救済の技法   作:倉木学人

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番外編その3、もしも叢雲がチートだったら。
番外編、というより、没になった案から無理やり作った話です。


13.BERSERK -Forces- (オリジナル・カラオケ)

 その日もカウンセリングが行われた。

 

 自分と向き合う作業は、互いに苦痛であり、労力を必要とする。

 でも、必要なことだと、カウンセラーは思っている。

 

 そんな中、カウンセラーはある提案をする。

 一つ、本当に楽しいと思うことを、やってみてはどうかと。

 

 世間の眼などは気にしなくていい。

 子供の頃、夢中になって遊んでいたようなものがいい。

 子供の頃に、あなたはどんな“くだらない”遊びをしていたのでしょう?

 

「くだらない、遊びねえ」

 

 叢雲は頬杖をついている。

 言葉を飲み込み、咀嚼しようとしている。

 

「そうだな、久しぶりに、あの遊びをしてみるのもいいかもしれないな」

「どんな遊びでしょう」

 

 カウンセラーが聞く。

 

「チートコードを使った遊びよ」

「チートコード、ですか」

 

 チート、というと、ズルを意味する言葉であるが。コード、というと紐? になるのか?

 いや、文脈からして暗号の方か?

 

「あまり、ゲームとかって知らない? のよね。じゃあ、プロアクションリプレイ、とか言っても分からないか」

「ええ」

 

 どうやら、ゲームに関する話題らしい。

 ゲームが好きだった、という彼女の証言から、ある程度、話を掴む。

 

「テレビゲームとか、携帯ゲームとかって、コンピューターだから。極端な話、世界は数字でできているでしょ?」

「そうですね」

 

 コンピューターは計算機だ。

 0と1の二進法により計算を行い、結果を出力する。

 ゲームはその結果でしかない、ということだろう。

 

「チートコードは、その数字を書き換えることができるのよ」

 

 つまりは、ゲームの書き換えだ。なるほど、チートコード、か。

 

「なるほど」

 

 カウンセラーは頷いた。

 

「コードを書き換えさえすれば、常にやりたい放題ができるのよ。努力も技術も、暗記も何もかもが必要でない。簡単に世界を書き換えすることができるってこと」

 

 とは、彼女は言ったものの、実際にはそれだけではないような気がする。

 恐らく、数字を操作するために、パソコンや専用の機械を操作する必要があるのだろう。

 そうしたスキルを持ち合わせた上で、ということだろうが。

 

 まあ、そういう苦労があったとしても、チートには変わりなかろうが。

 

「まあ本来は、ゲームを簡単にクリアする必要があったりとか、ゲームのデバッグに用いられる技術なのでしょうけど」

 

 因みに、プロアクションリプレイの謳い文句もそうであった。

 

 デバッグ、コードの書き換えは本来プログラマーの特権であるのだが。

 ハッキングして、無理やり求める結果を引き出すようなものが出来るというのは、それはそれで快感、なのかもしれない。

 

「小さいころは、そういった遊びが好きだったわね。そうやって、小さな箱庭の世界を思うがままに、操ることが楽しかったわ」

 

 叢雲は俯きながら、話していった。

 

「没データを引っ張り出して楽しんだり。ゲームのスピードを変化させ、あり得ない世界を作って楽しんだりした」

 

 ふむ、とカウンセラーは頷く。

 

「箱庭の世界を思い通りに、ですか。中々興味深いですね」

 

 遊戯療法、積木やサンドボックスに通じるものが見えてくる。

 

「やはり、叢雲さんにも、そういう要求があった訳ですね。世界を思い通りにしたい、と」

 

 そういうと、露骨に叢雲は消沈する。

 

「まあ、そうなるわね」

 

 そして、しばらく沈黙する。

 

「屈辱だわ」

 

 彼女の気に障ることになってしまった。

 どうしようか。

 

「別に悪いとは思いませんけど」

 

 誰だって、世界を思い通りにしたい、という欲はあるだろう。

 世界はこうであるべきだ、だとか、そう思ってもいいと思っている。

 

 大抵の人は、現実を知ってそこで諦めてしまうのだが。

 彼女は諦めきれていないのだろうか。

 

「そうした姿は、いささか醜悪に見えるのかもしれない。完成された作品を、自らの手で汚していく快感は。少なくとも自分は理解されなかった」

 

 小さな世界をバラバラにし、そして再構築する。

 カウンセラーにはそうした快楽を理解できる。

 

「世界は自分だけのためには無いと。中学のときにも言われたよ」

 

 音楽だってそうなのだ。

 憧れのミュージシャンの音楽を、自らの手で演奏する。

 そうして、彼らにまた一歩近づいたのだと、幻想を抱くのだ。

 

 だが、彼女はこう思っているのかもしれない。

 

「そうして現実に写る自分の姿が惨めである、と?」

「そう」

 

 憧れのミュージシャンの音楽を、自らの手で演奏したって、彼らになることはできない。

 それは、単なる模倣でしかないのだと、人は野次るかもしれない。

 

 そうであろう。

 だが、はたしてそれだけだろうか?

 カウンセラーは疑問を抱く。

 

「ゲームの世界でもそうでしょ。普通にゲームをして、努力しまくったプレイヤーが最強の外見を保持している。技術を極めたプレイヤーが名誉を手にする。暗記しまくったプレイヤーが世界の全てを手にする」

 

 彼女の言っていることは、正しい。

 

 だが、その思想は区別と差別に満ちている。

 彼女は尊く見えるものの価値しか認めていない。

 

 彼女は強きもの価値にしか価値を見いだせないでいる。

 

「ドーピングと一緒よ。不正で手に入れた勝利は、健全な勝利にどうしても劣ってしまう」

 

 ドーピングか、なるほど。

 適切な表現だ。

 確かに、健全とはほど遠いものだ。

 

 したくなる気持ちも、分かるのだが。

 それだけ勝利の蜜は甘く、やみつきになる味なのだから。

 

「だからまあ、チートをする人たちは、仮に現実でそういう力を得たとしても、決してその欲求が満たされることはない」

 

 虚ろなる栄光に憧れ、ズルをして手にする。

 そうした人たちが待ち受ける運命とは。

 

 大抵は破滅であるのだろう。

 

 しかし、どうも、話はそういう方向ではないようだ。

 

「例えば、そうね。ある重病に罹っている人がいるとしましょう。その人が、薬を手にしたとして、ある程度症状が緩和されるなら、その人は喜ぶのかしら」

 

 カウンセラーは少し考えた。

 そういう人たちは看たことがある。

 例えば、小児の末期がん患者であったり。

 

「そうではないのでしょうか」

 

 彼らは生への渇望がある。

 そこに自身の生があるのなら、小さくとも喜びを感じていたのが彼らだった。

 

「そう思わない人もいるのだよ。もっと効果を。 “普通になりたい”と思うのだろう」

 

 普通になりたい。

 その渇望は彼女のものだったはず。

 そう思わない人、とは彼女であるのだろう。

 

「そうだな。私は、とある歩行具をつけていることを、告白しようか」

 

 カウンセラーは手を止める。

 

「歩行具、ですか」

「私は現実でも、チートをしているのよ」

 

 現実でのチート?

 何か、彼女はドーピングのようなことをしているのだろうか。

 

「自分がこの世界を作り直すとき、不安に思った。新たな世界で、自分は活躍できないのかもしれない」

 

 この世界の異常は、彼女曰く、彼女が作り出したという。

 それは、なるほど、そうか、とカウンセラーは受け止めている。

 

「とても、怖かった。現実の私を、欲しいと思ってくれる人がいて欲しいと思った

。だからチートに手を染めた」

 

 ドーピングを白状する人のような叢雲の姿を、カウンセラーは黙って受け止める。

 

「私のチートは、潜水艦の位置が簡単にわかるレーダー。これで、対潜でのMVPは常に私って訳」

 

 叢雲は薄く、笑った。

 

「はっきり言って、惨めな気分だ。なんで、私はこんなズルをしているのだろうってね」

 

 喜べばよかろうに。

 ズルをしていても、それで自身が救われるのであれば、良かろうに。

 

「でも。もっと力を、発揮したくてたまらない。私は、私はまだ、こんなものじゃない。私の持っている反則的な暴力の力を、ぶちまけたくて仕方がない」

 

 叢雲は顔を手で覆う。

 

「それは、それでも。叢雲さんなのではないでしょうか。その力で救われる人もいるのでしょう?」

 

 艦娘は、国防の要だ。そこは誇るべきではなかろうか。

 

「私が一連の騒動の原因である以上、どうあがいても悪質なマッチポンプになるのだけど」

 

 そうだった。

 そうでしたね。

 

「こんなズルしなくたって、どうせ死にはしないのにね」

 

 叢雲はそう吐き捨てる。

 

「これについては、うん。あー。ファイトクラブって映画が興味深いことを言っているわね」

 

 ファイトクラブ。

 カウンセラーにとって、聞いたことはあるが、見たことのない映画だ。

 

「ファイトクラブ、ですか。聞いたことはありますが。どんな映画ですか。暴力の映画と聞いてますが」

 

 叢雲はそれを聞いて、眉間にしわを寄せる。

 

「観たことはないの? 観てみるといいわ。タイラーが格好良いわよ」

 

 ファイト・クラブのあらすじはこうである。

 

 主人公の“僕”は優秀だが冴えないサラリーマン。

 高級家具に囲まれながら、どこか釈然としない生を送り、不眠症となっていた。

 医者を頼ると、重病の患者の集いを紹介される。

 

 そこで、死に直面している患者たちと触れ合うことで、不眠症は解決したと思われた。

 だが、“僕”と同様の女、“マーラ・シンガー”が集いに参加していることで、再び不眠症を煩わせていくことになる。

 

 そんな中、家が火事となり、全ての高級家具を失うこととなった。

 途方に暮れる“僕”は、飛行機で知り合ったイカした石鹸の行商人、“タイラー・ダーデン”を頼ることとなる。

 彼と酒を飲んで殴り合った後、彼と設立した殴り合いの場“ファイト・クラブ”が“僕”の生において、重大な意味を持つことになっていく。

 

「筋骨隆々で、ワイルドなイケメンで、頼りがいのあるタフガイ。そんな人物が、あー。タイラー・ダーデンなのよ」

 

 カウンセラーはそれを聞いて、ある人物を思い浮かべる。

 彼女が愛読するコミック、WATCHMENのヒーロー、コメディアンだ。

 彼も、筋骨隆々のタフガイだ。

 

「あなたも。そういう気持ちがあるのでしょうか」

「そういう?」

 

 叢雲は聞き返す。

 

「その。タイラーのような男に、憧れとか抱きませんかね」

 

 叢雲は、ああ、と納得した反応を返す。

 

「男なら誰しも、一度はあのような男に憧れるものと思ってる。自分がアメリカ人なら、あのような男を理想の姿に描いていたのかもしれない」

 

 そこで叢雲は、ふん、と一笑する。

 

「ま、タイラー・ダーデンの姿は、男の下らない理想の姿でしょう。否定はしないけど。まあ、そう、思いたいのだけど」

 

 マッチョイズム、を否定しようとしているのだろうか。

 彼女の姿は、絵に描いたような美少女だ。

 

 彼女の思惑がどうであれ、マッチョは彼女の好みではないのだろう。

 

「ただ、タイラーの言うことは、自分たちのような人間にとって非常に興味深いと思うわ。現代の人間は皆、物質主義の奴隷なのだと」

 

 じっと、叢雲はカウンセラーの眼を見つめた。

 

「普通の人たちは、お金があることだとか、結婚していることだとか、あるいはオタク趣味に囲まれることで、あるいは。才能に恵まれることで幸せを感じているんだ」

 

 それが、普通なのだ。

 それを疑問に思わずにいるところが、特に普通なのだ。

 

「そして、それに疑問を持っているアウトサイダーが、自分たちなのだ」

 

 普通は疑問を持たない。

 疑問を持つならば、その人は異端者。

 それが、この社会の構造なのだ。

 

「仮に私が、精神病院だかに行ったとしよう。そうしたら、こう言われるはずだ、”薬飲んで運動しろ”ってね」

 

 馬鹿馬鹿しいと、叢雲はつぶやいた。

 

「運動して得られる肉体は、そんなに素晴らしいのかしら? それとも筋肉はすべてを解決するとでも言うのかしら?」

 

 薬を飲んで精神を落ち着かせて、健全な肉体を作り上げることで、幸福感を維持する。

 普通の人間ならそれを疑問に思わず、それを実行して救われるのであろう。

 

 それを叢雲はそうして救われることを否定していた。

 

「あるいは。自分たちが、神様からチートを貰って、それで無双して、それで幸せに暮らしましたとなるとでも?」

 

 才能があって、それで活躍して、幸せを感じること。

 

 それを叢雲は否定していた。

 

「本当にそんなのって必要なの? この感覚って分かんないかな」

 

 カウンセラーは沈黙する。

 そうした幸せが、彼女にあってもよかったのだと、カウンセラーは思っていたのだった。

 

「あの映画が言うように。自分たちは自分たちの手法をもって、よく生きることを求めなければいけないのよ」

 

 必死に、何かを、叢雲は伝えようとする。

 

「社会は決して、自分たちを救わない。連中がすることは、自分たちにマイナーの烙印を押して、迫害することだけだ。そして知れという、あなたは幸福である、と」

 

 カウンセラーに、言葉が刺さる。

 

「そんな中で、生きなきゃ、って求められるのさ」

 

 叢雲の声が、震えていた。

 

「チートなんか、持たなくたって、十分に人は生きられるはずなのだけどね。必要なのは、よく生きることに必死になること、なのかもしれないな」

 

 そして、意気消沈して、叢雲は項垂れる。

 

「私は、恐らく、昔から、必死さが足りていないのだと」

 

 机に伏しながら、言葉を紡ぐ。

 

「私たちは真剣に、戦わなければならない。例え、艦娘でなかろうと」

 

 そうした中で、突然彼女は、戦う意思を示した。

 

「何故、私たちは、彼女らと戦っている? それをもっと、真剣に考えないといけないのでしょうね」

 

 なるほど、確かに興味深い。

 

 アウトサイダーの幸福。

 カウンセラーはそれについて、もっと考えてみようと感じていた。




一応、本編の叢雲もチート自体は持っているという設定だったり。
本人が嫌がっているので使っていないだけで。
お守りとして持っている感じですね。

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