TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第八十四話 其の雷の名前

 剣を持ち替えた事でエッジは辛うじてフレットの攻撃を捌けるようになっていた。

 円の様な動きで筋力差のある敵の動きを受け流すエッジ。単純な技量だけならエッジはフレットを上回っていた。

 しかし、受け流せているのは辛うじてであり反撃することも出来ないまま防戦一方の状態が続く。それほど迄に二人の動きには速度の違いがあった。

「それで防げてるつもりかよ!」

「くっ!」

 押され続けるエッジは、思い切って後ろにバックステップした。

 が、離した間合いはフレットの一歩の踏み込みで即座に詰められる。

 しかし、それこそエッジの読み通りであり、すぐに反応してくる事を見越して跳んだ瞬間に剣を上段に構えていたエッジは突進して来たフレットを待ち受ける形で構えた剣を振り下ろす。

裂爪斬(れっそうざん)!」

 獣の爪跡の様な三本の斬撃が放たれる。

「残念」

 エッジの剣に手応えは無かった。

 彼の放った技はただ地面を抉る。

(下がられた……!?このタイミングでなんて反応)

 急な方向転換をしながら、今度はフレットが両腕の武器を交差させるようにエッジに斬りかかる。

 エッジは振り下ろした剣を何とか引き上げその攻撃を防いだ。

 否、厳密にはただ位置を合わせるのが辛うじて間に合ったという方が正しかった。

 二人の武器から激しいスパークが走り、エッジは一方的に後ろに吹き飛ばされる。

 

 ここまで静かに見守っていた仲間達だったが、エッジの劣勢を見てクリフとラークが沈黙を破った。

「まずいな、実力差がありすぎる」

「ああ、前回彼と戦った時とは比較にならない位エッジも成長してるけど、それでも力も、速さも、術の威力まで全て向こうが上だ」

 クリフは顔をしかめる。

「もし勝てるとしたらそれ以外、か」

 そう口にはしたものの、彼もラークもそれ以上先は続けない。

 それがどれだけ可能性の低い事であるかは二人とも分かっていた。

 クロウも不安から口元をきつく引き結ぶ。

 彼女は戦いが始まった時こそ自身の過去にスプラウツの思惑が少なからず関与していた事にショックを受けていたが、今はエッジの事を心配する気持ちの方が大きくなっていた。

(やめて……こんな思いする位なら、どんな怪我をしたって自分で戦った方がマシだよ)

 いざとなれば罵倒も覚悟で割って入るつもりで、彼女は戦いの動き一つ一つを集中して見守る。

 

 押されるエッジは剣に溜まり続けるディープスを雷として実体化させつつ、右手に気を集めて飛び上がった。

 

 ―(ディープス)RC(リコレクト)変化―

 

獅吼爆雷陣(しこうばくらいじん)!」

 落下の勢いを乗せた獅子型の気が剣から噴出する。

 それが剣に宿っていた雷を押し広げ、周囲に紫電の陣を形成する。

「デュアル・インディグネイション!」

 フレットも右手の武器を大きく振りかぶって全力で雷のディープスを集束(コレクト)し、力技でそれに正面から対抗する。空気が摩擦する様な音が鉤爪の間から加速度的に広がった。

 二人の技が同時に放たれる。

 技の規模こそエッジの方が大きかったが、フレットは一点に力を集中する事で互角に張り合う。

 小規模な爆発と共に獅子の気の反発力がフレットを押し返し、一方で同時にエッジの陣もかき消える。

 時間をかけて溜めた技と、即座に発動した技。その違いがありながら二人の技の威力はほぼ同じ。

 衝突自体は一見互角でも、その差は大きかった。

「少しはやるじゃねえか、じゃあ二発目はどうだ!?」

 フレットは余裕の笑みを浮かべながら、同じ技を続けて発動しようとする。

 武器に溜まり続ける雷のディープスを一時的に使い切ってしまったエッジにそれを迎撃する力は無かった。

 追い詰められたエッジは剣に雷属性を集める「轟雷装」を解除し、身体全体にディープスを集める上位技術コレクトバーストに切り替える。

 空気中にバラバラの状態で散在していた全ての属性のディープスが、エッジの身体という一点を目がけて集まる事で急激に濃度を増し、七色の光の形で可視化され吸い込まれていく。

 エッジはその中から風属性の緑色の光を選び出し、自身の剣へと集束した。

 空気が武器を中心につむじ風の様に渦を巻く。

 彼が取った兄と同じ構えを見て、ラークが微かに驚いた顔を見せる。

(それはブレイドの――)

(かぜ)太刀(たち)……」

 剣先をやや低めに構えたエッジの剣に対して、フレットがバリバリと耳障りな放電音と共に今度は左手の武器を叩きつけた。

「デュアル・インディグネイション」

「――()流水(りゅうすい)!」

 風の回転方向と剣の動作の向きを揃えた受け流しが、最小限の力でフレットの攻撃を右へと弾き飛ばす。

 しかし水属性に適性を持たないエッジが本来と異なる風属性で出したせいもあり、動作そのものはブレイドの技(オリジナル)より素早かったもののフレットの鉤爪から出た雷撃の余波にエッジの衣服の所々が焼かれた。コレクトバーストの防御効果により、(すんで)のところで身体へのダメージは免れる。

 凌いだ時間を使ってエッジはすぐさま追撃の為に詠唱を開始した。

「そんなもん、させる訳ねぇだろ!」

 フレットがそれを許す筈もなく半ば体当たりする様に攻撃をしかける。

「く、っ!」

 エッジはほんの僅かな時間で詠唱を自分から中断しその突進を剣で受け止めた。

 体勢を崩されながらも、エッジは剣から離した左手を地面に付ける。

設置(セット)――」

 コレクトバーストの力で集束(コレクト)された雷のディープスがエッジの手を伝い、触れられた地面が微かに発光する。

 彼は後退し続けながら詠唱を囮にフレットに何度も追撃をさせ隙を見ながらその動きを繰り返していたが、一際強いフレットのなぎ払いがエッジの剣を払い除けエッジの額に傷を付けた。

 流れ出た血が目に流れ、エッジの集中を削ぐ。

 それをチャンスと見たフレットが、両手の武器の重さを最大限遠心力として振るえる様に武器を構えた。

「巻き込め、雷旋輪(らいせんりん)!」

 触れれば範囲内のものを瞬く間にミンチに変えるであろうその回転が、青白い雷で綺麗な正円を描く。

「――閃光動作(フラッシュアクト)

 しかし、その攻撃は空を切る。

 直前でエッジによって放たれた閃光が一瞬だけフレットの視界を奪い、間合いを見誤らせていた。

 その隙に彼は今度はラークの「無影衝」を模した動きで距離を取る。

 フレットは苛立ちを覚えながら同時にその迷いの無さに冷や汗をかいた。

(こいつ、なんて判断の早さだ。自分が押し負ける事を何とも思ってねえ……いや初めから押し負ける事を計算して動いてるのか?)

 自分の力が劣る事をはっきり自覚しながら、一歩も怯まず向かってくるエッジの姿にフレットは認識を少し改めさせられる。

 ラークの技を疑似的にコピーした「偽・無影衝」の動きでエッジは間合いを外したもののカウンターの斬撃は繰り出さず、間合いを維持したまま合図を出す様に左手を振った。

「ライトニング・マイン――五角陣(ペンタゴナル)!」

 発光していた五つの地点から雷の線が一斉にエッジの手元へと走る。

 詠唱もせず、コレクトバーストの力で残して来た程度のディープスの威力は初級術にも満たない。

 しかし、視界の外からのその攻撃は確実にフレットの身体を貫いた。

「うあ!?」

 エッジはその隙に再び詠唱を開始する。

「駆け抜けろ疾風(しっぷう)、」

「そ、んなもの……間に合わねえって学習してねえのかよ!」

 並外れた回復能力を持つフレットは歯を食いしばって痺れから立ち直り、術を放つ為に集中状態に入ったエッジへと斬り掛かる。

 が、フレットはそこで違和感に気付いた。

(詠唱が早い!これは、詠唱維持(スペルキープ)か)

「エアブレイド!」

 人の背丈と同等の風弾が一直線に飛び、フレットを直撃する。

 風弾表面の鋭い風はカミソリの様に彼の肌を裂いた。

 フレットはその場に踏みとどまろうとするが術の威力はそれを容易く上回り、彼の足は地面に二筋の轍を残すだけの役割にとどまる。先程までの接近戦と変わって、今度はフレットのほうが為す術無く吹き飛ばされた。

 エッジが決めた立て続けの連撃に、見守っていた仲間達もしばし言葉を失う。

 雷属性を近接技に回す為エッジが放ったのは殺傷力の低い風属性の術だったが、それでも中級深術の直撃を受けたフレットはダメージに苛立ちながら言った。

「お前、これだけの力があるのに何でもっと戦いを楽しまねえ」

 エッジは投げられた言葉を理解出来ず、表情を険しくする。

「俺は、自分が楽しむ為に戦ってる訳じゃない」

 その返答をフレットは鼻で笑う。

「戦うのは他人の為、か?お前それを正しいとは思っていても、『楽しいとは思って無い』だろ?心の底からやりたい事ならそうじゃねえ筈だ」

 フレットは両方の鉤爪に最大限の雷のディープスを集めてエッジに向かって飛び出した。

 その一撃目をエッジは剣で受け止めるが、フレットの専雷爪「スペシャライジング」から放たれた雷は武器だけでは受け止めきれず、エッジの右腕を焼く。

 コレクトバーストが無ければそれ以上のダメージを受けていたに違いなかった。

「ぐ、ぁぁっ!」

 電熱で意志とは無関係に腕が跳ね、たまらずエッジは後退する。

「お前のそれはただの逃避だ!」

 迫るフレットの二撃目に対して詠唱は間に合わず、「ライトニング・マイン」のストックも無いエッジは正面から剣技で迎え撃つ事を選択した。

 ラークから教わった秘奥義の構えを取るエッジ。

 しかし、以前と同じ構えでもそこから放たれる攻撃は違っていた。

(つら)なる(やいば)獲物(えもの)()らう――真空双刃衝(しんくうそうじんしょう)!」

 三つの斬撃を同じ軌道で重ねる事で必殺の威力を持たせていた「真空蒼破塵」の最初の二撃を、エッジはV字に広げる様にしてずらして撃つ。

「必殺の威力が無い秘奥義なんて、秘奥義でも何でもねえよ!」

 フレットは範囲が広がった代わりに威力が下がったエッジの斬撃を、「デュアル・インディグネイション」で容易く打ち破る。

 しかし、

「――『喰雷(はみかづち)』!」

 互いの大技の直後。

 術を詠唱しても間に合わない、魔神剣の様な技でも届かない一瞬。

 エッジの左手からコレクトバーストの集束能力強化で集められた雷が閃く。

「な!?」

 それに触れたフレットの身体が微かにのけ反る。

 生物である以上例えそれが致命傷に至る様な威力で無くても、電撃を受けた瞬間のその反応を止めることは混血児であるフレットでも出来なかった。

 ごく短い、けれど絶対的な隙。

「……そう、俺にあの必殺の剣を使いこなすだけの力は無い。だからこれは『必殺』じゃなくて『必中』の剣だ」

 初撃の範囲を広げる事で敵の回避の選択肢を減らしたエッジは、コレクトバーストの雷撃と併用する事で確実に攻撃を当てられる状況を作り出す。

「威力不足でも、直撃なら話は別だろ!」

 最も威力の高い三撃目の斬撃が空を切る。

 それは真っ直ぐにフレットの胸を捉えて吹き飛ばす、この戦いが始まって初めて一方に本格的な傷が付いた。

 しかし、フレットはそれでも尚エッジの力を否定する様に強引に反撃する

「がああああ!こ、このチマチマした雷の使い方しやがって――本当の雷撃ってのは、こうするんだよッ!」

 血が噴き上がり、後ろへ倒れこみながらフレットは力任せに武器で地を抉り衝撃波を飛ばした。

「!」

 流石にエッジもそれを捌くだけの余裕はなく、足に攻撃を受けたエッジもまた後ろにバランスを崩す。

 二人は同時に、仰向けに倒れこんだ。

 

 エッジの周囲で発生していた七色の光が揺らぎ、無理な体力消費を続けた事でコレクトバーストが終了する。

 フレットも流石に今受けた傷を即座に回復する事は出来ず、二人は荒い息のまましばらく雲一つない青空を仰いだ。

「お前……何で俺と一対一で戦おうと思った?」

 フレットがふと尋ねた。

「お前はクロウを傷付けた」

 エッジの回答に、フレットは気の抜けた様に笑い声を洩らす。

「は、はははははは!下らねえ、俺と同じ様に化け物のあいつがそんなまともな心持ってるかよ!」

 エッジは表情をしかめたが、一頻り笑うとフレットは続けた。

「けど、正義だのなんだのもっと下らない理由振りかざされるよりはずっとマシだ……なあ、お前本当にクロウを守りたいならこういうのはどうだ?この戦い、お前が死んで俺が勝ったら俺が代わりにお前らの仲間になってやるよ」

「え?」

 思いがけない提案にエッジは驚いた声を上げる。

「お前の好きな自己犠牲だよ、お前一人が死ねばお前の仲間はより強い味方を得て安全で居られるぜ」

「……」

 エッジは考える様にしばし沈黙した。

 それを見てアキが警告する。

「エッジさん、もしご自分が居なくなっても良いなんて考えているならやめて下さい」

 リョウカも同意する。

「そうよ、こんな奴が約束を守るとは思えない。貴方がわざと犠牲になる事に価値なんて無いわよ」

 外野からの声を聞いて、フレットはエッジに付け足した。

「嘘は言わないぜ、ここで言った以上約束は守る。なんなら誓ってやっても良い」

 考えた末に、エッジは自身の口から答えを告げた。

「断るよ」

 フレットはへえ、と面白がる様に続きを待つ。

「俺はクロウ一人が守れれば良い訳じゃないんだ。今お前がしたみたいに余計な犠牲は出したくない。アキも、リョウカも、クリフも、ラークも、リアトリスも、ルオンも誰も傷付けたくない」

 その回答をフレットは嘲笑った。

「それは理想論だ」

「そうだよ、理想論だ。だからもし何かを諦めなきゃいけない時が来たら、何を守って何を捨てるかそれは自分で決める」

 呼吸が落ち着いたエッジはゆっくりと立ち上がる。

「自分にとって大切な事だから、自分でやらなきゃ意味が無いんだ」

 傷は完全に塞がらないまでも、出血が落ち着いて来ていたフレットもまた立ち上がり嬉しそうに笑う。

「……何だ、一番大事な事は分かってんじゃねえか」

 

 互いの技で飛ばされた距離も含め、いつの間にか二人は大きく離れていた。

 合図は無くとも二人は互いの目を見て、考えている事が同じなのを知る。

「行くぜ、これが最後の――」

「ああ、最後の――」

「「コレクトバーストだ」」

 今度こそ本当にエッジを認めたフレットもまたここに来て初めて本気を見せた。

 二人の周囲で同時に空気が渦を巻き、七色の光となる。

()()ける雷弾(らいだん)、」

 エッジは最後の一撃を深術に賭け、フレットは近接技を選んだ。

(かぜ)(まと)え、(ほのお)(まと)え――」

 詠唱が進むと共にエッジの正面に雷のディープスが球体を形成していった。

 それは同時に風属性と火属性も混ぜ合わされており、エッジが使える三属性全てを束ねた深術でもあった。

 しかし、フレットが間合いを詰める速度もまた常軌を逸しており、早口で唱えるエッジの詠唱は間に合うか間に合わないかのギリギリだった。

「スパイラルライトニング!」

四電双爆破(しでんそうばっぱ)ァ!」

 エッジの術が周囲の空気を巻き込み、雷弾の範囲内へと引き寄せながら放たれた。

 フレットはそれに対し、両手の武器に限界まで集束させた雷のディープスを交差斬りで爆発させ迎え撃つ。

 エッジの視界一杯に、右向きに回転する青白い螺旋の渦が広がった。

 攻撃の威力は術として放ったエッジのものが上回っていた。

 決着を賭けた最後の一撃の交差。

 

 焔と風を纏った青白い螺旋が手元を離れ、フレットの攻撃を超えてそのまま空へと昇っていくのをエッジはとても長い時間の様に思って見ていた。

 フレットの姿はどこにも見えない。

 それがどういう事なのかエッジは考え、術の威力で跡形もなく消えてしまったのかと思い当たり、そんな事が本当にあるのかと疑問を持った辺りで――彼の身体は下から上へと浮き上がった。

 揺れた視界の中でエッジは誰かの悲鳴を聞き、ほとんど条件反射の様に様に剣を振り下ろしたがそれは弾かれカラカラと力無く上へと飛ばされる。

 口から血を吐きだすのと共に今度は足を斬られ、立っていられなくなったエッジは糸が切れた様に崩れ落ちた。

 その頭上から、フレットの高笑いが落ちてくる。

 彼の速度と反射が、エッジを上回っていた。

 ギリギリまで体勢を低くし、正面から撃ち合わず下から弾く様にして技をぶつける事でフレットは術を凌いでいた。

 クロウの必死の叫びがエッジの耳に届くが、彼女が何を言っているか聞き取る事は今の彼には出来なかった。

 

 立ち上がる力を無くしたエッジを見下ろしてフレットはひどく高揚していた。

 今にも襲いかかって来そうなクロウの声も、それを止めようとする別な者の声も、自身の足下で目だけで敵意を向けてくるエッジが吐く呪詛も全てが彼には心地よく感じられる。

 ふとエッジの瞳が見上げているのが自分では無く、彼の瞳がまだ闘志を失っていないのに気付いたフレットはその視線の先を追った。

 上空へと飛んで行き小さくなった螺旋の雷がループを描き、同じく上へと飛ばされた剣を捉える。

 そこでようやくフレットはエッジが口にしたのが負け惜しみの呪詛では無く、詠唱の続きであった事に気付く。

 エッジの術はまだ終わっていなかった。

(かぜ)(みちび)け……(ほのお)(まわ)せ……」

 不規則に漂っていた剣を風が軌道に乗せる。

 小さな火が剣の柄と先端に灯って回転を与え、少しずつその速度を上げていく。

「……(けん)宿(やど)りて()ちよ(いかづち)!」

 最後に青白く雷を纏った剣は、落下の加速と合わせて急速にその速度を増してフレットへと一直線に落ちる。

 

 エッジを守ろうと仲間の制止を振り払ってフレットに攻撃を仕掛けようとしていたクロウも、その剣に落ちた雷を見てとある光景を思い出し動きを止めた。

 ブレイドとの戦闘でエッジが咄嗟に使っていた戦法。

 彼はそれを更に上の段階へと昇華していた。

(これ、まさか――)

 

 処刑の刃の様に触れれば即座に真っ二つにされてしまう雷の歯車を前にして、フレットは大声で笑う。

 それは強者との邂逅の喜びの声で、その出会いは彼が求め続けたモノそのものだった。

「良いぜ、お前……最高だ!けど」

 言いながらフレットはコレクトバーストの力と、手に握りしめた石の力を右手の武器に上乗せする。

 セルフィーが遺した赤い鉱石。

 彼がずっと相手にもしていなかった彼女はいつの間にか彼を置いて成長し、遠くへ行ってしまった。

 

「切り札持ってるのはお前だけじゃねえぜ、俺達クローバーズとの力の差を思い知れ!」

 帯電したフレットの鉤爪が、赤く光った。

 武器の温度が急激に上昇し、炎すら纏う。

 ただの一度もフレットが呼ぶ事の無かった、名前と共に。

炎装雷(えんそうらい)紅蓮(ぐれん)』!」

 フレットが放った渾身の斬り上げが、エッジの落とした雷剣と拮抗する。

 激突の瞬間エッジの武器の回転速度により金属同士の摩擦の耳障りな音を出しながら、両者の武器は激しく火花を散らした。

 純粋な筋力と、落下の加速。 

 エッジが使える属性全てを束ねた深術と、炎と雷の二重属性技がせめぎ合う。

 競り勝ったのはフレットだった。

 生物に対してのみ特に高い威力を持っていた雷属性の技は、炎の力を得た事で金属に対しても高い攻撃能力を発揮する様になっていた。

 エッジの剣は柄と刀身が溶断され獣の爪で引き裂かれた様な跡を残されて完全に失速する。

 剣に集まっていたディープスは光と散った。

「はは、あははははは!」

 フレットは満足そうな笑い声を上げ、エッジはまだ唯一動く右手を剣の残骸へと伸ばす。

 打ち砕かれたスパイラルライトニングの、そしてフレットが使用した技の残滓の雷属性のディープス。

 その全てを、エッジは自身の武器へと『再集束(リコレクト)』した。

「多段追撃、秘奥義――インディグネイト・ジャッジメント!!」

 刀身だけになった剣が勢いを取り戻し、逆回転する。

 一度散った光が輪になって剣へと吸い込まれていく。

 フレットが武器を交差させる事でその攻撃を防いだ瞬間、光の輪は剣の中心に達し炸裂した。

 クロウの「ディストーションランス」を弾いた時のダメージか、

 或いは本来使用できない属性の技を利用した反動か、

 専雷爪「スペシャライジング」はその研ぎ澄まされた一撃に砕け散り、白い光に包まれた裁きの雷剣は真っ直ぐにフレットの胸を刺し貫いた。


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