TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼― 作:ILY
(強い……)
エッジは初めてアキが戦っているところを見て、彼女の強さを認識させられた。
「この人たちは、何だったんでしょう?」
足元にのびている男たちを見回してアキは疑問を口にしたが、クロウはそれを無視して再び歩き始める。
「もう行くのか?」
「関係ない奴らにいちいち構う必要なんてない、こいつらは私たちを狙ってきてたんじゃないみたいだし」
少し考えてからエッジも頷いてクロウの後に続き、その後を追ってアキも歩き始めた。
《貿易拠点 マーミン》
門をくぐる時シリアンの時と似たやりとりがクロウと門番の間であり、今度も三人はあっさり通される。
「今、食料とかで足りないものは別に無いよね?」
クロウが二人に――というよりエッジに聞く。
「え?いや別にないと思う」
「はい、無いと思います」
唐突に聞かれたエッジは自信が無かったが、アキが同意をしてくれて安心する。
「なら先にあの宿に行っててくれる?私は少しやることがあるから」
そう言うと反論する暇も与えずに、クロウは町の中へ消えてしまった。
仕方なく二人は宿に向かい、部屋を借りるとそのまま中で待つことにした。
エッジは本当は今度こそ男女別々の部屋にしたかったが、アキとクロウを二人きりにするわけにもいかないので仕方なく一部屋だけ借りた。口喧嘩程度ならともかく、武器まで持ち出されては適わなかった。
「クロウさん、どこへ行ったんでしょうか?」
部屋に入ってベッドに座ったアキが言う。
エッジもそれに習って別のベッドに座る。
「そうだな……」
クロウが一番、一人で離れたら危ないのではないかと二人は疑問に思う。
(初めから一人で旅するつもりだったから、俺達の助けを借りるつもりはないのかもな)
行動に賛成する訳ではなかったが如何にもクロウらしいと、エッジは納得する。
「エッジさん」
考え事にふけりかけた所で呼び掛けられ、エッジは我に返る。
今日はこれで二回目だった。
「何?」
「すみません、いつも邪魔になって……この間も私のせいで怪我までさせてしまって」
突然謝られた彼は少し戸惑った。
「別に邪魔じゃないし、怪我ならもう大体治ったから大丈夫だよ」
それでもアキは俯いたままだった。
「私がいなければあんなことには」
「そんなことないから。こっちこそ俺達のせいで危ない目に合わせてごめん」
「でも、それは……っ!」
アキが突然必死な表情で何か言おうとするが途中で言葉が詰まる。
言おうとするが言えない、そんな風にエッジには見えた。
しかし、言葉の先は無くただ何かを耐えるように悲しそうに俯くアキに、彼はどんな言葉をかければいいのか分からなかった。
――――――――――
クロウはそれほど時間が経たない内に宿の部屋に入ってきた。
二人が受付にクロウの容姿を伝えていた為、特に問題なく入れたらしい。
アキはさっきの様に泣きだしそうな顔はしていないものの、まだ口数は少なかった。
「どこへ行ってたんだ?」
そんなアキの様子を隠す様に、エッジがクロウに話し掛ける。
「馬車を探してた。馬車なら街道をより速く進めるし人目にも付きにくい。今までは見つからなかったけどこの町なら見つかるんじゃないかと思って」
「それで、馬車は見つかったのか?」
クロウの面白くなさそうな顔を見れば大体想像はつくものの、一応質問はするエッジ。
「今は動かせないってさ」
「動かせない?」
「今この町はここより少し北に縄張りを置いてる賞金稼ぎ達に脅されてるらしいよ、この町の金品を全部渡せって」
奇妙な話だった。
賞金稼ぎは確かにあまりガラが良い連中ばかりとは言えなかったが、だからと言ってそんな盗賊まがいの事をする等誰も聞いた事が無かった。
そんなやり方で生計が成り立つはずも無い。
「町の周囲でそいつらが出入りを見張っていて、この町から馬車どころか人間一人出入りできないらしいよ」
「じゃあ、さっきの奴らも?」
「そういうことみたいだね」
かなり面倒臭そうにクロウは答えた。
「仕方ないから馬車はあきらめて徒歩で港を目指すしかないね、面倒に巻き込まれる前にさっさと出る準備しないと」
そう言って立ち上がると、クロウは再び部屋を出ていこうとする。
どこへ行くんだ、とエッジが止めようとしたがそれより早くアキが言葉を発した。
「……待ってください」
クロウも彼女が止めるとは思わなかったのだろう、その場でアキに背を向けたまま立ち止まる。
「何?『ジェイン』」
アキは相変わらず辛そうな表情のままだったが、それでも何とか声をしぼりだして言った。
「この町を……助けられませんか?」
その言葉にクロウの目が険しくなる。
「私達、他人に構ってる暇なんてないんだけど?」
表面には出さないようにしているものの、クロウがアキの言葉に対して苛立っているのはエッジにも分かった。
アキにもそれは分かっただろうが、彼女は引き下がろうとしない。
「でも、このまま放っておいたらこの町の人はどうなるんですか?」
「そんなことは自分達で何とかするんじゃない?私たちだって別に助けを求められたわけじゃないんだし」
クロウは態度を変えない。
「じゃあクロウさんは……他人ならどうなろうと構わないというんですか?」
(――!)
「クロウは……自分の為なら他人がどうなってもいいの?」
目の前の少女の姿が、クロウの記憶の中で別な少年の姿と重なった。
ほんの些細な一言が掘り起こした記憶は、クロウを全く動けなくしてしまった。
(私はまた同じことを――)
ずっと睨み合うだけで話し合いにならない二人の様子を見兼ねて、エッジが口を開く。
「今から無理矢理包囲を突破して徒歩で港を目指すよりも、賞金稼ぎの奴らを何とかしてから馬車に乗ったほうが早いんじゃないか?」
しばらく沈黙が続いたが、やがてクロウの方がその沈黙を破った。
「一つだけ条件……今日中にそいつらを潰すよ」
「じゃあ、良いんだな?」
ほっとしたようにエッジが聞く。
クロウはそれに無言で頷いた。
「良かったな」
「はい」
アキも安心したようだったが、前髪で見えなかったクロウの表情が一瞬、悲しみと怒りとが混ざったような複雑な表情をしていたことに気付くことはなかった。
――――――――――
「で、とりあえずどうする?」
宿から外に出たものの、何からすれば良いのか分からずエッジは二人に聞いた。
「町の北に行って、本拠地を潰す」
クロウは既にその方角を睨んでいた。
「まあ、ちょっと危険過ぎる気もするけど……それしかないか」
エッジは少し策が無さすぎる気もしたが、話し合いというのも難しいだろう。
「お前ら旅人か?こんなところで何してんだ?」
突然、誰か若い男の声がした。
エッジ達が声のしたほうを振り向くと、濃い水色の髪を長くのばした背の高い男がいた。
年齢的には、エッジ達より一回り位上だろうか。
武器は持っていないようだが、革と金属を組み合わせて作った防具を脚につけている。
形が左右でバラバラな所を見ると手作りなのかもしれない。
「もうすぐ賞金稼ぎの連中がこの町に来る、こんな所いると真っ先にカモにされちまうぞ?」
お世辞にも丁寧とはいえない喋り方は、人気の無くなった町の中では場違いに思えた。
「ああ、知ってる」
「知ってる?ああ、この町の誰かに聞いたのかだったら何でこんな所にいるんだ?」
話していいのかエッジが躊躇すると、クロウが代わりに答えた。
「そいつらの所に今から挨拶に行こうと思っていたから」
「へぇ、じゃあ丁度良い、俺もそのつもりだったからな」
そこで男は疑うような顔になる。
「ていうかお前ら、戦闘できんのか?」
エッジは一瞬背後のクロウが立っている辺りから殺気を感じた気がしたが、気にせずに答えた。
「一応俺達も今まで旅してきたから、戦闘の経験は多少ある」
「そうか……まあやばくなったら、俺の後ろに隠れてれば守ってやるから」
笑顔で青年は言ったが、本心で言っているのか冗談なのか分からない。
だが、少なくとも悪い人間では無さそうだった。
「それと自己紹介まだだったな。俺の名前はクリフ・セイシャル、お前らと同じ自由気ままな旅人だ」
「俺はエッジ、それからこの子がアキで、こっちがクロウだ」
エッジが紹介するとアキは軽く頭を下げた。
クロウの時のこともあったのでアキと自分のフルネームは一応伏せるエッジ。
「じゃあ、行くか?」
そう言って、クリフと名乗った青年は一人で先に立って町の北に向かって歩きだす。
「あいつ、足手まといにならない?」
クロウのその顔は戦力としてどうかよりも信用できるかどうかを疑っているようだったが、その問いに答えるすべをエッジは持っていなかった。とはいえ戦力的に不安だったのも確かで、子供と言われても仕方ない年齢の自分達よりずっと年上の味方は確かに心強くはあった。
《ストレア洞窟》
マーミンの人達の話だと、賞金稼ぎ達は最近、町の北の方にある洞窟に住み着いたらしかった。
正面から入っていくのはあまりに無謀かともエッジは最初考えたが、洞窟のように狭い場所なら人数差があっても何とかなるかもしれないと思い直す。
しばらく町の人に教わった通り道らしい道もないような木々の間を歩くと、彼らの目の前に尖った山頂が二つ見えてきた。
その二つの間に、大人二人が何とか並んで歩けるくらいの広さの洞窟があった。
「見張りがいない?」
「よほど自信があるのか、単に間抜けなのか……」
エッジとクロウが観察していると、クリフが割って入ってきた。
「まあ、いねぇなら別に良いだろ」
そう言って勝手に洞窟へ進んでいく。
「……大丈夫でしょうか」
誰に言うわけでもなくアキは呟いた。
今回だけはクロウも何も言わず、ただ苛立った様子でため息をついた。
「アキ、後ろを頼む」
エッジは仕方なく、辺りを警戒しながら数歩遅れてクリフの後をついていく。
それにさらにもう一歩遅れて、アキ、クロウが続く。
クリフは洞窟の真正面に来ると、中に向かって叫んだ。
「おーい、誰かいるかぁー!」
エッジが止める間もなく、クリフの声が洞窟に反響する。
「なっ…」
クロウとアキは呆れすぎて何も言えなかった。
すぐに洞窟の中が騒がしくなる。
こうなってしまっては、もうどうしようもない。
「おぃ、なんかガキが来たぞ」
中からやってきた男の一人がエッジ達を見つけると、後ろから来る仲間に向かってそう言った。
数は町の入り口で出会った者達の五倍以上で二十人近い。纏まりのないバラバラの服装は全体的に黒が目立つ。武器は剣や斧、棍棒と様々だが全員が武装していた。
「ガキィ?……ガキが何しにきたんだ?金にならねえなら追い返せ」
最初の男の言葉に別な男が疑問を口にする。
「あなた達が賞金稼ぎの方ですか?」
男たちの喧騒に負けないように可能なかぎり大きな声で叫んだ。
「だったら何なんだぁ?」
「おい待て、こいつら町の入り口で攻撃してきた奴らだぜ」
賞金稼ぎ達の間で敵意が膨れ上がる。
それでもアキはまだ必死に彼らに叫ぶ。
「私の話を聞いて下さい!」
再び叫んでも笑い声は少しも小さくならなかった。
「どうして何もしていないマーミンの町の人からお金を奪うんですか!」
「奪うのに理由なんか要らねぇ俺たちがしたいことをして何が悪い」
「退屈だったしな」
「何言ってんだ、どうしても金が必要だったからだろう」
「いや、今日という日にやる事に意味があるんだ」
口々にバラバラの理由を喋りだす。
その様子は何か噛み合っていない様で、特に一つ明確な理由があるわけでもないようだ。
(そんなの自分勝手すぎる)
アキは強い憤りを覚えた。例え町の人々がどれほどの罪人であったとしても、自分達の都合で他人のものを取るなんて許されない事だと。
「考え直してください!あなた達にそんなことをする権利は無いはずです!」
それを聞いた男たちの顔が険しくなる。
「……うるさいガキだな」
「イライラするからこいつら全員殺しちまおうか?」
「そうだな」
「町の奴らも送った子供達が死んだとなれば考えを改めるかもしれん」
「それで金が貰えるなら良いか」
そんなことを言いながら誰からとも無く全員が笑いだす。
「――どうして自分達がしようとしていることが分からないんですか!」
今までアキが発した言葉の中で一番強く叫んだが、もはや相手は完全に聞いていないようだった。
「アキ……もう、やめろ」
話をまったく聞かない相手でも、必死に語りかけ続けるアキの姿を見ていられなくなって、エッジはアキの前に立ちふさがるようにして制止した。
「くそ、黙って聞いてりゃ腐ってんのか!お前ら!」
クリフも今にも殴りかかりそうな勢いで怒鳴る。
「……さっきから思ってたんだけど」
今まで黙っていたクロウが急に言葉を発した。
その目はずっと男たちの顔から離れていない。
「こいつらの目……おかしくない?」
クロウの視線をたどり、エッジも男たちの目をよく見る。
――焦点が合っていない。
左右の目がまるで違う方向を向いている者もいる。
「確かに、何だこいつら」
クリフも気付いた様だ。
「……狂ってる?」
戸惑うエッジに、クロウは些細な事だというように返す。
「まだ喋ることはできるみたいだけどね」
すでに男たちの方は話を聞く気もないようで、顔に笑みを浮かべながら武器を構える。
「お前ら気を付けろ!来るぞ!」
クリフもエッジ達を守るように立ち、拳を構えた。
「死ねぇえええ!」
洞窟内には狂った賞金稼ぎ達の怒号だけが響き渡った。
「はぁぁあああ!」
上段から自分に振り下ろされた斧を軽く体を逸らすことでかわし、クリフは気合いと共に相手の顔面を殴り飛ばす。
「ぶはあっ!!」
殴られた男は刺さったままの斧をその場に残し、後方に吹き飛んでいく。
さらにクリフはしゃがみながら地面に水平に蹴りを放つ。
足元をすくわれた数人の男たちが後ろに倒れこみ、後から来た男たちにぶつかり一時的に足止めする。
「
そこへ、クリフは両掌を叩きつけた。
直撃した先頭の男は、アキの突き以上の勢いで吹き飛ばされ背後の人間達を巻き込んで将棋倒しにする。
「
その隙を逃さずクロウがタイミングよく深術を発動させる。
「ぐわぁぁあああ!」
転倒した男達を次々に風の刄が切り裂いていく。
致命傷とはいかないが、戦闘不能にするには十分だった。
その一撃で六人ほどを倒すことが出来た。
「へぇ」
クリフも少し感心したような表情をしながら、更に敵の集団を洞窟の奥へと追い込んでいく。
この狭い空間では、彼一人でも十分に狂った男達を圧倒していた。
(強い、クロウもクリフも。俺も負けてられない)
一時的に敵の流れが止まっている間にエッジも前進し、クリフと並んで剣を構えた。
後続の男たちが棍棒を持って突っ込んでくるのを見て、エッジも剣を大上段に振りかぶる。
「でやああああ!」
敵が気合と共に棍棒を思い切り横から振ってきたのを見て、エッジはそれを全力で振り下ろす。
「
エッジは目の前に獣の爪痕のような斬撃を三つ発生させ、棍棒を地に叩きつける。
男は棍棒への突然の衝撃でバランスを崩し、つんのめる。
すかさずエッジは振り下ろした剣を返し、切り上げを放った。
男の腕から鮮血が吹き出す。
村の周りでエッグベアと戦った時と同じ、何度もこの手で感じた肉を断つ感触。
エッジにはそれが急に初めて感じるもののように感じられた。
一瞬、彼の感覚が麻痺する。
男達の怒鳴り声など、耳に入らなくなった。
(……初めて人を斬った)
その事実が今更ながら、エッジの頭の中を支配する。
(でも駄目だ、こんなじゃ……もっと強くならなきゃ駄目だ)
エッジの頭の中に自分が負けた時のこと、そしてその瞬間さえ無表情だった少年の顔が蘇った。
(俺は弱い。こんなことじゃルオンはきっと顔色ひとつ変えないのに……)
それでも、立ち止まった人間は何もできない。
エッジは無理矢理体を回転させその勢いのまま斬撃を飛ばす。
「
狭い通路で男たちは衝撃に阻まれ一時的に進めなくなる。
それを待つ事無く、彼は敵の集団に向けて走りだす。
「はあああっ!」
気合いと共に切り上げ、払い、切り下ろし……と次々に斬撃を放ち致命傷にならない程度に敵を倒す。
疲れも、周りの音も、エッジはもう何も感じなかった。
「――十分戦えるんじゃねぇか」
「え?……」
クリフの言葉で急に周りの音がエッジの耳に入ってきた。
彼が気が付くと、立っている敵はもう一人もいなくなっていた。
「洞窟はまだ奥まであるみたいですけど、一先ずこれで引き上げましょう」
エッジが気付かない内に、アキがクリフの横に並んで話していた。
まだ敵の息はあるとはいえ、当分はこの狂った賞金稼ぎ達が町を荒らすことはないだろう。
「そうだな」
これ以上何もできることは無くなり、四人は洞窟を出た。
クロウは先を歩いているアキとクリフの背中を見てエッジが遅れていることに気付く。
後ろを振り向くとエッジが無言で洞窟の方を眺めていた。
「あいつらのことが気になるの?」
「いや……」
エッジは洞窟から目を離さずに答える。
(……?)
ふと、クロウはエッジの拳が必要以上に強く、握り締められていることに気付く。
――今は何も言わないほうがいいかもしれない。
何となくそう感じて、クロウは適当に流す。
「ならいいけど」
こいつが自分でそう決めたのなら私にできることは何もない、と。
立ち尽くすエッジを置いてクロウは歩き始めた。
(俺は……立ち止まらない)
心の中でそう決心すると、エッジは無理矢理視線を洞窟から外し、クロウ達のあとを歩きだした。