撃とでは重力の恩恵が違う。

 短い時間で十分な加速を得られなかったラーヴァンの勢いは、質量に勝る神の腕によって受け止められ押し込まれる。

 「ゴッドプレス」は物理的な圧力だけで無く高熱まで帯びているのか、接触した部分からラーヴァンを構成する元素が散逸する。

(まずい、このままじゃ……意思の同調が解ける!)

 宝珠の欠片の持つディープスと、空気中から集束した闇属性のディープスの総量とが釣り合っているからこそラーヴァンはそれを依り代として動くことが出来ている。一定量以下まで実体化したラーヴァンの元素を散らされれば、その瞬間巨鳥だったものはただの大気の集合に成り果ててしまう。

 今のまま続ければ確実に押し潰される事を悟ったクロウはラーヴァンの形態を変化させる。巨鳥は上昇する為に大きく広げていた翼を最後の羽撃(はばた)きと共に折り畳ませ、真上を向かせた嘴から伸びる鋭利な流線型へとその身を収束させていく。

 ラーヴァンの側が、面での衝突ではなく一点への刺突へと攻撃の種類を変えた事で両者の術の均衡は崩れ「ゴッドプレス」は闘技場へと再び降下を始める。

 黒い矢はさながら意思を持った電離気体(プラズマ)の様にその術の中心を引き裂きながら進んだ。

 恐らくは最も力が集中しているであろう「手」の部分を貫通した事もあり、ラーヴァンが受けるダメージは減ったものの上級の術同士の摩擦はそれでも刻一刻とその身を削り、黒い羽根をその通過軌道上に散らす。

 裂かれながらも尚地上に堕ちようとする紅蓮の腕と、焼かれつつもその中心を翔る漆黒の彗星――(しのぎ)を削り、確実に互いの威力を殺ぎながらも両者の術は未だ必殺の威力を有していた。

 不意に巨鳥からフィードバックされる感覚が急速に揺らぎだしたのを感じたクロウは、あと数秒で同調が完全に解けると理解させられる。

 それでも、彼女の胸の高鳴りは止まない。

 一つ戦況を覆される度大きく跳ねる鼓動は最高潮で、今この瞬間「諦める」という選択肢はクロウの中には存在しなかった。

「降りて!」

 突如、術のぶつかり合いを回避する様に巨鳥を下げたクロウの行動にグリューネは一瞬勝負を捨てたのかと考えるが、自らへ向けて再び翼を広げて向かってくるラーヴァンの姿にそうでは無い事を悟る。

 

 二つの術は殆ど同時に落ち、辺り一帯を覆っていた霧を悉く霧散させた。

 

 

 

 

 闘技場の客席の直下、入り口のアーチから繋がる環状の空洞の中。

 かつては施設の維持に、敗者の運び出しに、或いは戦う獣の移動に使われた廊下に一人佇む女性が居た。針葉か或いは王冠を象った様な鋭利な黒い仮面、夜を纏った様なドレスの陰鬱な色の中で、空の様に澄んだ髪が却って不気味な色に映る。

 廃棄されて久しいこの空間に灯りなどは無論無く、埃と共に堆積してきたかの様な鈍い暗闇だけが場を満たしている。

 女性はその中で壁の向こうの戦いが見えているかの様にただ一点を見つめていた。

 彼女は間近に誰も居ないにも関わらず、まるで相手には聞こえていると確信している様に呟く。

「良いのか、グリューネ?この世界の滅びは確定したぞ」

 勝ちを譲られた事を訝るかの様にそう口にして、彼女は闇の中へと消えていった。

 

 

 

 

「がはっ!あっ……っう!」

 間近に落ちてきた一撃とそれが生み出した地を抉る程の爆風によって、クロウの身体は三度、四度に渡って地面を後方へと擦りながら吹き飛ばされる。

 途中で相殺を諦めた事で十分な威力を保ったまま地表へと落ちた「ゴッドプレス」は、彼女に直撃するギリギリの所で進路を変えていた。

 そうでなければ彼女は今頃古びた闘技場に穿たれた穴の底で息絶えていただろう。

 が、威力を保ったまま直撃したのはクロウの放った術もまた同様で、グリューネの居た所にも黒鳥が最後の力を振り絞って行った特攻によってさながらクレーターの様に中心が大きく窪んだ氷の山が出来上がっていた。

 そして、そこに立っていた筈の女性の姿は何処にも無い。

 観客席で静観していた仲間達もこれには流石に動揺するが、ただ一人クロウだけは何が起きたのかを概ね理解していた。

(術が当たった手ごたえが無かった。その上、向こうは明らかに手加減してた)

 互いの術が堕ちる直前。

 二人だけの霧の中で、ラーヴァンの攻撃を受ける正にその瞬間。

 グリューネは確かに微笑んだ。

 「それで良いのだ」と肯定する様に。

 グリューネが何処へ消えたのかはクロウにも分からない。

 けれど不思議と彼女は清々しい気分だった。

 終わった今になってクロウはようやく、こうして全ての力を出し尽くして他人と競ったのは初めての経験だったと気付く。

(この力は自分の力じゃないと思ってきたけど……なんだ、やっぱり使って負けたら悔しい)

 背を地面に預けたまま夜空と向き合う形になったクロウは、そこから降ってきた白い光の羽根を祝福の様に感じた。

 

 ―――――――――――

 

「本当にグリューネさんは無事なんだね」

「多分だけどね……少なくとも私にあの人は殺せない」

 先に試合を終えたクロウから場を譲られたクレスと名乗る青年は、重ねてそう尋ねる。

 彼もグリューネと名乗った女性とは会ったばかりで殆ど彼女の事は知らないらしかったが、それにも関わらずここまで彼女の身を案じるのはこの青年の実直さを表している様に思えた。

「不思議だね、根拠なんて無いけど僕もあの人は無事だっていう気がするんだ」

 そう言って屈託の無い笑みを向けてくるクレスに戸惑い、クロウは顔を逸らす。初対面の相手から向けられる信頼はどんな形のものであれ彼女には慣れないものだった。

「さて、じゃあやろうか。エッジ君」

 そう言いながらクレスは桔梗色の剣――彼がエターナルソードと呼ぶ長剣を引き抜いた。それと同時にリアトリスに肩を貸して貰いながらクロウも観客席まで下がっていく。

 一度獲物を抜いたクレスの気迫は直前までの『優しい好青年』とはまるで別人で、エッジはひしひしとその圧力を肌で感じる。

 その緊張は彼だけでは無く、仲間の中でも最も武術に秀でたクリフとラーク、護身術の範囲とはいえある程度武器を扱う心得のあるアキとリョウカ、それに戦闘時以外であまり緊張する姿を見せないルオンにまで及んだ。

 自らの手で武器を扱う者全員がクレスの無駄の無い動きから、その実力を感じとる。

 クレスの呼び掛けに、エッジは返事をしなかった。

 青年は僅かに怪訝な顔をするものの、対峙する少年の表情を見てすぐに納得する。

 エッジには既に返事をする余裕など無かったのだ。

 誰よりも間近でクレスの圧力と正面から向かい合わなければならなかった少年は、ただ逃げないこと、相手と戦う事だけに全神経を集中させていた。

(良い気合いだ)

 エッジの必死な、ともすれば堅すぎるとも言える程真っ直ぐな目を見てクレスはつい門下生を見る様で嬉しくなる。

「いくよ」

 今度も返事は無かったが、それでもクレスは何も言わずに斬りかかる様な事はしなかった。

魔神剣(まじんけん)!」

 赤いバンダナの剣士が最初に放った技に観客席の仲間達が微かにざわめく。

 勢いよく振り上げられ剣が描く正円に近い綺麗な軌道こそ違うものの、その剣から放たれた飛ぶ斬撃は紛れもなくエッジが使う技と同じものだった。

(避けるか?防ぐ?これはきっと牽制だ、下手に動けば隙を晒す……だったら!)

 迫る「魔神剣」に対してエッジは一番隙が少ないと判断した行動に出る。

魔神剣(まじんけん)・「(あお)」!」

 地面を擦り上げる様に斜めに振られた剣は、クレスの技と同様に「気」による刃を生み出し地を駆ける。

 ただ一つ違うのは深海の剣「アエス・ディ・エウルバ」の力の乗ったその斬撃は、クレスの放ったものよりずっと深い蒼に染まっていた事。

 部分的にとはいえ分解の力を帯びたエッジの「魔神剣・「蒼」」は相手の放った技を霞の様に消し去り、真っ直ぐクレス目掛けて飛ぶ。

 予想外の出来事にクレスは完全に不意を突かれ、間合いを詰めようとしていた前傾姿勢のまま無理矢理防御に移らねばならなくなる。利き腕に近い側で低く構えていたエターナルソードを身体の正面に移動させ、斜めに寝かせる事で身体の重心を動かさないままに、クレスは最小限の動きで翔んできた斬撃を弾ききった。

 そこへ、彼と同じく間合いを詰めてきていたエッジの切り上げが迫る。

「!」

 再びエッジの攻撃を防いだ剣士の驚きは、斬り掛かられた事に対するものでは無かった。

 右下から繰り出され横へと打ち払った筈の蒼い剣の側面が掠っただけで、籠手に傷が付いたのだ。

 対するエッジは確実な手応えを感じていた。

(向こうの武器を破壊できなくても、アエスの力が失われた訳じゃない。これなら、いける!)

 そうして攻勢に出ようとするエッジの身体がいきなり宙に浮いた。

(え……?)

 お互いの武器が一度振るわれた直後。

 彼を襲ったのは脚だった。

飛燕連脚(ひえんれんきゃく)!」

 一度、二度と続けて繰り出された蹴りはエッジの体を容易く中空へと跳ね上げる。

(まずい、防御を……!)

 胸と顎を強打され乱れた視界の中で、彼は手を離れかけた剣を握り締め、続くクレスの三撃目の突きを受けた。

 地上では踏ん張りが利いて止められる攻撃も、空中ではただエッジを後方へと押し流す。

 そのまま尻餅をついて乾いた地面へと落とされたエッジは、眩暈(めまい)が治まるのを待つ間もなく迫ってくる赤いバンダナの剣士の姿を認めて立ち上がる。

獅子戦吼(ししせんこう)!」

獅子戦吼(ししせんこう)!」

 またも、二人は同じ性質の技を同時に放った。

 一旦距離を置いて態勢を立て直そうとするエッジの動きに対して、それを読んでいた様にクレスも同様の技で相殺する。

 刃を遠くまで届かせるだけの「魔神剣」とは比較にならない量の圧縮された「気」は、獅子の頭を象った濁流となって相手を吹き飛ばそうとする。人体の重さなど言うに及ばず、生半可な武器での攻撃さえも無力化してしまうその技同士の衝突を制したのはクレスの放った「獅子戦吼」。

「ぐっ!」

 相殺で威力を減じさせたおかげでエッジは数歩分ざりざりと地面を後退させられるだけで済んだものの、深海の剣の力抜きの単純な膂力(りょりょく)では鎧姿の青年の方に分があるのは誰の目にも明白だった。

「それなら、これで!」

 エッジは二度目の「魔神剣・「蒼」」を放つ。

 初撃では大きな効力を上げたその技も、しかしクレスは「魔神剣」で対抗する様な事はせず剣で直接斬り払う。

 今度軽々と霧散させられたのはエッジの技の方だった。

 エッジは自身の過ちを悔いて、眉間に皺を寄せる。

 技を防がれた事自体ではなく、焦って貴重な攻め手を一つ無駄にしてしまった事がより彼を焦らせた。

 きちんと機を使えばまだ通用したかもしれない技も、同じパターンではもう通らない。

 そんなエッジとは正反対にクレスは戦い始めた時と変わらぬ澄んだ闘気を燃やしたまま、冷静に対戦相手を見据える。

 その手の中で未だその底知れぬ力を見せぬエターナルソードは、月光を反射して不気味な程に輝いていた。


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