救済の技法   作:倉木学人

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2017/3/14:文章の一字下げの修正、あと細かい表現の修正



2.MOON TIME

 カウンセラーは考える。勿論、世界を妄想で塗りつぶした、と自称する少女についてだ。

 彼女をどう扱うべきか、非常に悩ましい。

 

 世界を変えるだけの力を得た人間、というところはまあ、置いておこう。

 

 ともかく、艦娘と向き合っている、ということは適度に意識するべきであろう。艦種によって大小はあるが、人を容易く殺すだけの力を持った少女たちだ。力がこちらに、あるいは周囲に向かないよう、人格へ最大限の配慮をするべきだろう。それはカウンセラーにとって、これまでと変わらないことである。

 

 問題なのは彼女といかに向き合っていくか、という所だ。彼女は自ら艦娘となることを望んでいる艦娘だ。

 艦娘になったことに苦しんでいる艦娘とも、艦娘になったことを理解できていない艦娘とも違うはずだ。恐らく、艦娘になることに、特別な理解がある。

 

 こう考えてはなんだが、何故、彼女は艦娘に?艦娘には、なりたい、と思うほどのものがあったのだろうか?

 

 艦娘になりたい。つまり、彼女は艦娘、深海棲艦、そして妖精さんが現れる前から、彼らを知っていた、と考えるべきであろう。

 彼女は、私たちの誰よりも、彼らについて明確に何かを知っている、はずだ。それについて聞いてみるのもいいかもしれない。

 

 そうして悩み、考える内に今日もまた、カウンセリングが始まる。

 

 

 二回目のカウンセリングであるが、叢雲の態度は1回目と違って自然体だ。そこにいるのが当たり前、といった感じだろうか。

 

 当たり障りのない掛け合いの後、うんざりした態度で叢雲が口にした。

 

「さて、何が聴きたいのかしら」

 

 カウンセラーの目の前には、前回と同じように、叢雲が座っている。

 カウンセリングに来たくない、と言ってはいたが、しっかり来てくれたことに彼は嬉しく思う。

 

「前回の確認ですが。叢雲さんは、叢雲さんの基となった男性は、自分が嫌いだったのですか」

「そう。そして、今もそう思っている」

 

 これはカウンセラーの推定通り。

 

「叢雲さんにとって、叢雲さんは、なりたかったものなのでしょうか」

「それは。どうなのだろう」

 

 叢雲は沈黙する。そして、ぽつぽつとつぶやく。

 

「彼女自体に魅力はあったのだろうけど。いや、うん」

「貴女ではない、叢雲さんがいる、という風に聞こえますが」

 

 叢雲は、あー、という反応を返す。

 

「そうね。少なくとも、“艦隊これくしょん”という作品には、私にとって価値があったのだと思う」

「艦隊これくしょん、ですか」

「ゲームの名前よ。この世には、もう、無いけど」

 

 叢雲の視線が下がる。

 

「ゲームが元だったのですね。どんな作品だったのですか」

「提督と呼ばれる人物が、艦艇を擬人化した少女を率いて、深海棲艦と戦う。そんなゲームだった。そう、今は現実のことよね」

 

 カウンセラーとしては、この世界の艦娘たちがゲームだった、というのはまあ、理解できなくはなかった。何しろ、艦娘は美少女揃いである。

 そんなのが大量発生しているのだ。始め見たときは日本始まったかと思ったわ。

 

「ありそうなゲームですよね」

「ただ、人気はたいそうあったんだ。アニメになって、携帯機やアーケードに移植されて、公式小説もたくさん作られて、ファン活動も盛んだった」

 

 いや、案外大したことないのかもしれない。艦艇の擬人化自体は昭和の頃からやってたらしいし。

 あと昔話に、助けた鶴が美女になって家に訪ねてくるとか、うん。

 

 擬人化は、言うほど奇妙な事ではないのかもしれない。実際に人が艦娘になるのは大問題だが。

 

「その中で叢雲は、プレイヤーが最初に選ぶことのできる艦娘の一人だった。まあ、気になる艦娘ではあったわね」

 

 改めてカウンセラーは、叢雲を見つめる。彼女は、吹雪型駆逐艦五番艦“叢雲”の艦娘、つまりは擬人化娘だ。

 こうしてみても、これがあの叢雲か、という印象を抱くには至らない。

 

 初めてのカウンセリングの後、カウンセラーは彼女という艦、及びに彼女と関連する艦について調べた。艦娘と向き合うには、彼女たちの来歴を見るのが良いアプローチとなる。

 と、カウンセラーは思っているのだが。

 

 そこから見えてくる彼女の姿は。由緒ある名前と、まあそれなりの実績、ささいなトラブルに見舞われた艦。

 正直に言うと、前回のカウンセリングとこの情報で彼女を判断しろ、と言われても困るのだ。

 

 ひょっとしたら、ゲームでの彼女に何かがあるのかもしれない。

 あるとしたら、そこだろう。

 艦隊これくしょんなるゲームを彼は知らないので、そこを疑問に思うのである。

 

「正直を言うなら、もっと、鳳翔さんとか、古鷹さ。いや、古鷹とか。好きな艦娘はいたのだけど。でも。その艦娘に対して、なろう、という気持ちはなかったわね」

 

 叢雲は顔を上げる。

 

「ほら、いくら好きなロックミュージシャンの恰好を真似して同じ台詞を吐こうと、その人になることはできないだろう」

「なるほど」

 

 好きな人に近づこうとか、そういう意味ではない、ということはカウンセラーに理解できる。

 未だ、彼女が艦娘に成りたがっていた理由はよくわからない。

 

 だが、この場は彼女に自由に話をさせるのが良いのだ。

 

「そもそも、私は、他の誰かになろう、という気持ちがなかった。私は私以外の何物にもなれないのだとは知っている」

「でも、それは。違うのでは。叢雲さんは、自分を捨てようとしたのではないのですか」

 

 彼女は叢雲であることを望んだのではないか。カウンセラーはそう思わずにはいられない。

 

「私は」

 

 彼女は口ごもる。

 

「私は、私以外の誰にもなれないって」

 

 再び彼女の視線が下がる。

 

「でも。私が私であるのは、たまに自信が持てなくなる。私が、こうやって失敗するとね」

 

 彼女は頭に手を当て、髪をかき混ぜる。

 

「今見ていること全てが他人事のように思えて仕方ないんだ。艦娘も深海棲艦も、全部自分の頭の中の出来事で。現実の自分は、未だに病院のベッドの上なんじゃないかって」

 

 カウンセラーは、それはそうではない、と言ってやりたかった。自分を信じて欲しかった。

 だが、それを口にするのはよくないことだと自制する。

 

「あるいは、精神病院の片隅で、譫言を繰り返しているのかも。ああ、これは、考えたくなかったな」

 

 カウンセラーはゆっくり頷く。

 

「大丈夫ですよ」

 

 彼女を否定するのではなく、受け止めてやるのが最適だと判断したのだ。否定しても、彼女はそれに肯定するだろうか。

 例えば、現実を見ることができない人間に、現実を見ろといっても、直視するだろうか。

 できないだろう。だから、受け止めるのだ。

 

 いつの日か、現実を肯定できるまで。

 

「そこまで、私も狂ってないと信じたいね」

 

 しばらく沈黙が流れる。

 

 そして、彼女が再び口を開いた。

 

「何故、私が、叢雲であることを選んだのか。自分に近い艦娘は他にもいたはずなのに。何故、私が叢雲であることを望んだのか」

 

 叢雲は自らのほっぺたを触り、軽くつねる。

 

「多分。叢雲には私が愛したかったけど、愛せなかったものがあったからなんだと思う」

「愛したかったもの、ですか。それは、艦娘としての叢雲さんですか」

「多分、そうね」

 

 艦娘としての、つまりキャラクターとしての叢雲のことであろう。

 

「私が、叢雲になりきれていない、と思っているのは、何だろうな」

 

 叢雲は、頭を軽く掻く。

 

「私は、叢雲というキャラに囚われすぎているのかもしれない。誰が定めた叢雲という人物がいるわけではなく。私が叢雲として行動し、叢雲の台詞をしゃべるときに、私に叢雲という名がつくのだろう」

「納得はできますね。そもそも、本当の自分、というものはありませんからね。周囲の環境や人間関係があってこそ、自分というものが作られるのですから」

 

 カウンセラーの目の前の彼女は、叢雲という少女を演じようとしている。ゲームのキャラクターを現実で演じようとしている。

 口ぶりからして恐らく、本人も馬鹿らしいと思っているのかもしれない。

 

「そうね。私は、自分というものに固執しすぎているのだろうな」

「大事な気づきだと思いますよ」

 

 自分を捨てる、というのは美しいことなのかもしれない。醜い自分を捨て、新しい自分へと生まれ変わる。自分の欲望を抑え、夢を叶える。なんと素晴らしいことか。

 

 しかし、自分は自分を守ろうとする。自分を捨てようとすると、かえって捨てれなくなる。捨てよう捨てようと思っても、自分可愛さに捨てれない。

 そうしないと、自分を保てないからだ。

 

「分かっているわよ」

 

 叢雲は時計をチラリと見る。

 

「もう少し、自分語りをしなければならないかな」

「できれば。お願いしたいです」

 

 叢雲は軽くため息をついた。

 

「私はカウンセラーという人種を詳しく知らないけど、貴方たちに必要なことなのでしょうね。いいわ」

 

 カウンセラーとしては、彼女に対し、少しやりにくさを感じている。目の前の彼女は聞けば応えるし、歩み寄り、話もしてくれる。

 少々、話のリズムは独特だが、疑問に答えようとする姿勢は真面目に感じられる。

 

 だが、この場には何かが欠けている。それは、まだ分からない。

 

「叢雲になれない、か。そうだな。私が叢雲に、いえ、なぜ艦娘に成りたがったという話を、もっと突っ込んでするべきかしら」

 

 再び、叢雲は顔を上げる。

 

「叢雲に成り損なった私も、以前の自分も、思う所はあまり変わってはいない。自分と言う存在を嫌っていること、そして、普通になりたい、と思っている」

 

 カウンセラーはメモをする手が止まる。

 

「自分を嫌っているというのは分かるのですが。普通になりたい? ですか」

「理解できない、かしら。普通でない存在が、普通に憧れる話というのは」

 

 彼女の問いに少し考え、応える。

 

「普通がうらやましい、と。なるほど」

「理解できるのかしら」

「深海棲艦が現れる前の社会も今の社会も、普通でない人が生きるには辛い社会だと思います」

 

 いつの時代も、少数派というのは、多数派に迫害されるものである。

 あいつは自分たちとは違うから。あいつは普通ではないから。

 そういった理由で区別、あるいは差別されるものである。

 

 それはこの社会でも変わらない。そもそもこの日本は、民主主義の国家であるのだから。

 

「個性というものを大事だと主張しながら、没個性であることを良しとする風潮が、日本社会にあると思いますよ」

 

 叢雲は、ふん、と鼻を鳴らす。

 

「いいと思ってるけどね。この社会の在り様も」

「そうなんですか?」

「何でも社会が悪い、社会が悪いで済ませたくないからね。この社会はあって当然だと思う。彼らが悪いとは思わないわ」

 

 カウンセラーは意外に思う。少数派が多数派を羨ましいと思うのは当然だろう。

 少なくとも、彼女は羨ましいと思っているはずだ。

 そして、多数派を嫌い、憎んでも、それは仕方のないことだと思っていたのだ。

 

「ただ、いくら私が普通になろうと努力したって、例え、神様に、いや。この場合はランプの魔人かしら。それに願おうとしても叶う事はないのだと知っている」

 

 いや、意外でもないのかもしれない。彼女は、多数派に対して、諦めの感情を持っているのかもしれない。

 

「私が想像する普通と、皆が思っている普通には大きな隔たりがあるのだから。そもそも、私は皆とズレているのだから」

「ズレ、とは」

 

 叢雲が、暗い声色で小さく、はははと笑った。

 

「皆、私のことを見て笑うんだ。私が失敗をする度に、私が変なことをしでかす度に私のことを噂する。私には何故皆が笑うのか分からない。そのくせ、私が笑っても皆は笑わない」

 

 叢雲は下を向き、ため息をついた。

 

「何故だかは、今は分かっているのだけど」

 

 叢雲が上を向いて、カウンセラーの顔を見る。

 

「ともかく、私が想像している普通は、大量生産の工業品なのさ。完成された人間、型に押し込められた作り物。そういう者に私は成りたかった」

「それは、歪ではありませんか」

 

 とてもじゃないが、それを人間というには無理があるだろう。

 人間は生物だ。皆違うし、どちらかというと芸術作品に近いだろう。

 間違っても工業製品ではない。

 

「もちろん。そんな人間が実在する訳がない。そんな人間は、所詮作り物なのよね。それこそ艦娘みたいに」

 

 カウンセラーは理解に苦しんでいる。彼女の言うとおりであれば艦娘が作り物という表現は正しいのだ。

 彼女たちは、実在の艦艇を基に、作られたキャラクターである。

 

 だが、彼の中の艦娘の印象と一致しない。彼が見てきた艦娘は、目の前の彼女も含めて、歪ではあるが人間らしさに溢れている。

 それがどうも、奇怪に思えるのだ。

 

「当然、人間である私たちが、工業製品である訳がない。人間は、不完全な生き物だから。そういった意味で、人が艦になる、というのは間違っている訳で。私のように、艦娘になれないと嘆いている艦娘は、間違っている訳だけど」

 

 艦娘とは、一体何者なのだろうか。何故、彼女たちは艦娘になりたがるのだろうか。

 

「私は。なんだろう。ともかく、叶わない夢を見ているんだろう」

 

 自分を捨てて、艦になる。それにどんな意味があるのだろうか。それは素晴らしいことなのだろうか。

 

「ああ、言っておくけど、私が知る叢雲はこんなことを考える艦娘ではなかった。あれは、特徴的ではあったけど、普通だった。だからこそ、私は叢雲に、艦娘に、なりたがったのだと思う」

 

 でも、こうとも思える。存在しない、絵にかいたような美少女になることが。きっと彼女にとっては、何か価値のあることだったのだろう。

 それだけは、認めるべきことなのだろう。

 

「少なくとも、私は提督であることは望んでないのよね。例え望むにしても、画面の前の自分ではなく、画面の奥の存在であることを望んだんだ」

 

 再び、彼女はため息をついた。

 

 




次も一週間以内でいってみる。
このペースで最後までいけたらいいなあ。

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