TALES OF CRYING ―女神の涙と黒い翼―   作:ILY

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第八十二話 セルフィーの答え

「ねえ、フレット……その、まだ右腕痛む?」

 遠慮がちに顔を覗き込んできた赤毛の少女に対して、フレットは面倒臭そうに顔を背ける。

 

 『黒翼』のクロウと『孤氷』のルオンが抜け五人となったクローバーズ、そして四十数人の子供達。

 スプラウツの総勢五十名程の集団は、拠点にしていた収容所じみた建物の外で待機させられていた。

 幹部であるクローバーズはそこから逃げ出す者がいないか監視する役目を与えられていたが『流連』のレパートはクロウとの戦いから敗走して以降すっかり委縮しており、実際にきちんと警戒しているのは『厳岩』のバルロと輪の外に一人で居る『純白』のネイディールの二人だけだった。

 尤も戦いの時以外ほとんど外に出る事などほとんど無かった子供達は唐突に山奥に放り出されて大半が戸惑いの表情を浮かべており、クローバーズが揃っている状況で逃げ出そうとする者など居ない。

 その為、結果としてセルフィーとフレットにはバルロの目を盗んで会話するだけの余裕があった。

 きちんと彼女の顔を見ようとしないフレットの左手を、セルフィーが掴む。

「フレット」

「うるせえな、あと少しで治るとこなんだから放っとけよ」

 そう言って乱暴にセルフィーの腕を振り払いながらも彼の右腕にはまだ火山で彼女を庇った時の傷が残る。

 純粋な(シン)の一族であるラーク程の治癒能力を持たないフレットの傷は完治するのに相応の時間を要していた。

「でも、まだ反応こんなに鈍いじゃない。意地張らないで今の内にちゃんと治療しておかないとこの先の戦いで――」

「うるせえな!」

 怒りに任せてフレットは傷の残る右腕で自分より背の高いセルフィーの襟元を下から掴む。

「心配しろなんて頼んでねえ、今までみたいにしろよ」

「でも、その傷……私のせいで」

 以前の様に反発せず尚も自分の身を案じてくる彼女に対して、フレットは困惑した様子で手を離す。

「お前に感謝される為に助けた訳じゃねえ、いい加減にしろ」

 それきりフレットはセルフィーに背を向け、セルフィーはどうして良いのか分からない様子でその場に俯いた。

 

 程無くして全員を上から押さえつける様に風が吹きつけ、彼らの頭上に影が落ちた。

 スプラウツの子供達が見上げる中で黒い鷹の様な翼を持った青年が舞い降り、バルロは無言で膝を着いて頭を垂れた。

 その男、『ジード』は自分に(ぬか)づく老人に頭を上げさせると言った。

「皆、今まで本当に御苦労だった。特に今回の水の宝珠フラッディルージュの発見のお陰で俺はようやく目的に届く事が出来た」

 そこで『ジード』はバルロだけでなく全ての子供達の顔を見回すと、全員に届く声で宣言した。

「スプラウツはその役目を終えた。今この瞬間を以てスプラウツを解散する、君達は自由だ」

 誰のものか判別の付かない驚きの声が、あちこちから上がる。

 ずっと自由を奪われてきた子供達にとってそれは受け入れられない程に唐突で、誰もそれ以上の反応を示す事が出来なかった。

 そんな彼らの心情を察する様に『ジード』は優しく微笑んで、続ける。

「どこに行っても良い、思う様に生きて良い。ただ出来る事なら三つの宝珠から離れた場所を目指すと良い。そうすれば、この先世界が変革しても精神への影響は最低限に抑えられる」

 それだけ告げると、現れた時と同じ様に黒い翼を広げて『ジード』はゆっくりと舞い上がり、そのまま南の空へと消えて行った。

 

 しばし、沈黙が流れる。

 動く者も声を発する者はなく、残された子供達は与えられた選択肢にただただ戸惑うばかりだった。

 その中で、バルロが重々しく告げる。

「武器の準備をしろ、あの方に逆らう勢力を今度こそ排除する」

「は?待てよ……スプラウツは解散だって、今……」

 思わず反論しかけたレパートは怒りをはらんだ老人の厳しい視線を受けて、痛みの記憶に身を竦ませる。

「黙れ。貴様らは皆リュウゲン様に拾っていただかなければ死んでいたのだ、主命があろうと無かろうとその命は全て貴様らのものではない」

 彼の口調は逆らえば無事では済まない事を物語っていた。

 戦場に赴く事以上に明確な死の危険を肌で感じて、子供たちは凍りつく。

 そんな張りつめた空気を、凛としたネイディールの声が破る。

「申し訳ないけど、私は降りさせて貰うわ」

「何?」

 皆の注目が集まりバルロが殺気をはらんだ目を向ける中で、彼女は目を閉じ腕を組んだまま落ち着いた声で言い放つ。

「今までは連れ戻す気があったけど、今度はクロウを殺す気でしょう?それなら私は協力しない」

「貴様!」

 警告も無く、いきなり味方に深術で攻撃を仕掛けるバルロ。

 しかし、ネイディール目がけて降り注いだ礫岩は容易くその身をすり抜けた。

 既に幻影だった事に気付いたバルロは怒りに表情を歪めるが、一度姿を隠したネイディールを見付けだす手段は彼には無かった。

 声だけで彼女は最後の別れを告げる。

「これでもあなたには感謝してるのよ……ううん、もう演技する必要もないよね。今までありがとう、さようなら」

 後半は「ネイディール」として作った声ではなく本来の少女らしい声でそれだけ言い残すと、それきり彼女の声は聞こえなくなった。

 離反の意を示したのは『純白』のネイディールだけでは無く、続いて『爪雷』のフレットも老人に背を向ける。

「俺は俺で好きにやらせて貰うぜ、じゃあな」

 『紅蓮』の名を持つセルフィーや『流連』のレパートもどうするべきか迷った様子を見せる。

 しかし、フレットやネイディールの様にバルロに対抗するだけの能力を持たない二人はそれを口に出さない。

 何より実力差のある相手から一方的に暴力を受けてきた恐怖が、セルフィーとレパートの身体を金縛りの様に動けなくしていた。

「勝手な事を、どいつもこいつも……」

 怒りに震えるバルロの周囲で、ディープスが光の粒子となって七色に視認できるまでになる。

 高い感知能力を持つセルフィーは、いち早く彼が何をしようとしているか気付く。

「フレット!」

「自分で生きる能力も持たない子供など、ただ言われた通りに動いて居れば良いのだ!」

 明確な殺意を持って、『厳岩』のバルロは深術をフレットに向けた。

 先程ネイディールに向けたものとは比較にならない鋭い攻撃。

 背を向けていたフレットは舌打ちしながら、襲い来る礫岩を帯電した鉄の鉤爪で叩き落とした。

「くっ!」

 二度の攻撃を弾き切ったものの明らかに以前より反応が鈍い彼は、そこで右腕の痛みから微かに体勢を崩す。

 バルロがその隙を見逃す筈は無かった。

「死ね、フレット」

 鋭利な刃の様な岩がまっすぐにフレット目がけて放たれ、肉に突き刺さる嫌な音を立てた。

「っ……ぁ」

 ボタボタと致命傷を悟らせる音と共に彼の目の前で代わりに攻撃を受けた燃える様な赤髪の少女に、フレットは目を丸くする。

「セルフィー……?」

「ッ、エクスプロード!」

 彼女の右手が赤い鉱石をバルロへと投げ付ける。

 それは空中で発光すると瞬く間に肥大して、上級深術の爆発へと変わる。

 予想していなかった反撃に老人は既に発動させていたコレクトバーストの力を利用して、地属性の障壁で防御する。

「逃げたい奴は走れ!ここは、私が足止めする!」

 彼女の行動に子供達は戸惑いながら、老人と血を流しながら彼に対峙する少女とを見比べる。

 庇われたフレットは信じられない様子で尋ねた。

「何でだよ、お前……」

「これで、貸し借り無しよ……自分でも情けないけど、私はここまで追い詰められなきゃ怖くて怖くてあいつに逆らえなかった」

 震える足を支える様に、膝に置いた拳を握りしめてセルフィーはバルロを見据える。

「何の真似だセルフィー。貴様まで『紅蓮』の名を捨てる気か!」

 問われた彼女は自嘲するように微かに笑って、両手一杯に手持ちの炎熱鉱石を握る。

「識名……そうだね、何も無かったからそれに固執した……でも、違う!私は、『紅蓮』なんて名前が無くたってセルフィーなんだから!」

 セルフィーは手に持った赤い鉱石を宙へと放った。

 その一つ一つに意識を分散し、火のディーブスをコレクトし続ける事で彼女はそれら全てを上級深術『エクスプロード』へと変えていく。

冥土(めいど)に行く前にあんたにも見せてあげる、地獄(じごく)(ほのお)を――秘奥義(ひおうぎ)、インフェルノドライブ!!」

 焔の珠が大きさを増しながら一斉に突撃した。

 拳大のサイズから人の頭程の大きさへ成長していくそれらは、標的への到達時にピークを迎えるように温度を上げていく。

 冷たい輝きを放っていた赤い石は術の発動と同時に触れられない程の温度となり、空気を焦がしながら白熱する。

 バルロは舌打ちしながら、それを迎撃した。

()ざす龍顎(りゅうがく)不抜(ふばつ)牙門(がもん)――秘奥(ひおう)地顎門(ちがくもん)!」

 全員の足元が大きく震え、老人の左右から地面が隆起し始める。

 その勢いは彼の前方に向かって強まっていき、変化に耐えかねてヒビ割れた地面を巨木の様に一対の(くろがね)の塊が突き破った。

 人の背丈の倍程もあるその断崖は両側から閉じて炎弾の群れの先端部を押し潰し、バルロに到達する前のまだ爆発に至っていなかった炎熱鉱石を粉々に打ち砕く。

 セルフィーの術の第一波を防いだその鐵の塊は閉じるとそのまま鉄の門の様に老人の前に防壁を形成し、流星の如く降り注ぐ後続の炎弾と接触する。

 二人の切り札の激突は「地顎門」の発動に引き続いて周囲に揺れを引き起こし、辺り一帯へ熱と焔を撒き散らす。

(く、一番威力が高い初撃を潰された……私の弱点なんてお見通しか)

 一気に攻めてもバルロの守りを突破できないと悟ったセルフィーは自分の周りに浮かぶ残りの炎弾を突撃させるペースを落とし、リアトリスと戦った時同様少しでも術を長引かせ敵に防御を解除させない方向に戦術を切り替える。

 戦いに圧倒され、その場に立ち止まる子供達に向けてセルフィーは言った。

「ここに残りたいなら残りなよ、自分の意思で戦いに身を置くなら好きにすれば良い……でも、もし逃げたいなら、怖いなら今この瞬間だけはあんた達を縛るものは何も無い。どうしたいかは自分で決めなさい」

 最初の一人が躊躇いながら二人の戦いに背を向け、森の中へと消えて行った。

 一人が動くとそこからはあっという間で、次々に戦いの道具として育てられた子供達はバルロの元から去っていく。

 バルロの術と対峙したままセルフィーは、自分の背後のフレットに声を掛けた。

「あんたも行きなよ……どうせ自分勝手なあんたの事だから、もうやりたい事なんて決まってるんでしょう」

 少年は憤った様に眉間に皺を寄せると、強く拳を握りしめてセルフィーをその場に残し走り去った。

 それを気配で理解して、セルフィーはふっと血の滲む口元に笑みを浮かべる。

「普通黙って行く?最後なんだから、別れの言葉くらい言いなさいよ……あーあ、本当に……」

 『――もっとマシな奴を好きになれば幸せだったのに』

 その続きは口に出さず、セルフィーはただ目の前の相手だけを睨みつけた。

 

 ―――――――――――

 

「みんな、聞いて欲しい事があるんだ」

 改まったエッジの言葉に仲間達は全員彼を振り返った。

 漆黒の翼をはじめとする賞金稼ぎ達の治療の目処が着き、一行は『ジード』の待つファタルシス諸島へ向かって出発しようと貿易拠点マーミンを後にする所だった。

「どうしたの急に?」

 クロウが首を傾げる。

「俺は、『ジード』のやろうとしてる事が許せない。何より深海の剣を持ってる俺があいつと戦わない訳にはいかない。けどあいつは強い、人間が勝てると思えない位に。スプラウツもきっと総力戦を仕掛けてくる死と隣り合わせの戦いになる……だから、俺や宝珠を取り戻すのが目的のラーク達はともかく、みんなは無理して戦わなくても――」

「俺は付いてくぜ、最後まで」

 エッジの言葉をクリフが遮る。

 リラックスした様子で頭を掻きながら彼は言う。

「俺もあいつが許せないから戦う、お前の理由がそうなんだから俺もそれで文句ねえだろ?」

 クリフに続いてアキも力強く頷く。

「どちらかと言えばそれは私が聞くべき事です、これは『ジェイン』を選んだ私がしなければいけない戦い。私はエッジさんとクロウさんを巻き込んだ責任から最後まで逃げたくない、止めます『父』を」

 彼女の姉のリョウカもそれに続く。

「忘れているかもしれないけど、私はそもそもずっとジェイン家を止める為に旅してたのよ?今更帰るつもりなんて微塵も無いわ、家も燃えたしね」

 最後の一言を冗談めかして彼女は付け加える。

 次々に同道の意を示す仲間達にエッジが驚く中、クロウもルオンの手を握りながら彼の問いに答える。

「私達も同じだよ、私達はずっとリュウゲンの――『ジード』の掌の上での人生しか知らなかったし、それに疑問すら持たなかった……でも今の私達には自分の意思がある、ここまで来て他の人の手だけにこの戦いを任せるつもりなんて無いよ」

 ルオンは無言のままだったが、クロウの言葉を肯定する様に微かに頷いた。

「まあ、つまり結局は今まで通りって事。エッジやリアトリス達だけに戦わせようなんてここにいる誰も思ってないんだから」

 最終的に自分達を含めて全員が名乗りをあげたのを受けて、深刻な表情のエッジを励ます様にクロウがそうまとめる。

 エッジもそれで少し元気が出た様子だった。

「ありがとう、みんな。余計な時間使わせて悪かった」

「いや、大事な事だろ?大きい戦いの前なら尚更な」

 謝るエッジをクリフがそうフォローし、一行はラーヴァンの乗り降りが出来る場所を目指して決意も新たに歩きだした。

 

 ―――――――――――

 

「がはっ、あ……っ」

 大量の血と共に、セルフィーは膝から崩れ落ちた。

 それと一緒に自身の力が全身から零れ落ちていったのをセルフィーは感じる。

 火の勢いは目に見えて弱まり、バルロは岩塊の門の向こうで冷たい視線を彼女の方へと向けた。

(まだだ、まだ時間が足りない……ここで終わらせる訳には)

 セルフィーは懐から非常用の炎熱鉱石を全て取り出して、見つめる。

 それは彼女の自衛の為、肌身離さず使わずに持っている様にとバルロから渡されたものだった。

 継戦能力の低い彼女にとって鉱石を完全に使い切るというのは敵前で武器を無くすのに等しく、それは彼女にとって自分の命を投げ捨てるのも同じだった。

(でも、もう……私には必要ないかな)

 死を目前にしてセルフィーは不思議に思った。

 同時にいつかリアトリスに言われた言葉が彼女の脳裏に浮かぶ。

 

(何でかな、私『紅蓮』の名前が欲しかった筈なのに、誰より強い術士になりたかった筈なのに……全然後悔する気にならない。

 

 「手元に残ったものが『称号』だけだからって、それを守る為に自分自身まですり減らすなんて間違ってる」

 

 私が欲しかったものは『紅蓮』の呼び名でも、強さでも無くて、私はただ誰かに自分が生きている事を認めて欲しかったんだ。

 ……気付いたら本当に下らない願い。だから――それが叶えられた瞬間、私は自分の願いが叶った事にも気付かなかった。

 

 「あなたはただ、あなたのままで生きていて良いんだよ」

 

 ああ、本当に気に入らない。あんな奴に全部見透かされてたなんて。

 でも、それでも、私の願いを叶えてくれたのはあんただから、もし次に会えたら――)

 

 

 セルフィーは最後の力を振り絞ってコレクトバーストを発動した。

「インフェルノ、ドライブ……ッ――フルバースト!!」

 大気中からかき集められた全属性のディープスに後押しされ、彼女が闇雲に放り投げた赤い鉱石は七色の軌跡を残しながら突撃する。

 それに伴って落ちかけていた彼女の術は力を取り戻し、次々と岩塊へと叩きつけられた。

 幾重にも重なった炸裂音と共に崖が崩れる様な地響きが起こる。

 鉄壁の外壁から内部へ、内部から更にその先へ。

 表面で正確に爆発するよう繊細なコントロールをされていた彼女の赤い術は明確な意思を持ったかの様に乱暴に老人の防壁を溶かし、抉って突き進む。

「馬鹿な、こんな事が――!」

 自身の張った側の分厚い岩の門の表面が白熱し、亀裂が入りかけているのを目の当たりにしてバルロの表情が驚愕に歪む。

 セルフィーの声にならない叫びが木霊した。

 

 ―――――――――――

 

「リア」

 歩いている最中、背中からラークに声を掛けられてリアトリスは振り返った。

「さっき聞き損ねたけど、一応君にも聞いておこうと思って」

 彼が自分にだけ話そうとしているのを察して、リアトリスは仲間達から少し距離を置く。

「この先はきっと本当に最後の戦いになる、君は相手を殺せるかい?」

 リアトリスは頷く。

「子供達を殺したくない気持ちは変わらない、けどその為に戦いの手を止めたりはしない。私が手を止めたら、みんなが代わりに死ぬんだから」

「カンデラス火山で対峙したあの赤い髪の子がもし生きていたら、あの子とも戦う事になるよ?」

 覚悟を問う様に急き立てるラークの今度の問いには、リアトリスはすぐに答えなかった。

「そうだね……確かに私セルフィーとは戦いたくない」

 自分の胸に手を置いてリアトリスは目を閉じた。

「私、あの子に何にも知らなかったんだなって思い知らされた。セルフィーはすごいよ、辛い環境で育ったのにそれを悲観せずに努力し続けて、自分の弱さを認めた上で前を向く強さを持ってて……(シン)の力を持っていながら何の苦労もせず、戦いから逃げてきた私を見て怒るのも当然だよね」

 リアトリスはそう言って苦笑いを浮かべる。

「私が戦わなきゃって思ったのはきっとあの子のお陰――王都の火災で誰も助けられなかった事も勿論あるけど。次にあの子と対峙する時は例え殺し合いになるとしても、その結末から逃げちゃいけないと思った」

「そう」

 ラークはその答えで満足した様子で表情を和らげたが、リアトリスは最後に一言笑って付け足した。

「でも、私ね。次に会えた時はあの子と分かり合えそうな、そんな気がするんだ」

 

 ―――――――――――

 

 一際大きな爆発が「地顎門」だった岩塊を吹き飛ばし、熱せられたその欠片が辺りに降り注いだ。

 それは離れていた地点の逃げる子供の頭上にも及ぶ。

「――ホーリーランス!」

 それを、白い槍の交差が破砕する。

 頭を覆いながら無我夢中で逃げていた子供達の背後に、『純白』のネイディールだった黒髪の小さな少女が空気から溶け出る様に現れた。

「今、何が……」

「足を止めずに走りなさい、後ろを振り向く必要は無いわ」

 何が起きたのか混乱しながらもスプラウツだった子供達は恐怖から逃れる為に、少女に言われるまま走り去った。

 ただ一人その場に残ったハクは爆発が起こった方向を振り返る。

「それがあなたの答えなのね、セルフィー」

 その音を最後に子供達を脅かすものが何も無いのを確認して、ハクは再び姿を消しその場を去った。

 

 爆発の中心、『紅蓮』と『厳岩』の術がぶつかり合った地点は地中の土砂が掘り返され大きく抉られていた。

 その凄絶な戦いを目にし、レパートはその場にしゃがみ込む。

 命のやり取りの恐怖から目を背けるように、彼はただ両腕で頭を抱えて見開いた目から涙を流して震えていた。

「おのれ……すぐに戦いの準備を整えろ!これ以降わずかにでも命令に従わなかった者は全て反逆者とみなす!」

 自身の最大の守りを破られた老人は左肩から腰にかけて火傷を負い、焼け落ちた衣服に身を包んだボロボロの姿でレパートをはじめとした残った子供達を強引に立たせてまとめ上げる。

 その鬼気迫る様に押されて、今や十数人にまで減った子供達は慌てて動き出した。

 

 先程までの攻防が嘘の様にスプラウツの拠点だったその場所には静寂が訪れ、その場にはセルフィーだけが残された。

 力を使い切って砕け散った無数の赤い鉱石の破片と彼女から流れ出した血とが赤い華を地面に形作り、その中心に横たわる少女はもう動かない。

 その表情は今まで彼女が浮かべたものの中で最も穏やかなものだった。


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